FC2ブログ

タイトル画像

大乗寺(石川県金沢市) 北陸修行道場で拝受した御朱印

2019.10.19(00:51) 451

金沢香る世界の旅(2017.10.6)

<コース>
JR東京(6:16) → (かがやき501号) → JR金沢(8:46) → レンタサイクル40分 → 大乗寺 → 西茶屋街

175-1-1.jpg
東香山 大乗寺(曹洞宗)
これは仏殿。

 体育の日の三連休は帰阪も兼ねて金沢へ。

個人や家族旅行で何度も金沢城や兼六園は見ていますが、それ以外の場所でも、寺院群や街並みがある模様。

そこで晴天の本日は郊外をレンタサイクル巡り。

 金沢駅から真南に5㎞、標高175mの野田山の山麓にあるのが大乗寺。

東香山大乗寺(とうこうざんだいじょうじ)は、寺伝に拠れば

『弘長3年(1263年)、真言宗の寺院として野々市市に創建。

正応4年(1291年)に永平寺3世の徹通義介が中興となり曹洞宗に改宗。

以後、衰退や移転を繰り返し、江戸初期には加賀前田家家老・本多家の菩提寺になり、元禄10年(1697年)に現在地に移った。

北陸では永平寺・総持寺に次ぐ寺院であり、江戸時代にはここで僧侶の修行規則が再構築された。』

とあります。

 寺院は山に囲まれている訳ではないですが人家が少なく木立の中に佇む様は、修行道場そのもの。

以前に訪れた黒羽の雲巌寺を思い出しました。境内全体に亘ってしっとりした所もそっくりでした。

要は、仏殿・法堂を備えた曹洞宗の格式のある寺院ですが、修行が本分なので拝観には力を入れていない様子。

 拝観を拒絶している訳ではなく無料で境内や堂内を見ることはできますが、訪れた際にも人は2~3人でした。

堂内を巡って、御朱印を御願いすると、未だ出家したばかりと思しきお坊さんが対応されました。

「墨書する人間がいないので、私が書かせて頂きます。」となりましたが、拝観者が殆どいない寺院ではこうなるのでしょう。

そういえば雲巌寺の御朱印も書置きでした。

175-1-2.jpg
仏殿と奥に見える廻廊

175-1-3.jpg
法堂
御朱印はここで拝受。

175-1-4.jpg
大乗寺御朱印

 参拝後は、寺町を通って市街へ。

寺町は犀川左岸に約50の寺院が集まった場所。

三代藩主前田利常が城下に散らばっている寺院を浅野川右岸の卯辰山麓とここの2カ所に集めました。

寺町は南からの敵の侵入を防ぐ役割を担ったようです。

 この寺町から道路を挟んであるのが「にし茶屋街」。

金沢城下町では卯辰山麓の「ひがし茶屋街」が有名ですが、ここも三茶屋街の一つ。

今でも芸妓さんが居られ、閑静な通りには趣のある家屋が並んでいます。

ひがしに比べ規模は小さいですが、茶屋街の雰囲気は十分。

但しここも観光客は殆ど歩いて居らず、ひがしに水を開けられているようです。

駅からの距離は余り違いはないですが、やはり宣伝効果の違いでしょうか?

江戸期には御大尽が粋な遊びをする場所でしたが、今は僅か。大部分は観光客向けの土産物・食事処になっています。

昔、男性が甘美を味わった場所も、今は女性が【甘味】を味わう場所に生まれ変わりました。

175-1-5.jpg
西茶屋街
犀川の南、野町寺町寺院群の一角にある。

175-1-6.jpg
和菓子司や甘味処が軒を連ねる

175-1-7.jpg
西茶屋資料館
にし茶屋街で唯一公開している。 

175-1-8.jpg
西茶屋資料館内部
このような場所で遊んだという事だが、遊びにもしきたりがあって結構難しいものだったとか。

175-1-9.jpg
西料亭組合事務所

175-1-10.jpg
金沢増泉郵便局 ; 医王山、茶屋町、室生犀星生誕地跡碑
金沢寺町郵便局 ; 川の外枠に室生犀星詩文、犀星の歌碑、川岸の大桜

[参考書]

石川県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2019/10/19 00:07時点)



知りたい、歩きたい! 美しい「日本の町並み」: この国の「原風景」に戻れる場所 (知的生きかた文庫)

新品価格
¥792から
(2019/10/19 00:10時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村
スポンサーサイト




和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


石川県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

俱利迦羅不動(石川県津幡町) 古戦場所縁の力強い御朱印

2019.03.25(17:24) 184

倶利伽羅で悶々とした気分が晴れた話(2015.3.26)

