FC2ブログ

アットセミナー

タイトル画像

東南院(奈良県吉野郡吉野町)

2020.10.19(20:15) 726

吉野山の興隆を祈願した寺(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社 → 徒歩10分 → 竹林院 → 桜本坊 → 善福寺 → 喜蔵院 → 勝手神社 → 大日寺 → 東南院

258-11-1.jpg
大峯山 東南院(本山修験宗別格本山 役行者霊蹟札所)

 大日寺から再びメイン街道へ戻り下手へ。

この辺りまで来ると土産物店が続き、目指す寺も吉野葛の店の向かいにありました。

 大峯山東南院(おおみねさんとうなんいん)は、

『吉野山に相応しく役行者によって7世紀前半に建立。霊地を開く際には

中心伽藍の巽の方角にも寺を建て一山の興隆を祈願する事が見られるが、

この寺は金峯山寺の東南に相当する。

258-11-1-1.jpg
山門前にて
向いに続くのは吉野葛のお店。

258-11-2.jpg
山門と寺宝めぐりの看板

258-11-3.jpg
由緒記

 境内の多宝塔は昭和12年に和歌山県にあった野上八幡宮から移築されたもので、

塔内には大日如来像を祀る。現在は大峯山寺の護持院でもあり宿坊も兼ねている。』

とあります。

258-11-4.jpg
山門正面に建つ本堂

258-11-5.jpg
本堂正面
御本尊は役行者像で、内陣で拝観できる。

258-11-6.jpg
本堂前面の欄間彫刻

258-11-7.jpg
東南院のシンボル多宝塔

 本堂の内陣に祀られているのは役行者像でこちらが御本尊。

しかし今回の寺宝めぐりでは多宝塔内の大日如来が特別公開でした。

宿坊を兼ねているだけあって境内は旅館のような雰囲気。

大峯山の修験行者の宿坊としてはやや贅沢な感がありますが、

厳しい修行の間の憩いの場所としての役目もあったようです。

258-11-8.jpg
多宝塔の垂木と屋根部分

258-11-9.jpg
多宝塔御本尊の大日如来
寺宝めぐりパンフより。

258-11-10.jpg
多宝塔から山門と本堂を望む

258-11-11.jpg
書院玄関の唐破風
この奥が宿坊となっている。

258-11-12.jpg
東南院御朱印
書置きを拝受。紙が桜色なのは吉野だからとは対応下さった夫人の談。

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村
スポンサーサイト




和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

大日寺(奈良県吉野郡吉野町) 五智さんのお寺

2020.10.18(20:22) 725

吉野最古の伝統を受け継ぐ寺院(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社 → 徒歩10分 → 竹林院 → 桜本坊 → 善福寺 → 喜蔵院 → 勝手神社 → 大日寺

258-10-1.jpg
吉野山 大日寺(真言宗醍醐派)

 勝手神社跡の前の道を右に下ると、門と本堂を備えた寺院に行き当たります。

吉野山大日寺(よしのさんだいにちじ)は、

『かつては金峯山寺の僧坊の一つ。本尊には中央の大日如来を中心に五体の仏、即ち五智如来を祀る。

五智如来は古代から中世にかけてこの近辺にあった日雄寺の本尊であったと伝わるが、室町時代に寺は焼失。

幸い本尊の五仏は難を逃れたので、日雄寺の跡地付近に寺名を変えて大日寺を建立、御本尊を安置した。

現在の本堂は江戸時代宝永年間の建築で宝形造りである。』 とあります。

258-10-2.jpg
勝手神社の前の道に建つ案内

258-10-3.jpg
案内の脇にある由緒記

258-10-4.jpg
細い坂を下り右奥の寺へ向かう

 この寺院の見所は内陣の仏像、拝観料を払って見学しました。

五尊像は藤原時代の木造で重要文化財、五体満足なのは珍しいそうです。

加えて「寺宝めぐり」のパンフにある二十五菩薩来迎図屏風。写真では最近の作かと思いましたが、

作者不明ながら江戸時代の作品。保存状態も良好でした。

258-10-5.jpg
山門前にて

258-10-6.jpg
本堂正面
左の入口から内陣を拝観。

258-10-7.jpg
本堂前面の蔀戸

258-10-8.jpg
特別公開の屏風図
寺宝めぐりパンフより。

 御朱印を拝受して辞去しようとすると、入口に大きな松ぼっくりが山盛り。

伺うと、山門前の大松から落ちたものだそうで、

夫人;「高野山にある三鈷の松から分けて貰ったものです。」

和辻:「由緒正しいですね。松ぼっくりはどうするのですか?」

夫人;「これを細工に使う人に分けています。良かったら持って帰られますか?」

と仰って下さいましたが、用途が分からず丁寧に辞退しました。

これが松茸と栗ならば、是非とも【ゴチ】になる所でしたが…。

258-10-9.jpg
山門前にある松の巨木
高野山の松から分かれた由緒ある松。

258-10-10.jpg
入口脇の松ぼっくり

258-10-11.jpg
大日寺説明書

258-10-12.jpg
大日寺御朱印

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

勝手神社(奈良県吉野郡吉野町) 天女や静香が舞った社

2020.10.17(19:59) 724

かつてあった神社の跡(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)
吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社 → 徒歩10分 → 竹林院 → 桜本坊 → 善福寺 → 喜蔵院 → 勝手神社

258-9-1.jpg
勝手神社(式内社 旧村社)

 喜蔵院参拝の後は坂を下って道が分かれる場所へ。そこに建つのが勝手神社(かってじんじゃ)。

『吉野八社明神の一つ。金峯山の入口に当たるので山口神社とも呼ばれる。

672年、吉野で兵を挙げた大海人皇子がこの神前で琴を奏でていると背後の袖振山から

天女が舞い降りて吉兆を示した。これが宮中で行われる五節の舞の起源で、

芸能に深い関りがある神として、猿楽や能が奉納された。

文治元年(1185年)、源義経と別れた静御前は従者に金品を奪われ吉野山中を彷徨っている所を

衆徒に捕縛されるが、この社前で法楽の舞を行い居並ぶ荒法師を感嘆させたと伝わる。

 社殿は慶長9年(1604年)に豊臣秀頼が改修するが正保元年(1644年)に焼失。

二年後に再建された社殿も明和4年(1767年)に再び焼失し、

現在の社殿はその後の再建である。』 とあります。

258-9-2.jpg
道沿いに建つ社標と鳥居

258-9-3.jpg
由緒記

258-9-4.jpg
かつて社殿のあった場所

 勝手口と言うように入口・下手を表す言葉が語源ですが、字面が勇ましいので武門に好まれたようです。

桜の季節には花見客の休憩所として有名ですが、境内に入ると社殿は跡形もなし。

何でも平成13年の不審火で全焼したようで、現在再建に向けて寄付を募っている状態。

 天女や静御前が舞った由緒も効果がなかったようです。

これで三度目ですが、次こそは後世まで残って欲しいものです。

 尚、御朱印は近くの吉水神社で拝受できるそうで、私も再建に向けて¥300で拝受。

こういった場合、寄付金付御朱印と言うのもありですね。

258-9-5.jpg
境内にある御寄付の御願い

258-9-6.jpg
坂を上った先にある勝手桜跡

258-9-7.jpg
勝手神社御朱印
吉水神社にて拝受。

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

喜蔵院(奈良県吉野郡吉野町)

2020.10.16(20:16) 723

宿坊を兼ね備えた護持院(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社 → 徒歩10分 → 竹林院 → 桜本坊 → 善福寺 → 喜蔵院

258-8-1.jpg
護法山 喜蔵院(本山修験宗別格本山 役行者霊蹟札所)

 善福寺に続き次の寺宝へ。ですが、寺院はすぐ隣の高い塀に囲まれた場所にありました。

護法山喜蔵院(ごほうざんきぞういん)は、

『平安時代に智証大師円珍に拠り京都聖護院の一院として創建、現在は大峯山の護持院の一つである。

本尊は役行者像で、他に天狗立像、蔵王権現像、不動明王立像を祀る。

江戸時代には陽明学者・熊沢蕃山が由比正雪の乱の際にしばらく身を隠した場所としても知られる。

大峯奥駈修行の重要寺院でもあり、現在は宿坊も営んでいる。』 とあります。

258-8-2.jpg
街道を下ると塀に囲まれた伽藍が見えてくる

258-8-3.jpg
落ち着いた色調の壁が続く

258-8-4.jpg
山門前にて

258-8-5.jpg
書院玄関の唐破風

258-8-6.jpg
熊沢蕃山の歌碑
これが辞世の歌ならば【最期の蕃山】となる処ではある。

朝に前を過ぎた際に、宿坊とあったのは見ましたが、ここも拝観しているとは知らず。

唯、関係者が不在でパンフもなく、どこを見れば良いのかが分からなかったのが痛手。

本堂と庭は拝観しましたが、残念な話ではあります。

尤も御朱印は書置きがあったのでしっかり貰い事なきを得ましたが…。

258-8-7.jpg
正面に建つ本堂
不在だったので内陣へは入らず。

258-8-8.jpg
本堂前から見た書院と宿坊

258-8-9.jpg
宿坊前にある蕃山記念庭園

258-8-10.jpg
喜蔵院御朱印

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

善福寺(奈良県吉野郡吉野町) 神武天皇を導いた井光大神

2020.10.15(19:55) 722

神武天皇を導いた井(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社 → 徒歩10分 → 竹林院 → 桜本坊 → 善福寺

258-7-1.jpg
井光山 善福寺(高野山真言宗)

 櫻本坊に続き、細道を1分下った場所にある善福寺に参拝。

井光山善福寺(いこうざんぜんぷくじ)は、

『白鳳時代に役行者に拠って創建されたと言われるが詳細は不明。

葬儀を行わず祈祷を旨とする修験寺院が多い吉野山にあって、

江戸初期から住民の菩提寺として存在していたと考えられている。

 一方、本堂内には蔵王権現像・役行者像が安置されており修験道との関係も深い。

明治の廃仏毀釈では金峯山寺やその塔頭寺院の多くが廃寺に追い込まれる中にあって、

廃寺の仏像を集めた諸仏堂(現櫻本坊)の管理や山上蔵王堂(現大峯山寺)の

吉野山での権益を守るために当時の住職・川勝教嶽が奔走した。

258-7-2.jpg
坂を下った先にある寺院に到着

258-7-3.jpg
山門前にて

258-7-4.jpg
由緒記

 山号の井光山は、吉野首の祖である井光(井氷鹿)に由来。

井光(いひか)は神武天皇東征の際に、天皇を迎えて吉野を案内した人。

本堂の北側の谷間には井光井戸と呼ばれる小さな井戸跡が残り、

井光が出現した跡と伝わる。』 とあります。

 これは山門前の由緒記に記載されていましたが、気付かずに境内へ。

御朱印と拝観を御願いすると年配の御住職が快く対応して下さり本堂内陣も拝観できました。

258-7-5.jpg
山門から見た境内

258-7-6.jpg
納経所は右手

258-7-7.jpg
本堂前面

258-7-9.jpg
本堂から境内を見る
寺院というよりも地元の民家と言った雰囲気である。

和辻;「神様の御尊影があるそうですが…。」

住職;「ええ、本堂に掲げてある井光大神がそうです。」

和辻;「イヒカ?鳥か何かの名前ですか?」

住職;「いいえ。神武天皇東征の時に道案内をした吉野首の祖です。確か古事記にも載っていた筈ですが…。」

己の無知を知った訳ですが、それにしても「イヒカ」とは現代的な名前。

神武天皇と言えば、八咫烏と金鵄が有名なのでてっきり鳥と勘違いしていましたが、

地元の豪族と知って吃驚。しかも御尊影を見ると女性でした。

 九州から畿内へ入る際には、地元豪族の助けがあった事は確実でしょうが、

もしも罠だったらという考えはなかったのでしょうか?

相手に【善福】の信頼を寄せていたか、【イヒカ】八かの賭けに出たかのどちらかでしょうね。

イヒカが美形だったから【いこう】となったなどと不敬な事は申しませんが…。

258-7-8.jpg
寺宝めぐり パンフにある井光大神の御尊影
向笠友子画伯の手になる作品とある。

258-7-10.jpg
井光井戸
本堂前を過ぎて更に坂を下った場所にある。残念ながら水は枯れていた。

258-7-11.jpg
善福寺御朱印

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
タイトル画像

櫻本坊(奈良県吉野郡吉野町) 大海人皇子の夢見の桜

2020.10.14(20:46) 721

上千本が一望できる一坊(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社 → 徒歩10分 → 竹林院 → 桜本坊

258-6-1.jpg
井光山 五臺寺 櫻本坊(金峯山修験本宗 別格本山 役行者霊蹟札所)

 竹林院を垣間見た後は蔵王堂へと下りますが、途中の寺院に「寺宝めぐり」の案内が。

何でも、世界遺産となった吉野山の9寺院が今年の4月から来年の3月末まで

普段は拝めない仏像や宝物をこの期間だけ特別に公開するというもの。

寺院は竹林院から弘願寺まで如意輪寺を除くと殆ど道沿い、しかも拝観料不要の寺院もあって、

これは是非とも行かねばならぬと急遽予定を組み直しました。

 先ずは竹林院から下に徒歩1分の櫻本坊へ。坊という呼び名から吉野の中心である

蔵王堂の一坊であろうと思いましたが、確認するとやはりそうでした。

258-6-2.jpg
石垣と白壁に囲まれたのが目指す坊
但し、これは下手からの眺め。

258-6-3.jpg
仁王門前にて
出迎えるのは真っ赤な仁王様。

258-6-4.jpg
由緒記

井光山五臺寺櫻本坊(いこうざんごだいじさくらもとぼう)は、

『近江の宮廷を逃れた大海人皇子は、出家してこの地にあった吉野離宮日雄(ひのお)殿に滞在していた。

 ある寒い冬の夜、皇子は夢を見る。深い雪に覆われた吉野山に一本の満開の桜が咲いている。

不思議に思った大海人は、役行者の高弟・日雄角乗に夢判断を命じた所、

「桜は日本の花の王、皇子が天皇の位に着かれる吉兆でございます。」 と答えた。

 翌年、壬申の乱に勝利し天武天皇として即位した大海人は、夢を見た日雄離宮の場所に寺を建立。

寺号を櫻本坊と名付け、自らの御念持仏・釈迦如来坐像を奉祀し天武・持統天皇の勅願時とした。

258-6-5.jpg
仁王門正面に見える納経所と庫裏

258-6-6.jpg
左手には本堂、聖天堂、大師堂が並ぶ

258-6-7.jpg
庫裏玄関正面
内陣の拝観はこちらから。

 当時の吉野では修験道の開祖・役行者(神変大菩薩)とその高弟で吉野首である

角乗が修行して居り、天武天皇は国家安泰の願いをこの二人に託したと言われる。

天武亡き後即位した皇后の持統天皇も吉野へ31度も行幸。櫻本坊初代住職の角乗への信頼は揺るがなかった。

 平安時代には空海の孫弟子であった理源大師が、ここを起点に大峯山を中興。弘法大師堂を創建した。

現在、山伏文化の殿堂と呼ばれる程、多くの文化財が残されているのは彼の功績に拠る所が大きい。

258-6-8.jpg
空海を祀る大師堂
江戸時代以降は徳川家康との御縁で徳川家菩提堂として歴代将軍・政所の位牌を祀る。左に見えるのが「夢見の桜」

258-6-9.jpg
大師堂破風下側の彫刻群

258-6-10.jpg
本堂と大師堂の間に建つ聖天堂
御本尊の吉野聖天尊は1350年前に役行者が大峯山最奥に祀った日本最古の聖天様である。

258-6-11.jpg
門を入ってすぐ左手にある本堂
御本尊は役行者神変大菩薩で鎌倉時代作の重文。等身大の19歳のお姿。

258-6-12.jpg
本堂欄間の彫刻

 文禄3年(1594年)、太閤秀吉が吉野山で花見を行った際には、甥の関白秀次は櫻本坊へ宿泊。

・おさまれる 世のかたちこそ み吉野の 花にしつやも なさけくむ声

と当時の胸中を詠んでいる。

現在は大峯山護持院の一つとして宿坊も兼ねた寺院となっている。』 とあります。

 山門を抜けると左に役行者を祀る本堂、1350年前に役行者が大峯山に祀った日本最古の聖天様を祀る聖天堂、

空海を祀る大師堂と続き大師堂前には夢見の桜と呼ばれる枝垂れ桜が継承されています。

納経所に続く大講堂からは上千本が一望でき、宿泊したくなる場所。

258-6-13.jpg
大師堂前にある「夢見の桜」

258-6-14.jpg
聖天堂の奥にある重文・宝聚(ほうじゅ)堂
廃仏毀釈を逃れた貴重な櫻本坊の寺宝を集めたもの。4・11月の中旬に特別御開帳。

258-6-15.jpg
聖天堂の前からの眺め

258-6-16.jpg
大講堂の窓から見た上千本

 寺伝は非常にドラマチックですが、桜が花の代表になるのは平安の古今集以後の話。

力で天皇の位を勝ち取った人物として己の正当性を強調する必要があった事は否めません。

吉野行幸や伊勢神宮崇拝もそうですが、吉野へ逃れた大海人が吉野首はじめ

地元の豪族の助力を受けた事を物語的に仕立てたというのが本当のところではないでしょうか?

