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ブックレヴュー 皇帝フリードリッヒ二世の生涯 塩野七生著

2019.07.07(14:45) 337

“西洋中世の分水嶺”

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 ルネサンスでデビュー、その後古代ローマ人の興亡、中世十字軍と作品を上梓してきた著者による久々の評伝である。フリードリッヒ二世といえば、啓蒙君主としての十八世紀のプロイセン王が有名だが、ここでは十三世紀の神聖ローマ皇帝及びシチリア王で別人である。

 フリードリッヒ二世についてはブルクハルトの「玉座の上の最初の近代人」評が有名である。封建領主時代に強力な王権国家を目指したこと、貨幣経済を推進したこと(この辺りは我が国の織田信長にも似ている)、君主の学問的素養が低かった中世において高い知性を有したこと等が挙げられるが、最も近代的と言えるのは自分以外に対等の他者を認めた点であろう。

 当時のヨーロッパはキリスト教主流の世界であり他は征服して改宗させる対象であった。これはイベリア半島のレコンキスタから南北アメリカ征服を経て、二十一世紀の現在でもその継承国家による世界警察的監視へ連綿と続いている。東アジアを一瞥しても広大な国家を中心とし朝貢国が周囲に存在するという思想の世界である。いずれも自分以外の他者を認めない点では共通しており、この亡霊が現在でも各地で対立紛争を惹き起こしている遠因と言える。この時代に曲がりなりにも他者の概念があったのはイスラム世界くらいであろうか。

 キリスト教以外の古代ギリシア・ローマ時代に価値を見出した運動がルネサンスと呼ばれるのならばフリードリッヒは正にルネサンス人、著者が「惚れた」のも頷ける。著者の言によれば45年前にその構想があったが、時期が来なかったから今まで書かなかったと前書きにある。作品を読みながらその理由を考えてみた。ルネサンスは才人を輩出したがこれは時代の流れと言えなくもない。しかし、その250年も前に近代人フリードリッヒが一人だけ突出して出たのは何故か。45年の歳月は著者にとってその答えを求める期間であったと思う。

 それではフリードリッヒが何故この中世にこのような考え方を持つことが出来たのか。著者によれば彼が多宗教、多民族の坩堝であるシチリアで育った影響も勿論あるが、それにも増して幼年期に彼が受けた教育が大きいといえるのではないか。
 君主ともなればキリスト教高位聖職者が教育に当たるのが常であるが、彼の場合は周囲の事情で放任されていた。いわば「ゆとり」教育であるがこのような場合、人間は大雑把に言うと怠惰に流されるか自身を磨くかに分かれる。彼の場合は後者であった。

 親兄妹もない境遇では独学しかないが、彼は生来旺盛な好奇心に恵まれていたようである。キリスト教、イスラム教の書物に加え自然科学に興味を示しているのが異彩を放つ。ピサのレオナルド(数列のフィボナッチ)を見出したことや当時の学問を網羅するための国立大学を設立したこと、鷹狩りに関する著書の行間から見えるのは統治者ではなく理系人間の顔である。自然科学では観察することから始まる。物事を客観的に見るバランス感覚は自然科学を通して養われたのだと想像できる。

 市井の人として生まれていても彼は名を成したと思うが神聖ローマ帝国皇帝という立場でもその才能は発揮される。その頂点は第五次十字軍であるが、戦闘ではなく外交交渉によって無血で聖地回復するのであるから痛快である。十字軍の主旨からいえば成功裡に終わったと言えるが、ヨーロッパでの評判は必ずしも芳しくなかった。教皇庁とも再三に亘り揉めている。第六、七次十字軍を率いたフランス王ルイ九世が失敗であったにも拘わらず聖人にされたのと対照的である。

 事実ヨーロッパの他国の人々からも「皇帝は異端である」と思われていたらしい。イスラムの太守とは通訳なしのアラビア語で対話し、互いに尊敬の念で結ばれたフリードリッヒであるが、同時代のヨーロッパに理解者を見出すことはできなかった。尤も彼が抜擢した人間は少数の例外を除いて彼に最後まで従っていることから、決して狭量ではなく人間的にも魅力があったに違いないと思うが時代は彼には冷淡であり早く生またことによる悲劇があった。

