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旧制松本高等学校(長野県松本市)

2020.04.27(14:34) 599

教育県信州の学校巡礼(2018.4.2)

<コース> 春の青春18きっぷ使用
【往路】JR横浜(5:22) → JR東神奈川(5:25→5:36) → JR八王子(6:30→6:33☆) → → JR松本(10:16)

【復路】JR松本駅(16:33) → JR大月(19:47→19:54) → JR八王子(20:49) → JR新宿(21:28) →JR東京(21:43)

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旧制松本高等学校

 いつか一人で行く筈だった、春も本番な信濃路へ「あずさ2号」ならぬ在来線乗り継ぎで。

朝5時台出発とはいえ10時16分松本着。大阪からだと新幹線と

特急しなのを乗り継いでも9時半くらいですから、信州は関東圏だと実感します。

 長野県と言えば教育県として有名で、岩波書籍の年間売り上げが最も多いとテレビのクイズでありました。

岩波書店の創業者・岩波茂雄は諏訪出身ですが、

それを割り引いても教育熱心に変わりはありません。

私の出身大学の信州出身の某名誉教授は

「信州は江戸時代には農作物の収穫が低かったので、多くの親は子供に勉強させて知識を身に付けさせた。」

と述べています。

 松本の観光名所と言えば、国宝・松本城と重文・開智学校が先ず挙げられます。

後者は明治9年から昭和38年まで小学校として【校舎】が使われました。

しかし市内にはその他にも旧制松本高等学校と言うものが存在。

学校自体は知っていましたが、建物が残っているとは初耳。

しかも重文らしいので、駅から東にある校舎までサイクリング。

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途中にある中田家住宅

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中田家の説明

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中田家玄関

 『旧制松本高等学校は大正8年(1919年)に9番目の官制旧制高等学校として設立。

一高・二高のナンバースクールに続く地名スクールの最初に当たる。

 戦後の昭和24年に信州大学に移行、翌年に廃止となり実質は30年足らずであったが、

各界に著名人を輩出している。』 とあります。

 校舎が建つのは駅東方1400mの県地区。

設立時は旧制松本中学に間借りしていたそうですが、翌年にここに校舎が竣工。

曲がりなりにも旧制高等学校が中学に間借りするのはまずかったのでしょう。

 現在この辺りは「あがたの森公園」となっていますが、校舎は木造2階建てドイツ風建築。

薄緑色で周囲の樹木と相俟って信州らしさが出ていると感じました。

作家の辻邦夫・北杜夫の両氏も卒業生。特に北杜夫氏は東京出身ですから、

わざわざ信州まで入学したのは学校に惹かれるものがあったに違いありません。

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入口にて  入場無料

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本館

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講堂外観
1920年竣工の洋風建築。

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レンガ造りの記念館

 このような校舎で勉強できるとは羨ましいですが、旧制高等学校の競争率は10倍。

今の旧帝大系国立大学に比べると遥かに高いので、旧制高校生になるのは並大抵ではなかったようです。

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松本市マンホール蓋

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松本市マンホールカード   配布場所はこちら

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松本埋橋郵便局 ; 旧制松本高等学校本館、バンカラ学生、北アルプス
松本清水郵便局 ; 旧制松本高等学校本館、国宝・松本城天守遠望、北アルプス

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長國寺(長野県長野市) 真田家ゆかりの寺の御朱印

2019.09.21(21:29) 415

真田の生き残り戦略(2016.9.17)

<コース>
【往路】JR横浜(5:22) → JR東神奈川(5:25→5:36) → JR八王子(6:30→6:33☆) → JR韮崎(8:29→8:37) → (スーパーあずさ1号) → JR塩尻(9:30)

塩尻駅 → 自動車 → 川中島古戦場跡・典厩寺 → 自動車 → 松代・長國寺 → 自動車 → 塩尻駅

【復路】JR塩尻(18:43) → (スーパーあずさ32号) → JR八王子(20:36→20:44) → JR東神奈川(21:39)

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真田山 長國寺(曹洞宗)