 桃山期の秀次も大海人の事績が脳裏をよぎったでしょうが、彼は関白を罷免され高野山で切腹。

天武の【いこう】にすがったとすれば【おおあま】な考えですが、歴史の女神は秀次には微笑みませんでした。

258-6-17.jpg
納経所前のお不動様

258-6-18.jpg
納経所前の「銀木犀」
樹齢350年の巨木である。

258-6-19.jpg
櫻本坊説明書

258-6-20.jpg
櫻本坊御朱印

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



天武天皇の企て 壬申の乱で解く日本書紀 (角川選書)

新品価格
¥1,426から
(2020/10/14 20:50時点)



天武天皇の正体

新品価格
¥2,200から
(2020/10/14 20:51時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
タイトル画像

竹林院(奈良県吉野郡吉野町)

2020.10.13(20:27) 720

大和三庭園を持つ宿坊(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社 → 徒歩10分 → 竹林院

258-5-1.jpg
常楽山 竹林院(単立寺院 役行者霊蹟札所)

 吉野水分神社で御朱印の通信販売を依頼後、上千本から更に下って中千本へ。

ここまで来ると寺社、土産店や人家が現れ漸く人里に来た感を強くします。

 その中千本で最初に出会うのが竹林院。

常楽山竹林院(じょうらくざんちくりんいん)の寺伝に拠れば

『聖徳太子が開創した椿山寺が嚆矢とされる。その後、弘仁年間(810~824年)に空海が入山し、

常泉寺と称した。本堂に祀られている木造童形神坐像は聖徳太子像として今に伝わる。

竹林院と改称されたのは南北朝時代の元中2年(1385年)の事。

戦国時代には院内から弓道に優れた一派が出た事でも知られる。

258-5-2.jpg
山門の欄間彫刻

258-5-3.jpg
玄関と宿坊

258-5-4.jpg
玄関前から宿坊方面を見る

258-5-5.jpg
玄関近影

258-5-6.jpg
玄関の「竹林院」扁額と破風下の彫刻

 明治の神仏分離に拠って明治7年(1874年)に廃寺となったが、後に天台宗寺院として復興。

現在の修験道系単立寺院となったのは戦後の昭和23年の事である。

現在は大峯山寺の護持院の一つとして不動明王、蔵王権現、役行者、弘法大師を本尊としている。

 昼食・宿泊ができる宿坊としても知られるが、境内の庭園・群芳園は當麻寺中の坊、

大和小泉の慈光院と並ぶ大和三庭園の一つ。

室町時代末期、第二十一世・祐尊が山上の様子を元に庭を造園。

その後、1594年の豊臣秀吉の吉野山観桜の折に千利休が桃山風の池泉回遊式庭園に改修。

一説には細川幽斎が手を加えたとも伝わっている。』 とあります。

258-5-7.jpg
玄関わきの庭園
ここは無料で拝観できる。

258-5-8.jpg
庭園入口からの眺め

258-5-9.jpg
群芳園の解説

258-5-10.jpg
本堂近影

258-5-11.jpg
竹林院御朱印
平成7年拝受だが、全く色褪せていない。

 ここは25年前に訪問済み。当時は寺とは思わず歴史ある宿坊と思って庭を拝観した記憶が残っています。

御朱印も拝受しているので疑問にも思わなかったのでしょう。今から思うと若気の至りですが、

現在は分別が付いているかと訊かれると【チクリン】と胸に突き刺さります。

 丁度、昼時なので昼食を。吉野と言えば柿の葉寿司・鮎料理・葛切りが有名ですが、

すぐ上手にあった「太鼓判」にて。宿泊施設としては有名ですが同系列の鰻店としては近年オープン。

しかし味は【太鼓判】、注文は勿論、竹でした。

258-5-12.jpg
昼食はすぐ上手の「太鼓判」にて

258-5-13.jpg
この日の昼食は「うな重 竹」 ¥3000

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

吉野水分神社(奈良県吉野郡吉野町) 子授け信仰の社

2020.10.12(20:32) 719

みくまり神社の気配り(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵 → 徒歩20分 → 吉野水分神社

258-4-1.jpg
吉野水分神社(式内社 旧村社)

 奥千本の跡は少し下って次の巡礼先へ。上千本に入った所の道路沿いに鎮座するのが

吉野水分神社。遠くからでも朱塗りの楼門が見えます。

258-4-2.jpg
神社遠景
街道の下からの眺め。

258-4-3.jpg
鳥居前に到着

 吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)は、

『天水分神ほか七柱を祀る古社で、大和四水分神社の一つとして古来より信仰された。

水分神社は各分水嶺に祀られる神様。水分は水配りの意味で、峰から水が分水する事からの命名である。

元来は青根ヶ峰山頂にあったとされ、『続日本紀』文武天皇2年(698年)の記録が最古。

現在地への遷座は大同元年(806年)頃とされる。

258-4-4.jpg
鳥居近影
境内までの距離が短いので、上から圧倒される雰囲気である。

258-4-5.jpg
重文・楼門
慶長10年(1605年)豊臣秀頼の再建。境内側からの眺め。右は拝殿で左は南回廊。

258-4-6.jpg
重文・拝殿

 また「みくまり」が「みこもり」に通じることから平安時代には子守明神として知られるようになった。

歴史上の人物では豊臣秀頼、本居宣長が、両親がここに祈願して生まれた申し子とされ、

現在の社殿は慶長10年(1605年)、秀頼に拠って再建。一間社春日造りを中心として、

三間社流造りを左右に、三殿を一棟に繋いだもので楼門と共に重文。

2004年には世界遺産に登録された。』 とあります。

 楼門から続く境内は桃山時代の建築の宝庫。本殿に安置された玉依姫木像は唯一の国宝ですが、

御神体のため拝観できず。しかしこれだけのものが無料で拝観できるのも十分魅力のある事です。

258-4-7.jpg
拝殿の軒と奥に見える幣殿
どちらも重文。

258-4-8.jpg
重文・幣殿

258-4-9.jpg
幣殿前から見た神社内景観
左が本殿に当たる。

258-4-10.jpg
重文・本殿
正面三ヵ所に破風があり、中央が春日造り、左右が流造と特異な形になっている。

258-4-11.jpg
本殿の軒下部分

258-4-12.jpg
楼門前から見た境内

 御朱印を御願いすべく境内を見渡しても人気なし。後で知った事ですが、

ここは神職が兼務しているので常駐ではないそうです。

じっくり探すと拝殿廊下に、ノートと貯金箱があって、

「御朱印希望の方は御住所・御名前を御記入の上、¥300を入れて下さい。」との掲示が…。

四半世紀以上御朱印巡りをしていますが通信販売は初体験。

書置きであれば簡単とは思うのですが、ブームに便乗して大量に持っていく人がいるからでしょうか?

 私も¥300で依頼。恐らく、1週間以上経ってからの配達と予想していましたが、

2日後の23日に早々と到着。84円切手も貼付されていたので、

その分は神社の持ち出しになります。水分神社の【気配り】に改めて感謝した事でした。

258-4-13.jpg
楼門下の梟の彫刻

258-4-14.jpg
拝殿前に置かれた御朱印申込案内

258-4-16.jpg
早速届いた吉野水分神社御朱印

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

西行庵(奈良県吉野郡吉野町)

2020.10.11(20:44) 718

庵並べむ秋の山里(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)
吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社 → 徒歩20分 → 西行庵

258-3-1.jpg
西行庵

 金峯神社参拝に続いて右手の山道を進む事15分で西行法師が庵を結んだ場所に。

暗い山道を上ったかと思うと、左折して今度は下り。途中崖っぷちに通された道を通りながら、

「なんでこんな行き難い場所に隠棲したんやろ?」 と思う事頻り。

漸く山間で少し広くなった日の当たる場所に出るとそこが庵の場所。

258-3-2.jpg
金峯神社の右手山道を進む

258-3-3.jpg
途中にある歌碑

258-3-4.jpg
数百mで左折

258-3-5.jpg
最後は崖っぷちを行く事に

258-3-6.jpg
中央の木々がこんもり茂った場所に庵が
周囲にあるのは吉野杉の美林。

『藤原秀郷の直系の武家であった佐藤義清は鳥羽上皇に仕える北面の武士であったが、

文治元年(1185年)突然出家。妻子を残して西行を名乗り、以後全国を放浪。

吉野には文治年間(1185~1190年)の3年間、桜と杉に囲まれた庵で独り住まいした。

現在の庵は二間四方の檜皮葺。再建であるが当時の面影を今に伝える。

・寂しさに 堪えたる人の またもあれや 庵並べむ 冬の山里

はこの場所での詠と伝わる。

258-3-7.jpg
西行庵全景
庵の周辺は意外と広い。

258-3-8.jpg
庵脇の説明板

258-3-9.jpg
西行庵近影
中には西行の像が見える。

258-3-10.jpg
西行法師像

 付近には西行が好んだ苔清水も湧出しており、

・とくとくと 落つる岩間の 苔清水 汲みほすまでも なき住居かな

と詠んでいる。後世、西行を師と仰いだ松尾芭蕉が貞享元年1684年の秋と

4年後の春の二度訪問した。』 とあります。

258-3-11.jpg
庵の傍の歌碑

258-3-12.jpg
庵のある場所からの眺め

258-3-13.jpg
眺望付近の歌碑

 訪問前は「なんちゅう場所や!」と思いましたが実際行ってみると、近くに湧水あり、

日も当たり、山並みも見渡せる場所。庵を過ぎて神社への帰り道まではぐるっと一周。

吉野杉の植林を見ながら進むと、所々平坦な場所があります。今は碑しかありませんが、

四方正面堂、安禅寺蔵王堂、宝塔院とかつて大小の寺院がありました。

大峯山への中継地として賑わったのでしょう。西行も無人の荒野に引き籠った訳ではないようです。

258-3-14.jpg
少し先にある苔清水
西行の詠んだ泉は今も湧出している。

258-3-15.jpg
苔清水からは吉野の山々が見える

258-3-16.jpg
見晴らしの良い高台にある四方正面堂跡

 てっきり大昔に廃絶したと思いましたが明治の廃仏毀釈の影響と説明されていました。

安禅寺蔵王堂の本尊、4mもある蔵王権現坐像が今では蔵王堂の客仏として内陣に

祀られているのも意外でしたが、それだけ明治維新は仏教界には一大革命であったとまざまざと感じます。

 捲土重来を期して吉野へ逃れた人は数多いますが、俗世と縁を切っての吉野入りは西行唯一人。

名門の武家としての将来を捨てて出家した事には賛否両論もあるでしょうが、

己の思いのままの生涯を送った事には誰も異論はない筈。

己の望を叶えるためには大切なものを断捨離しなければならないのが人間の負った業でしょうか?

258-3-17.jpg
安禅院蔵王堂跡
西行庵からの道の終点付近にある。

258-3-18.jpg
路の交差点付近に建つ碑

258-3-19.jpg
路の交差点付近には広大な宝塔院があったとされる

258-3-20.jpg
宝塔院跡の説明

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



西行 (新潮文庫)

新品価格
¥693から
(2020/10/11 20:50時点)



西行 魂の旅路 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)

新品価格
¥614から
(2020/10/11 20:51時点)



西行物語 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,155から
(2020/10/11 20:52時点)



影の日本史にせまる:西行から芭蕉へ

新品価格
¥1,512から
(2020/10/11 20:53時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)





ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

金峯神社(奈良県吉野郡吉野町)

2020.10.10(20:14) 717

吉野山は金の山?(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)

吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社

258-2-1.jpg
金峯神社(式内社 郷社)

 今回で吉野訪問は5度目、今までは中千本止まりの吉野ですが、今回は奥千本の神社を目標に。

駅に着くと目的の金峯(きんぷ)神社まで6.5㎞の表示。60分程度と楽観しましたが、

これが結構な登り。中千本を過ぎる頃からは木々が増える半面、道路幅は狭くなり建物も減少。

やはり上・奥千本に行く人数はぐっと少なくなるのでしょう。

258-2-2.jpg
途中、花矢倉からの眺望

258-2-3.jpg
奥千本に近付くにつれて道は狭く暗く人気がなくなる

 絶景に癒されながらも歩く事80分、行く手に木の鳥居が見えると神社入口。

この鳥居の名は「修行門」とあり、大峯山上へ参る四つの門の内の一つ。

ここから修業が始まるという意味でしょうが、俗人にとって

駅からここまで上って来るのがある意味修行とも言えます。

修行門から更に階段を上りますが、途中急に周囲の空気が涼しく感じられました。

山の冷気の影響でしょうが、修験道の持つ【霊気】のためとも思われました。

更に進むと昼なお暗い松林に囲まれた中に鎮座するのが目的の神社。

258-2-4.jpg
修行門へ到着
この右手にバス停があったのは驚き!

258-2-5.jpg
修行門近影
大峯山上へ参るための四つの門の内、第二門。

258-2-6.jpg
門に掲げられた扁額

258-2-8.jpg
この先に見えるのが社
ここまで来ると随分涼しく感じる。

金峯(きんぷ)神社は、

『吉野山の総地主の神、金山毘古(彦)命を祀り、金精(こんじょう)明神の別名で

古くから信仰されてきた延喜式内社である。

金峯と言うのはこの辺りから大峯山にかけての総称で、古来地下に黄金の鉱脈があると信じられた。

「宇治拾遺物語」にはこの山から黄金を得た男がやがて神罰を被ったという話が載るが、

これは仏教説話として、金峯山は黄金浄土であると言う観念から生まれたものである。

また「栄花物語」には藤原道長の参詣の話があり、金峯山経塚からは

寛弘4年(1007年)に道長が埋納した円筒形経筒が出土、現在は国宝となっている。

258-2-9.jpg
拝殿前の木の鳥居

258-2-10.jpg
由緒記

258-2-11.jpg
石段の先に建つ拝殿

 境内から山上ヵ岳には登山道が通り、大峯奥駈道として行者はじめ訪れる人が多い。

社殿から左に少し下った場所に建つのは修行場の一つ「隠れ塔」。

役行者を祀る檜皮葺宝形造りの簡素な堂である。

行者の初入峰者は神官に従ってこの中に入り、暗黒の中で

・吉野なる 深山の奥の 隠れ堂 本来空のすみかなり

と唱えながら堂内を巡る習わしである。

 文治元年(1185年)には源義経主従がこの塔に隠れ、追手から逃れるために

屋根を蹴破った事から、「義経の隠れ塔」「蹴抜けの塔」とも呼ばれるようになった。』 とあります。

258-2-12.jpg
拝殿正面

258-2-13.jpg
拝殿内陣
奥の石段の向こうにあるのが本殿。

258-2-14.jpg
脇道より見た本殿

 金峯山の由来が黄金にあったとは初耳。大仏開眼を始め人々が探し求めた黄金信仰でしょうが、

紀伊半島は花崗岩質の岩盤の上に薄い土層が載った地形。

この成り立ちから考えても金は殆ど出なかったか、出ても僅かというのが本当の所でしょう。

 義経主従も修験者に身をやつしていたとはいえ、大立ち回りを演じたものだと感心します。

258-2-15.jpg
拝殿前から見た社務所

258-2-16.jpg
社務所の横の関を抜けて「隠れ塔」へ向かう

258-2-17.jpg
木立の向こうの「隠れ塔」

 神社は静寂の中にあり、当初は無人と思いましたが、参道脇に建屋があり車が停車。

声を掛けると年配の方が出てこられ御朱印を無事拝受。

 なんでも早朝から夕方までここに滞在されるそうです。

「冬場は人が少ないから」 と仰るところを見ると休みなのでしょうか?

