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龍雲寺(大阪府富田林市) 自然とお釈迦様の一生に出会える寺

2020.08.02(21:12) 671

坂の上に建つウエサカ祭の寺(2020.7.1)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
梅田 → (地下鉄御堂筋線) → 難波 → (南海高野線) → 大阪狭山市 → 徒歩8分 → 龍雲寺 → 大阪狭山市 → (南海高野線) → 難波 → (地下鉄御堂筋線) → 梅田

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福智山 龍雲寺(黄檗宗 河内西国三十三ヵ所第四番札所)

 この日はミナミで所要があり、午後から時間ができたので河内西国を一ヵ寺巡礼。

所在地は富田林市内ですが、狭山市との境界に近くにあるので、

近鉄電車ではなく南海電車で移動。住所を見ただけでは【難解】ですが、

大阪狭山市の駅で下車して東の小川を越えるともう富田林市内。

駅のすぐ西には狭山市役所があるので生活圏は狭山市内になるのでしょうか。

目指す寺は小川から北へ坂を上った場所にありました。

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緑の向こうに見える龍雲寺
手前の草地も寺域。

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山門から巡礼開始

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山門の「智福山」の扁額

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北条家の菩提寺なので三つ鱗の紋が…

福智山龍雲寺(ふくちさんりょううんじ)は、縁起に拠れば

『昔、河内長野市石見川にあった真言宗の古寺が嚆矢。

それを享保9年(1724年)狭山藩主北条氏の援助を受け、独園和尚が開山となり黄檗宗に改宗。

北条家、狭山藩士および加太新田農民の菩提寺としてこの地に移転した。

 本尊十一面観音菩薩は平安後期の作で、本堂にて常時拝観可能。

享保19年(1734年)作の涅槃図は毎年5月5日のウエサカ祭に公開される。

また境内にはお釈迦様の生涯が実感できるように色々な釈迦像が置かれている。』

とあります。

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山門に続く昔の墓石

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本堂と庫裏へ続く参道

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本堂正面

 坂を上っていくと草地の向こうに寺が見えてきました。

山門前に立つと「福智山」の扁額と三つ鱗の紋が…。

大阪狭山藩主であった北条氏の菩提寺であったので納得。

本堂は移築に際して禅宗様式にしたようで前面の造りにそれと伺えました。

また木魚の原型になった魚の形の鳴らしものである開梆(かいぱん)も架かっていました。

開梆は宗祖隠元禅師が明から伝えたものでその形から魚梆・魚板・魚鼓とも呼ばれます。

魚の形にしたのは、魚は瞬きをしないからだとか。

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本堂前の廊下

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本堂に架かる「龍雲禅寺」の扁額

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由緒

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本堂前の布袋像
禅宗では布袋は弥勒菩薩の化身とされる。

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魚の形の鳴らしものである開梆(かいぱん)

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御詠歌

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本堂から境内を見る

 参拝後は境内を巡りましたが、本堂正面から時計回りにお釈迦様の生涯を表した像が。

製作年代は最近の様ですが一巡すれば釈迦様の生涯に触れることができます。

苦行像は高校時代に美術展で見たガンダーラ仏を模したものでしょうか?

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本堂正面にあるお釈迦様誕生の図
紀元前463年頃

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釈迦苦行像
29~35歳。

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35歳での成道

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説法 35~80歳

 5月5日に開催されるウエサカ祭はタイなど南伝仏教国(上座部仏教)で行われる

お釈迦様を称える祭だそうで、大乗仏教である日本ではやや異質。

唯、仏教の原点は南伝仏教国に色濃く残っているので、原点に触れる貴重な機会と言えます。

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慈母観音像

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玄奘三蔵の像

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仏足石

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本堂脇の庭園

 境内には至る所に植物が植えてあり、今は滅多にお目に掛かれないものも。

すべての生き物には仏性(ぶっしょう)があり、生きる事の大切さを学ぶという

御住職の意向だそうで、眼だけでなく心も癒す効果が期待できます。

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草木の向こうに見える本堂

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紫陽花・梔子・芭蕉・蓮

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蓮池

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白い蓮

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ヒツジグサ
未の刻に花を咲かせる事からの命名。

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庫裏の前にあるオジギソウ

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ネジバナ
捩れている事からの命名。

 境内の奥にある墓地の一角には狭山藩主北条家の墓所が。

かつては関八州に覇を唱え小田原城を居城に5代百年間栄えた北条家も

秀吉の前に降伏。縁者であった徳川家康の執成しもあって大名として残りましたが、

石高は減封というには余りにも大きく285万石から狭山1万石になりました。

家は明治維新まで存続しましたが歴史の表舞台に登場する事もなく、

そのエネルギーは小田原五代で消耗してしまったと言えます。

尤も家を存続させる苦労も並大抵ではなかったでしょうが…。

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北条家歴代の墓

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龍雲寺御朱印

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狭山市マンホール蓋

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狭山市マンホールカード
配布場所は狭山市上下水道部下水道グループ

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布忍神社(大阪府河内松原市) 地名の由来となった神社

2020.07.28(20:56) 668

旧事より御神籤(2020.6.27)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 富田林 → 富田林駅前(8:20) → (金剛バス東條線) → 龍泉(8:35) → 徒歩15分 → 龍泉寺 → 咸古神社 → 龍泉(10:14) → (金剛バス東條線) → 富田林駅前(10:29) → 富田林 → (近鉄南大阪線) → 布忍 → 徒歩5分 → 大林寺 → 徒歩2分 → 布忍神社 → 布忍 → (近鉄南大阪線) → 阿部野橋

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布忍神社(旧村社)

 駅で下車して思ったのが布忍(ぬのせ)の駅名。なかなか「ぬのせ」と読むのは難しい。

その地名の由来という事で、宮橋を渡り布忍神社へ参拝。

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西除川に架かる朱の宮橋

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宮橋を渡った所に立つ鳥居
ここが表と思いきや正門は反対側に…。

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鳥居下から宮橋を見返る

 布忍神社(ぬのせじんじゃ)は、

『創建の年代は定かではないが、ここから北へ2㎞の天見丘から

祭神をここへ白布を敷いて迎えた。

それに拠ってこの地を布忍、村里を向井と呼ぶようになった。

『日本書紀』の景行天皇の条に「布忍入姫命」、

『新撰姓氏録』の河内国皇別に「布忍首」

の記載があり、当社との関連性が指摘される。』 とあります。

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こっちが神門

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布忍神社由緒

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神門に続く鳥居

 「ぬのせ」は平安以前に遡る由緒ある名前、加えて良い意味を持った言葉と言う話でした。

仏像も布に包んだ記録がありますし、海外でも聖画布があるので

宗教的なものを布で包む事は万国共通なのでしょう。

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正面から見た拝殿
手前に結界を示す縄がある。

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拝殿の扁額は宇治萬福寺第五世高泉禅師の揮毫

 地名にもなった古社ですが、駅には神社への道順を記した張り紙が至る所に。

不思議に思いましたが参拝して納得。女性グループやカップルが並んでおみくじを引いていました。

 なんでもここの「恋みくじ」はネット上で評判になり訪れる人が後を絶たないとか。

話題のアーティストとコラボした作品で、ユーモア・辛辣な内容の【濃いみくじ】が受けているようです。

これで皆が【来いみくじ】となれば良いですが…。

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桃山風様式が見られる本殿
修理時に側面に狩野探幽とされる絵が発見された。

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境内遠景

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布忍神社御朱印

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大林寺(大阪府河内松原市) 歴史に消えた大寺院の遺品を受継ぐ寺院

2020.07.27(21:59) 667

今一歩、国宝に手の届かなかった観音様(2020.6.27)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 富田林 → 富田林駅前(8:20) → (金剛バス東條線) → 龍泉(8:35) → 徒歩15分 → 龍泉寺 → 咸古神社 → 龍泉(10:14) → (金剛バス東條線) → 富田林駅前(10:29) → 富田林 → (近鉄南大阪線) → 布忍 → 徒歩5分 → 大林寺

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布忍山 大林寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第五番札所)

 龍泉寺巡礼を終えて、駅前のレンタサイクルを利用して番外札所高貴寺に向かうつもりでしたが

コロナのためまさかの休業。コロナ明けまで待つことに。

 富田林駅から準急に乗って河内松原駅で普通に乗換え、二駅目の布忍で下車。

北に少し向かい西徐川沿いに建つのが目指す札所。

朱塗りの宮橋の向こうは布忍神社という位置になります。

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門前へ到着
朱色の端の向こうは布忍神社。

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山門前にて

 平成12年にリニューアルした堂宇からは想像もつきませんが、平安・室町時代の仏像、

江戸時代の般若心経等、貴重な遺物が残ります。それは何故かと尋ねたら、

 布忍山大林寺(ふにんさんだいりんじ)は、寺伝に拠れば、

『かつて、川の向こうに永興寺(ようごうじ)と言う大伽藍があった。大林寺に残る記録では、

堀川天皇の御願に拠って寛治3年(1089年)に永興律師が建立した布忍寺が嚆矢。

後の弘安年間に中興されと開山の名を採って永興寺呼ばれるようになった。

 その後も元禄3年1690年に再興され衰頽と復興を繰り返すが、

廃仏毀釈で明治6年に廃寺となる。その後、本堂が柏原市法善寺の壷井寺へ、

本尊の十一面観音等いくつかの所蔵品がここ大林寺に移された。

十一面観音立像は永興寺の本尊で、平安後期の檜の一木造である。』 とあります。

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由緒

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山門から見た境内
正面が本堂で左が聖天堂。

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本堂近影

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本堂前面の造り
平成12年にリニューアルされた。

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本堂の屋根瓦
永興寺跡から出土した平安後期の八葉蓮弁の復元である。

 山門を入れば、左手に聖天堂、正面にはすぐ本堂。

御朱印を御願いすると、御住職が対応下さり、本堂の扉を開けて下さいました。

 正面が今の御本尊の阿弥陀如来。左の厨子にあるのが十一面観音立像。

傍まで行き拝観できましたが1.7mの等身大という事もあり阿弥陀様よりも迫力がありました。

時代的にも美術的にも国宝・重文クラスと思いますが、手と足が後世に造られたものだったので指定されず。

しかし河内西国の仏像の中では群を抜いたお姿のため、巡礼掛け軸の中央に描かれているそうです。

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御本尊の十一面観音菩薩(説明書より)

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庫裏の扁額

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聖天堂

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聖天堂横の宝篋印塔

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本堂前の仏足石

 本堂の内陣を拝見すると上には極彩色の欄間が。内容は中国の二十四子孝。

最近の作のように思ったので伺うと、市内の職人さんの作。なんでも松原には

大阪欄間の伝統があって、今でも市内に一軒伝統工芸士の方が居られるとか。

てっきり北陸の井波から来られたとばかり思っていたので驚きでした。

後継者も居られるようなので、今後も楽しみです。

接する堺市には刃物の伝統があるのも大きかったのでしょう。

まさに【快刀欄間を断つ】です。

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本堂内陣の欄間

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本堂内陣の欄間

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大林寺説明書

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大林寺御朱印

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咸古神社(大阪府富田林市) 龍泉寺の鎮守様

2020.07.26(20:16) 666

雨期、我を寂しがらせよ(2020.6.27)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 富田林 → 富田林駅前(8:20) → (金剛バス東條線) → 龍泉(8:35) → 徒歩15分 → 龍泉寺 → 咸古神社 → 龍泉(10:14) → (金剛バス東條線) → 富田林駅前(10:29)