 川中島古戦場跡の後は城下町松代へ。

以前は長野電鉄河東線が1時間毎に運行していましたが今は廃線。

JR長野駅からのバスがメインになっていますが、廃線跡や秘境駅ブームがもう少し早ければ存続したのではと悔やまれます。

 松代は真田氏10万石の城下町。川中島合戦の折、武田方が海津城を築いたのが始まり。

大坂夏の陣の後の元和8年(1622年)、上田・沼田から加増され転封されました。

関ヶ原の戦い前夜、真田氏は親子兄弟で東西に分かれて家の存続を図ったのは有名です。

信之は徳川家への功績を認められて加増された訳ですが、徳川家としては二度にわたる上田合戦で

煮え湯を飲まされた真田に対する恐れがあったので、今までの居城の上田から引き離したのが実情でしょう。

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かつての長野電鉄松代駅  
現在は観光案内所となっている。

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旧松代駅   
ホームの壁が残る。

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かつての長野電鉄松代駅スタンプ
平成9年の押印。

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松代城跡(海津城)  
観光客がひっきりなしに来るので途切れた一瞬を撮影。

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松代城大手門

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松代城本丸跡からの眺め

 城の見学に続いて町の東にある真田氏の菩提寺に参拝。

真田山長國寺(しんでんさんちょうこくじ)は、寺伝では

『天文16年(1547年)、信濃の在位領主であった真田幸隆(信之の祖父)が、上野国長源寺から伝為晃運禅師を招き

真田町に建立した真田山長谷寺(しんでんさんちょうこくじ)が始まり。

その後、永禄7年(1564年)に松尾城外へ移転。信之の松代転封の際には共に移転し、寺号も長國寺と改めた。

以後、真田家の菩提寺となり二百石を拝領。信濃の曹洞宗寺院八百ヵ寺を統括する寺院となった』

とあります。

 寺院であると共に禅宗の修行道場でもあり七堂伽藍を擁する巨刹でしたが、度重なる火災で焼失、再建を繰り返します。

唯、藩主の御霊屋は離れた場所にあったため、焼失を免れ文化財として今に伝わります。

一門同様、建物も分散していたのが功を奏したと言える好例です。

 信之は転封の後、城下町の整備に努め今に残る街並みが残りました。

真田氏としても10万石の大藩とはいえ、常に徳川の顔色を伺うという微妙な位置でした。

江戸時代の松代藩で学問が栄えたのはそのような背景もあったのでしょう。

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明治19年(1866年)再建の長國寺本堂
屋根の六連銭と鯱が圧巻。屋根の勾配は雪を落とすためだとか。

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本堂扁額にある「真田山」の山号
山田真と読む人が居たとか!

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裏手にある真田信之(初代藩主)御霊屋
1660年建立で重要文化財。

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正面から見た御霊屋

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御霊屋正面の唐破風にある雌雄の鶴 
左甚五郎作と伝わる。左甚五郎も各地に足跡を残している。

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長國寺説明書

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長國寺御朱印

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旧松代藩鐘楼(電信発祥の地)

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真田家重臣矢沢家表門

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真田邸   
江戸末期に9代藩主幸教が母親の隠居所として建立。最近まで現当主の姉にあたる方が住まわれた。

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真田邸庭   
草の手入れが大変だという庶民的な発想しか浮かばないのが悲しい。

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文武学校  
閉館後だったので、外観撮影のみ。

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松代郵便局 ; 史跡・真田邸、馬印

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典厩寺(長野県長野市) 川中島古戦場跡にある寺の御朱印

2019.09.20(20:29) 414

川中島見ゆき(2016.9.17)

<コース>
【往路】JR横浜(5:22) → JR東神奈川(5:25→5:36) → JR八王子(6:30→6:33☆) → JR韮崎(8:29→8:37) → (スーパーあずさ1号) → JR塩尻(9:30)

塩尻駅前 → 自動車 → 川中島古戦場跡 → 典厩寺 → 自動車 → 松代 → 自動車 → 塩尻駅前

【復路】JR塩尻(18:43) → (スーパーあずさ32号) → JR八王子(20:36→20:44) → JR東神奈川(21:39)