 随分上って来た印象があったので、標高を尋ねると

神社の位置は756m、蔵王堂は400m弱だそう。知らずに300m以上も上った事になります。

車で来るとは言え、周囲には人家もなく店もないので、まさに修行と言うに相応しい状態でした。

258-2-18.jpg
「隠れ塔」近影

258-2-19.jpg
塔に籠る人が唱える言葉

258-2-20.jpg
金峯神社御朱印
80分歩いた甲斐があり無事拝受。

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

吉野山(奈良県吉野郡吉野町) 吉野と南朝

2020.10.09(19:23) 716

ヒガンの吉野奥駈け(後編)(2020.9.21)

<コース>
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)
吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社

258-1-1.jpg
街道沿いに建つ後醍醐天皇御製

 吉野は日本を代表する桜の名所ですが、加えて壬申の乱の大海人皇子に始まり、

平安末期の西行法師、義経・静御前、鎌倉末期の大塔宮護良親王、後醍醐天皇、

そして幕末の天誅組と中央の政争で敗れた人が逃げ込んだ悲劇の場所という面もあります。

 唯、逃げるだけならば人気のない秘境に逃げれば良いですが、上記の人は

いずれも捲土重来を期した人々。大海人皇子と大塔宮はその宿願を果たしています。

要は巻き返しを図るだけの地盤が不可欠な訳で、紀伊山地を巡る修験道のネットワークが

利用できた事が大です。これを【紀伊ハンター】と呼ぶかどうかは知りませんが…。

258-1-2.jpg
吉野駅から街道へ入る場所にある大橋
護良親王と幕府側の激戦地にもなった。

258-1-3.jpg
大橋の由緒記

258-1-4.jpg
金峯山寺周辺の街道沿いの家並み

258-1-5.jpg
大塔宮仰徳碑
竹林院の先の坂を上った場所にある。

258-1-6.jpg
仰徳碑の説明

 中千本を過ぎる頃からは木々が増える半面、道路幅は狭くなり建物も減少。

やはり上・奥千本に行く人数はぐっと少なくなるのでしょう。

 人気の少ない山道を行くのは寂しいですが、途中に見える絶景に癒されました。

有名なのは上千本の坂の途中にある花矢倉。蔵王堂を中心に中・下千本から

遠く金剛・葛城山系まで見渡せる絶景。その昔、義経の家臣佐藤忠信が

追手と奮戦し主人を逃した場所で歌舞伎の「義経千本桜」でも有名です。

258-1-7.jpg
御幸の芝付近にある社
かつては雨飾観音堂があった。

258-1-8.jpg
御幸の芝と雨飾の説明

258-0-1.jpg
花矢倉展望台にて

258-1-9.jpg
展望台にあった世尊寺跡

258-1-10.jpg
世尊寺跡にある史跡説明

 絶景に加え世尊寺や牛頭天王社などの史跡も点在。

いずれも史跡とあるだけで建物は残っていませんが、この道は大峰山に続く道。

 奥千本まで歩いて分かったのは高い標高の割には至る所にある湧き水。

吉野水分神社や吉水神社という名も関係がありそうで、ここが修験道の聖地となったのは、

綺麗な水が得られることもあった気がします。

 お寺の年配の御住職に伺った話では、現在の人口は600人ですが

以前は千人を超えていたようで、かつての繁栄が偲ばれました。

一部の人が仙人になって千人を割り込んだ訳ではなさそうですが…。

258-1-11.jpg
丈之橋跡
奥千本に向かう途中にある。

258-1-12.jpg
街道脇にある牛頭天王社跡

258-1-13.jpg
更に登ると閼伽井が

258-1-14.jpg
正頭上人 閼伽井の石標

258-1-15.jpg
ようやく奥千本の金峯神社前の修行門へ到着

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

吉野山(奈良県吉野郡吉野町) 吉野と桜

2020.10.08(21:37) 715

ヒガンの吉野奥駈け (前編)(2020.9.21)

<コース> 近鉄急行は30分間隔で運転
【往路】大阪阿部野橋(6:50) → (近鉄急行) → 吉野(8:22)
吉野駅 → 徒歩80分 → 金峯神社

258-0-1.jpg
花矢倉からの眺め

 連休初日の京都に続いて奈良県へ。

「近鉄1dayおでかけきっぷ」というのがあって、¥1000で大阪・奈良・京都が1日乗り放題。

これも Go To の一環でしょうか?

上本町からは奈良往復でも元がとれますが、どうせ【なら】と近鉄終点の吉野行き。

 大阪阿部野橋駅6:50の始発急行で吉野8:22着。規制も緩和されつつありますが、

終点までの乗客は疎ら。吉野は5回目ですが今までは中千本止まり。

今回は奥千本の神社を目標に、そこから下千本へと奥駈けならぬ逆駈けを狙いました。

258-0-2.jpg
近鉄吉野駅舎

258-0-3.jpg
吉野町のゆるキャラ「ピンクル」

258-0-4.jpg
駅前の郵便ポスト
ポストと言えば普通は赤だが、ここはピンク。

258-0-5.jpg
吉野町マンホール蓋
駅改札外、観光案内所前にある

258-0-6.jpg
吉野町マンホールカード  
配布場所はこちらだったが、早々と配布修了となった。

258-0-7.jpg
奥駈け前に駅前の「近藤商店」にて三色ソフト ¥350
イチゴ・ヨモギ・バニラの三色だそう。

 奈良県有数というよりも日本を代表する桜の名所吉野山は、

近鉄終点の吉野駅から大峰山系の北へ延びた約8㎞の尾根の総称。

 駅から曲がりくねった道を上ると大橋で、ここからが吉野のメイン街道。

すぐ先に黒門があって昔は大名も下馬したという関所。

ここから先は旅館・土産物店が犇めき、黒門市場とでも言う感じ。

258-0-8.jpg
大橋の朱塗りの欄干
ここから街道を往くことに。

258-0-9.jpg
まず初めに黒門をくぐる

258-0-10.jpg
黒門説明板

 その先に建つのが銅鳥居で金峯山山頂まで続く鳥居の最初。大仏開眼時の

余剰な銅で造ったというのは伝説的ですが、南北朝時代の記録にもあります。

正徳元年(1711年)の再建ですが、銅製の鳥居としては国内最古。

真に【堂々】とした【最高】のものです。

これが俗界と浄界の結界で吉野を行く人はここで発心を起こすそうですが、

急な坂道で発作を起こさないか心配でした。

258-0-11.jpg
結界に建つ銅の鳥居

258-0-12.jpg
鳥居の向こうにある役行者堂
さすがに修験道の本場だけの事はある。

258-0-13.jpg
吉野山のシンボル国宝・蔵王堂仁王門
但し改修中のためこのような状態。

258-0-14.jpg
蔵王堂の奥の入口

 低い方から下千本、中・上・奥の千本と分かれ、開花時期も4月上旬から下旬までと

ほぼ一ヵ月に亘って下から奥へと移ります。千本が四ヵ所ならば四千本ですが、

実際の桜の本数は約6万本。花見に来る観光客が数十万人と一桁ずつ上がるのも特徴です。

 その由緒は役行者が山上ヵ岳で苦行の末感得した金剛蔵王権現を桜に刻んで守り本尊としたから。

その後、ここを訪れる修験者等の寄進により増え続け、地元の人も神木として守ったのが

今に伝わる桜の名所となりました。

桜と言えばソメイヨシノですが、吉野の桜は若葉と同時に開花するシロヤマザクラ。

艶やかさには欠けますが、その陰影のある彩が却って吉野に秘められた歴史とも重なっていると言えます。

258-0-15.jpg
蔵王堂横からの眺め

258-0-16.jpg
街道沿いの家屋
これは修験道の薬「陀羅尼助丸」の店舗。

258-0-17.jpg
中千本の坂を上った場所にある米穀店

258-0-18.jpg
上千本の坂の途中にある花矢倉入口

258-0-19.jpg
花矢倉からの展望
中央が蔵王堂、その奥が吉野の市街地。

258-0-20.jpg
展望所から見た街道沿い
左奥が二上山か?

[参考書]

奈良県の歴史散歩〈下〉奈良南部

新品価格
¥1,320から
(2020/10/8 21:21時点)



奈良<世界遺産>散歩 (とんぼの本)

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:22時点)



奈良県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥792から
(2020/10/8 21:23時点)



吉野 仙境の歴史

新品価格
¥2,090から
(2020/10/8 21:27時点)



聴く歴史・古代『修験道の開祖役行者と古代の聖地吉野の黄金伝説』

新品価格
¥1,000から
(2020/10/8 21:30時点)



歩いて旅する熊野古道・高野・吉野

新品価格
¥1,760から
(2020/10/8 21:31時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2020/10/8 21:32時点)



南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,177から
(2020/10/8 21:33時点)



役行者霊蹟札所めぐり

新品価格
¥1,650から
(2020/10/8 21:35時点)



役行者と修験道の歴史 (歴史文化ライブラリー)

新品価格
¥1,870から
(2020/10/8 21:36時点)



霊山と日本人 (講談社学術文庫)

新品価格
¥1,188から
(2020/10/8 21:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


奈良県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

御香宮神社(京都市伏見区) 伏見区の産土神

2020.10.07(20:45) 714

京都の名水が湧く社(2020.9.19)

<コース> 京阪電鉄は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 市原 → (代行バス) → 鞍馬 → 貴船口 → (代行バス) → 市原 → (叡山電鉄) → 八瀬比叡山口 → 徒歩5分 → 崇道神社 → 徒歩8分 → 三宅八幡宮 → 徒歩20分 → 松ヶ崎大黒天 → 修学院 → (叡山電鉄) → 出町柳 → (京阪特急) → 丹波橋 → 徒歩8分 → 御香宮神社 → 徒歩10分 → 中書島 → (京阪特急) → 淀屋橋

257-4-1.jpg
御香宮神社(式内社 府社)

 出町柳から乗った京阪特急を所要のため丹波橋で下車。

用事を済ました後、買い物と見学を兼ねて伏見桃山まで南下し途中の神社に立寄り。

匂宮・薫大将とくれば宇治、御香宮と言えば伏見になります。

257-4-2.jpg
丹波橋駅からだと北門から入ることに

257-4-3.jpg
京阪電鉄伏見桃山駅から東進すると朱塗りの一の鳥居が

257-4-4.jpg
神社を囲む塀(南側)
付近は風致地区となっている。

257-4-5.jpg
重文・表門
元和8年(1622年)、水戸徳川家初代藩主頼房が伏見城の大手門を拝領して寄進した。

257-4-6.jpg
表門の蟇股
中国二十四孝を彫ったもの。右は郭巨、左は唐夫人のモチーフとあるが…。

257-4-7.jpg
表門の先にある石鳥居と参道

257-4-8.jpg
大手筋旧木鳥居基礎石

257-4-9.jpg
基礎石の説明

 御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)は、

『神功皇后を主祭神として仲哀天皇応神天皇他六柱を祀る日本第一安産守護之大神。

 初めは御諸(みもろ)神社と称したが、貞観4年(862年)9月9日に境内から

香の良い水が湧き出た事から、清和天皇より「御香宮」の名を賜った。

257-4-10.jpg
松に囲まれた参道の先に拝殿が見える

257-4-11.jpg
拝殿正面
寛永2年(1625年)紀州徳川家初代頼宣の寄進。桁行7間、梁行3間の入母屋造、本瓦葺の割拝殿。

257-4-12.jpg
拝殿正面軒唐破風極彩色彫刻
右上は鯉の瀧登り、左上は琴高仙人が鯉に跨って瀧の中程まで登って行く光景を表す。

257-4-13.jpg
拝殿の北側
雨樋の落ちる先が防火樽様式?

257-4-15.jpg
拝殿の中央を抜けると本殿へ

 天正18年(1590年)、豊臣秀吉は願文と太刀を献じてその成功を祈り、

伏見城築城に際しては鬼門除けの神として城中に勧進し社領三百石を献じた。

 徳川家康は慶長10年(1605年)に元の地に本殿を移し、三百石の社領を与えた。

表門は伏見城の大手門で徳川頼房の寄進、拝殿は徳川頼宣、

本殿は家康と徳川家の崇敬を受けて繁栄した。

 幕末の慶應4年(1868年)、鳥羽伏見の戦いが勃発。伏見奉行所には幕府軍が陣取り、

当社は官軍である薩摩藩の駐屯所となったが戦火は免れた。

 十月上旬の神幸祭は伏見九郷の総鎮守の祭礼「伏見祭」として

洛南随一の大祭として知られる。』 とあります。

257-4-16.jpg
本殿前の造り

257-4-17.jpg
本殿の左に湧く「御香水」
神社の名の由来となった清泉で「石井の御香水」として伏見の七名水の一つ。

257-4-18.jpg
本殿全景

257-4-19.jpg
本殿東妻の装飾

257-4-20.jpg
本殿東妻下側の装飾
酒処なので麒麟が描かれているのかどうかは定かでない。

257-4-21.jpg
本殿北側

257-4-22.jpg
本殿西妻装飾

257-4-23.jpg
本殿東に建つ御香水の碑
明治以降、涸れていたものを昭和57年に復元した。

257-4-24.jpg
本殿西側の大蘇鉄(雄株)
御朱印はこの左側で拝受する。

257-4-25.jpg
東側の大蘇鉄(雌株)

 今では伏見と書きますが元の表記は伏水。この辺りには地下水が縦横に走り良好な飲料を都に提供してきました。

酒造メーカーが集まっているのもそのため。かつてこの付近に地下鉄を通す計画がありましたが、

地元の酒造業者の猛反対で無くなったのは有名な話です。

 本殿の左に湧く「御香水」は明治以降枯れていたものを昭和57年に復元したもの。

昭和60年には環境庁の名水百選に選ばれました。今でもこんこんと湧き出しており

自由に飲むことができます。横に募金箱はありますが…。

257-4-26.jpg
拝殿左手の能舞台

257-4-27.jpg
参道から見た能舞台
地元の酒造業者からの奉納が見える。

257-4-28.jpg
境内には様々な末社があるが、これは酒で有名な松尾大社

257-4-29.jpg
御香宮説明書

257-4-30.jpg
御香宮略記 説明書とセットで¥100

257-4-31.jpg
御香宮御朱印
四半世紀以上前の拝受だが今も変わらず。

257-4-32.jpg
参道脇には伏見城石垣跡も

257-4-33.jpg
伏見義民の碑

257-4-34.jpg
碑の説明

 秀吉が築城したのも、ここの水に着目したのでしょうか。

人間にとって水は不可欠ですから、様々なドラマもあったようです。

黒田節の発祥は伏見にあった福島正則屋敷での出来事が元になっていますが、

これも酒にまつわる話と言うのも因縁めいたものを感じます。

257-4-35.jpg
神社南側の塀沿いに建つ「黒田節」発祥の説明

257-4-36.jpg
直ぐ西にある桃山幼稚園
明治時代的な造りだが、カトリック系の施設である。

257-4-37.jpg
伏見桃山郵便局 ; 御香宮神社、伏見の酒樽

257-4-38.jpg
JR奈良線桃山駅スタンプ(2006年 JR西日本京都支社)
神社はJRと京阪のほぼ中間に鎮座まします。

[参考書]

京都府の歴史散歩〈中〉

新品価格
¥1,320から
(2020/10/7 20:43時点)



イラストで見る200年前の京都 (じっぴコンパクト新書)

新品価格
¥792から
(2020/10/7 20:44時点)



伏見百景

新品価格
¥2,600から
(2020/10/7 20:45時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


京都市内 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

松ヶ崎大黒天(京都市左京区)

2020.10.05(20:38) 713

松ヶ崎の大黒さん(2020.9.19)