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咸古神社(式内社 旧村社)

 龍泉寺の北側を進み、鳥居の先にあるのが咸古神社。

咸古神社(かんくじんじゃorこんくじんじゃ)は、

『弘仁14年(823年)の創建。空海が龍泉寺を再興する際に、

現れた老人の言に従い牛頭天王を祀ったのが嚆矢。

空海は7日間の祈祷を行ったところ、7日目の夜半に龍が現れて大雨が降り、

明け方には大池と三つの小島が出来ていた。

空海はその島に聖天・弁財天・叱天を祀った。すると再度、地主が樵夫の姿で現れ、

「この後方の、小高い場所が薬師如来の地である。」

と述べたので、その場所に牛頭天王を鎮守とし祀った。

江戸時代までは龍泉寺の鎮守であったが、明治の神仏分離に拠り独立し、

式内・咸古神社となった。』 とあります。

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龍泉寺山門東に建つ鳥居

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寺の北側にある朱の鳥居

 咸古とは「咸(すべて)古い」の意味でしょうが、龍泉寺創建と同じ時期のようでした。

再興に際し牛頭天王を祀ったメインの社ですが、寺院に比べて敷地も狭く無人。

明治の神仏分離は神社には追い風だった筈ですが、あまり影響のなかったところもあったようです。

【困苦】という名前が良くなかったとは思いませんが鴬の鳴き声の響く境内では閑古鳥が鳴いていました。

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正面から見た拝殿

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本殿の屋根部分

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龍泉寺(大阪府富田林市) 山腹に泉が湧き出る古刹

2020.07.25(22:56) 665

古池や龍が棲み込む水の音(2020.6.27)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 富田林 → 富田林駅前(8:20) → (金剛バス東條線) → 龍泉(8:35) → 徒歩15分 → 龍泉寺

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牛頭山 醫王院 龍泉寺(高野山真言宗 河内飛鳥古寺霊場第十一番)

 以前、参拝した瀧谷不動尊は弘法大師が龍泉寺に参籠した際に開いた寺院。

調べてみると龍泉寺は今も富田林市内に残っており、重文の仁王門と庭園がある模様。

そうなると行かねばならぬと言う訳で再度南河内まで巡礼。

 富田林駅から1時間に2本のバスに乗車。行先は甘南備ですが一本道なのでカーナビは不要。

その名も龍泉バス停で下車。周囲の字も龍泉で、この地域きっての古刹だという事が分かります。

道路の西は標高281mの岳山(だけやま)が迫っており、

バス停から西へ800m程坂を上った山腹にあるのが龍泉寺。

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バス停にある道標

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バス停から坂道を上って寺院へ

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山門付近から下界を望む

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入口へ到着
門柱の奥は駐車場で更に奥に参道がある。

 牛頭山醫王院龍泉寺(ごずさんいおういんりゅうせんじ)は、縁起に拠れば

『推古天皇2年(595年)、勅命に拠って蘇我馬子が創建。

昔この地に古池があり、そこにすむ龍が人々に被害を与えていた。

馬子は救済にための修法を行ったので龍は退散。そこで

馬子は聖徳太子と共に寺院を建て仏法の興隆に務めた。

それ以降、奈良時代の後期まで金堂・東西両塔などが整備されたと言われる。

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駐車場にある年期の入った案内図

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龍泉寺参道
手前は躑躅と桜、奥に進むとカエデが広がる。

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参道右手の本坊寺務所

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山門を進み仁王門へ

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仁王門下から参道を振り返る
秋には真紅に染まる。

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重文・仁王門(八脚門)

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仁王門の「牛頭山」の扁額

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鎌倉時代作の金剛力士阿像

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仁王門の妻部分
鎌倉時代の建築だが肘木を突出する奈良時代の様式を踏襲している。

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境内から見た仁王門

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仁王門から見た本堂

 ところがその後、池の水が枯渇し付近にも水が湧かず寺は衰頽。龍の祟りと噂された。

弘仁14年(823年)、この地を訪れた空海の前に老人が現れ

「我はこの地主牛頭天王である。汝はここにとどまり霊地を再興せよ。」

と告げて忽然と消えた。

 空海は7日間の祈祷を行ったところ、7日目の夜半に龍が現れて大雨が降り、

明け方には大池と三つの小島が出来ていた。

空海はその島に、聖天・弁財天・叱天を祀り牛頭天王を鎮守とし、

寺を再興した。この池が今も境内に残る名勝庭園である。

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仁王門から続く参道と本堂
両脇には満天星、百日紅が植えられている。

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龍泉寺由緒記

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本堂近影

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本堂前面
現在修理中とか。

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本堂の扁額

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本堂から仁王門を見る

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横から見た本堂

 天長5年(828年)には淳和天皇の勅願で堂宇が完成、本尊を薬師如来とし龍泉寺醫王院と称したとされる。

建治元年(1275年)には金剛力士像が作られ、それ以前に造られた仁王門(八脚門)に収められた。

 25の堂舎が存在したとされるが、南北朝時代には岳山山頂に龍泉寺城が築かれたため、戦禍に遭遇。

仁王門を残して焼失した。応仁の乱では畠山氏の家督争いのため立ち直りの機会を逸している。

江戸時代になって地元白木藩主石川氏代々の崇敬を受け、ようやく堂宇が整ったが

盛時の勢いには及ばず今に至る。』 とあります。

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本堂から見た聖天堂
現在、仮本堂とある。

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聖天堂近影

 木漏れ日の射す参道を進み階段を上ると本堂。

境内には伝説に由来する池があり、今でも満々と水をたたえています。

参道の左側には躑躅・紫陽花などの庭園が広がっていますが、これも豊富な水の所以でしょう。

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龍泉寺庭園
浄土式庭園として名勝に指定されている。

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庭園説明

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南側から池と島を見る
手前が叱天、中央が弁天を祀る祠がある。

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中央の島には弁天を祀る

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弁天祠
桃山時代の春日造である。

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左側の島は叱天を祀る

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右側の島は聖天を祀る

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北側からの眺め

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池越しに見る聖天堂

 寺院はかなり坂を上った先にありますが、このような高所で水が得られるのは珍しい状況。

元弘2年(1332年)、ここに城を築いた楠木正成は弟の正季(まさすえ)を城主に据えます。

ここの地政学的重要性に注目したのは慧眼。正季は龍泉殿と呼ばれますが、これも水源の重要性故でしょう。

唯、重要性だったために戦火は免れなかったわけで、仁王門だけでも残ったのは奇跡的と言えましょう。

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池の北にある杉の巨木と八大龍王

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八大龍王近影
空海が龍王を祀った「雨乞井戸」である。

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本堂右手の行者堂

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塔の礎石

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紫陽花と観音像

 境内は四季を通じて花に彩られるように作庭されていますが、今の時期は紫陽花。

御住職が掃除をされていましたが、

「国の名勝庭園は専門業者に入って貰わないといかんので、大変ですわ!」

と言われたのが心に残りました。

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伝・尊性法親王御墓
後醍醐天皇皇子で貞治元年この地で逝去。ここにも南北朝の悲劇が…。

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鐘楼

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龍泉寺説明書

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龍泉寺御朱印

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富田林郵便局 ; 重文・龍泉寺仁王門、楠、獄山

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西琳寺(大阪府羽曳野市) 河内古代仏教文化の中心寺院

2020.07.24(16:37) 664

古代の街道の交差点に建つ古刹(2020.6.12)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 滝谷不動 → 徒歩15分 → 瀧谷不動尊 → 滝谷不動 → (近鉄長野線) → 富田林西口 → 徒歩5分 → 浄谷寺 → 徒歩10分 → 富田林 → (近鉄長野線) → 駒ヶ谷 → 徒歩5分 → 大黒寺 → (近鉄南大阪線) → 駒ヶ谷 → 古市 → 徒歩5分 → 西琳寺 → 古市 → (近鉄南大阪線) → 阿部野橋

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向原山 西琳寺(高野山真言宗 河内飛鳥古寺霊場第七番札所 聖徳太子霊跡第四番札所)