<コース> 春の青春18きっぷ
【往路】JR新大阪(6:08) → ひかり504号 → JR米原(6:43→6:50) → JR敦賀(7:36→7:41) → JR福井(8:37→8:41) → JR金沢(10:02→10:09) → IR倶利伽羅(10:27)

IR倶利伽羅 → 徒歩50分 → 倶利伽羅不動 → タクシー10分 → IR倶利伽羅

【復路】IR倶利伽羅(13:10) → IR森本(13:20→14:07) → JR金沢(14:15→14:30) → JR福井(15:58→16:45) → JR敦賀(17:36→17:49) → JR大阪(20:13)

98-0-1.jpg
IRいしかわ鉄道 倶利伽羅駅(無人駅)

 3月14日のダイヤ改正で北陸新幹線が開通。

東京から金沢は近くなりましたが大阪からは変わらず却って遠くなった感があります。

というわけでJR & IRを乗り継いで倶利伽羅不動まで願かけに。

金沢駅では改札も出ずにIRへ乗り換え。電車は混んでおり「果たして三セクにする必要があったのか」と思います。

倶利伽羅駅は無人のままでしたが寺は古戦場近くで、3Kmの山道を登る事50分で到着。

 俱利迦羅不動寺は

今から約1300年前、天竺の高僧善無畏三蔵に拠り開かれたとあり、倶利伽羅とはサンスクリット語で「福徳円満の黒龍」の意味。

本尊の剣に黒龍が巻き付いた形から倶利伽羅山の山号が来たと言われます。

唯、善無畏は入唐して長安で亡くなっているのでこれは伝説の域。

実際は弘仁二年(812年)に空海が不動尊を彫って長楽寺として祀ったのが始まりと言うのが正しいようです。

余談ですが刺青を倶利伽羅紋々と言うのは彫った竜王に由来しているのでしょう。

 倶利伽羅という難漢字にも拘らず、全国的に知られるのは源平合戦古戦場になったため。

寿永二年(1183年)に越中加賀の国境の砺波山の倶利伽羅峠で木曽義仲率る源氏と平維盛率る平家が激突し平家が大敗。

その時の義仲の戦術「火牛の計」で一躍有名になりました。

牛の角に松明を付けて敵に突進させた訳ですが、これには先達が居て中国戦国時代に斉の田単が即墨を燕にかこまれた際に

採ったのがこの戦術。

日本には中国の史書は伝来していましたから義仲もそれを学んでいた可能性は十分あります。

唯、獣は火を恐れるので、このような事が現実に可能だったのかどうか。

私の知る限り「火牛の計」を用いたのはこの二例のみで、古来疑問視する向きが多く記述の【からくり】の可能性もあります。

 帰り路はどうしようと寺の人と相談していると、先に御朱印を済ませた20代の女性が乗って来たタクシーに途中まで同乗。

(勿論、その分のお金は払いましたが)。

話を聴くとお父さんが闘病中なのでこの寺のパワーを貰おうと願かけに来た由。

親孝行な話を聞き、心も晴れて帰路につきました。

98-0-3.jpg
倶利迦羅山 不動寺(高野山真言宗 別格本山)
加賀と越中の境の峠にある。

98-0-4.jpg
不動寺 山頂本堂

98-0-5.jpg
奥之院から五重塔、越中方面を望む

98-0-6.jpg
境内から富山方面を望む    雪を頂くのは立山連峰。

98-0-7.jpg
倶利迦羅山 不動寺 説明書

98-0-8.jpg
不動寺御朱印

98-0-2.jpg
駅は無人だが、ほぼ50年ぶりにスタンプが設置

98-0-9.jpg
俱利伽羅郵便局 ; 源平倶利伽羅古戦場跡、不動寺
森本郵便局 ; 旧北国街道の松並木、深谷温泉、松根城跡、医王山

[参考書]

石川県の歴史散歩

新品価格
¥1,296から
(2019/8/18 18:26時点)



木曽義仲 (読みなおす日本史)

新品価格
¥2,376から
(2019/3/25 17:22時点)



木曽義仲伝 -信濃・北陸と源平合戦の史跡- (Parade books)

新品価格
¥1,296から
(2019/3/25 17:23時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


石川県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
石川県
  1. 大乗寺(石川県金沢市) 北陸修行道場で拝受した御朱印(10/19)
  2. 俱利迦羅不動(石川県津幡町) 古戦場所縁の力強い御朱印(03/25)