<コース> 京阪電鉄は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 市原 → (代行バス) → 鞍馬 → 貴船口 → (代行バス) → 市原 → (叡山電鉄) → 八瀬比叡山口 → 徒歩5分 → 崇道神社 → 徒歩8分 → 三宅八幡宮 → 徒歩20分 → 松ヶ崎大黒天

257-3-1.jpg
松崎山 妙円寺(日蓮宗)

 日本の仏教関係の本山の内、四分の一がある京都には市内だけでも1612の寺院があると

言われますが、正式名称ではなく通称で呼ばれる寺院も多々あります。

 それだけ庶民の生活に密着していると言えるでしょう。今日は、その中の一つ松ヶ崎の大黒さんに巡礼。

京都七福神や都七福神の一つとして知られており、私も名前は聞いていましたが、宗派も知りませんでした。

257-3-20.jpg
今回購入した、「通称寺 巡礼の栞」

 修学院駅から高野川を渡って北山通りから一筋北へ入ると石の鳥居が。

ガイドには日蓮宗とあったので、不思議ですが、大黒天の道標があったのでそれに従い北へ。

数百m歩いて山麓に至ると正面に白雲稲荷神社の社標があり、大黒さまは左手。

かつての神仏習合の名残の様でした。石段を上った先が大黒天の境内。

257-3-2.jpg
道路に面して石鳥居と大黒天の寺標が建つ

257-3-3.jpg
石鳥居の先の分かれ道
右がお稲荷様、大黒様は左。

257-3-4.jpg
大黒様へ参道を登る

257-3-5.jpg
二の鳥居に到着

257-3-6.jpg
石段の先にある山門(東門)

 松ヶ崎大黒天、正式名称松崎山妙円寺(まつざきさんみょうえんじ)は、

『元和2年(1616年)の建立。大黒天像は伝教大師最澄の作で日蓮上人の御開眼。

開運招福・商売繁盛の福神として信仰される。

七福神の一神である大黒天は、元来印度期限の黒色忿怒相で釈迦の変わられた御姿。

鎌倉時代以降、大国主命と結びつき現在の姿となった。

開祖日蓮上人も大黒天を篤く信仰し論述も残している。

257-3-7.jpg
境内の様子

257-3-8.jpg
正面から見た大黒堂
御朱印はここで拝受し、内陣に参拝。

257-3-9.jpg
お堂前にある「なで大黒様」

257-3-10.jpg
大黒堂の奥にある本堂
こちらは外から参拝。手前は開祖の像。

257-3-11.jpg
本堂の扁額「妙国精舎」

257-3-12.jpg
本堂前から境内を見下ろす

 寺のある松ヶ崎一帯は永仁2年(1294年)、日蓮の法孫の日像上人により全村挙げて日蓮宗に改宗。

時の歓喜寺住職であった実眼僧都は喜びの余り太鼓を打ち『南無妙法蓮華経』と唱えて

村人と共に歌い踊った。これが日本最古の盆踊りと伝えられる「松ヶ崎の題目踊り」の始まりで、

現在ではお盆の二日間、隣接する涌泉寺で行われている。』 とあります。

257-3-13.jpg
本堂前の石仏とお題目

257-3-14.jpg
大黒堂前の絵馬堂

257-3-15.jpg
手水舎も大黒様

257-3-16.jpg
西門付近
境内は洛北の隠れた紅葉名所でも知られる。

 関東と違って関西では少ない印象のある日蓮宗ですが、京都でも拠点があった事に驚きです。

そういえば、寺の裏山の松ヶ崎山は「五山の送り火」の内、「妙法」の文字が点火される場所。

妙法は日蓮宗のお題目の略称でもありますから、もっと早く気付くべき【ごさん】でした。

257-3-17.jpg
西門の先からの眺め
正面に「大」の文字が見える。

257-3-18.jpg
松ヶ崎 大黒天縁起

257-3-19.jpg
松ヶ崎大黒天御朱印
もう一つ、お題目もあるが、有名な大黒天で拝受。

[参考書]

京都府の歴史散歩〈中〉

新品価格
¥1,320から
(2020/10/5 20:35時点)



京の通称寺散歩

中古価格
¥2,000から
(2020/10/5 20:36時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


京都市内 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

三宅八幡宮(京都市左京区) 

2020.10.04(19:52) 712

虫八幡と狛鳩(2020.9.19)

<コース> 京阪電鉄は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 市原 → (代行バス) → 鞍馬 → 貴船口 → (代行バス) → 市原 → (叡山電鉄) → 八瀬比叡山口 → 徒歩5分 → 崇道神社 → 徒歩8分 → 三宅八幡宮

257-2-1.jpg
三宅八幡宮(村社)

 崇道神社参拝を済ませ、宝ヶ池に向かうと道の北側に赤い鳥居が見えます。

叡山電鉄の駅では三宅八幡と八幡前の二駅がありますが、前者は表参道ですが遠く

後者は近いけれども裏参道と一長一短。この日は、歩きながらの表参道からの正式な参拝となりました。

257-2-2.jpg
朱塗りの一の鳥居
高野川沿いに建つ。境内は遥か先で見えない。

257-2-3.jpg
一の鳥居の扁額

257-2-4.jpg
二の鳥居に到着
ここからは境内へは一直線に続く。

三宅八幡宮(みやけはちまんぐう)の社伝に拠れば

『推古天皇の御世、遣隋使の大命を受けた小野妹子は途中、

筑紫にて病にかかり、国東の宇佐八幡宮に祈願した所、無事平癒。

隋に渡った後も、種々の厄災から免れた。

帰朝後、この地に八幡宮を勧進したのが三宅八幡宮の嚆矢。従って御祭神は応神天皇である。

257-2-5.jpg
三の鳥居

257-2-6.jpg
ここで漸く四の鳥居

257-2-7.jpg
鳥居前の由緒記

257-2-8.jpg
鳥居脇の狛鳩
下の信鳩組は奉納者。

257-2-9.jpg
狛鳩近影

 時代は下って南北朝時代、この地に棲んだ南朝の忠臣・児島高徳が鎮守として篤く崇拝。

高徳の別名・備後三郎三宅高徳から三宅八幡宮と呼ばれるようになった。

 しかし応仁の乱で社殿・記録を全て焼失。数十年後に里人の手で復旧が計られるが、

拝殿は明治2年(1869年)、本殿は明治20年(1887年)になって漸く復興、社務所も同じ時期である。

257-2-10.jpg
鳥居に続く参道

257-2-11.jpg
こちらは阿吽の狛犬と拝殿
右が社務所。

257-2-12.jpg
社務所前から

257-2-13.jpg
後ろに控える本殿

257-2-14.jpg
本殿近影

 古来より皇室との関係が深いが、民衆の崇拝も厚く、特に小児の疳の虫封じ、

害虫駆除にも御利益があるとされ、虫八幡の異名を持つ。

 神社のシンボルは鳩であり、三の鳥居の脇には狛犬ならぬ狛鳩が鎮座し、

土鈴や紋にも鳩が描かれえている。9月14~16日の放生会は鳩を放す行事であった。』 とあります。

257-2-15.jpg
本殿の幕に描かれえた鳩

257-2-16.jpg
本殿前の石灯籠
信徒が奉納した。

257-2-17.jpg
明治の名優・九代目市川團十郎寄進の井桁
前面に市川家の家紋が刻まれている。

257-2-18.jpg
井桁の説明

 先の崇道神社境内にも小野毛人の墓があったように、ここは小野郷と呼ばれる

小野氏の所領だった場所。領地に八幡宮を勧進しても不思議ではありません。

 妹子は遣隋使として外交に携わった訳ですが、彼が先進国である東アジアの大国隋で

最先端の医療技術に触れた可能性も大です。疳の虫や害虫駆除もその流れでしょうか?

257-2-19.jpg
手水舎にも鳩の紋が

257-2-20.jpg
境内に結ばれた鳩みくじ
鳩の土鈴は持って帰らないのやろうか?

257-2-21.jpg
帰路は裏参道へ抜ける

 疳の虫はいわば子供のひきつけで、漢方では孫太郎虫が特効薬。

孫太郎虫はヘビトンボという昆虫の幼虫でムカデの様な形状、清流に棲息しています。

勝手な想像ではヘビトンボが棲息する高野川沿いに社を勧進したというのは飛躍しすぎでしょうか?

257-2-22.jpg
参拝記念に神鳩(奉納鳩)を購入
金の首輪があるのが雄。伏見人形の老舗窯元・丹嘉さんが製造したと説明。

257-2-23.jpg
三宅八幡宮参拝の栞

257-2-24.jpg
三宅八幡宮御朱印
3種類あった内、こちらを拝受。阿吽の鳩が愛らしい。

[参考書]

京都府の歴史散歩〈中〉

新品価格
¥1,320から
(2020/10/4 19:47時点)



なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか 最強11神社?八幡・天神・稲荷・伊勢・出雲・春日・熊野・祗園・諏訪・白山・住吉の信仰系統 (幻冬舎新書)

新品価格
¥946から
(2020/10/4 19:52時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


京都市内 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

崇道神社(京都市左京区) 上高野の氏神さま

2020.10.02(20:45) 711

さわらの神に祟りあり?(2020.9.19)

<コース> 京阪電鉄は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 市原 → (代行バス) → 鞍馬 → 貴船口 → (代行バス) → 市原 → (叡山電鉄) → 八瀬比叡山口 → 徒歩5分 → 崇道神社

257-1-1.jpg
崇道神社(旧村社)

 八瀬は紅葉の名所ですが時期外れ。

清流高野川沿いに宝ヶ池まで歩くと、途中「上高野の氏神さま」の幟が。

川に面した入口は狭いですが、崇道(すどう)神社の社標に続く参道は奥の山裾まで続く幽邃の地。

京町屋で言う鰻の寝床ですが、これは【すどう】りする訳にはイカンと参拝。

257-1-11.jpg
駅から高野川(八瀬川)の清流を渡る

257-1-12.jpg
367号線に面した狭い入口に建つ一の鳥居

257-1-13.jpg
一の鳥居前の由緒記

257-1-14.jpg
一の鳥居から二の鳥居に向かう

 崇道神社は、

『奈良末期の皇族早良(さわら)親王が御祭神。早良新王は光仁天皇と高野新笠の子で桓武天皇の実弟。

延暦4年(785年)におこった藤原種継暗殺事件の首謀者として逮捕され乙訓寺に幽閉された後、

淡路に流される途中無実を主張して絶食死した。

 その後、桓武天皇の近親者の死が続き、都に悪疫が流行した。これは早良新王の祟りと噂され

その怨霊を鎮めるため延暦19年に崇道天皇と追号、墓も現在の八島陵へ改葬した。

創祀年代は不明であるが、この地が若狭街道の交通の要衝で都の鬼門に当たる事から、

貞観年間(859~877年)以降と推定される。崇道天皇を祀る神社には藤森神社、

上御霊神社があるが崇道天皇のみを祭神とするのはここだけである。』 とあります。

257-1-15.jpg
三の鳥居に到着

257-1-16.jpg
石段を上り参拝
正面が拝殿、右が社務所。

 早良新王は父の光仁天皇から桓武天皇の【後任】であることを【公認】された人物。

ところが男子が三人いた桓武天皇は己の子に天皇位を継承させたいがために、

策略を以て早良新王を排除。それが新王の悲劇的な死に繋がりました。

万事うまく行った筈ですが、その後、不幸が次々と重なり造営したばかりの長岡京を放棄。

新たな都を造り平安京と命名したが、その後も新王の怨霊に苦しめられた、と概説書や小説にあります。

257-1-17.jpg
石段の先にある拝殿
天皇を祀る割には小さな社である。

257-1-18.jpg
こちらが本殿

257-1-19.jpg
拝殿前から参道を振り返る

 そう考えて境内を行くと、静寂の中にも怖さを感じます。御朱印を宮司さんに御願いする際に、

和辻;「桓武天皇も怨霊を怖れたのでしょうね。」

宮司;「あれは怨霊のせいにしたのでしょうね。」

和辻;「どういう事でしょうか?」

宮司;「身内の不幸は兎も角、民衆の不満や疫病は桓武の失政とも言えます。そのままだと不満の矛先は天皇に行きますが、怨霊のせいだと民衆も諦めざるを得ないですから。」

成程、そういう考えたかもあるのかと感心しました。

257-1-20.jpg
参道右手の小野神社へ

257-1-21.jpg
途中に小さな滝が

 桓武天皇は山部親王と言われたころから聡明で知られ、皇位継承から遠かったにも拘らず、

藤原氏を味方につけたりして遂には皇位に上った傑物。

早良新王はじめ多くの皇族を葬っての天皇位でした。そんな人物ならば

超自然現象の怨霊を怖れるよりもそれをうまく利用したという方がしっくりきます。

 平安京は怨霊に満ちた場所というのが定説ですが、そのような【音量】の大きい

【祟るの軛】からそろそろ解放される時期に来ているのではないでしょうか?

257-1-22.jpg
小野氏が一族を祀るため創建した小野神社
小野氏はこの一帯の領主でもあった。

257-1-23.jpg
小野妹子の息子・毛人(えみし)の墓誌
境内にあった毛人の墓から出土し、現在は国宝になっている。

 宮司さんは大学卒業後、某M菱重工業で刃物の設計・製造に携わった技術者。

定年前に地元の勧めで神主の資格を取得して地元の神社に務められています。

現在、傘寿との事ですが、とてもそのような年齢には見えませんでした。

第二の人生としては魅力的な選択肢。私も考えて見ようと思った次第です。

257-1-24.jpg
崇道神社参拝の栞

257-1-25.jpg
崇道神社御朱印

[参考書]

京都府の歴史散歩〈中〉

新品価格
¥1,320から
(2020/10/2 20:42時点)



早良親王 (人物叢書)

新品価格
¥2,420から
(2020/10/2 20:43時点)



京都異界に秘められた古社寺の謎??歴史を動かした京千二百年の舞台裏

新品価格
¥1,430から
(2020/10/2 20:44時点)



平安京の怨霊伝説?陰陽師たちが支配した京都 (祥伝社黄金文庫)

新品価格
¥607から
(2020/10/2 20:45時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


京都市内 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

貴船から鞍馬へ(京都市左京区)

2020.10.01(20:57) 710

天狗の鼻を圧し折られた?(2020.9.19)

<コース> 京阪電鉄は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 市原 → (代行バス) → 鞍馬貴船口 → (代行バス) → 市原 → (叡山電鉄) → 八瀬比叡山口

257-1-2.jpg
無人の市原駅で代行バスへ乗り換え

 「暑さ寒さも彼岸まで」の謂い通り猛暑も大分収まっての四連休ですが、

空模様は【いまいち】で日光にはすこし足らず。そこで天気の良い所を目指して洛北へ。

 聞くところでは叡山電鉄の四駅でスタンプが刷新されたらしいので、収集も兼ねての鞍馬行き。

ところが梅雨の豪雨で不通になった市原~鞍馬間が未だ復旧せず。

代行バスで辿り着いたものの、早朝とはいえ乗客も少なく門前も閑散。

こんなに人気のない鞍馬寺を見たのは初めてでした。

門前の精進料理店・雍州路は開いていましたが、なぜか三種のアイスの看板が。

牛乳は精進料理の範疇なのでしょう。

257-1-3.jpg
土砂崩れから復興中の鞍馬~貴船口間

257-1-5.jpg
鞍馬寺門前
人は少ないが拝観はしている。

257-1-6.jpg
「雍州路」の店先の看板

 目的の鞍馬駅は閉鎖中で押印できず。唯、駅前の天狗がリニューアル。

後で訊いた話では雪の重みで鼻が折れたとか。京都から若狭へ抜ける

鯖街道の途中に花折峠というのがありますが、その祟りでしょうか?