 河内巡礼の後は再び古市まで戻って下車。駅から竹内街道を東へ進み、

南北に走る東高野街道と交わった古市四ッ辻を北東へ行くと西琳寺。

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古市四ツ辻に建つ道標

 向原山西琳寺(むこはらさんさいりんじ)は、寺伝に拠れば

『古市寺とも言われ、大臣蘇我稲目が仏寺を建立して向原寺(むこはらでら)と称した、

或いは559年に勅願で文首(ふみのおびと)の阿志古が建立したなどと伝わるが、

同様の内容は大和飛鳥の向原寺(向原山豊浦寺)にもある。

恐らく欽明朝の頃、実力者蘇我稲目の部下であった西文首(かわちのふみのおびと)が

自宅の一部を仏堂として非公式に仏教を信仰していたと一般には考えられている。

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山門前にて
かつての門は南へ開いていたが、現在は西。

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山門前の石標
欽明・桓武天王勅願所とあるのが凄い。

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由緒記

 西文氏は我が国に論語と千字文を伝えたとされる王仁博士の末裔。

彼の一族は河内古市を本拠地とし白鳳時代には西琳寺は西文氏の氏寺として発展した。

天平15年(743年)の資材帳には七堂伽藍を有した大寺であったとあり、

昭和24年の発掘調査でも法起寺式伽藍配置である事が証明された。

 境内は今より遥かに広大で、竹内街道に面して南門が開いていた。

竹内街道は難波から大和飛鳥まで続く交通の要衝であったので、

有力な渡来人は街道沿いに氏寺を建立したと考えられる。

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山門から境内を見る

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戦後再建された本堂

 鎌倉時代に惣持上人らに拠って中興され、弘安4年(1281年)の太政官符では

広大な寺域を指定され非常に反映したが、天正年間の兵火に拠って大半を焼失。

江戸時代には復興し、河内名所図会にも「日本最初の仏教地」と記載されているが、

明治時代の神仏分離の影響で一小堂を残すのみで現在に伝わる。』 とあります。

236-5-8.jpg
本堂前面

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本堂扁額
本尊は薬師如来である。

 今の寺域からは想像もつきませんが、かつてはこの地を代表する寺院。

境内の左手にある巨石は五重塔の心礎、その奥にある五輪塔は

当寺の奥之院に当たる高屋宝生院跡から戦後発見されたもの。

前者は7世紀末、後者は鎌倉時代のものなので伝承の正しさを証明しています。

 南朝の後村上天皇は側近から献上された西琳寺の梅の花に

「再起」の思いを託して歌を詠んでいます。

繁栄している名刹に肖ろうとしたのではありましょうが、寺はその後、衰退し、

南朝も北朝に合併される運命でした。

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本堂より見た境内

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五重塔心礎
地中に埋没していたが戦後発見された。

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高屋宝生院の五輪塔

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五輪塔説明

 御朱印を御願いすると年配の住職夫人が対応下さいました。

和辻;「お寺の説明書はあるでしょうか?」

夫人;「説明書は現在切らしていますが、昔、市立美術館に出したパンフがあると思います。」

と「河内飛鳥古寺 霊場のしおり」を頂きました。

前書きを執筆されているのが先年、百歳で亡くなった直木孝次郎氏で、

大阪市立大学教授という肩書に時代を感じます。

発行は古いですが、内容は今でも十分通じるもの。

当時は、今ほど古寺・巡礼ブームではなかったでしょうから、

これだけ余剰が出たのでしょう。今では考えられない話です。

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河内飛鳥古寺 霊場のしおり

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「霊場のしおり」 の西琳寺の頁

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西琳寺御朱印

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大黒寺(大阪府羽曳野市) 大黒天発祥の寺

2020.07.21(21:09) 663

大黒寺の大告示(2020.6.12)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 滝谷不動 → 徒歩15分 → 瀧谷不動尊 → 滝谷不動 → (近鉄長野線) → 富田林西口 → 徒歩5分 → 浄谷寺 → 徒歩10分 → 富田林 → (近鉄長野線) → 駒ヶ谷 → 徒歩5分 → 大黒寺

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天童山 大黒寺(曹洞宗 河内西国三十三ヵ所第八番札所)

 寺内町を散策後は古市まで北上して橿原神宮方面へ1駅の駒ヶ谷で下車。

古市は石川の西岸にあって大阪府下でも最も早く文化が発達した場所。

堺市と共に百舌鳥古市古墳群として世界遺産に登録されたのも頷けます。

 古墳時代を経て飛鳥時代の遺跡も豊富、駅名の駒ヶ谷も聖徳太子が諸国巡礼の折に

この付近で黒駒を停めて休息した事に由来するそうです。

札所は駅からブドウ畑を左右に見て徒歩5分。石川の東岸の大黒(おおぐろ)と言う字にありました。

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白い塀に囲まれた大黒寺
ブドウ畑を抜けた先にある。

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入口付近にて

 天童山大黒寺(てんどうさんだいこくじ)は、略縁起に拠ると

『天智天皇4年(665年)、役行者が金剛山で修業中に雲の中から大黒天が出現し

「お告げ」をした。役行者はそのお告げに従い桜の木で大黒天を造り、

一筋の光明で示された地に小堂を建て安置したのが始まり。

 初めは修験道であったが空海に拠って真言宗になり、

その後、大乗寺29代・密山道顕和尚に拠り禅宗となった。

以後、河内西国巡礼はもとより日本最古の大黒天の寺として信仰を集めている。』

とあります。歴史のある羽曳野ですが、我が国の大黒天の発祥がこことは初耳。

山門前にはその旨を記した看板が大告示されていました。

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山門近影
コロナの影響で閉鎖中かと思ったが、拝観可能。

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山門前に掲げられた由緒

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山門から見た境内
左が大黒様を祀る大黒堂。

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庫裏と境内に建つ七福神の石像

 境内に入ると、最も奥にあるのが石像の大黒天で、

庫裏手前にはその他の七福神の石像がありました。

いずれも福をもたらす神様で広く庶民に人気のある神様。

その大黒様のお告げの骨子は

・我は天竺のマカキャラ天、日本では大黒天と称す
・左の袋に一切の福徳を納める
・右手の槌は諸々の災難を除き、宝福を打ち出す
・親孝行、子孫繁栄、病気平癒、武運長久、商売繁盛の五福を授ける
・家の中心の柱を大黒天と思い大切にすれば一家が栄える

大黒柱の語源のような記述もありますが、ほぼ良い事ずくめ。

やや出来過ぎた感もありますが、庶民には受け入れやすい素地ではあります。

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大黒堂近影

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大黒堂前面
内陣には入れず外から参拝。

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境内の奥にある石造りの巨大な大黒様

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庫裏の前に立つ七福神の三神

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その向かいに立つ三神

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六福神?の脇にある清代の梵鐘

 役行者が修行したのが金剛山、そこを源として寺の横を流れるのが石川。

甲子の日には大黒様に似た自然石が石川を流れて大黒寺の前に付くという伝承もあるとか。

 役行者の氏である葛城氏の本拠地と石川の水運の関係。そこで出会ったインドからの

渡来僧という史実が大黒天の伝説を生んだというのは飛躍しすぎでしょうか?

 御朱印を御願いすると御住職が対応して下さいました。

和辻;「本堂の大黒様はどんな御顔ですか?大和の松尾寺の大黒様は憤怒でしたが…。」

住職;「丁度、憤怒と笑顔の中間と言った所でしょうか。」

元々インドでは怒りを含んだ怖い表情の神が多い気がしますが、

日本に伝わる際に、表情も優しく変化したのかもしれません。

 ここは河内西国札所なので観音様ですが、大黒様が前面に押し出されて、

観音様は奥に祀られて居られます。それも慈悲の心でしょうか?

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大黒堂の脇を通り講堂へ

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最奥にある観音堂
この向かいにあるのが大黒様の石像

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大黒寺の歴史

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大黒寺御朱印

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興正寺別院(大阪府八尾市) 富田林別院と寺内町

2020.07.20(22:42) 662

大阪府下唯一の重要伝統的建造物群保存地区(2020.6.12)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 滝谷不動 → 徒歩15分 → 瀧谷不動尊 → 滝谷不動 → (近鉄長野線) → 富田林西口 → 徒歩5分 → 浄谷寺 → 徒歩10分 → 富田林

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興正寺別院(浄土真宗興正寺派)
手前にあるのは重文・鐘楼。

 札所参拝の後は富田林駅まで徒歩で向かいますが、少し回り道をして寺内町散策。

寺内町発展の中心となったのが興正寺別院(こうしょうじべついん)。

『戦国末期この場所は、河内古市城主・三好一族の支配下にあった富田芝という荒地であった。

そこに永禄元年(1558年)、京都興正寺の証秀上人が永楽銭100貫文で四町四方の原野を購入。

中央部には毛人谷にあった小堂を移転し、立派な本堂として再営。

近隣の四ヵ村の名主に協力を依頼して開発と区画整理を実施し、

数年後には寺内町を形成。希望者を移住させる事で寺内町として発展してきた。

 現在の表門は伏見城の城門を貰い受けたもので、本堂には

伝春日仏師作・阿弥陀如来像と宗祖・親鸞聖人の御影が安置されている。

 当初の寺内町は周濠を巡らし、町割りは碁盤の目状に区画されていた。

町政を担当したのは四ヵ村から選出された八人衆と呼ばれる町年寄で、

その筆頭が杉山家である。』 とあります。

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伏見城の表門を移築した表門(重文)
工事中のため右側のみ撮影。

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由緒記

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重文・御成門
安政4年(1857年)頃の移築で切妻造り・本瓦葺。

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重文・本堂
寛永15年(1638年)建立で入母屋造・本瓦葺。

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安政3年(1856年)建立の重文・対面所

 真宗の寺院を中心に発展したのは奈良の今井、八尾の久宝寺と同じ。

富田林は大阪府下で唯一の重要伝統的建造物群保存地区になっており、

表門初め重要文化財の建造物も6棟。拝観を期待しての訪問でしたが、

コロナのためまさかの閉門。

門徒も多い真宗は門戸も開かれていますが肺炎には勝てないようでした。

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重文・鼓楼
18世紀後半に建立され、文化7年(1810年)に現在地へ移転。奥に見えるのは杉田家。

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城之門筋北側から興正寺のある南側を望む

 興正寺のある城之門筋は江戸・明治・大正の三時代が混然となった街並みが特徴的。

家の造りの重厚なことも共通でしたが、今井・八尾・富田林は城下町ではなく

江戸時代を通して年貢が四公六民だった事がこのような街並みを残したと言えそうです。

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町の南側にある仲村家住宅

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木口家

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木口家屋根の気抜き

236-3-17.jpg
木口家住宅説明板

 この興正寺を中心に東西400m、南北350mが寺内町で、600軒の町屋の内、

250軒程が伝統的町屋。奈良の今井町と異なり環濠は残っていませんが町割りは健在。

八尾市内の別院が広大な敷地を有していたのに比べると

富田林は少し狭く感じましたが、これは寺内町の大きさに拠るのでしょう。

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杉田家住宅

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町屋を利用したお店

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町屋を利用した御宿
当然、限定〇組と予想できるが最近はこのような宿の人気が高い。

 江戸時代に造り酒屋として繁栄した杉山家は重要文化財。

明星派の石上露子(いそのかみつゆこ)の実家でもあります。

町屋で公開されているのは杉山家のみですが、他の町屋も外来者を拒否する様子は微塵もなし。

私もたまたま田守(たもり)家の御当主が表に出て居られたのでお話を伺うことができました。

元来は外敵から自衛する目的で出来た寺内町の面白さ。

わたしも歴史の街をブラ【田守】した一日でした。

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重文・杉山家住宅
四層の美しい屋根が特徴的。

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杉山家説明板

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石上露子略記
若い頃の写真であるが、夭逝した訳ではない。

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田守家住宅

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田守家住宅説明板

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近鉄富田林西口駅スタンプ

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浄谷寺(大阪府富田林市) 寺内町の一画を占める札所

2020.07.19(11:58) 661

御本尊と二尊が祀られたお寺(2020.6.12)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 滝谷不動 → 徒歩15分 → 瀧谷不動尊 → 滝谷不動 → (近鉄長野線) → 富田林西口 → 徒歩5分 → 浄谷寺

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半偈山 三仏院 浄谷寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第十六番札所)

 瀧谷不動尊巡礼を終えて、電車で富田林寺内にある札所を巡礼。

富田林駅から徒歩で行ける伝統的建造物群ですが、富田林西口駅の方が最寄り。

駅から市役所横を東へ進み、寺内町の一画南会所町に建つのが目指す札所。

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富田林南会所町の家屋

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塀に囲まれた浄谷寺

 半偈山三仏院浄谷寺(はんげいざんさんぶついんじょうこくじ)は寺伝に拠れば、

『弘安9年(1286年)、済戒真證(さいかいしんしょう)上人が毛人谷村に開創。

天正2年(1574年)に現在地に移転、寛文6年(1666年)に総門徒の寄進で再興された。

慶長13年(1608年)「大念佛道場」という記録が残り、平野区にある大念佛寺の末寺である。

 山門を入った右手に二尊堂があり、石像地蔵菩薩と木造観世音菩薩立像が安置。

元来は地蔵堂、観音堂という別寺にあったものがここに移ったもので、

石像地蔵菩薩は応長元年(1311年)の銘が。その他、境内には

永仁元年(1293年)の年号のある笠卒塔婆が残る古い寺院である。』 とあります。

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山門前にて
富田林駅から向かうとこちらで、西口駅からだと反対側に出る。

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由緒記

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山門から見た境内
左が本堂で右が庫裏。庫裏は改装中であった。

 ここは十六番札所だった教興寺が数年前に河内西国から離脱したので替わりに入った寺院。

新しくガイドブックにも載っていないので、あまり期待はしていませんでしたが、

寺域は結構広く伽藍も壮麗、そして何よりも寺内町に溶け込んだ様子が伺えました。

 御朱印を御願いすると住職夫人が対応下さり、御住職が不在なので書置きを拝受。

続いて本堂内と二尊堂の内部も拝観させて頂きました。

本尊と二尊があるので三仏院となったのでしょうか?