 彼の死と共に神聖ローマ帝国は大空位時代(1256~1273)に入りスイスの小領主であったルドルフが本命のボヘミア王を抑えて皇帝に選出される。蒼鷹の城主(ハプスブルグ)と呼ばれた彼の登場でヨーロッパは新たな歩みを始める。一方のシチリアでは、フランスのアンジュー家の侵攻でフリードリッヒの家系は断絶する。その後“シシリアの晩鐘”と呼ばれる暴動を経て支配者はイベリア半島のアラゴン家へと代わり植民地化していく。暴動に際し島内の民衆が結束しマフィアを生むという伝説までついた。

 このように彼の統治下にあった場所では彼の思想は生きなかった。フリードリッヒの思想は彼独自のものであり現代以上に個人の資質に国家が左右される中世では彼の死と共に終わる運命であった。皮肉にも彼が支配を目指し最後まで果たせなかった北イタリア諸都市からルネサンスが開花することになる。同類ほど反発するということであろうか。泉下のフリードリッヒがこれを知ったらどのように思うか興味深いところである。

 かつて歴史家堀米庸三はその著「西洋中世世界の崩壊」において“シシリアの晩鐘”を中世後期の分水嶺と捉えた。著者による今回の作品はそれに代わる新たな時代区分の提唱といえる。加えてこの作品により塩野七生によるヨーロッパ史の大循環が達成されたことにもなる。

【参考書】

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戦後の中世ヨーロッパ史をリードした堀米庸三の名著。


シチリアについての歴史書は少ないが代表的な啓蒙書は次の三点

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この2点はいずれもノルマン王国を中心に著述したもの

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最近発売された古代から現代までのシチリア通史。他民族が共存したと一般に言われるシチリアであるが、異民族・異教間での確執があったことも詳細に記載。

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珈琲無礼句

2019.05.21(08:19) 284

<古典の斜め読み>

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 清の乾隆帝の時代「富春山居図」が皇帝の手に入った。元末四大家とされる黄公望の晩年の作品であり中国水墨画史上傑作とされる。喜んだ帝は早速そこに長文の賛を記した。ところが翌年に全く同じ作品が宮廷に齎される。こちらも見事な出来栄えで先年のものと遜色なし。決定的だったのは真作が一度火中に投じられたという来歴通り焼けた跡があった事。乾隆帝はこちらが真作とはほぼ間違いないと思ったが既に先の作品に賛を書いてしまったので、『模本であるが秀作である』との短い賛を入れただけで終わった。美術史上では有名な話である。
 古来より国家の支配者の発言は一度発言されると訂正する事はできないとされ『綸言汗の如し』と言う格言で表される。出典は『礼記』『漢書』であるが日本でも『平家物語』『太平記』に記述があるところを見ると、昔から軽率な発言や訂正が多かったことの証。上に立つ者程、発言する前には十分に考える事が必要とされる所以である。
 先頃も領土問題の発言で物議を醸した議員がいたが、これも発言前の思慮不足は明らか。最高学府出身のキャリア官僚であるから知識に問題はない筈。日本の最高学府は官僚養成所として出発、そして官僚制度は中国の科挙の焼き直しというのはよく知られた話。「科挙というとアカデミックな印象だが実際は秘密結社のようなものだった」とは東洋史学の泰斗宮崎市定の言である。秘密結社とは極端であるが大学からキャリアまで、まして中高一貫ならぬ塾からも一緒となれば仲間意識は相当なものだったと想像できよう。問題があっても身内の事として処理するという甘えがあった事は間違いない。しかし政治家になると一歩進んだ意識が必要になるのも真実である。
『かつて領土問題でもう一歩のところまで行ったのは橋本龍太郎氏だった。』と外務関係者が話していた。氏は領土問題を切り出す話のツボを心得ていたそうで、それを支えた教養は永年に亘り培ったものであろう。歴代総理大臣の中では大平正芳と橋本龍太郎の両氏が神田古書街の常連だったとかで、いずれも通常のキャリアと異なる出身だったのが自己研鑽に繋がったと言えようか。























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<ぶっくれヴュー> 顔真卿伝 -時事はただ天のみぞ知る- 吉川忠夫著

2019.02.05(08:24) 128

 御朱印を拝受する度に、押印には差異がないけれど墨書には個性があると感じます。人の手に拠るので当然ではありますが、単なる技量ではなくその人の気持ちが表れるからに他なりません。「書は人なり」とはよく言ったものだと思います。
現在、東京国立博物館で顔真卿の特別展が開かれています(2019.1.16~2019.2.24)。国宝級の真筆も展示されており、日本だけでなく台湾・中国からも多くの人が来ているとか。