貴船口まで一駅分歩きましたが、ここの駅も閉鎖中。結局1時間余りのロスになりました。

257-1-4.jpg
閉鎖中の鞍馬駅とリニューアルした天狗面

 再び代行バスと電車で八瀬比叡山口下車。ここでは押印できたものの成果は半分。

出掛ける前は翌々下調べをせねばと自戒の念を込めての次回の持ち越しとは相成りました。

天狗になってはイカンちゅう事ですな。尤も腹癒せに八瀬で大食いした訳ではありませんので念のため。

257-1-7.jpg
宝ヶ池駅で観光列車「ひえい」に乗り換えて八瀬比叡山口駅へ
「ひえい」は延暦寺参詣ルートの叡山本線を走る。車体と駅舎の緑がマッチしている。

257-1-8.jpg
駅に次の電車が到着

257-1-9.jpg
駅舎に掲げられた右書きの「八瀬駅」も時代を感じる

257-1-10.jpg
今回押印した2駅
最近のスタンプの傾向として、風景よりも車体をアピールしたものが増えた。これは新幹線の影響か?

[参考書]

京都府の歴史散歩〈中〉

新品価格
¥1,320から
(2020/10/1 20:51時点)



京阪電鉄、叡山電鉄、京福電鉄(嵐電) (1世紀の写真記録)

新品価格
¥2,035から
(2020/10/1 20:53時点)



すごいぞ! 関西ローカル鉄道物語

新品価格
¥1,980から
(2020/10/1 20:54時点)



叡電ゆるり各駅めぐり (らくたび文庫)

新品価格
¥524から
(2020/10/1 20:55時点)



鉄道でめぐる ゆるり京都ひとり旅 (京都しあわせ倶楽部)

新品価格
¥2,711から
(2020/10/1 20:56時点)



新版 古寺巡礼京都〈14〉鞍馬寺

新品価格
¥1,760から
(2020/10/1 20:56時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


京都市内 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

慈恩寺(岐阜県郡上市) 静寂と清水の中で涼を感じる

2020.09.29(21:41) 709

名勝荎草園(2020.9.5)

<コース> 夏の青春18きっぷ
【往路】JR大阪(5:55) → JR米原(7:42→8:04) → JR大垣(8:36→8:40) → JR岐阜(8:53→9:09) → JR美濃太田(9:44→9:56) → (長良川鉄道) → 郡上大和(11:38)

郡上大和駅 → 徒歩10分 → 道の駅 古今伝授の里 → 郡上大和(13:10) → 郡上八幡(13:27) → 駅観光案内所レンタサイクル5分 → 宗祇水 → 大乗寺 → 慈恩寺 → 郡上八幡駅

【復路】郡上八幡(16:01) → (長良川鉄道) → 美濃太田(17:22→17:36) → JR岐阜(18:07→18:21) → JR米原(19:09→19:18) → JR大阪(20:42)

256-3-1.jpg
鍾山慈恩護国禅寺(臨済宗妙心寺派)

大乗寺参拝の後は吉田川に架かる宮ケ瀬橋を渡り、立町・川原町と東進し

寺標の前を右折すると目指す寺院。

256-3-2.jpg
川原町付近の街並み

256-3-3.jpg
川原町沿いに建てられた寺標を奥に進む

 鍾山慈恩護国禅寺(しょうざんじおんごこくぜんじ)は、

『慶長11年(1606年)、八幡城主・遠藤但馬守慶隆が開基となり、京都花園妙心寺の円明国師を勤請。

その高弟・半山紹碩禅師を迎え釈迦如来を本尊として創建された。

境内には遠藤慶隆公・智勝院殿・高松院殿及び金森台近公の各霊廟が建立されている。

256-3-4.jpg
正面の総門は屋根改装中なので駐車場横から入山

256-3-5.jpg
慈恩寺全景

256-3-6.jpg
中門をくぐり境内へ

256-3-7.jpg
中門扉の彫刻

 元文3年(1738年)、「護国」の称号と青蓮院宮一品親王の勅額を下賜され、

また棠林和尚の代には修行道場として禅堂が開かれた。

 明治26年(1893年)には裏山が豪雨に拠り土砂崩れを起こし、山門のみを残し

伽藍全てが埋没した。この災害は後に慈恩寺崩れと呼ばれる事になる。

明治天皇より勅使・片岡侍従が遣わされ御見舞いを賜り三年後に再建。現在に至る。

256-3-8.jpg
中門から見た寺院
正面が書院玄関で、左が本堂、右が寺務所(拝観受付)。

256-3-9.jpg
書院玄関
中に見える曲線状のものはオブジェではなく、欅の古木を使った結界だそう。

256-3-10.jpg
鐘楼と本堂

256-3-11.jpg
鐘楼と地蔵菩薩

256-3-12.jpg
本堂正面

256-3-13.jpg
本堂前の勅旨岩
明治26年の水害に際し、明治天皇より御見舞いに遣わされた片岡侍従が腰掛けた岩。

 書院の奥にある「荎草園(てっそうえん)」は創建半山禅師の作庭。

雄大な岩山を背景とし、静寂の中に絶えず響き渡る滝の音が、

幽玄で豪爽な雰囲気を醸し出す室町様式の庭園である。』 とあります。

尚、荎草(てっそう)とはサネカズラの中国名。木蓮科の蔓草で、

男性が調髪に用いたことから美男カズラとも呼ばれるものだそうです。

256-3-14.jpg
書院奥から庭園を拝観

256-3-15.jpg
書院の大広間
ここに座してじっくり庭を眺める。

256-3-16.jpg
書院の床の間
左に紅葉の頃の庭園の写真が貼ってある。

256-3-17.jpg
書院の縁側越しに池を見る

256-3-18.jpg
西側から見た庭園

256-3-19.jpg
庭園から書院を見る

256-3-20.jpg
庭園には紅葉が多い

 御朱印帳の記録を見ると平成5年に訪問済。しかしお城は覚えているものの、

寺院や庭は全く記憶に残っていませんでした。

 受付でその旨を話すと、住職夫人と思しき方が仰るには

夫人;「庭はそのままですが、建物内は改修したので、違った印象だと思います。」 との事。

 表札に「東」とあったので、

和辻;「東常縁公と縁続きなのですか?」

夫人;「世襲ではないので、血縁は御座いません。明治になって、常縁公に所縁の地なので東(とう)と名乗りなさい、とお上から言われたようです。」

256-3-21.jpg
池に架かる橋

256-3-22.jpg
庭園を抜け本堂へ

256-3-23.jpg
庭園の隅にある水琴窟

256-3-24.jpg
廊下から見た庭園と書院

256-3-25.jpg
欅の古木を用いた結界

256-3-26.jpg
本堂手前の中庭

 拝観してみるとやはり記憶に残っておらず。今ほど庭に興味がなかったのか、

時間がなく駆け足だったのかも不明。いずれにせよ拝観して損はありませんでした。

ついでに御朱印も27年前とは随分違ったカラフルなもの。庭園に倣ったものかどうかは不明ですが、

これも拝受して正解。何事も、訊いてみる、試してみるのが【てっそう】くです。

256-3-27.jpg
総門脇にある烏枢沙摩(うすしま)明王
下半身を護って下さる仏様だそう。

256-3-28.jpg
明王説明

256-3-29.jpg
慈恩寺説明書

256-3-30.jpg
26年前に拝受した慈恩寺御朱印
当時はこの一種類しかなかった筈。

256-3-31.jpg
今回拝受した御朱印

[参考書]

岐阜県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/26 01:32時点)



岐阜県謎解き散歩 (新人物往来社文庫)

新品価格
¥943から
(2020/9/26 01:32時点)



水のまち

新品価格
¥1,650から
(2020/9/26 01:35時点)



水紀行 2 長良川:清流の幸と水音のまち郡上八幡 ()

新品価格
¥4,180から
(2020/9/26 01:35時点)



水の恵みを受けるまちづくり?郡上八幡の水縁空間

新品価格
¥2,530から
(2020/9/26 01:36時点)



郡上八幡伝統を生きる?地域社会の語りとリアリティ

新品価格
¥3,630から
(2020/9/26 01:36時点)



歌神と古今伝受

新品価格
¥3,300から
(2020/9/26 01:37時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


岐阜県 トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
タイトル画像

大乗寺(岐阜県郡上市) 小駄良川沿いの紅葉の名所

2020.09.28(22:18) 708

鮎があれば大乗寺(2020.9.5)

<コース> 夏の青春18きっぷ
【往路】JR大阪(5:55) → JR米原(7:42→8:04) → JR大垣(8:36→8:40) → JR岐阜(8:53→9:09) → JR美濃太田(9:44→9:56) → (長良川鉄道) → 郡上大和(11:38)

郡上大和駅 → 徒歩10分 → 道の駅 古今伝授の里 → 郡上大和(13:10) → 郡上八幡(13:27) → 駅観光案内所レンタサイクル5分 → 宗祇水 → 大乗寺 → 慈恩寺 → 郡上八幡駅

256-2-1.jpg
清水山大乗寺(日蓮宗)

 郡上八幡は長良川の支流吉田川に沿って形成された城下町ですが、

さらにその吉田川に流れ込む小駄良川という川沿いにはいくつかの寺院があります。

城下町の地図を見ても職人町等はありますが寺町の記載はなし。

城下町に拠っては防御の為に寺院を一ヵ所に集める所もありますが、郡上八幡は三方を山に、

西を長良川という大河に囲まれた要害の地なので、その必要がなかったのでしょう。

尤も平地が少なかったという理由もあり得ますが…。

職人町を北へ抜けて西へ小駄良川に架かる橋を渡った山麓にあるのが大乗寺。

山門前に立つと積翠城と呼ばれる郡上八幡城が真東に聳えます。

256-2-2.jpg
職人町を北から望む

256-2-3.jpg
小駄良川に架かる大乗寺橋の向こうに寺院が見える

256-2-4.jpg
大乗寺橋の上から小駄良川を南方向に見る

256-2-5.jpg
山門前から見える郡上八幡城

清水山大乗寺(せいすいざんだいじょうじ)は、

『越前朝倉家の落ち武者の清水三右衛門尉が、小駄良郷中桐村に茅舎を結び法華坊と呼んだのが嚆矢。

彼は天正年間に京都の日蓮宗妙覚寺の第二十世日乾上人に随身し日了と改名。

寺も妙覚寺の末寺となり大乗寺と号した。

 日了の後を継いだ日能上人の慶長8年(1603年)、城主遠藤但馬守慶隆(よしたか)に拠って信仰され

現在の地に堂宇を寄進された。これは慶隆にとって浅井・朝倉との戦は初陣であった事、

加えてここが当郡一寺の日蓮宗であった事に拠るとされる。

256-2-6.jpg
大乗寺入口

256-2-7.jpg
大乗寺由緒

256-2-8.jpg
山門(鐘楼門)近影
享和3年(1803年)の落成。扁額は「清水山」。

 享保15年(1730年)2月の火災に拠り尽く消滅。元文元年(1736年)京都の本山より

本尊の一塔二尊大曼荼羅を勧進。享和3年(1803年)には諸堂が再建された。

 大正8年(1919年)7月16日の大火によって周辺の江戸時代の建造物は殆ど焼失したが、

山門である鐘楼門と鬼子母神堂のみ焼失を免れ江戸時代の面影を今に伝えている。

 山門正面には鬼子母神堂、右奥には仁王像の鎮座する本堂、明治時代創建の庫裏など諸堂があり、

秋には境内が赤く染まる紅葉の名所でも知られる。』 とあります。

256-2-9.jpg
山門正面に建つ鬼子母神堂

256-2-10.jpg
享和3年(1803年)建築の鬼子母神堂
毎年8月1日には朝顔市が開かれる。

256-2-11.jpg
本堂前から見た鬼子母神堂

 伝統的な街並みに比べて古刹の印象が薄い郡上八幡市内ですが、最も古刹の雰囲気を伝えるのがここ。

裏山には戦国時代の尾壺城跡もあり、中世より重要視されたのが分かります。

 珍しいと思ったのが鬼子母神堂。関東の日蓮宗寺院では珍しくないですが、以西では少ない。

おまけに朝顔市まで開催されるとあっては、江戸の三大鬼子母神との関りもありそうです。

 非常に清閑な趣の寺院。山門前に「御朱印は本堂横へ」とあるので、ベルを押せども返事はなし。

諦めて次の場所へ向かう事にしました。

256-2-12.jpg
本堂全景

256-2-13.jpg
正面から見た本堂
内陣で参拝できる。

256-2-14.jpg
本堂前から見た境内
木立のためか昼尚、薄暗い印象。

256-2-15.jpg
紅葉の名所だけに境内には紅葉の巨木も

 この日の巡礼が終わって駅に向かう途中に再訪すると御住職夫人が対応。

殆ど期待しなかったので、砂漠にオアシスに出会った気分。伺うと庭掃除されていたとの事。

早速御朱印を御願いして、その間に本堂内陣で参拝もさせて頂きました。

 山号の由来を尋ねると、

夫人;「せいすいざんと言いまして、境内の山手から清水が湧出した事が由来です。」

和辻;「今でも湧き出していますか?」

夫人;「はい、細々とですけど…。」

てっきり開山の俗名清水三右衛門尉に由来すると思っていましたので己の無知を反省した次第です。

[参考書]

岐阜県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/26 01:32時点)



岐阜県謎解き散歩 (新人物往来社文庫)

新品価格
¥943から
(2020/9/26 01:32時点)



水のまち

新品価格
¥1,650から
(2020/9/26 01:35時点)



水紀行 2 長良川:清流の幸と水音のまち郡上八幡 ()

新品価格
¥4,180から
(2020/9/26 01:35時点)



水の恵みを受けるまちづくり?郡上八幡の水縁空間

新品価格
¥2,530から
(2020/9/26 01:36時点)



郡上八幡伝統を生きる?地域社会の語りとリアリティ

新品価格
¥3,630から
(2020/9/26 01:36時点)



歌神と古今伝受

新品価格
¥3,300から
(2020/9/26 01:37時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


岐阜県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

古今伝授の里と郡上踊りの里(岐阜県郡上市) 奥美濃の小京都へ

2020.09.26(01:38) 707

清水とGJ8マン(2020.9.5)

<コース> 夏の青春18きっぷ
【往路】JR大阪(5:55) → JR米原(7:42→8:04) → JR大垣(8:36→8:40) → JR岐阜(8:53→9:09) → JR美濃太田(9:44→9:56) → (長良川鉄道) → 郡上大和(11:38)

郡上大和駅 → 徒歩10分 → 道の駅 古今伝授の里 → 郡上大和(13:10) → 郡上八幡(13:27) → 駅観光案内所レンタサイクル5分 → 宗祇水

256-1-1.jpg
宗祇水
水の町郡上八幡のシンボルで日本名水百選の第一号。

 まだ残暑が厳しい夏の青春18きっぷ最終は奥美濃郡上八幡へ。長良川に沿ってかつては

国鉄越美南線が走っていましたが昭和61年に第三セクター長良川鉄道に引き継がれました。

本州最長の三セク鉄道で国鉄時代の古い駅舎も多く、川の流れと景色をのんびり見【ながら】の列車旅。

唯、線路は頻繁に川を渡るので、川を眺めるには頻繁に座席を左右に移らなければならないのが難点でしょうか?