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本堂近影

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本堂前面
内陣にて参拝。

236-2-13.jpg
二尊堂前から
こちらも内陣にて参拝。

和辻;「本堂は最近の建造ですか?」

夫人;「数百年前の江戸時代ですが、平成31年に改修しました。」

和辻;「本堂前の欄間は立派ですね。」

夫人;「元は古いのですが、改修の時は職人さんがいなかったので滋賀から来て貰いました。」

和辻;「維持も大変ですね。」

夫人;「白蟻被害が多いので徐々に修繕しないと駄目です。今は庫裏の奥を直しています。」

和辻;「笠卒塔婆は何処でしょう?」

夫人;「二尊堂前です。でも劣化して笠部が落下してしまいました。」

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本堂前にある平成31年落慶記念碑

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本堂前の「半偈山」の扁額と龍の彫刻

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象の彫刻

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鳳凰の彫刻

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笠卒塔婆

 境内は庭園と言う程の規模ではありませんが、四季折々の草木が植えられており、

参拝に彩を添えています。これはお寺の方の趣味だそう。

建物は作るのも大変ですが維持も劣らず大変。現代風に改装すれば楽でしょうが、

昔の姿を留めたまま修理するのはかなりの負担を強いられます。

それでも昔の姿にこだわるのは寺内町を守り続けている住民の矜持でもあるのでしょう。

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本堂前のサツキと百日紅

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境内の紫陽花

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蓮の鉢

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蓮の開花

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萩の花

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ヒョウタンボク
赤い実が瓢箪の形をしているから。

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浄谷寺御朱印
書置きを拝受。

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瀧谷不動尊(大阪府富田林市) 日本三不動の一

2020.07.18(10:51) 660

眼と芽の出る不動様にどうじょ!(2020.6.12)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 滝谷不動 → 徒歩15分 → 瀧谷不動尊

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瀧谷山 明王寺(真言宗智山派 河内飛鳥古寺霊場 近畿三十六不動尊霊場)

 この日は近鉄沿線での所要が早く終わったので、引き続き巡礼。

その名も滝谷不動と言う駅から府道202号線を東へ1㎞程言った山間にあるのが瀧谷不動尊。

お不動さんに行くから府道を通るかどうかは別にして、目的の寺院は

道の北側に本堂・寺務所・講堂等が、南側に滝と諸堂を有する広大なもの。

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近鉄長野線滝谷不動駅スタンプ

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石川に架かる高橋
瀧谷不動駅を出て東に向かって直ぐの場所にある。

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府道の北側にある山門
右奥にあるのは講堂。

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瀧谷不動尊縁起

 瀧谷山明王寺(たきだにさんみょうおうじ)は、縁起に拠れば

『弘仁12年(821年)、弘法大師が市内にある龍泉寺に参籠した際に、

国家安泰・民衆の幸福を祈るために開かれた道場。大師は一刀三礼で本尊・不動明王

及び脇侍の矜羯羅(こんがら)童子・制多迦(せいたか)童子を刻み堂宇を建立。

その場所は今の境内から南約1㎞の嶽山の中腹にあった。

 南北朝時代の正平15年(1360年)、足利義詮の嶽山・金胎寺攻めに遭い焼失。

この時、本尊と両童子は滝の下に移されて難を逃れた。

その後、どこからともなく盲目の老僧が現れ、御本尊の霊験を説き小堂を建て

人にも勧めて日夜礼拝していたが、たちまち晴眼となって、何処ともなく立ち去った。

人々は弘法大師が御本尊の霊験を教えられたと、眼病平癒の霊像として信仰を集めた。

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北側に建つ堂宇

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お不動さんを祀る本堂
毎月28日の縁日には賑わいを見せる。

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本堂の西にある法楽殿

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法楽殿の西にある観音堂
慶長年間に本堂として建てられた。

 その後、寛正4年(1463年)の畠山政長・義就の嶽山合戦の兵火で再び焼失。

現在の場所に移り慶長年間に本堂(現観音堂)が再建、その後次第に復興した。

古来「日本三不動の一」と呼ばれ、「眼の神様」「芽の出る不動様」「どじょう不動様」

とも呼ばれ広く信仰を集めている。』 とあります。

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観音堂の裏手から鎮守社を通り高台へ

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北側の高台に建つ多宝塔

 寺伝では弘法大師が自ら彫ったとされる御本尊ですが、一説では

楠木正成・正季兄弟が築いた岳山城の守護仏であったともいわれます。

現在の堂宇は岳山城北側の谷間の鞍部状態になった場所にあるので

十分可能性のある話。しかしこうなるとどれが真か【こんがら】がってしまいます。

歴史上の偉人の【せいたかどう】かは定かではありませんが…。

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南側にある西国三十三ヵ所堂へ

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三十三ヵ所惣拝所

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西国三十三ヵ所お砂踏み霊場

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西国三十三ヵ所観音様

 山号の瀧谷山、字の彼方(おちかた)とあるように、滝を御神体として堂宇の場所を選んだのでしょう。

滝行の場所であるのは勿論ですが、盲僧の眼が治癒したのも強ち【妄想】とは言えません。

昔の眼病は衛生状態が悪い事に由来するものも多かったと考えられますから、

清冽な滝の水で洗眼する予防効果を謳ったものと思えます。

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三十三ヵ所堂から三宝荒神堂を望む

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南側の高台に建つ三宝荒神堂

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荒神堂から北側の多宝塔を見る

 眼と芽の霊験は分かりますが、面白いのはドジョウ不動。

瀧不動堂前には「身代わりどじょう」と言うのがあって¥100払って下の川に放流するもの。

いわば放生会でしょうが、ドジョウであるのがミソ。

かつて発生生物学ではドジョウ・ナマズ等の底生魚類は泥中に潜ることが多いので

眼を痛める事が多く、そのため眼の再生能力が著しく高いと教わりました。

眼病に霊験がある事で選ばれたのでしょうか?興味のある方は一度、どうじょ!

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南側にある滝行場へ

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滝への途中にある一顧不動堂

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滝行場と瀧不動堂

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寺名の由来となった「不動の滝」

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不動堂前にある「身代わりどじょう」

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缶の中の「身代わりどじょう」

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瀧谷不動尊説明書

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瀧谷不動尊御朱印

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光明寺(大阪府八尾市) 文教と関りの深い花の寺

2020.07.16(20:32) 659

門徒以外にも門戸を開いた融通の利く寺院(2020.6.7)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 →観音寺 → 徒歩15分 → 近鉄額田 → (近鉄奈良線) → 布施 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 元善光寺 → 徒歩10分 → 梅岩寺 → 徒歩30分 → 常楽寺 → 徒歩20分 → 法蔵寺 → 徒歩10分 → 神宮禅寺 → 徒歩5分 → 光明寺 → 徒歩5分 → 服部川 → (近鉄大阪線) → 上本町

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紫雲山 来迎院 光明寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所客番札所)

 神宮禅寺の後は北へ数百m進み、この日の最期の巡礼。

閑静な住宅街を進むと高台に札所の案内が…。

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山門
正式にはこちらが表になるが、広い道に面した南側から境内に入るのがメイン。

紫雲山来迎院光明寺(しうんざんらいごういんこうみょうじ)は、

『元禄4年(1692年)に秀山が中興した融通念仏宗の寺院。

来迎院の名は融通念仏宗の開祖・良忍上人が京都大原に建立した来迎院に由来し、

暖かく迎える心を表す。また光明寺は阿弥陀仏が衆生を尽く済度する事を譬えた

お経の一節から取った寺号で、いつでも誰でも快く迎えると言う意味である。

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南側から見た境内
左が山門で、右が本堂。

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本堂

 明治5年に小学校教育が始まった時には、中高安小学校の前身としてここ光明寺が選ばれ、

歴代住職が勉学を教え校歌を作るなど地域教育に貢献した。』 とあります。

 成程、周囲の環境に恵まれ学校教育には相応しい場所。場所を提供したにとどまらず、

儒学・漢学を教授するなど江戸時代の寺子屋を髣髴とさせます。

諸外国を見ても寺院・教会・モスクが学校となった例は数多。

境内に四季の花が植えられているのも情操教育の一環とも言えるでしょう。

今の学校教育は宗教色を排除する傾向が強いですが、

知識偏重となったが故にいじめ・学級崩壊が生じているとも言えます。

生徒の精神教育として今一度宗教画見直される時期に来ているのではないでしょうか?

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屋根の鬼瓦と寺紋瓦

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本堂前から見た境内

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紫陽花に囲まれた役行者像

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境内に建つ中高安小学校発祥碑

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光明寺御朱印

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神宮禅寺(大阪府八尾市) 地元の長者が開いた禅宗寺院

2020.07.15(21:40) 658

トトロの大木とだんじり門が出迎える寺院(2020.6.7)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 →観音寺 → 徒歩15分 → 近鉄額田 → (近鉄奈良線) → 布施 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 元善光寺 → 徒歩10分 → 梅岩寺 → 徒歩30分 → 常楽寺 → 徒歩20分 → 法蔵寺 → 徒歩10分 → 神宮禅寺

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護法山 神宮禅寺(臨済宗妙心寺派 河内西国三十三ヵ所第十八番札所)

 見晴らしの良い法蔵寺に続いては車もすれ違い難い細道を通り、民家の間の寺院へ。

道が入り組んでいるだけではなく民家と見紛う外観。

西国札所の看板と山門があるので辛うじてそれと知れます。

 門前の太鼓石橋は徒歩でしか通れない狭いもの。

神宮禅寺と言う名前から、門前の神社の神宮寺の扱いだったかとも思いましたが、

大楠大明神は非常に狭くしかも無住でした。

しかし大楠は幹の周囲が6mと八尾市内でも最大級のもの。

その形状から近所の子供には「トトロの木」と呼ばれているとか。

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大楠大明神と大楠
門前の馬洗池に架かる石橋を渡った場所にある。通称「トトロの木」。