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 副題「王羲之を超えた名筆」でも分かるように顔真卿と言えば我が国では書道家として知られており、空海を筆頭に大きな影響を及ぼしています。今回、博物館での展示と時を同じくして顔真卿の伝記が出版されたのは偶然ではない気がします。御朱印を拝受している身としては彼の生涯に触れることも意味のある事ではないでしょうか。

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 旧中国では詩人・画家・書家というのはそれで食べるプロではなく、士大夫と呼ばれる高級官僚が己を高めるために或は余技として行ったもの。因みに王羲之も東晋では大臣まで登った人でした。

 顔真卿は唐の玄宗皇帝の時代に科挙に合格し官僚としての道を歩んだ人。それだけでもエリートですが、加えて彼の一族が尋常ではありませんでした。遠祖が孔子の最も有能な弟子だった顔回というのはあてになりませんが、五代前の先祖が顔之推。彼は南北に分裂していた中国の梁に生まれましたが戦乱の為、北に逃れ北斉・北周・隋に仕えました。戦乱の世の苦渋を嘗めた訳ですが、その体験を『顔氏家訓』という書に纏め子孫の為の戒めとします。
『私は少しではあるが学問をしたおかげでどうにか職にありつけることができた。乱世にあっては財産があってもそれが亡くなれば何も役には立たず奴隷のように人に使役されて終わるものだ。だからくれぐれも学問を疎かにしてはならぬ』
と言うのがその書の骨子だったかと記憶しています。この書は後世まで伝わり重んじられ中国で家訓と言えばこれを指すようになりました。実際、顔之推の子孫からは漢書の注釈を行った顔師古初め学問に優れた人物が輩出。中国の家族主義はよく言われる所ですが、顔之推はそれを実践したと言えましょう。

 顔真卿もその例に漏れず、書家としては王羲之以来の流麗な書法と異なる楷書体を確立。また剛直な性格でもあり高級官僚でありながら度々上司と衝突、左遷・降格の目に遭います。家訓の著者の末裔と言う意識があったのは事実でしょうが、性格でも楷書そのものと言えましょうか。
 このままで行けばそれなりの役人人生を全うできたでしょうが、755年に安史の乱が勃発。玄宗皇帝と楊貴妃の泰平の夢は破れて唐王朝は坂道を下り始めます。各地で反乱軍が猛威を振るう中、顔真卿は従兄弟の顔杲卿と共に反乱軍に立ち向かいます。顔杲卿は反乱軍によって悲劇的な死を遂げますが、顔真卿は生き残り皇帝粛宗に見える事となります。
乱後は官僚として復帰しますが、その性格は変わらず上司に睨まれ地方勤務が続きます。その間、腐ることなく書に打ち込んだのは流石と言えましょう。後に都に戻りますが、またしても上役に睨まれたため、当時反乱軍の長であった李希烈を説得するために遣わされ、そこで反乱軍の手で処刑されると言う悲劇的な最期でした。
 まさに剛直な忠臣を絵に描いたような生き様で後世には崇拝を受けるようになります。唯、残念なのは彼も家訓を書いた顔之推の末裔、生き残る術は学んでいた筈。己が大志を成就させるためには小事に拘る必要はないと言う考えにどうして至らなかったのか。妥協を許せない性格が災いしたと悔やまれます。

 中国には彼の様に科挙に合格して官僚になったものの、政争に明け暮れて目的を果たせず、その鬱憤を晴らすために打ち込んだ文学などで後世名を挙げた人が多くいます。本人はそれで本望でしょうが、本来の目的が達成できなかった事は否めません。余りにも過酷な受験を経た事で自分の能力を過信したか、柔軟な考えが出来なくなったのでしょうか。日本は中国から様々な物を取り入れましたが、科挙と宦官だけは入れませんでした。日本の文人からは絶賛されることが多い科挙ですが、功罪は相半ばするもの。それがなかったが故に国内を二分するような政争がなかったとも言えましょうか。

 著者は中国史家で京大名誉教授、新唐詩選で有名な吉川幸次郎氏は父君になります。後漢書の訳で知られますが、私が初めて著作に接したのは四半世紀前の「劉裕」の伝記。以後、「侯景の乱始末記」「王羲之◎六朝貴族の世界」と中世中国の人々の伝記に接してきました。その卓越した人物描写は「劉裕」以来変わりません。顔真卿の書の奥深さを知るためにも一読を勧めたい著作です。

顔真卿伝―時事はただ天のみぞ知る

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御朱印見本市?