256-1-2.jpg
JR美濃太田駅に併設された長良川鉄道の駅からスタート
これは9:56分発の「ゆら~り眺めて清流列車 1号」で、湯の洞温泉口から郡上八幡間の景勝地で徐行運転する。

256-1-3.jpg
長良川に架かる鉄橋から
太公望の姿もチラホラと…。

 鮎と清流で知られる郡上八幡ですが、もう一つの顔は古今伝授の里。

勅撰和歌集の「古今和歌集」の解釈を秘伝として師匠から弟子に伝えたもの。

平安末期から公家を中心に伝わっていましたが、室町中期の大和町の城主・東常縁(とうつねより)が

秘伝を悉く伝授された事で彼が一大権威になりました。

256-1-4.jpg
レトロな郡上大和駅舎
喫茶店「NAGARA」を併設。道の駅 古今伝授の里の最寄り駅。

256-1-5.jpg
郡上市大和地区マンホール蓋

256-1-6.jpg
道の駅にあった顔ハメ

256-1-7.jpg
道の駅 スタンプ

 文明3年(1471年)、常縁が大和町の明建神社で連歌師飯尾宗祇に古今伝授を行った事で、

郡上八幡は古今伝授の里となった次第。郡上八幡の町中には宗祇が常縁から和歌を学ぶために

泉の畔に草庵を結び愛用した清水が今に伝わります。

これが宗祇水で昭和60年に全国名水百選の一番手として指定されました。

大和から市街地までは10㎞程離れていますが、中世の人はさぞ健脚だったのでしょう。

256-1-8.jpg
こちらもレトロな郡上八幡駅舎

256-1-9.jpg
郡上おどりの提灯も今年は中止で虚しい
待合室に見えるのが駅スタンプ。

256-1-10.jpg
郡上八幡駅は登録有形文化財になっている

256-1-11.jpg
待合室でスタンプ押印
尚、郡上八幡駅は戦前の復刻版。

256-1-12.jpg
郡上八幡の町中にある建物
橋本町付近の旅館・食事処。

 宗祇に伝わった古今伝授は弟子の牡丹花肖柏と公家の三条西実隆に伝えられます。

実隆の後は代々三条西家に伝えられたものが最も権威あるものとされました。

戦国武将であった細川藤孝(幽斎)は三条西家から伝授を受けた当時唯一の人。

関ケ原の戦いでは少数で田辺舞鶴城で籠城しますが、古今伝授を絶える事を惜しんだ朝廷が勅使を派遣し、

彼の身柄を保護して開城させるという【調停】にこぎ着けたのは有名な話です。

「芸は身を助く」を地で行く話ですが、このようなことは【古今】に例はありません。

尚、後に幽斎は八条宮・三条西実条・烏丸光広に伝授を行い、この系列は御所伝授と呼ばれるようになりました。

 尤も、古今伝授については本居宣長が『石上淑言(いそのかみのささめごと)』で

完全な作り事であると一刀両断にしている事も付け加えて置きます。

256-1-13.jpg
メインの新町通り商店街

256-1-14.jpg
やなか水のこみち
新町通りから中に入った場所にあり、宗祇水と並ぶ撮影スポットでもある。

256-1-15.jpg
水のこみちにある湧水
飲用可能。

256-1-16.jpg
水のこみちから新町通り方面を見る

256-1-17.jpg
新町通りのレトロな家屋

256-1-18.jpg
郡上八幡旧庁舎記念館
今は観光案内所、土産、食事処となっている。

256-1-19.jpg
吉田川に架かる新橋上から見た旧庁舎記念館

256-1-20.jpg
新橋上から吉田川の向こうの長良川方面を見る
よくここから子供たちが川に飛び込む写真があるが、事故が多いので休止中?

256-1-21.jpg
川を越えて重要伝統的建造物群保存地区の本町通りへ
写真は酒屋。

256-1-22.jpg
桜間見屋
明治20根創業の肉桂玉製造販売元。

256-1-23.jpg
店の前には肉桂なのになぜか杉玉が吊ってある

256-1-24.jpg
桜間見屋の脇を抜けると宗祇水へ

 郡上八幡は長良川の支流吉田川沿いに開けた城下町で、夏は郡上おどり一色ですが今年は中止。

コロナの影響はここにも出ています。

そんなことが影響してか、長良川鉄道の駅舎はレトロな文化財で、古い町並みも残っています。

256-1-25.jpg
石段を下ると宗祇水
左は小駄良川に架かる清水橋。

256-1-26.jpg
上から見た宗祇水
水を貯める場所が区切られているのは、水のきれいな順位に拠る。

256-1-27.jpg
清水橋の上から

256-1-28.jpg
小駄良川沿いの民家郡

256-1-29.jpg
職人町・大工町の古い街並み

256-1-30.jpg
古い街並みの向こうに見える郡上八幡城


256-1-31.jpg
城へ向かう大手町通り沿いの家屋

256-1-32.jpg
洋風建築の医院

256-1-33.jpg
大手町の東端にある安養寺
ここから城へと登る。

256-1-34.jpg
宮ケ瀬橋の上から見た吉田川

 文化の香りに加え鮎や鰻の香りも漂ってきますが、レンタサイクル返却が16時なので泣く泣く断念。

先に郡上大和で道の駅で道草を食ったのが尾を引きました。

その代わり時間に余裕があった道の駅で「ほう葉みその定食」。

郡上八幡なら当然【ミノ】ですが、この日は飛騨牛。大いに【ほおば】る事ができました。

たまには【つねより】違ったものも良いものです。

256-1-35.jpg
道の駅にある「安食里」にて
これは「ホウ葉定食」 ¥1350

256-1-36.jpg
同じく道の駅にある「みちしる」にて
ひるがのイチゴソースシャーベット ¥350

256-1-37.jpg
郡上市マンホール蓋

256-1-38.jpg
郡上市マンホールカード 2種類
配布場所はこちら

256-1-39.jpg
郡上八幡郵便局 ; 郡上踊り、八幡城、吉田川と鮎

256-1-40.jpg
大和郵便局 ; 古今伝授の里、東氏記念館、梨
八幡小野郵便局 ; 郡上踊り、八幡城、三日月

 自転車を駅に返して帰りの列車に乗ると、車体には見慣れないキャラが。

さくらももこさん作の「GJ8マン(ジー・ジェイ・エイトマン)」とありました。

初めは不思議な名前と首を傾げましたが【ぐじょうはちまん】をアルファベットと数字で表したものと分かり納得。

文字通りGood Jobです。車内の説明には、作者が頼まれもしないのに勝手に考えてみたとあるので、

余程この町が気に入ったのでしょう。司馬遼太郎も『街道を往く』で日本で最も美しい山城と書いています。

それにしてもこれだけ思いが強いのは、さくらさんが【清水】出身だからでしょうね。

256-1-41.jpg
帰りの列車の車体

256-1-42.jpg
このキャラは「ちびまる子ちゃん」のキャラに似ている

256-1-43.jpg
車内の説明

256-1-44.jpg
運転席横には専用スタンプも設置

[参考書]

岐阜県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/26 01:32時点)



岐阜県謎解き散歩 (新人物往来社文庫)

新品価格
¥943から
(2020/9/26 01:32時点)



水のまち

新品価格
¥1,650から
(2020/9/26 01:35時点)



水紀行 2 長良川:清流の幸と水音のまち郡上八幡 ()

新品価格
¥4,180から
(2020/9/26 01:35時点)



水の恵みを受けるまちづくり?郡上八幡の水縁空間

新品価格
¥2,530から
(2020/9/26 01:36時点)



郡上八幡伝統を生きる?地域社会の語りとリアリティ

新品価格
¥3,630から
(2020/9/26 01:36時点)



歌神と古今伝受

新品価格
¥3,300から
(2020/9/26 01:37時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


岐阜県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

定光寺(愛知県瀬戸市) 尾張家始祖の廟がある寺

2020.09.23(21:01) 706

尾張の瀬戸際に建つ寺院(2020.8.29)

<コース> 夏の青春18きっぷ
JR大阪(5:55) → JR米原 → JR大垣 → JR岐阜(10:45) → JR多治見(11:24) → 多治見レンタサイクル15分 → 永保寺 → 修道院 → JR多治見(14:45) → JR定光寺(14:53) → 徒歩20分 → 定光寺 → JR定光寺(16:15) → JR名古屋(16:50→17:00) → JR米原(18:09→18:17) → JR大阪(19:42)

255-2-1.jpg
應夢山 定光寺(臨済宗妙心寺派)

 多治見訪問の後はJRで名古屋まで戻りますが、少しだけ時間があったので途中下車。

駅の名前は付近の寺院に由来する以前から気になっていた定光寺(じょうこうじ)。

岐阜県から愛知県に入って最初の駅ですが普通しか止まらない無人駅。

駅名の如く人の姿が見えるのは【乗降時】だけです。

しかも30分間隔で運転なので、帰りの時間を確認してから出発。

 駅は春日井市ですが川を越えると瀬戸市。名古屋市内では緩やかに流れる庄内川もこの辺りでは急流。

駅も山際にへばりつくような感じで、場所的にも尾張の瀬戸際と言うのがぴったりです。

255-2-2.jpg
JR中央線定光寺駅上りホーム
停車しているのは名古屋行普通電車。

255-2-3.jpg
庄内川に掛かる城領橋を渡り春日井市から瀬戸市へ
向こうに見えるのは旅館「應夢亭」で定光寺の山号から採った。

255-2-4.jpg
城領橋から見た庄内川の眺め

 城領橋を渡りそのまま道路を直進。支流の御手洗川に沿って東行しますが、

たまに喫茶店があるくらいで樹木と渓流に囲まれた「尾張の嵐山」と呼ばれる景勝地だそう。

風景は兎も角、人が少なく活気がないのはコロナのせいでしょうか?

遡る事20分で入口があり更に石段を上って境内到着。

255-2-5.jpg
道路に面した寺院入口
続く石橋は直入橋と呼ばれ、承応2年(1653年)尾張藩二代・徳川光友の命で奉行・熊谷政実が架橋した。

255-2-6.jpg
直入橋に続く参道

255-2-7.jpg
更に上って境内へ

255-2-8.jpg
山門に到着

 應夢山定光寺(おうむざんじょうこうじ)は、

『建武3年(1336年)覚源禅師の創建。覚源は千葉氏で肥後の出身。

9歳で出家して鎌倉建長寺で修業後、54歳の時尾張の国々を遊歴。

水野郷で坐禅修行をする傍ら住民の帰依を受けた。5年後、本堂を建立するに際し、

その場所から「定光仏」と言う霊像を掘り出した夢を雲水一同が見たので、寺号を定光寺、山号を應夢山とした。

255-2-9.jpg
山門前の観光案内

255-2-10.jpg
重文・本殿(仏殿)
無為殿と通称される。

255-2-11.jpg
本殿の側面

255-2-12.jpg
本殿の花頭窓と禅宗様式の格子

255-2-13.jpg
本堂に架かる「無為殿」の扁額

 本尊には地蔵菩薩を安置し、開山と因縁深き霊仏として深く信仰されてきたが、江戸初期に

ここに立ち寄った尾張徳川家初代義直公が、その風光を賞せられ自らの墓所をここと定めた。

慶安3年(1650年)義直公が没すると、寺域に隣接する山林に義直公廟、所謂源敬公廟が造営され

尾張徳川家の庇護を受けた。』 とあります。

255-2-14.jpg
本殿脇の敬霊閣
納経はこの左側で拝受。

255-2-15.jpg
本殿と納経所の間を抜け藩祖義直公廟へ

255-2-16.jpg
源敬公廟の説明

255-2-17.jpg
廟入口
通常¥100だが、御朱印を御願いしたので無料で拝観させて貰った。

255-2-18.jpg
廟の説明

255-2-19.jpg
源敬公略歴

255-2-20.jpg
廟の案内図

 駅から歩いて行けるとはいえ、人も少ない山道。

境内は桜と紅葉の名所とありますが、今は青紅葉。晩秋はさぞ壮観でしょう。

 御朱印を御願いすべく、ベルを鳴らすと住職夫人が対応。書置きを拝受しました。

和辻;「お城からは随分離れていますが、何故ここを墓所に選んだのでしょうか?」

夫人;「義直公はよく鷹狩りに来られたそうですが、ここから名古屋市が一望できる事が選んだ理由とも聞いています。」

和辻;「成程、政治的な理由があった訳ですね。」

 父の家康も鷹狩りを好みましたが、これは軍事練習が目的。義直の場合は政治的な見地から。

同じ狩りでも意味合いが異なりますが、それだけ時代を見る目があったとも言えるでしょう。

255-2-21.jpg
廟の途中にある獅子の門
元禄12年(1699年)の建立。獅子の彫刻は左甚五郎とあるが外側を覆われているので、よく分からない。

255-2-22.jpg
廟は築地塀で囲まれ中央の龍の門から出入りする

255-2-23.jpg
龍の門の彫刻も左甚五郎

255-2-24.jpg
龍の門の屋根部分

255-2-25.jpg
門の先にある焼香殿
承応元年(1652年)の建立。右にあるのは宝蔵。

255-2-26.jpg
焼香殿の屋根にある鯱と三つ葉葵の家紋

 徳川家の菩提寺にはなりませんでしたが、尾張徳川家十九代義親公の時、

江戸時代に造営した墓所を廃して、義直廟脇に納骨堂を集約。

ようやく300年を経て纏まった事になります。

義親公はマレーに行った虎狩の殿様として知られる方ですから、

鷹狩りを好んだ義直に共感するところがあったのかもしれませんが…。

255-2-27.jpg
唐門とその奥にある源敬公墓

255-2-28.jpg
唐門扉にある三つ葉葵

255-2-29.jpg
廟所右手にある敬公に殉じた九名の墓

255-2-30.jpg
定光寺説明書

255-2-31.jpg
定光寺御朱印

[参考書]

愛知県の歴史散歩〈上〉尾張

新品価格
¥1,320から
(2020/9/23 20:58時点)



愛知県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥725から
(2020/9/23 20:58時点)



徳川幕府が恐れた尾張藩─知られざる尊皇倒幕論の発火点

新品価格
¥1,980から
(2020/9/23 21:01時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


愛知県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

永保寺(岐阜県多治見市) 国宝の堂宇が連なる禅宗寺院

2020.09.22(20:43) 705

土岐は今、汗が滴る 多治見かな(2020.8.29)

<コース> 夏の青春18きっぷ
JR大阪(5:55) → JR米原 → JR大垣 → JR岐阜(10:45) → JR多治見(11:24) → 多治見レンタサイクル15分 → 永保寺 → 修道院 → JR多治見(14:45)

255-1-1.jpg
虎渓山永保寺(臨済宗南禅寺派)