 護法山神宮禅寺(ごほうざんじんぐうぜんじ)は、

『この土地の有力者・豊門長者の信頼が篤かった直宗和尚が

丹波の守(万祥院殿四品瑞山紹運大居士)を開基とし、

長者の屋敷跡に創建したのが始まり。和尚が没して300年を越えるが、

門前には当時長者の屋敷に出入りした人々が馬を洗ったと言う馬洗池があり、

太鼓石橋を渡った場所には大楠が二本の大楠稲荷大社が祀られている。

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山門の門扉に彫られた仁王像

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門扉後方の彫刻

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門扉上部
だんじりと同じく高所ほど重い構造のため脚部はボルト固定されている。

 山門は新しいが、だんじりを造っている檀家からの寄進によるもの。

山門に続く庫裏は民家風の造りであるが、その横を通り裏へ向かうと本堂。

その他、線刻地蔵、宝篋印塔、五輪塔が境内にある。』 とあります。

 御朱印を御願いすべくベルを鳴らすと、「庭の奥に回って下さい。」との返事。

庫裏の脇を抜けると意外と奥行きが広く、榧に代表される巨木が植わっていました。

境内というよりも杜と言った方が相応しい場所。ここに立つと大自然の鼓動を感じます。

これが熊野古道に続いているとすれば感慨深いものがあります。

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庫裏の脇を通り境内奥へ向かう

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境内に聳える榧の大木

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榧の奥に建つ本堂
本堂と言っても普通の家屋の造り。

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本堂脇の池

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境内の一角にある「線刻地蔵」
西向きであることから西向き地蔵とも呼ばれる。

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池の脇に建つ宝篋印塔
享保14年の銘が刻まれており、下には経が納められていた。

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五輪塔

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神宮禅寺御朱印

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法蔵寺(大阪府八尾市) 聖徳太子と長曾我部所縁の寺院

2020.07.14(22:11) 657

はるかハルカスまで見晴るかす眺望(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 →観音寺 → 徒歩15分 → 近鉄額田 → (近鉄奈良線) → 布施 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 元善光寺 → 徒歩10分 → 梅岩寺 → 徒歩30分 → 常楽寺 → 徒歩20分 → 法蔵寺

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大覚山 法蔵寺(曹洞宗 河内西国三十三ヵ所第十七番札所)

 常楽寺巡礼の後は再び信貴山口から東へ坂道を10分程登り、

視界が開けた場所にあるのが法蔵寺。

周囲一帯は植木畑で四季の花に彩られ、その向こうに風格ある伽藍が見えます。

眺望も素晴らしいですが、八尾市史跡の道として手軽なハイキングコースでもあります。

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山門へと続く道にあるツツジ

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山門近影

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由緒記

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山門の向こうに見える本堂

大覚山法蔵寺(だいかくざんほうぞうじ)は、

『信貴山口からここに続く道はかつて聖徳太子が物部守屋と戦って敗れ、

再起を計って信貴山に逃れる折に通ったとされる大道。寺院の場所は陣屋跡と伝えられる。

寛延元年(1748年)、好山和尚に拠り曹洞宗寺院として開山。

好山は土佐の長曾我部氏の子孫で、土佐藩主山内家菩提寺である土佐の真如寺で剃髪。

その所縁で現代でも山内家8代、9代藩主の位牌が当寺に祀られている。

本堂前の扁額「大覚山」の扁額は和尚の筆。

本堂内は、狩野得水に拠る壮大な龍の天井画を始め、

江戸中期の板絵・襖絵が残されており、随所に絵心が感じられる。

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参道先の本堂

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本堂近影

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本堂前の「大覚山」の扁額
開山好山和尚の筆になる。

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本堂内の天井画や襖絵(説明書より)

寺の東には開山の廟塔がある他、周辺には古代の墳墓、

龍神由来の神霊泉が湧くなど史跡の宝庫である。

また境内の端からは遠く淡路島まで見渡せる眺望である。』 とあります。

 崇仏廃仏の戦い、豊臣方の長曾我部氏が登場と殺伐とした印象がありますが、

ここからは遠くが見渡せるという場所柄がそうさせたのでしょう。

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本堂前から境内及び山門を見返る

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境内の端から大阪市内を見渡す

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清涼塔
開山・好山和尚の廟で寺を更に東へ上った場所に建つ。

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弘法大師作とされる石像観音菩薩

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開山塚古墳
清涼塔から少し下った場所にあり高安千塚古墳群の一つ。

 たまたま、お墓参りに来られた奈良県の年配の方と話しましたが、

昔に比べて墓地が各段に増えて山手の方まで広がっているとか。

限界寺院が増えているとは聞きますが、ここはその心配はなさそう。

古代から人が集まりやすい場所柄だったのでしょう。古墳時代の遺跡があるのもそのため。

所詮、治世には【知性と地勢】が重要なようです。

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大覚山 法蔵寺のご案内

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法蔵寺御朱印

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常楽寺(大阪府八尾市) 信貴山・高安山麓に佇む寺院

2020.07.13(21:26) 656

大阪にある“じょうらく”寺(2020.6.7)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 →観音寺 → 徒歩15分 → 近鉄額田 → (近鉄奈良線) → 布施 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 元善光寺 → 徒歩10分 → 梅岩寺 → 徒歩30分 → 常楽寺

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蓮台山 常楽寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第二十五番札所)

 梅岩寺の後は北上して信貴山口方面へ。

近鉄電車の終点でここからはケーブルで信貴山へ上りますが、今回はスルーして西側へ。

目指すは信貴山・高安山の麓にある人家に囲まれた寺院。

 蓮台山常楽寺(れんだいさんじょうらくじ)は、

『昔、大和川の支流、郡川の里辺に霊験あらたかな観音があり

川辺観音として近郷の人々に崇拝されていた。

その後、南北朝時代になり念佛聖の道場となり、元禄2年(1689年)には本堂が再建。

秀伝和尚の時に融通念仏宗となり現在に至っている。

 この観音様は御本尊阿弥陀如来の前立としてある他、

木造釈迦牟尼仏・文殊普賢大菩薩・十六羅漢像が安置され、

融通大念仏縁起・釈迦涅槃図・大般若経が所蔵されている。』 とあります。

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新しい山門

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本堂正面

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本堂前面の象の彫刻

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本堂に掲げられた「蓮台山」の扁額

 御朱印を御願いすると本堂を開けて頂き参拝。丁度、正午の御念仏の時間と重なっており、

御朱印を拝受するまでの間に般若心経を読経する事ができました。

 境内の花梨は平野の総本山からの分木。由来は古いながら、

無住の時期もあったので散逸したものも多かったのが悔やまれます。

常楽と言う名前ながらどんな【仕儀】があったのでしょう?

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屋根瓦には常楽寺の文字が

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本堂前の花梨の木
平野の総本山大念仏寺からの根分けで樹齢60年。

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常楽寺御朱印

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梅岩寺(大阪府八尾市) 聖徳太子と隠元ゆかりの寺院

2020.07.12(16:15) 655

竹梅のある中国風寺院(2020.6.7)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 →観音寺 → 徒歩15分 → 近鉄額田 → (近鉄奈良線) → 布施 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 元善光寺 → 徒歩10分 → 梅岩寺

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寿福山 梅岩寺(黄檗宗 河内西国三十三ヵ所第十四番札所)

 元善光寺に続き坂道を上り中腹に建つ札所へ。

ガイドには広い境内とあったので、斜面に墓地のある場所かと思いましたが、

ここは大窪寺という名の別寺院。丁度、墓地分譲中の様子。

道標に従い横の階段を上った所が目指す寺院。

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大窪寺墓地脇に立つ寺標
左は車道で、右は歩道。

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石段の先にある赤門

寿福山梅岩寺(じゅふくざんばいいがんじ)は、

『聖徳太子が開基と伝えられる古刹。仏教崇拝を巡る物部氏との争いの最中に、

太子自ら戦勝祈願の四天王像を刻むため最良の白膠木(ぬるで)の木を見つけたのがこの場所。

 後日、勝利を得た太子が報恩のためこの地に堂宇を建立し、観音像を祀ったのが始まり。

日本でも古い寺院でかつては教興寺の塔頭の一つであったと言われる。

寺名は岩の多い場所で梅の古木も多い事に由来するとか。

 その後、寺は荒廃するが、江戸時代に明から来朝した隠元禅師が

日本仏教所縁の地として弟子の木庵禅師に命じて復興。

新たに「寿福山梅岩寺」と名付けた。

中国風の山門に掲げられた扁額は隠元禅師の手になるものである。』 とあります。

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赤門近影
中国様式の造り。

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赤門に掲げられた「壽福山」の扁額
かつては隠元禅師自ら染筆された額が掲げられていたが、現在は本堂内に移り、これは複製。

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赤門下から遥かにあべのハルカスを望む

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赤門から中門の間はカエデが
秋には門と同じ真紅に染まる。

 石段先にある山門は通称「赤門」。

梅岩寺で梅干色とは思いませんが、エキゾチックな印象を受けます。

門前には紫陽花とツツジ、後方にはカエデと色とりどりなのも特徴。

 またここからは大阪市内の一大パノラマを見る事ができ、

聖徳太子が白膠木の木を見つけたと言うよりここから戦況を見渡した

と言う方が理に適っているように思います。

 赤門を過ぎると境内。本堂や別院の造りは黄檗宗らしく中国様式。

コロナの影響で参拝者への対応はなく御朱印は書置きを購入しました。

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赤門に続く中門
この先が境内。

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中門から見た境内
左が別院、中央が本堂、右が庫裏。

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本堂正面
前に二本植わっているのが梅の木。

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本堂前面の扁額
御本尊は聖観音だが閉まっていたので外から参拝。

 境内は広大という雰囲気ではありませんが、後方は山に繋がっています。

周辺には古墳や保護林があり、高台ながら昔の人の生活の痕跡が感じられました。

寺名の由来を探して境内を散策。本堂前には梅の木が二本。

本堂裏には一枚岩と思しきものもあり由緒は嘘ではなさそうです。

但し裏には竹林が広がっており、梅から竹に変移したのかもしれません。

いずれ松になるのでしょうか?

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本堂裏手の仏足石

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本堂の裏山の竹林

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これが寺名由来の一枚岩か?