2018.11.19(22:43) 45

11月15日京都駅にて (2階中央改札外北側)

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11月15日の帰り、JR京都駅を通るとこのようなものが…。

11月の観光シーズンを狙ったものでしょうね。

ネットではこのようなものも結構ありますが、寺社も積極的に売り込みをしないといけないと言う事でしょうか?

今昔の感があります。

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これは御朱印基礎知識編

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アート御朱印編

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歴史アイドル編

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これはキャラクター編

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これは歴史教科書編?

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御朱印帳の進化学

2018.10.08(14:16) 11

[御朱印帳] ブログ村キーワード
御朱印帳のあゆみ


 今では信じられない事ですが、私が御朱印を始めた平成4年には、御朱印をしているのは、ごく一部の年配者。

しかも殆どが女性。御朱印と言う言葉すら市民権を得ているとは言い難い状況でした。

その年の秋に訪れた京都の寺院(嵯峨野の二尊院ですが…)で、御朱印を頂こうと、帳面を差し出すと

「これはスタンプ帳!、御朱印は御朱印帳に書くものですよ。」

「御朱印帳って何ですか?」

「和紙が蛇腹式になっている帳面やね。スタンプ帳やと開けて書き難いし墨のノリも悪いんよ。」

と言われ、初めて御朱印帳の存在を知りました。

「では御朱印帳を下さい。」

「いや、ここには売ってない。」

と漫才の掛け合いのような遣り取りの後、スタンプ帳に書いて頂きました。

 その時は事なきを得ましたが、これからの寺社巡りには御朱印帳なるものが必須と分かりました。

当時は置いている寺社が少なく、行く先で購入が出来ない事も茶飯事、前もって購入したものを持参する事が暫く続きました。

寺社だけでなく書店や雑貨店でも売っている今では、時代の流れを感じます。

私の御朱印は地域別にしているため、購入した御朱印帳は20冊を越えます。それを振り返ってみました。

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平成4年に購入した最初のもの
左;園城寺三井寺   右;南禅寺
いずれも、布製紺色で、寺院の名や他の修飾は一切ない。御朱印帳の欄も記入式である

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平成4年以降だが、札所や本山で購入したもの
左上;興福寺   右上;壷阪寺  左下;蓮華王院(三十三間堂)  右下;延暦寺
布製単色ながら、伽藍や塔などその寺院を代表するデザインが記載。また御朱印帳は予め記載してあり、その下に名前を書く

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表面

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裏面
左上;道成寺(和歌山)  右上;慈照寺(金閣寺)  左下;飛騨国分寺  右下;善光寺(長野)
いずれも平成10年以前に購入
布製だが多色になり、裏には寺院の名前が記載されている。デザインもその寺を代表するものが多い。観光寺院で顕著か?

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左;大雄山道了尊  右;深大寺
関東の寺院でも同様の御朱印帳が出ている。これは平成20年代後半に購入したもの。

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左;永源寺(滋賀)  右;長谷寺(鎌倉)
寺院といえば花で有名な所も多いが、それを御朱印帳に反映したもの

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石薬師寺(三重県)
これは見開きにすると歌川広重の東海道五十三次の浮世絵になるもの。東海道の宿場では唯一寺の名が宿場名になった。
細かいデザインであるが、布製の力作である。 

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ここ5年位の間に、老若男女を問わず御朱印ブームになったが、御朱印帳にもそれが反映されている
ゆるきゃら、絵画等、綺麗で可愛いものが主流を占めつつある

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足利織姫神社(栃木)
御朱印は本来寺院で写経をした証に頂くものであるが、神社でも頂くことができる。
寺院に比べ、神社の御朱印帳の方が煌びやかなので、特に若い女性を中心にコレクターが多い
これは縁結びで有名な神社で、男性様は青、女性用は赤となっている。

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御朱印ブームと共に、御朱印帳袋も登場
以前は手製の布製袋に入れる人が殆どであったと思うが、最近はデザインに趣向を凝らしたものがデパート等で販売されている。
一部の寺院ではオリジナルのものを販売しているが、これは妻沼聖天(熊谷)のもの
大雑把に見た感じでは、百貨店に比べ寺社の方が安価な印象がある