 8月最後の土曜は暑さから逃れるべく清流の流れる奥美濃へ。

と言う訳でJR大阪駅始発の快速に乗りましたが、5:46分頃発生した吹田駅での人身事故のため運転見合わせ。

45分程して漸く動き出しましたが信号待ちやら何やらで、乗り換えてJR美濃太田駅に着いた時には

長良川鉄道の列車は出発した後。

次の列車を待っていては到底間に合わないので、急遽予定を変更して太多線で多治見駅へ。

計画もなにもあったものではありませんが、それでも向かったのは【なじみ】のある場所だったからに他なりません。

255-1-2.jpg
中央本線の線路東側から坂道を上る

 国宝の本堂で有名な虎渓山永保寺は駅から北へ2㎞余り。

27年前に訪問したときも8月、自転車がなく炎天下を30分以上あるいて寺院へ向かいましたが、

今回は駅北の駐輪場でレンタサイクルを利用。

25年目前のように歩いていたら熱中症でダウンしていた可能性が大でした。

 線路沿いに北上し、線路を越えて舗装された坂道を上ると目指す寺院。

入口は山の中腹でしたが、寺院はそこから参道を下った土岐川畔にありました。

255-1-3.jpg
西参道入口
虎渓公園展望台の向かいにあり、ここから寺へは坂を下る。

255-1-4.jpg
坂を下った先にある石橋を渡り境内へ

255-1-5.jpg
永保寺遠景
この一連を「水月場」と呼んでいる。

 虎渓山永保寺(こけいざんえいほうじ)は、

『正和2年(1313年)、夢窓国師により開創され佛徳禅師を開山とする寺院。

寺伝ではこの付近で道に迷った疎石が、白馬に乗った女性に道を尋ねた所、

女性は観音菩薩の化身であったので、岩場に観音堂を建立したのが嚆矢と言われる。

 実際には鎌倉で修業中に、ここの領主の土岐頼貞の知遇を得て招かれたとされ

庵を結んだ場所も頼貞の別邸があった場所とされる。

虎渓山の山号は虎渓三笑の話で有名な中国廬山の虎渓に肖って名付けられた。

255-1-6.jpg
光明天皇勅願所の碑

255-1-7.jpg
池に掛かる無際橋と観音堂

255-1-8.jpg
池に映える無際橋

255-1-9.jpg
無際橋越しに見る観音堂
境内は紅葉の名所でもある。

255-1-10.jpg
橋上の屋根と扁額

255-1-11.jpg
「無際橋」の扁額

255-1-12.jpg
橋の上から方丈、坐禅堂を望む

 建武の新政には後醍醐天皇の帰依を受けた永保寺であったが、南北朝時代の

暦応2年(1339年)北朝の光明天皇の勅願所となり基盤が確立した。

 南北朝時代に建立された観音堂と開山堂は檜皮葺で共に国宝。

観音堂は水月場とも呼ばれ池と無際橋を含む庭園は国の名勝に指定されている。

255-1-13.jpg
橋の上の眺め

255-1-14.jpg
梵音巌の上に建つ六角堂

255-1-15.jpg
六角堂説明

255-1-16.jpg
国宝・観音堂(本堂)
別名・水月場と言い南北朝時代の建立。入母屋造檜皮葺の仏殿である。

255-1-17.jpg
一重裳階付きの観音堂屋根

255-1-18.jpg
軒反りが強い屋根の形状は禅宗様式が強いが和様も見られる

 広大な境内には三つの塔頭を持ち、また雲水の修行道場も併設している。

平成15年には方丈・玄関・庫裏が火災で焼失したが、平成19年には庫裏が、

平成23年には方丈と玄関が再建された。』 とあります。

255-1-19.jpg
池畔から見た方丈と庫裏

255-1-20.jpg
平成23年竣工の方丈・華蔵庵
一般にはここが本堂と言われる。

255-1-21.jpg
唐破風の大玄関
こちらも平成23年の竣工。専門道場とあるが道場は反対側にある。

255-1-22.jpg
平成19年再建の庫裏

255-1-23.jpg
庫裏の前から方丈を見る

 多治見の観光名所と言えばここ永保寺。国宝の建造物2棟と言うのも凄いですが、

それらがいつでも無料で拝観できるのは京都・奈良では考えられません。

尤も内陣の寺宝を公開するのは毎年3月15日のみですが、雲水の修行場という立場からすると

境内だけでも公開しているのは良とすべきでしょう。

255-1-24.jpg
庫裏の前の大銀杏

255-1-25.jpg
庫裏の前にある鐘楼

255-1-26.jpg
鐘楼前から見た観音堂

255-1-27.jpg
坐禅堂・虎渓僧堂

 御朱印は27年前に拝受済。丁度お盆の12日だったので、ベルを鳴らすと対応されたのは

私くらいの若いお坊さん。寝起きだったようで、

「皆、出払っていますが、私でも良ければ書きますが。」と言われたので、

「御願いします。」と私。

御朱印帳を渡したものの、大丈夫かなと不安が残りました。しかし拝受した墨書は予想外の達筆。

第一印象で判断するのは【よそうかい】と反省した事でした。

255-1-28.jpg
勅使門跡

255-1-29.jpg
池の周囲に植えられた紅葉

255-1-30.jpg
池の脇を抜けて開山堂へ

255-1-31.jpg
国宝・開山堂
南北朝時代の建築で入母屋造檜皮葺。

255-1-32.jpg
開山堂の説明

 この日は、庫裏に居られた年配の御婦人が対応。

「今なら、夏季限定ですね。」と言われたので、それを拝受。青色の限定でしたが、値段は同じ¥300。

ついでに墨書の「水月場」の説明も受けました。優しい心遣いを感じます。

255-1-33.jpg
東側にある黒門

255-1-34.jpg
黒門横を流れる土岐川

255-1-35.jpg
虎渓山永保寺 ご案内
これは寺務所で頂いたもの。

255-1-36.jpg
虎渓山永保寺案内
これは多治見駅観光案内所で貰ったもの。

255-1-37.jpg
永保寺御朱印

 参拝後は坂を東に下った先の多治見修道院を見学。見所がいずれも宗教施設でしかも他宗教と言うのも面白い話です。

多治見と言えば焼き物の町ですが、観光案内所で訊いた話では加えて「蒲焼き」も名物だそう。

生憎、参拝修了後はどこも準備中でしたが、次回に楽しみが増えたと【えいほう】に解釈して帰路に着きました。

255-1-38.jpg
多治見修道院

255-1-39.jpg
多治見郵便局 ; 永保寺、神言会多治見修道院、陶器

255-1-40.jpg
多治見上野郵便局 ; 神言会多治見修道院
多治見高田郵便局 ; 虎渓山永保寺、高田徳利

[参考書]

岐阜県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/22 20:57時点)



岐阜県謎解き散歩 (新人物往来社文庫)

新品価格
¥943から
(2020/9/22 20:58時点)



東海仏像めぐり

新品価格
¥1,430から
(2020/9/22 20:58時点)



日本の国宝083 三重/専修寺 金剛證寺 神宮 岐阜/永保寺 護国之寺 安国寺 (週刊朝日百科)

新品価格
¥1,380から
(2020/9/22 21:00時点)



百寺巡礼 第四巻 滋賀・東海 (講談社文庫)

新品価格
¥618から
(2020/9/22 21:00時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


岐阜県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

高田寺(愛知県北名古屋市) 道風と円空所縁のお薬師様

2020.09.20(22:22) 704

尾張良ければ全て良し(2020.8.22)

<コース> 夏の青春18きっぷ
JR大阪(5:55) → JR米原(7:42→8:04) → JR大垣(8:36→8:40) → JR名古屋(9:15) → (名鉄犬山線) → 西春 → 名古屋空港行バス5分 → 高田寺北 → 徒歩5分 → 高田寺 → 徒歩20分 → 徳重・名古屋芸大 → (名鉄犬山線) → JR名古屋(15:00) → JR米原(16:09→16:18) → JR大阪(17:42)

254-1-1.jpg
醫王山 寂照院 高田寺(天台宗 東海四十九薬師霊場第二十一番札所)

 この日は、名古屋駅から名鉄に乗って北名古屋市へ。名前から場所はすぐに想像できますが、

この辺りは師勝とも呼ばれていましたからもう少し名前に工夫をして欲しかった気がします。

寺院は西春駅から東へ2㎞弱。歩くと20分掛かりますが、駅から空港行きバスが30分毎に。

確認するとお寺の直ぐ北に停まるのですかさず乗車。便利の良い場所にあるので

巡礼と言うよりもお盆の墓参りと言った感じでした。

 62号線のバス停から南に歩くこと5分。全くの平野で周囲を住宅に囲まれた一角に目指す寺院はありました。

254-1-2.jpg
寺院入口
南向きなのでバス停から行くと反対側にでる。

254-1-3.jpg
仁王門跡の説明
古刹なのに山門が欠落しているのは戦乱に拠る。

 醫王山寂照院高田寺(いおうざんじゃくしょういんこうでんじ)は、

『創建は奈良時代に遡る。壬申の乱で功を挙げた高田首新家(たかだのおびとにいのみ)の菩提を弔うため、

その子首名(おびな)が養老4年(720年)行基菩薩を請じて建立したと伝わる。

「続日本紀」第二十四巻、淳仁天皇天平寶字七年(763年)の条が高田寺の記録に登場する嚆矢である。

その後、大同年間(806~810年)、伝教大師最澄が東国巡錫の折、天台宗となった。

 かつては末寺が十六ヵ寺、創建以来七堂伽藍十二坊を擁した大寺で室町時代に

最盛期を迎えたとされるが、現在まで残るのは重文・薬師堂(本堂)のみ。

建築様式から鎌倉末期或いは室町初期の建立と推定され、旧国宝に指定された理由に

「尾張一の美建築と言って差し支えない。」と言われたほどの美しい建造物である。

254-1-4.jpg
仁王門跡から境内を見る

254-1-5.jpg
参道の先にある重文・薬師堂

254-1-6.jpg
香炉越しに見る薬師堂

254-1-7.jpg
薬師堂近影

254-1-8.jpg
寺院に所縁の重文の説明

254-1-9.jpg
屋根の反りが美しい薬師堂

 その後、寛永年間(1624~1644年)に明正天皇の病気平癒を祈り、

その験があって塔頭の実相坊円忠大徳に薬函を賜ったと言う。

 本尊の薬師如来像も重文で養老4年創建当時の仏と言われる。

普段は秘仏で五十年毎に御開帳を行う。』 とあります。

 由緒は古いですが、寺院全体としては新しい建物。その中にあって

唯一時間が止まったように見えるのが薬師堂。

尾張一かどうかはさておき、優美な建物であるのは間違いありません。

尾張は戦国時代には中心的役割を果たした場所ですから、戦禍に遭うのは

避けられなかったでしょうが、よくぞ残ったものです。

254-1-10.jpg
薬師堂壁のポスター
秘仏も開創1300年で特別開帳の筈が、五輪同様にコロナで来年に延期。

254-1-11.jpg
薬師堂の扉と屋根の構造

254-1-12.jpg
横から見た薬師堂

 参道脇には古筆を納めた筆塚がありますが、平安時代の日本三蹟の一人、

小野道風は春日井市の出身で高田寺との関係も深かった事に由来します。

道風公は眼病平癒や書道上達を薬師如来に祈願し、

本堂修理に寄付をしたり自筆の扁額「醫王山」を奉納しています。

今でも彼に肖って祈願する人が後を絶たないようです。柳に蛙の像はありませんでしたが…。

254-1-13.jpg
薬師堂前から仁王門跡を見る

254-1-14.jpg
薬師堂の「醫王山」の扁額
道風の筆か?

254-1-15.jpg
参道脇の筆塚

 薬師堂を外から参拝した後は、御朱印を拝受すべく参道右にある本坊へ。

綺麗に樹木が植えられた庭を抜けると、手前から書院、観品殿と続き、

その奥にある寺務所で書置きを拝受。伺った所、書院は宿泊研修施設も兼ねているようでした。

254-1-16.jpg
御朱印を拝受するため本坊へ向かう

254-1-17.jpg
研修宿泊施設である書院と聖観世音菩薩を祀る観品殿

観品殿とは何だろうと思い、たまたま庭を掃除されていたお寺の方に伺うと、

住職;「あれは“かんほんでん”と言いまして観音様を祀っている場所です。」

和辻;「一般の方はお参りできないのですか?」

住職;「はい。ここは檀家の方々が法事で使用される場所で、一般の方は薬師堂にお参りして頂いています。」

との話。

254-1-18.jpg
観品殿の扁額

254-1-19.jpg
高田寺由緒記

254-1-20.jpg
高田寺御朱印

 てっきり“かんぴんでん”と読むと思っていたので己の無知を反省。上品下品の“ほん”でした。

【すかんぴん】ではお寺も大変、きちんと棲み分けがなされているようでした。

何処でもお金は【師勝】問題。【香典時】だけに頼っては駄目です。

 御本尊は50年毎の御開帳ですが、今年は開創1300年の特別開帳。しかしコロナのため、来年に延期。

こういった危機こそお薬師様にすがって病気平癒を願うべきと思うのですが、

馬耳【道風】とならない事を祈るばかりです。

254-1-21.jpg
西春郵便局 ; 桜の外枠に高田寺、永遠の塔

254-1-22.jpg
北名古屋市マンホール蓋
マンホールカードはコロナの影響で配布休止中。

[参考書]

愛知県の歴史散歩〈上〉尾張

新品価格
¥1,320から
(2020/9/20 22:01時点)



愛知県謎解き散歩 (新人物文庫)

新品価格
¥725から
(2020/9/20 22:01時点)



ドニチエコきっぷでめぐる名古屋歴史散歩 (爽BOOKS)

新品価格
¥1,650から
(2020/9/20 22:02時点)



東海仏像めぐり

新品価格
¥1,430から
(2020/9/20 22:22時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


愛知県 トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
タイトル画像

洞光寺(島根県安来市) 尼子氏の菩提寺

2020.09.19(21:08) 703

遥か富田城を望む尼子氏の菩提寺(2020.8.15)

<コース>
JR松江(7:24) → JR安来(7:52) → 駅前レンタサイクル25分 → 雲樹寺 → レンタサイクル10分 → 清水寺 → レンタサイクル40分 → 月山富田城址 → 城安寺 → 巖倉寺 → 城下町 → 洞光寺 → レンタサイクル40分 → JR安来(15:50)

253-6-1.jpg
金華山 洞光寺(曹洞宗)

 昼食の後は、広瀬でこの日最後の巡礼。

川沿いから四筋内に入った道から少し山手に行った所が目指す場所。

金華山洞光寺(きんかざんとうこうじ)は、

『文中年中(1468年)、尼子清定公によって備後国高野山金尾に開創されたのが嚆矢とされるが、

清定公或いは経久公が月山富田城北麓の小山を旧地金尾を名付け

高野山より移築したのを文明年中(1469~1488年)に移築したという記録もある。

更に明応8年(1499年)経久公に拠り亡父清定公の墓地を寺内に設け、

洞光寺を尼子氏菩提寺としたとする説もある。

253-6-2.jpg
寺の駐車場から見た全景
城塞の如く石垣の上に建つ。

253-6-3.jpg
階段を上り境内へ

253-6-4.jpg
入口正面にある本堂

253-6-5.jpg
本堂の「金華山」の扁額
左にあるのは尼子氏の四ツ目紋。これは主家の京極家(近江源氏佐々木氏)と同じである。

 経久は伯耆国定光寺第四世大拙真雄和尚に帰依し、軍務の暇を見ては参禅し教えを乞うていた。

洞光寺開創に際し、経久は大拙和尚に請い開山第一世とした。以後、尼子義久公が

毛利の軍門に下り富田城を明け渡すまで四代に亘って定光寺より住持僧を迎える事となった。

慶長16年(1611年)、堀尾吉晴の時代に富田から松江に移城の際、洞光寺も移転。

松江松平家初代藩主・直政公の次男近栄公が広瀬藩を開く際に、

再び金尾の地に移り清定・経久両公の墓所を護ることとなった。

253-6-6.jpg
寺務所から見た本堂と向こうに見える坐禅堂

253-6-7.jpg
同じく寺務所前に広がる庭と鐘楼

253-6-8.jpg
本堂からの眺め
正面の遥か向こうに聳えるのが月山富田城跡。

253-6-9.jpg
境内に建つ尼子氏歴代追悼碑

253-6-10.jpg
碑の由緒記

 金尾洞光寺は度重なる大洪水に被害を受け、寛永年間(1624~1643年)に現地へ移転を余儀なくされた。

明和6年(1769年)の火災に拠って伽藍・古記録を全て焼失。その後、寛政元年(1789年)に現在の本堂が落慶。

八代広瀬藩主・松平直寛公に『山陰の禅窟』と謳われる程、曹洞の禅風を今に伝えている。』 とあります。

253-6-11.jpg
裏手の墓地の中央にある尼子清定・経久両公の墓所

253-6-12.jpg
墓所の説明

253-6-13.jpg
墓所から見た本堂と坐禅堂

 この寺も移転を繰り返していますが、それも城主の変遷の余波。

本堂正面からは遥かに富田城が見渡せます。色々と理由はあるでしょうが、

富田城に拠り山陰一帯を支配下に置いた尼子氏に敬意を表したとも言えましょうか。

 難攻不落と言われた名城も遂には毛利に下る事になりましたが、

まさか【投降時】という名前のせいではないでしょうが…。

253-6-14.jpg
墓所から遥か月山富田城跡を望む

253-6-15.jpg
城跡遠望

253-6-16.jpg
洞光寺説明書

253-6-17.jpg
洞光寺御朱印

[参考書]

島根県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/6 22:06時点)



島根「地理・地名・地図」の謎 意外と知らない島根県の歴史を読み解く! (じっぴコンパクト新書)

新品価格
¥880から
(2020/9/6 22:06時点)



尼子氏の城郭と合戦 (図説日本の城郭シリーズ10)

新品価格
¥2,970から
(2020/9/17 21:08時点)



尼子氏関連武将事典

新品価格
¥1,650から
(2020/9/17 21:09時点)



山陰・山陽の戦国史 (地域から見た戦国150年 7)

新品価格
¥4,180から
(2020/9/17 21:10時点)



出雲尼子一族 (読みなおす日本史)

新品価格
¥2,420から
(2020/9/17 21:11時点)



尼子物語(戦国ロマン広瀬町シリーズ(3))

新品価格
¥1,047から
(2020/9/17 21:11時点)



山中鹿介幸盛(戦国ロマン広瀬町シリーズ(4))

新品価格
¥8,894から
(2020/9/17 21:17時点)



山中鹿介

新品価格
¥1,650から
(2020/9/17 21:18時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


島根県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

月山富田城下町(島根県安来市)

2020.09.17(20:44) 702

山陰の鎌倉と称される町(2020.8.15)

<コース>
JR松江(7:24) → JR安来(7:52) → 駅前レンタサイクル25分 → 雲樹寺 → レンタサイクル10分 → 清水寺 → レンタサイクル40分 → 月山富田城址 → 城安寺 → 巖倉寺 → 城下町

253-5-1.jpg
飯梨川沿いの道路から見た月山富田城跡遠景

 月山富田城は標高190mの月山を中心に、飯梨川(富田川)に向かって

馬蹄形に伸びる丘陵上に多数の防御施設を配した戦国屈指の山城。

 戦国大名となった尼子氏居城として栄えた後は、毛利・吉川氏が在城し、

関ヶ原合戦の後に入城した堀尾氏が慶長16年(1611年)に松江に移るまで出雲の中心として栄えた。

 寛文6年(1666年)に未曾有の大洪水に見舞われるが、同時期に松江藩支藩の広瀬藩が置かれ陣屋町として再び蘇った。

創業300年の酒蔵や老舗の割烹、伝統工芸品や和菓子の店が今も面影を留める場所となっている。』とあります。

253-5-2.jpg
富田橋の上から富田城跡を望む
欄干の彫刻は山中鹿介に所縁の三日月。

253-5-3.jpg
城下町南端の新町付近
右の建物は創業300年の老舗割烹「荒島屋」。山菜料理が自慢であるが要予約。

253-5-4.jpg
レトロな街並み
中央は明治3年から続く藍染の紺屋。要予約で藍染体験も可能。

 城下と街並みが離れているのは普通ですが、飯梨川を挟んで右岸が城、

左岸が町屋と綺麗に分けられているのも戦国時代の特徴でしょうか?