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別院近影

 山門前にはサツキと紫陽花。別院前には花梨と樹木も豊富。

黄檗宗は普茶料理が売りなので、酒になる梅・花梨、筍を育てているのかもしれません。

 中国風の古刹と言うのも不思議ですが、開基の聖徳太子は遣隋使を派遣した政治家。

それが【ずいしょ】にあるのも故なしとはしません。

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別院前の花梨

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禅の開祖・達磨石像と紫陽花

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歓喜天堂
細い道を上った途中にある。

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梅岩寺御朱印
書置きを購入。

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元善光寺(大阪府八尾市) 楠と柿と梅の寺

2020.07.11(16:47) 654

善光寺の御本尊が泊まったお寺(2020.6.7)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 →観音寺 → 徒歩15分 → 近鉄額田 → (近鉄奈良線) → 布施 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 元善光寺

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不断山 元善光寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第十三番札所)

 東大阪にある観音寺に続き南下して八尾市内にある札所巡礼。

直線距離にすると10㎞ないですが、電車は東西に走っているので

近鉄東大阪線新石切から奈良線額田まで歩き更に布施で乗換という大回り。

自転車の方が遥かに速い事になります。

 近鉄高安駅から東へ向かい東高野街道に差し掛かると、

石の道標の先に一際大きな楠が見えるのが目指す札所。

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東高野街道(旧170号)沿いに建つ道標

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参道の石段下にて
奥に見えるのが大楠。

 不断山元善光寺(ふだんさんもとぜんこうじ)は寺伝に拠れば、

『聖徳太子の頃、国内は崇仏派と廃仏派に分かれて争っており、

廃仏派は大和の向原寺に祀られていた御本尊を難波の堀江に遺棄した。

 その後、信州からこの地に来ていた本田善光と言う男が、堀江で仏像を拾いこの地で一泊。

すると翌朝には仏像は二体になっていた。その後、善光は仏像を信州に持ち帰り、

その地で祀られ大きく発展したのが信濃善光寺となった。

 その遥か後、善光は分身の仏を祀るため河内を再訪。

持ってきた楠の杖と供養のための梅と柿を地面に刺すとそこから生えた木が大木となった。

境内に残る楠の大木、小ぶりな実を付ける信濃柿、

青梅が熟さず一年中落ちない不断梅の三名木がある。』 とあります。

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山門?前にて

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由緒記

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境内の大楠
樹齢千年、幹回り6.3m、高さ25mで大阪府天然記念物。

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本堂前から見上げた大楠の梢

 見つけたのが本田善光、信濃の前に滞在したので元善光寺、

不断梅があるから不断山と、山号寺号の由来が分かる由緒。

元善光寺は飯田にもありますが、その前に河内に滞在した可能性も捨てきれません。

唯、残念ながら不断梅は今は境内にはありません。何でも台風で倒壊したそうで、

【普段】から気を付ける必要が不可欠のようです。

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本堂近影

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本堂前面
御本尊は弥陀三尊仏。

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本堂前の扁額

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元善光寺御朱印

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観音寺(大阪府東大阪市) 紫陽花に彩られた町中の寺

2020.07.10(18:46) 653

過去の過酷な時代を乗り越えた寺院(2020.6.7)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 → 観音寺

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花国山 観音寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第二十七番札所)

先週に引き続き東大阪市内から八尾市内へ河内西国札所巡礼。

石切神社の西、近鉄新石切駅から徒歩5分。民家の間に素朴な佇まいを見せるのが観音寺。

花国山観音寺(かこくさんかんのんじ)は、

『聖徳太子に拠り建立されるが、後年兵火に拠り焼失。鎌倉時代に観音寺として再建された。

中世の土豪・水走(みずはや)氏は代々この寺の別当職を務め、

『水走文書』に観音寺の名が記録されている。

境内には永仁2年(1294年)の石造十三重塔や、開祖・元興上人の墓と伝えられる石塔もあり、

本尊横の三十三体観世音菩薩と共に祀られている15㎝の千手観音像は上人の作と伝わる。

石切神社の傍で薬草類も多く、医療施設の役目も果たした。

その後、無住の時期を経て現在は紫陽花を始め多くの花に彩られている。』 とあります。

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本堂近影

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本堂前面と白紫陽花

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本堂の「花国山」の扁額

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開祖・元興上人の墓と伝えられる石塔

 本堂は閉まっていましたが御朱印を御願いする快く開けて下さいました。

書き上がるまでの間、内陣で御本尊と横の三十三体観音に参拝。

しかも拝観料はなしでした。

 水走氏は河内一之宮・枚岡神社の神官だったので、観音寺は神宮寺だった可能性があります。

石切神社は腫物の神様、病気治癒に霊験ありとなると、観音寺もその一翼を担ったとも思えます。

昔より重要な役割を果たしていたと言えそうですが、両神社に比べ境内は遥かに狭く、

また十三重石塔も屋根が二重欠落して現在は十一重。

石切にある寺院なので石切りに遭った訳ではないでしょうが、

山号の華やかさとは裏腹に現実は【かこく】ではありました。

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本堂前の庭

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入口脇に立つ十三重石塔
鎌倉末期の建造。

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十三重石塔説明板

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石塔基部に彫られた梵字

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本堂脇の白紫陽花

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前庭の紫陽花

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観音寺御朱印

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教興寺(大阪府八尾市) 仏教興隆の寺院

2020.07.09(21:39) 652

河内西国から大阪十三仏へ(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車は日中10~15分間隔で運転
上本町 → (近鉄大阪線) → 近鉄八尾 → (近鉄大阪線) → 法善寺 → 徒歩5分 → 壷井寺 → 法善寺 → (近鉄大阪線) → 恩智 → 徒歩8分 → 来恩寺 → 徒歩8分 → 恩智神社 → 感應院 → 恩智 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 大通寺 → 教興寺 → 高安 → (近鉄大阪線) → 上本町

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獅子吼山 大慈三昧院 教興寺(真言律宗 別格本山 大阪十三仏)
道路の突き当りにある山門。

 大通寺に続き少し東に歩きこの日最後の巡礼は教興寺。

先に訪れた大通寺、梅岩寺はかつて教興寺の塔頭寺院なので格式は上ですが、

なんと河内西国札所(十六番)からは脱退したそう。

大きな寺院なので無住になったとも思えませんが、他の札所で伺った話では、

河内西国以外の霊場が多いためだとか。

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山門から境内を望む

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由緒記

 獅子吼山大慈三昧院教興寺(ししくさんだいじさんまいいんきょうこうじ)は、

『古くは秦寺と呼ばれ、聖徳太子が物部守屋を滅ぼした後、秦河勝に命じて建立。

高安の地に仏教を初めて興すとの意味で教興寺と名付けた。

地名から高安寺、また周囲に藪が多かった事から藪寺とも呼ばれる。

 鎌倉時代の文永6年(1269年)西大寺の叡尊が河内布教の際に参詣し、

その荒廃を嘆き復興に尽力。

文永・弘安の役に際しては仏舎利を納めて蒙古降伏の祈祷を行った。

寺域は広大で大通寺・梅岩寺など多くの塔頭があり、

寺の南には大門池・寺池がある臨池式の大伽藍であった。

 室町前期には足利将軍家の援助を受け繁栄していたが、

永禄5年(1562年)この地に陣取った畠山高政が三好義興と松永久秀の軍勢に

敗れた教興寺合戦で寺は焼失。再び荒廃にまかされる事となった。

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境内には合戦の碑が建つ

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境内南方の寺池
臨池式大伽藍の遺構と伝わる。

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池の奥に聳える大楠

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大楠の場所から
奥に見えるのが仮本堂

 江戸時代の延宝7年(1679年)南河内に生まれた浄厳覚彦和尚に拠り

本堂・祖師堂・鐘楼が再建。梵鐘には浄厳の梵字が残されている。

また和尚が高野山で修業中に出会い親交を持ったのが近松門左衛門。

その縁で近松はこの寺に滞在し『曾根崎心中』の構想を得た。

 明治初年の神仏分離は教興寺にも大きな被害を与え、加えて明治18年の台風で

本堂が倒壊した後は客殿を仮本堂として今に至っている。』 とあります。

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旧客殿を用いた仮本堂
貞享年間の建築。

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仮本堂前面の造り

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本堂前から見た大楠と池

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鐘楼

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紫陽花越しに見る宗祖空海像

 山門前に立つと、その奥行と境内の様子からかつての大寺院であったことを

髣髴とさせますが、大伽藍であったがために却って後世に残る事が難しかったのでしょう。

 建物で残ったものは仮本堂・庫裏・山門と鐘楼のみですが、

河内西国本尊の千手観音菩薩像は平安時代、

本尊の弥勒菩薩像及び厨子の極彩色弁財天像は江戸時代と

仏像は戦火・荒廃を生き延びて今に伝わっています。

他から移って来た仏像もありますが、後世に伝えるためには【きょうこう】な手段だけでは駄目。

寺院も河内西国から大阪十三仏と重心を変えていますが、そのような融通さが必要とされる所以です。

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教興寺御朱印

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大通寺(大阪府八尾市) 教興寺塔頭から札所へ

2020.07.08(22:22) 651

お初・徳兵衛の墓碑と初対面(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車は日中10~15分間隔で運転
上本町 → (近鉄大阪線) → 近鉄八尾 → (近鉄大阪線) → 法善寺 → 徒歩5分 → 壷井寺 → 法善寺 → (近鉄大阪線) → 恩智 → 徒歩8分 → 来恩寺 → 徒歩8分 → 恩智神社 → 感應院 → 恩智 → (近鉄大阪線) → 高安 → 徒歩15分 → 大通寺

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徳寶山 大通寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第十五番札所)

 恩智を後に近鉄で1駅北の高安で下車して再び東へ。

電車だと大回りですが、寺院巡礼だけで見ると旧東熊野街道沿いに歩くので、

思ったより時間が掛からないかもしれません。

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由緒記

 徳寶山大通寺(とくほうざんだいつうじ)は、

『広大な教興寺の一坊、塔頭寺院であったが、戦火に遭うなどで荒廃。

その後、元禄年間に大念佛寺第46世の大通上人に拠り融通念仏宗として再興。

山号寺号も徳寶山大通寺と改められた。

本尊脇の三十三体の十一面観音菩薩像は薬師寺別當・橋本凝胤師に拠り修復されたものである。

 境内にある南無阿弥陀仏の墓碑はお初・徳兵衛夫婦塚。

伝説ではお初は教興寺村出身の遊女で、

年季が明けてからこの地で徳兵衛と暮らす筈であったが、二人とも夭逝。

不憫に思った教興寺の浄厳和尚が碑を建てて回向した所、

縁結びの願いのため多くの者がここを訪れるようになった。

後に近松門左衛門がこの地を訪れ、お初・徳兵衛の話を元に書き上げたのが

『曾根崎心中』である。』 とあります。

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門前の地蔵堂
堂内の子安地蔵は鎌倉末期の正和2年の造立。

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塀越しに見る本堂

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本堂前面

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「大通寺」の扁額

 曾根崎心中は有名ですが、二人の墓碑がこんな離れた場所にあるとは驚き。

実際に心中したのではなく伝説を脚色したと知りホッとしたのが偽らざる気持ちでした。

 境内では御住職が花を活ける準備をされていましたが、

御朱印を御願いすると快く応じて頂き本堂の内陣も参拝。

御本尊と三十三体の観音像も至近で拝観できました。

和辻;「薬師寺とは宗派が違うと思いますが…。」

住職;「橋本師とは縁戚になるので、その縁で御願いしました。」

和辻;「この辺りは街道沿いですが、昔ながらの大きな家が多いですね。」

住職;「地元の方が大部分ですね。もし1軒の家が引っ越すと跡地に10軒建ちます。」

和辻;「遺跡や史跡も多そうですが。」

住職;「工事するとすぐ遺跡ですね。最近は道標を盗んでいく輩が居て困っています。」

仏像を盗む輩は昔からいたので驚きませんが、

石標を盗むとは一体なにを考えているのか理解に苦しみます。

己で鑑賞するのも、売買するのも難しいとは思いますが、

何でも金に換える風潮は【どうひょう】もなく残念です。

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境内のお初・徳兵衛夫婦塚

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1603年の銘のある碑
西国巡礼満願を記念して地元の人たちが奉納したとか。当時の西国巡礼は命懸けの行事であったとは御住職の談。