これだけ色々とあると、巡礼先でMy御朱印帳やMy御朱印帳袋を見つける楽しみが増えますね。

どのようなものを選ぶかは全く自由ですし、神社と寺院を区別する必要もありません。

唯、御朱印帳に駅スタンプや記念スタンプを押印するのだけは避けて下さい。

昔と違って、そのような帳面には御朱印を拒否される可能性が大ですので…。

[御朱印帳の購入に当たって]
御朱印を始めるに当たってどのような御朱印帳を買ったら良いか悩んで居られる方には下記が廉価でお勧めです。

①表紙;布、  ②中紙;和紙、 ③構造;蛇腹、 ④サイズ;大判 182×121㎜

を満たしています。サイズが小さいと墨書に不便と思いますので…。

一見地味ですが、初めはこれくらいが適切で慣れたら自分の感性に合った御朱印帳を購入すれば良いでしょう。

私の場合は寺院中心、地域で御朱印帳を区別していますので、気に入った御朱印帳があった寺院では都度購入しています。

御朱印帳の値段はピンキリですが、大体¥2,000以下で手に入る事が殆ど。

特別製の表紙や紙に拘る余り、経済的に続かなくなってしまうのは避けるのが肝要かと思います。

谷口松雄堂 御朱印帳 特大 蛇腹式 紺 M1-2

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寺院で伺った処、御朱印は亡くなった時に一緒に納棺して貰うのが原則だそうで、それまで保管するのには一ヵ所に纏めて置くのが良いでしょう。余り多くの冊数を入れると重いので1ダースくらいが目安です。

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和辻鉄丈の個人巡礼 序

2018.09.24(17:04) 1

[御朱印帳] ブログ村キーワード

 かくありし時過ぎて、世の中いともの憂く、兎にも角にもつかで世に経る男ありけり。

かたちとても人にも似ず、こころ魂もあるにもあらで、かう物の要にもあらであるも理と思ひつつ、

唯終日明かし暮らすままに世間に多かるぶろぐ、ほおむぺいぢの端などを見れば、世に多かる旅行記などあり。

人にもあらぬ身の上まで書き記して珍しき様にもありなむ、天下の人の閑を過ぐしたるやと問はん試しにもせよかし、

と思ゆるも、過ぎにし年月の事共覚束なかりければ、さてもありぬべき事なむ多かりける。

<超訳>

 昨今、御朱印がブームになっています。有名な寺社では御朱印待ちの行列ができる所も珍しくありません。

期間限定のオリジナル御朱印を出している寺社もあり一層の拍車がかかっています。

 このブームですが若い女性を中心に神社のパワースポットを巡るという事が嚆矢になった様です。

最近では御参り先で若いカップルが仲良く御朱印を拝受している姿を見る事も多くなってきました。

御朱印は写経の証としてお寺が授与するのもですから若干違うと言う意見もあるでしょうが、

きちんと御参りしている訳ですから目くじらを立てる程の事もないでしょう。

 書店では御朱印や巡礼に関する書籍が並び御朱印帳も販売されています。かつては巡礼先で購入しようとしても

御朱印帳がなく書いたものを購入して貼付した事もしばしばでしたが今ではそんな心配は無用。

今から御朱印を始めようとしても方法に迷う事もないでしょう。『少しの事にも先達はあらまほしき事なり』ですね。

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平成30年に入手した御朱印帳

私が御朱印を始めた平成4年には御朱印をするのは年配の女性、いわゆる御婆さんばかりで

不思議と御爺さんはいませんでした。

納経所で出会う事があると「若いのに偉いわねぇ!」と感心され、お茶を御馳走になった事もあります。

今、自分がその年になってみると「若いのに偉いね!」と言うより先に、

向こうから「その年で偉いですね」と反対に声を掛けられそうな状況。

やはり四半世紀は大きいと言う事だと実感しています。

 ネットでも皆さんが拝受された御朱印の印影がアップされており家に居ながらにして楽しむことが出来ます。

これも通信技術のお蔭でしょうが、いま己の来し方を振り返ってみると色々と紆余曲折がありました。

 御朱印の意味も分からずにお金ばかり掛かった初期、巡礼に行ったものの仏教に無知で頓珍漢な対話しかできずに

冷や汗をかいた事、今では良き思い出になっています。

 朧気な記憶と御朱印を見返しての回想ですが、皆さんの巡礼の一助になれば幸甚です。

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平成4年に開始した時の御朱印帳  左;近江編、 右;京都編

[参考書]
発売して3年経ちますが御朱印のバイブル的存在。御朱印の意味や各地の拝受できる場所の一覧、オリジナル御朱印帳も掲載。
入門はこれ1冊で事足りますが、巡礼先での未知の御朱印を期待している人には不向き?

全国御朱印図鑑

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