 町屋を走るとレトロな街が続きます。ここに富田城が築かれたのは、

山城として要害の地であった事に加え、飯梨川の水運が大きかったと思えます。

城下町が松江に移った後、普通ならば、旧城下町は衰頽するものですが、

江戸時代になって陣屋が置かれたのは、未だに広瀬が重視されたからに相違ありません。

地理的には出雲ではかなり山間になりますが、江戸時代には

中国山地からの物資の集散地としても役割が大だったのでしょう。

253-5-5.jpg
城下の中央にある吉田酒造
文政9年創業の老舗蔵元で、煉瓦の煙突が目印。

253-5-6.jpg
吉田酒造脇の「お茶の水井戸」
島根名水百選の一つで、毎日やかんを持った人が水汲みに訪れる。

253-5-7.jpg
吉田酒造入口
杉玉と銘酒「月山」の名前が。

253-5-8.jpg
石州瓦と海鼠壁

253-5-9.jpg
酒造前のレトロな街並み

253-5-10.jpg
酒造の看板「月山」の向こうに月山富田城跡が見える

 正午を過ぎましたが、ここで昼食。ところが、案内図にある食事処は軒並み閉店かテイクアウトのみ。

お盆なのか、コロナなのかはわかりません。

唯一、開いていたショッピングセンター内の食堂「川西屋」でチャーシュー麺を注文。

汗だくで走ったので、これで生き返りました。〆はフルーツパフェ。

和菓子で有名な松江なので、塩分と糖分を両方補給。

【あまご】所縁の場所なので当然ですが、これで【とうぶん】いけそうです。

253-5-10-1.jpg
城下町で糖分補給

253-5-11.jpg
安来駅まで戻って老舗料亭前にて

253-5-12.jpg
国登録有形文化財「山常楼
明治の頃から現在まで続く老舗料亭。

253-5-13.jpg
趣のある山常楼玄関
昼の定食「鰻」とあったが、今回は断念。

253-5-14.jpg
山常楼説明

253-5-15.jpg
安来市マンホール蓋

253-5-16.jpg
安来市マンホールカード   配布は安来市観光協会(JR安来駅構内)

[参考書]

島根県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/6 22:06時点)



島根「地理・地名・地図」の謎 意外と知らない島根県の歴史を読み解く! (じっぴコンパクト新書)

新品価格
¥880から
(2020/9/6 22:06時点)



尼子氏の城郭と合戦 (図説日本の城郭シリーズ10)

新品価格
¥2,970から
(2020/9/17 21:08時点)



尼子氏関連武将事典

新品価格
¥1,650から
(2020/9/17 21:09時点)



山陰・山陽の戦国史 (地域から見た戦国150年 7)

新品価格
¥4,180から
(2020/9/17 21:10時点)



出雲尼子一族 (読みなおす日本史)

新品価格
¥2,420から
(2020/9/17 21:11時点)



尼子物語(戦国ロマン広瀬町シリーズ(3))

新品価格
¥1,047から
(2020/9/17 21:11時点)



山中鹿介幸盛(戦国ロマン広瀬町シリーズ(4))

新品価格
¥8,894から
(2020/9/17 21:17時点)



山中鹿介

新品価格
¥1,650から
(2020/9/17 21:18時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


島根県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

巌倉寺(島根県安来市)月山富田城の南を守る朱塗門

2020.09.16(20:19) 701

出雲霊場のだぶる御朱印はアカンのん?(2020.8.15)

<コース>
JR松江(7:24) → JR安来(7:52) → 駅前レンタサイクル25分 → 雲樹寺 → レンタサイクル10分 → 清水寺 → レンタサイクル40分 → 月山富田城址 → 城安寺 → 巖倉寺

253-4-1.jpg
睡虎山 巌倉寺(高野山真言宗 出雲観音霊場第十八番札所)
月山富田城の入口に建つ赤門

 城安寺巡礼を終えて、富田の町に移動すべく道を行くと、富田橋の袂に赤門が。

と言っても東大ではなく、城へ登城する菅谷口にある城安寺に対し、

もう一方の御子守口にあるのが巖倉寺。

こちらの方が急斜面、境内も狭く城を守る位置にあるのが分かります。

ここを寺で守れば城に【おこもり】するのも容易なのでしょう。

睡虎山の扁額を通り、車も通れない参道を上ると石垣の上にお寺が。

253-4-2.jpg
坂を上り仁王門を潜るといよいよ境内

253-4-3.jpg
参道から見上げる石垣
この上に本堂がある。

 睡虎山巌倉寺(すいこさんいわくらじ)は、

『神亀3年(726年)、行基菩薩に拠って開かれたのが嚆矢。当初は山佐の地にあったが、

出雲・隠岐の守護となった佐々木義清が現在地に移転、祈願所とした。

 守護の祈願所となった事で最盛期には十五ヵ寺を有する大寺となったが、

その後度重なる兵火で衰頽した。

 本尊の聖観音像は平安時代初期の作で脇立ちの帝釈天像と共に重文。

檜の一木造で出雲様式と呼ばれるものである。

 境内には初代松江藩主・堀尾吉晴の墓碑と尼子忠臣・山中鹿介の供養塔がある。

加えて、第十九番札所観音寺の御堂も同じ境内にある。』 とあります。

253-4-4.jpg
巖倉寺本堂
鄙びているが風格を感じる造りである。

253-4-5.jpg
本堂の「睡虎山」の扁額

253-4-6.jpg
本堂からの眺め

253-4-7.jpg
横から見た本堂

253-4-9.jpg
巖倉寺御朱印  
出雲観音巡礼札所。冊子形式なので次の札所の説明と御詠歌の頁が付いている。

 寺号はかつての磐座信仰の名残でしょうが、山号は睡虎山。酔虎ならば酔っ払いですが、

睡虎と言うからには、この城は普段は眠っているが怒ると恐ろしいという意味も含めたのでしょう。

権謀術数で出雲守護にまでのし上がった尼子氏らしいと言えますが、

そんな月山富田城も近世城郭として残る事は出来ませんでした。

 そんな城を思ってか、寺院は庭園等もなく本堂が佇むのみ。

寺務所で御朱印を御願いすると、御住職が書置きを出して下さいました。

場所柄、あまり訪れる人もいないと思いますが、準備万端なのは流石。

やはり札所だからでしょうか?私の方も、抜け目なく十八&十九と二ヵ寺拝受しましたが。

253-4-8.jpg
泰平山観音寺
巖倉寺本堂の奥にひっそりと建つ。札所と言ってもこの観音堂のみ。

253-4-10.jpg
観音寺御朱印

[参考書]

島根県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/6 22:06時点)



島根「地理・地名・地図」の謎 意外と知らない島根県の歴史を読み解く! (じっぴコンパクト新書)

新品価格
¥880から
(2020/9/6 22:06時点)



古代出雲を歩く (岩波新書)

新品価格
¥990から
(2020/9/6 22:07時点)



観音巡礼~中国路の古寺と仏像~

新品価格
¥1,572から
(2020/9/6 22:08時点)



百八観音霊場ガイド

新品価格
¥4,720から
(2020/9/6 22:10時点)



中国観音霊場巡礼の旅?山陽・山陰の名刹37ヵ寺 (歩く旅シリーズ 古寺巡礼)

中古価格
¥530から
(2020/9/6 22:10時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


島根県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

城安寺(島根県安来市) 極彩色の四天王と雪舟様の庭園

2020.09.14(22:05) 700

城に伴い引っ越しを繰り返した寺院(2020.8.15)

<コース>
JR松江(7:24) → JR安来(7:52) → 駅前レンタサイクル25分 → 雲樹寺 → レンタサイクル10分 → 清水寺 → レンタサイクル40分 → 月山富田城址 → 城安寺

253-3-1.jpg
雲龍山 城安寺(臨済宗南禅寺派)

 清水寺参拝を終えるとお昼前。ここから安来に戻っても、夕刻の米子からの高速バスにはちと早すぎ。

もう一つの観光地月山富田城は駅から15㎞、清水寺からでも12㎞位あります。

お盆の炎天下に自転車はきつそうですが、えいままよ!と城址へ。今は安来市内ですが、

かつては広瀬町として独立した行政区。松江に城が移るまで、ここが出雲の中心地でした。

 清水寺から伯太川を渡り飯梨川にぶつかった所で川に沿って南下。

しばらく走ると川の左手山上に山城らしきものが見えたら広瀬地区。

城の様子は播但線から見える竹田城や平福の利神山城に酷似。これも戦国時代の山城に共通する造りなのでしょう。

253-5-1.jpg
広瀬地区から見た月山富田城

 雲龍山城安寺(うんりゅうざんじょうあんじ)は

『正和年間(1312~1317年)、古愚(こぐう)和尚が創建。創建時は現在の福祉センター付近にあった。

慶長5年(1600年)月山富田城主となった堀尾吉晴は春龍和尚を招き寺を再興、菩提寺とした。

三代・忠晴の時に城が松江に移ると城安寺も松江に移転した。

 堀尾家断絶後、松江を治めた松平家の寛文6年(1666年)、松平近栄が本藩から広瀬藩を分知。

元覚和尚に拠り城安寺を菩提寺として尼子氏居館跡に移転。かつての寺跡には広瀬藩邸が建設された。

253-3-2.jpg
由緒記

253-3-3.jpg
石段の先にある山門

253-3-4.jpg
境内から見た山門
広瀬松平家九代・直涼の寄進に拠るもの。

253-3-5.jpg
山門から見た境内

253-3-6.jpg
本堂正面
重文・広目天、多聞天を祀る。内陣拝観は可能だが、生憎修理中のため拝観できず。

 更に明治19年には火災や洪水の被害を受け、隣接する現在地へ移転。寺跡は墓地となった。

唯一被害を免れた山門は、広瀬松平家九代・直諒(なおあき)の寄進に拠るもので、扁額も彼自身の書。

また本堂に安置されている木造・多聞天像と広目天像は鎌倉時代の作で重文。彩色された像として有名である。

 その他、絵巻物等も所有するが、書院奥の日本庭園は明治中頃の作庭で有名。

益田にある万福寺の庭園を似せたとも伝わり、「雪舟写しの庭園」と呼ばれる。』 とあります。

253-3-7.jpg
本堂前の欄間の彫刻と扁額

253-3-8.jpg
本堂から見た庭と山門

253-3-9.jpg
書院入口に掛かる松平家の家紋

 寺は城へ上る菅谷口手前にあります。由緒から城の変遷に伴い数々の引っ越しをしていますが、

これは城を安んずるという名前が好まれたのでしょうか?

 火災を免れた山門を越えると本堂が正面に。御朱印を御願いすると、御住職夫人が対応されて、

夫人;「住職は所要で外出して居りまして…。」

和辻;「書置きなどはあるでしょうか?」

夫人;「そういったものも置いてなくて、申し訳ございません。」

和辻;「彩色された四天王像は何処でしょう?」

夫人;「これも修理中で、見れないのです。」

とすべて空振り。

253-3-10.jpg
書院奥の日本庭園へ
屋根の石州瓦が映える。

253-3-11.jpg
庭園全景

253-3-12.jpg
庭園左側

唯、庭園は拝観可能。通常、予約と拝観料が必要なようですが、お金は取られませんでした。

御朱印と四天王像が駄目だったので、気を遣われたのでしょうが、却ってこちらが恐縮。

すべてを【がっさん】すると【とんだ】事にはなりませんでした。

253-3-13.jpg
池と築島の見える庭園中央

253-3-14.jpg
庭園右側

253-3-15.jpg
樹木に彩られた庭園

[参考書]

島根県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2020/9/6 22:06時点)



島根「地理・地名・地図」の謎 意外と知らない島根県の歴史を読み解く! (じっぴコンパクト新書)

新品価格
¥880から
(2020/9/6 22:06時点)



古代出雲を歩く (岩波新書)

新品価格
¥990から
(2020/9/6 22:07時点)



観音巡礼~中国路の古寺と仏像~

新品価格
¥1,572から
(2020/9/6 22:08時点)



百八観音霊場ガイド

新品価格
¥4,720から
(2020/9/6 22:10時点)



中国観音霊場巡礼の旅?山陽・山陰の名刹37ヵ寺 (歩く旅シリーズ 古寺巡礼)

中古価格
¥530から
(2020/9/6 22:10時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


島根県 トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
最近の記事
  1. 東南院(奈良県吉野郡吉野町)(10/19)
  2. 大日寺(奈良県吉野郡吉野町) 五智さんのお寺(10/18)
  3. 勝手神社(奈良県吉野郡吉野町) 天女や静香が舞った社(10/17)
  4. 喜蔵院(奈良県吉野郡吉野町)(10/16)
  5. 善福寺(奈良県吉野郡吉野町) 神武天皇を導いた井光大神(10/15)
  6. 櫻本坊(奈良県吉野郡吉野町) 大海人皇子の夢見の桜(10/14)
  7. 竹林院(奈良県吉野郡吉野町)(10/13)
  8. 吉野水分神社(奈良県吉野郡吉野町) 子授け信仰の社(10/12)
  9. 西行庵(奈良県吉野郡吉野町)(10/11)
  10. 金峯神社(奈良県吉野郡吉野町)(10/10)
  11. 吉野山(奈良県吉野郡吉野町) 吉野と南朝(10/09)
  12. 吉野山(奈良県吉野郡吉野町) 吉野と桜(10/08)
  13. 御香宮神社(京都市伏見区) 伏見区の産土神(10/07)
  14. 松ヶ崎大黒天(京都市左京区)(10/05)
  15. 三宅八幡宮(京都市左京区) (10/04)
  16. 崇道神社(京都市左京区) 上高野の氏神さま(10/02)
  17. 貴船から鞍馬へ(京都市左京区)(10/01)
  18. 慈恩寺(岐阜県郡上市) 静寂と清水の中で涼を感じる(09/29)
  19. 大乗寺(岐阜県郡上市) 小駄良川沿いの紅葉の名所(09/28)
  20. 古今伝授の里と郡上踊りの里(岐阜県郡上市) 奥美濃の小京都へ(09/26)
  21. 定光寺(愛知県瀬戸市) 尾張家始祖の廟がある寺(09/23)
  22. 永保寺(岐阜県多治見市) 国宝の堂宇が連なる禅宗寺院(09/22)
  23. 高田寺(愛知県北名古屋市) 道風と円空所縁のお薬師様(09/20)
  24. 洞光寺(島根県安来市) 尼子氏の菩提寺(09/19)
  25. 月山富田城下町(島根県安来市)(09/17)
  26. 巌倉寺(島根県安来市)月山富田城の南を守る朱塗門(09/16)
  27. 城安寺(島根県安来市) 極彩色の四天王と雪舟様の庭園(09/14)
次のページ
次のページ