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大通寺御朱印

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神宮寺 感応院(大阪府八尾市) 恩智神社の神宮寺

2020.07.07(21:28) 650

庭園、本尊、眺望の三方良しの寺院(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車は日中10~15分間隔で運転
上本町 → (近鉄大阪線) → 近鉄八尾 → (近鉄大阪線) → 法善寺 → 徒歩5分 → 壷井寺 → 法善寺 → (近鉄大阪線) → 恩智 → 徒歩8分 → 来恩寺 → 徒歩8分 → 恩智神社 → 感應院

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天川山 神宮寺 感応院(真言宗 河内西国三十三ヵ所第十二番札所)

 恩智神社参拝の後は、石段の右手にある札所へ。

石段を上った神社の境内からは寺院が一望に見渡すことができます。

この立地条件からして神社の神宮寺とすぐ想像がつきますが、

明治の神仏分離も切り抜けて残った珍しい例。

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恩智神社からの感応院の眺め

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山門
秋には真っ赤に彩られる。

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由緒記

天川山神宮寺感応院(てんかわさんじんぐうじかんのういん)は、

『恩智神社の神宮寺として発展。観音堂に祀られる本尊十一面観音は

楠の一木造、平安時代の作で国の重要文化財。

本堂の護摩堂には絹本着色不動明王像が祀られ、他にも多くの寺宝が所蔵されている。

門を入った場所にある庭園は江戸後期の僧・愛石の設計と伝えられ、

後ろの山を借景にし本堂脇からは大阪平野が一望できる。』 とあります。

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山門を入った所にある不動明王と十三重石塔
後方に見えるのが恩智神社。

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庭園越しに観音堂と新本堂を見る

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観音堂

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観音堂内にある重文・木造十一面観音菩薩 (河内西国巡礼より)
平安時代の作。

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新本堂(護摩堂)
不動明王を祀る。

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感應院の字がある屋根瓦
元、一坊であった事を示す。

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新本堂前から大阪平野を望む

 御朱印を御願いすると観音堂を開けて頂き、御本尊を間近で拝観。

1m余りの木造ですが端正な顔立ちの観音様でした。

和辻;「お堂は皆新しいですね。」

夫人;「本堂も傷みがひどく改築しました。屋根の宝珠だけは昔の本堂のものですが。」

和辻;「本堂からの眺めが良いですね。」

夫人;「今日はすこし曇っていますが、天気が良ければ淡路島や明石大橋まで見えますよ。」

和辻;「立派な庭園ですが拝観料は不要ですか?」

夫人;「はい。京都の様な立派な庭園ではございませんので…。」

河内西国札所は庶民的な寺院が多く、このような庭園のある寺院は初見でした。

信仰と観光は元来異なるものですが、観光もできればそれに越したことはありません。

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僧・愛石の設計と伝えられる境内庭園

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庭園のツツジ

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ツツジ越しに見た山門

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感応院御朱印

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恩智神社(大阪府八尾市) 食物を司る神社

2020.07.06(20:34) 649

卯辰に上がった話(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車は日中10~15分間隔で運転
上本町 → (近鉄大阪線) → 近鉄八尾 → (近鉄大阪線) → 法善寺 → 徒歩5分 → 壷井寺 → 法善寺 → (近鉄大阪線) → 恩智 → 徒歩8分 → 来恩寺 → 徒歩8分 → 恩智神社

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恩智神社(式内社 旧府社 河内國二ノ宮)

 来恩寺参拝の後は恩智神社へ。東高野街道に面して一の鳥居が聳え、

道の向かいには古い家屋の残る歴史的地区でもあります。

鳥居から東へ坂を上った先に鎮座するのが地名の由来にもなった恩智神社(おんちじんじゃ)。

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街道に面して建つ一の鳥居
ここから先が恩智街道。

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鳥居脇に立つ街道説明板

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文化財・萩原家住宅
街道の交差点の南西にあり江戸時代後期の大和棟を主屋とする。軽食もできるがこの日は定休。

 由緒に拠れば、

『雄略年間の470年頃の創建で、河内守護と民の繁栄のため祀られた。

最初は天児屋根命を祀っていたが、奈良時代に枚岡に移転。

その五世の孫である大御食津彦(おおみけつひこ)、大御食津姫(おおみけつひめ)の二座を祀る。

この二柱は食物を司る神である。

 社は村の西、天王の森に鎮座していたが、恩智左近が恩智城築城に当たり、

神社を見下ろす事を憚って現在の場所に移した。恩智氏は楠木氏と共に

南朝側についた中世豪族であるが、元は恩智神社の社家であった。

 河内二ノ宮として枚岡神社に継ぐ壮大なもので、40の末社を持ち神宮寺を含め

境内には堂宇も並んだが、明治の神仏分離で寺院の多くは廃寺となった。』 とあります。

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境内入口

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長い石段の先に見える拝殿

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由緒記

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拝殿

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拝殿前面の装飾

 この付近からは銅鐸も出土しているので昔から宗教儀式が盛んだったのでしょう。

そこから司祭的な豪族が発展してきて神社に発展してきたとも考えられます。

由緒に拠れば雄略天皇時代とありますが、実際は白鳳時代まで時代は下るそうです。

 食べ物は生きる上で不可欠ですから、それを祀るのは極く自然な現象。

その意味でも古い由緒と言えそうです。

余談ですが、大阪人に恩智と言えば「うどん」をすぐ連想しますが、

食べ物を司る神様ならば当然と言えましょう。

 神使は兎と龍ですが、兎は神功皇后の三韓征伐の先導をした事に、

龍は水を司る事に由来しています。

境内には卯辰の石像が置かれており、それを撫でると御利益があるよう。

私もこれで【卯辰】が上がれば良いと思った次第です。

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拝殿前の神兎

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同じく拝殿前の神龍

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本殿

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本殿前の神兎・神龍

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恩智神社由緒略記

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恩智神社御朱印
若い巫女さんの達筆。

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来恩寺(大阪府八尾市) 二ヵ寺合併の札所

2020.07.05(20:37) 648

御本尊と宗派を融通(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車は日中10~15分間隔で運転
上本町 → (近鉄大阪線) → 近鉄八尾 → (近鉄大阪線) → 法善寺 → 徒歩5分 → 壷井寺 → 法善寺 → (近鉄大阪線) → 恩智 → 徒歩8分 → 来恩寺

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一心山 来恩寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第十一番札所)

 近鉄法善寺駅から1駅北に行き恩智で下車。

ここから東へ坂を上ると札所が二ヵ寺ある訳ですが、ここは地元では

京街道と呼ばれる東高野街道(旧国道170号線)と恩智街道の交差点。

 交通の要衝であるのは勿論、縄文・弥生・古墳の遺跡が残る古代から繁栄した場所。

天王の森は農耕と狩猟の好適地として早くから人が集まった可能性が【のうこう】です。

札所ですが入口には恩智神社の大きな鳥居が。

思うに奥に鎮座まします神社の関連の寺院であったのでしょうか?

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白壁越しに見る柘榴の花と本堂屋根

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外から見た札所

 一心山来恩寺(いっしんざんらいおんじ)は、鳥居を東に越えたすぐにある寺院。

『江戸時代に存在した来福寺と南東の生駒山系中腹にあった恩覚寺が明治39年に合併。

以降来恩寺と称するようになった。来覚寺跡は児童公園として整備されている。

 本尊は観音菩薩であるが、浄土宗と真言宗の二ヵ寺合併のため、

本堂の脇に阿弥陀如来と弘法大師が祀られている。』 とあります。

 お寺のM&Aは珍しい事ではありませんが、本尊を共に残しているのは仏教の持つ寛容さとも。

また浄土宗と真言宗の二ヵ寺が合併後、別の宗派に改宗したのも不思議な話。

本尊と異なり両方の宗派とはいかず“あちら立てればこちら立たず” で念仏宗にしたのでしょうか?

【融通】を利かせたとも言えますが、キリスト教やイスラム教ではこうは行かないでしょう。

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山門から見た境内
正面が本堂で、狭い境内には草木が密生している。

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本堂竣工記念碑
他の札所でもあり、これが最近の流行か?

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本堂正面

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本堂前面

 御朱印を御願いすると住職夫人が対応されましたが、合併の際に古い所蔵品の多くが散逸。

加えて元の観音像は傷みがひどく現在本堂に安置されているのは新たな観音像と観音画像との話でした。

和辻;「最初は恩智にあるので来恩寺と思っていましたが、お寺の名前は二つのお寺から一字ずつ採られたのですね。」

夫人;「そうです。融通念仏宗の寺の中でも来恩と言う名前はここしかありません。

時々、ライオンに関係あるのですか?と訊く方が居られますが…。」

文殊菩薩は獅子に乗って居られますから仏教とライオンは密接な関係がありますが、ここは無関係でした。

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本堂の「来恩寺」の扁額

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本堂前から山門を振り返る

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本堂前の十三重石塔

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来恩寺御朱印

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壷井寺(大阪府柏原市) 歴史の荒波を越えて

2020.07.04(20:20) 647

ひらい観音(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車は日中10~15分間隔で運転
上本町 → (近鉄大阪線) → 近鉄八尾 → (近鉄大阪線) → 法善寺 → 徒歩5分 → 壷井寺

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護法山 壷井寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第七番札所)

 八尾の寺内町の後は近鉄で法善寺下車。

駅から西に5分、村の中に佇むのが第七番札所の壷井寺。

護法山壷井寺(ごほうさんつぼいでら)は、

『平安時代にあった壮大な法禅寺は兵火に拠り尽く焼失。

その後に再建されたのがこの壷井寺である。本堂は明治21年の再建であるが、

布忍(ぬのせ)の大林寺の近くにあった永興寺(ようごうじ)の建物を移築したもの。

永興寺は布忍寺と呼ばれたが明治6年に廃寺となった。

この本堂は寄棟造りで元は観音堂だったと考えられる。

 かつて法善寺の境内には壺形の井戸があり、

いつも「仏の水」と言われる澄んだ水の湧く事で知られ、

その上には小さな観音像が祀られていた。寺名はそれに由来する。』 とあります。

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参道の先に見える山門と本堂

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サツキと山門

 久宝寺同様、法善寺の名を冠した寺院はなし。しかし壷井寺には受け継がれているようです。

面白いのは、かつて井戸にあって今は本堂厨子に祀られている小さな観音様で、

その名も避雷観音。飛来でもなければ平井でもなし。一体どういう経緯かと言うと、

『法禅寺が焼失したのち、この地区には頻繁に落雷があった。

困った里人は、井戸の観音様に雷を鎮めて貰うようにお祈り。

そこで観音様は雷神を井戸に閉じ込めて懲らしめこの地区に雷を落とさないように諭し放免した。

今も観音様の首と台座にその時の落雷で受けた火傷の後が残っており、

里人は「避雷観音」と呼ぶようになった。』 だそう。

 まんが日本昔話に出てきそうな話ですが、一体どのような話が基底にあったのでしょうか?

恐らくは法禅寺に祀られていたものが火事に遭遇して巡り巡ってこの場所へ、

仏像の火傷跡から出来た話と想像します。

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明治21年再建の本堂

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本堂側面
寄棟造りで永興寺観音堂の移築とされる。

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本堂から見た前庭と山門

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本堂前の十三重石塔

 本堂は閉まっていたので外から参拝。御朱印を御願いすると

御住職が本堂を開けて下さり、避雷観音も拝観できました。

本来は本堂横の観音堂に祀るものですが、今は本堂に一緒に祀られています。

 高さ26㎝と非常に小さい観音様ですが、れっきとした白鳳仏。

正しくは銅製菩薩立像で奈良時代前期の勢至菩薩とされます。

その御顔は白毫寺や深大寺で見た白鳳仏とそっくりで、

後の面長で厳しい表情とは異なった柔和な御顔でした。

 このような優しいお顔で雷を懲らしめたというところが話のミソならぬ【ツボ】でしょう。

辞去する際に

和辻;「次は安堂の観音寺にお参りです。」と話すと、

住職;「あそこは河内西国から抜けました。いまは住職も掛け持ちですよ。」

との事。「少しの事にも先達はあらまほしき事なり」です。

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山門を入って右手にある観音堂

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本堂前の沓掛地蔵

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避雷観音様(河内西国巡礼本より)

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壷井寺 避雷観音説明書

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壷井寺御朱印

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水無瀬神宮(大阪府三島郡島本町) 後鳥羽上皇の離宮の地

2020.06.26(16:41) 641

人も惜し、人も恨めし(2020.6.16)

<コース> 阪急電鉄は日中10分間隔で運転
梅田 → 東向日 → 大山崎 → 駅前レンタサイクル → 10分 → 山崎聖天 → 5分 → 宝寺 → 離宮八幡宮 → 10分 → 水無瀬神宮 → 10分 → 大山崎 → (阪急電鉄) → 梅田

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水無瀬神宮(旧官幣大社)

 離宮八幡宮に続いて線路沿いに走り、水無瀬川に架かる水無瀬橋を渡り

水無瀬神宮へ。八幡宮からも近いですが、ここはもう大阪府下になります。

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鳥居と社標

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水無瀬神宮 御由緒

 水無瀬神宮は

『かつて後鳥羽上皇御造営の水無瀬離宮のあった場所。

上皇は京の都から船で下られ、この離宮で詩歌・管弦・狩猟・刀剣を催された。

 承久の乱で敗北後、上皇は隠岐に流罪となったが、崩御の14日前に御置文を

離宮を管理していた水無瀬信成・親成親子に下賜され後生を弔うように遺言。

崩御の後、上皇の御影を拝領して御堂を建て祀った。

その後、朝廷や武将の尊崇を受けていたが、明治6年水無瀬宮として官幣中社になり、

皇子の土御門・順徳両上皇の御霊も祀られた。

明治14年に官幣大社に昇格し神宮号を賜った。府下では唯一の神宮である。

付近は水無瀬川・水無瀬滝など水に恵まれた地で、境内から湧出する「離宮の水」は

名水百選にも選ばれている。』 とあります。

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鳥居の先にある神門
桃山時代の薬医門形式。

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神門の屋根瓦にある菊の御紋

 後鳥羽上皇に遡る歴史はありますが、神社としての歩みは明治以降。

それでも格式の高いのは後鳥羽上皇所縁でしょうか?

 知性・バイタリティに加え型破りな人であり、音曲・囲碁・双六は言うに及ばず

蹴鞠などスポーツにもその才能を発揮。遊女・白拍子を侍らし歌い踊り、

熊野詣も三十回を越える。刀剣にも興味を示し自ら「菊一文字」という刀を鍛える始末。

現在、皇室の紋は菊ですが、これも後鳥羽が刀剣に十六弁の菊紋を入れた事に由来します。

ここまでに至ったのは三種の神器なき即位であった負い目と言う説もあるとか。

 1221年には幕府に対して挙兵、世にいう承久の乱。

鎌倉の力が強まるのを警戒したと言うのが一般的ですが、

寵臣・寵姫の人事に幕府が介入した等色々含むところがあったようです。

挙兵については朝廷でも反対意見が強く、室町期の北畠親房も「神皇正統記」で

暴挙とボロカスに貶しているので時を誤った挙兵とは言えるでしょう。

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境内遠景

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客殿と拝殿

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正面から見た拝殿

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桃山時代の重文・客殿
入母屋造、桟瓦葺。

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手水舎
後方から出るのが名水百選 「離宮の水」。

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「離宮の水」 に並ぶ人達

 隠岐の島に居る事19年で61歳にて崩御。その悲劇性が協調されますが、

都から家臣が送る歌で歌合せを行い、島民も院を慰めるために闘牛を催したりと、

それなりに【隠岐にめす】生活だったようです。

己の野望で戦を始め周囲に迷惑を掛けながらも、殺される事もなく

天寿を全うできたのはよくよく強運の人とも言っては叱られるでしょうか?

次の天皇位には幕府の睨みもあって甥に当たる茂仁親王が後堀河天皇として即位。

後鳥羽上皇の系列は外された訳ですが、後堀河天皇の系列が断絶したので、

皇子の土御門上皇の皇子が天皇に迎えられ後嵯峨天皇に。

それが今に続いて居る訳ですから、どこまでも強運な星の下にあった帝です。

 日本史上、朝廷が破れた唯一の事件という事で最近はとみに注目され、

後鳥羽上皇も政治的に見直す動きがあるようですが、

その辺りは歴史研究でも【上級編】と【みなせ】ます。

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参道に建つ 「水無瀬駒発祥の地」 碑

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水無瀬駒について

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境内に掲げられた後鳥羽院御製

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水無瀬神宮 略記

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水無瀬神宮御朱印

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許麻神社(大阪府八尾市) 渡来人ゆかりの社

2020.06.16(21:55) 632

新天地での生活にトライした話(2020.6.3)

<コース> 近鉄電車は日中10分間隔で運転
上本町 → (近鉄大阪線) → 近鉄八尾 → 徒歩5分 → 八尾天満宮 → 八尾御坊大信寺 → 徒歩10分 → 久宝寺地内町 → 念仏寺 → 久宝寺御坊顕証寺 → 許麻神社 → 近鉄八尾

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許麻神社(式内社 旧郷社)

 久宝寺御坊参拝を終え寺内町を離れますが、寺の南西から

旧環濠を越えた場所にあるのが許麻神社(こまじんじゃ)、由緒に拠れば、

『付近は旧若江郡巨麻郷と呼ばれた、高句麗系の渡来系氏族の大狛連の支配地。

渡来人の祖霊として祀ったのが社名の由来で、祭神は牛頭天王である。

久宝寺観音院はここの神宮寺の扱いであり、鐘楼が手水舎として残る。』 とあります。

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許麻地蔵尊
寺内町南西の許麻橋のたもとにある。

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寺内町南の土塁の端から地蔵尊と許麻神社を望む

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許麻神社鳥居

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由緒記

 「こま」と言う呼び名から想像していましたが、ここも渡来人所縁の社。

1100年以上の歴史があるそうです。白村江の戦いの印象から

日本と百済との繋がりは強い印象ですが、高句麗も同様。

高句麗が唐に滅ばされたのは白村江の戦いの5年後の668年。

一部の遺民は満洲に698年渤海を建国しましたが、

海を渡り日本に渡来した人も多かったようです。

 高句麗の古代読みは「こま」。武蔵の高麗はそのままですが、

他にも狛・巨摩・許麻などの漢字で表記された地名が各地に残ります。

これも歴史の「ひとこま」と言えましょうか。

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拝殿

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拝殿前面の造り

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西の鳥居へ続く参道から見た本殿

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境内の大楠

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手水舎
元久宝寺観音院の鐘楼に由来。

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大阪府
  1. 龍雲寺(大阪府富田林市) 自然とお釈迦様の一生に出会える寺(08/02)
  2. 布忍神社(大阪府河内松原市) 地名の由来となった神社(07/28)
  3. 大林寺(大阪府河内松原市) 歴史に消えた大寺院の遺品を受継ぐ寺院(07/27)
  4. 咸古神社(大阪府富田林市) 龍泉寺の鎮守様(07/26)
  5. 龍泉寺(大阪府富田林市) 山腹に泉が湧き出る古刹(07/25)
  6. 西琳寺(大阪府羽曳野市) 河内古代仏教文化の中心寺院(07/24)
  7. 大黒寺(大阪府羽曳野市) 大黒天発祥の寺(07/21)
  8. 興正寺別院(大阪府八尾市) 富田林別院と寺内町(07/20)
  9. 浄谷寺(大阪府富田林市) 寺内町の一画を占める札所(07/19)
  10. 瀧谷不動尊(大阪府富田林市) 日本三不動の一(07/18)
  11. 光明寺(大阪府八尾市) 文教と関りの深い花の寺(07/16)
  12. 神宮禅寺(大阪府八尾市) 地元の長者が開いた禅宗寺院(07/15)
  13. 法蔵寺(大阪府八尾市) 聖徳太子と長曾我部所縁の寺院(07/14)
  14. 常楽寺(大阪府八尾市) 信貴山・高安山麓に佇む寺院(07/13)
  15. 梅岩寺(大阪府八尾市) 聖徳太子と隠元ゆかりの寺院(07/12)
  16. 元善光寺(大阪府八尾市) 楠と柿と梅の寺(07/11)
  17. 観音寺(大阪府東大阪市) 紫陽花に彩られた町中の寺(07/10)
  18. 教興寺(大阪府八尾市) 仏教興隆の寺院(07/09)
  19. 大通寺(大阪府八尾市) 教興寺塔頭から札所へ(07/08)
  20. 神宮寺 感応院(大阪府八尾市) 恩智神社の神宮寺(07/07)
  21. 恩智神社(大阪府八尾市) 食物を司る神社(07/06)
  22. 来恩寺(大阪府八尾市) 二ヵ寺合併の札所(07/05)
  23. 壷井寺(大阪府柏原市) 歴史の荒波を越えて(07/04)
  24. 水無瀬神宮(大阪府三島郡島本町) 後鳥羽上皇の離宮の地(06/26)
  25. 許麻神社(大阪府八尾市) 渡来人ゆかりの社(06/16)
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