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川中島古戦場跡(八幡原史跡公園)にて
余りにも有名な場面な信玄VS謙信一騎打ちの像。但し、軍記物等の記載による。

 台風も近づく3連休の初日、幸い「遣らずの雨」もなく、JR東日本の週末2Dayチケットを使い中央線を一路西へ塩尻9:30着。

といっても今回は一人ではなく、信州在住の先輩と一緒。おまけに自家用車で案内して頂くという幸運に恵まれました。

先ずは、有名な川中島古戦場へ。

 軍記物や頼山陽の漢詩で夙に有名ですが、信濃制覇を目論む甲斐の武田信玄と、

それを阻止すべく越後の上杉謙信が5度にわたって激突した場所。

特に永禄4年(1561年)秋の戦いは総勢2万、死者8千人という激戦。

信玄と謙信の一騎打ちもこの時の話ですが、軍記物の描写だけで史実かどうかは定かでないようです。

 結果的にどちらが勝者かですが、圧勝という事はなく信濃の覇権を手放さなかった信玄の辛勝と言ったところでしょう。

戦場は千曲川と犀川に挟まれた三角形の場所。川中島という名はこれに由来。

戦場になるくらいですから、どれだけ田舎かと思っていましたが平成の合併前から長野市内でした。

今は八幡原史跡公園として整備され市民の憩いの場所となっています。

 公園には博物館や一騎打ちの像もありますが、意外にも佐久間象山の像も。

信州出身で幕末の思想家、坂本龍馬や小林寅三郎の師で、暗殺に斃れた位の知識しかありませんでしたが、

先輩の話では、信州では小学校から佐久間象山に関しては小学校から詳細に教えるそうで、知名度は他府県とは別格。

郷土の偉大な先達を学ぶのは勿論ですが、教育者としての一面も大きいのでしょう。

さすが日本一の教育県だけのことはあると感心した次第。

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逆さ槐(えんじゅ)  
川中島の戦の際、逆さに植えた槐が根付いたとか。

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八幡原公園にある佐久間象山の像 
長野県での知名度は、他府県とは別格だそう。

古戦場跡に続き近くにある合戦所縁の寺を参拝。

 松操山典厩寺(しょうぞうさんてんきゅうじ)は、

『1500年頃の創建で、当時は瑠璃光山鶴巣寺(るりこうさんかくそうじ)と称した。

永禄4年の川中島の戦いでは、信玄の弟・武田信繁はここを本陣として出陣したが、付近で討死。この寺に埋葬された。

60年後、初代松代藩主真田信之が信繁の官職が「左馬助」であった事からその唐名「典厩」を寺名とした。』

とあります。

 真田氏は武田の重臣でもあったからでしょうが、信之の弟の幸村の本名が信繁という事も関係があったと想像できます。

と言うのも武田信繁の墓の横の供養塔は弟真田信繁のものともいわれ、

旧主を祀るように見せながら弟を葬ったのを隠そうとしたのではないでしょうか?

 武田信繁は信玄の弟で歴史上の影は薄いですが、武田の名将として活躍。周囲に恐れられました。

信玄の父・信虎も信繁に跡目相続させようと思っていたようです。

信虎は信玄のクーデターで甲斐の国を追放されますが、信繁はお構いなし。

信繁の方も常に兄を盛り立てる事に徹しました。

情には薄いと言われる信玄ですが、役に立つ有能な人物を見極める力量は確かでした。

そうでなければ戦国時代にあそこまで勢力を伸ばすことはできなかったでしょうが…。

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松操山 典厩寺(曹洞宗)
山門は三代藩主真田幸道の御霊屋の門を移築したもの。

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本堂
本尊は薬師如来。脇に風林火山の旗印が掲げてある。

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本堂の前の閻魔堂  
川中島の戦い300年後に松代八代藩主真田幸貫により戦没者8,000名を供養するため建立。

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閻魔大王  
高さ6m、東洋一大きいとある。

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境内にある懐古の碑
川中島合戦両軍戦死者の慰霊碑である。

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典厩寺説明書

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典厩寺御朱印

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お昼は「梅田屋」にて 
松代は長芋の産地とガイドにあったが、松本付近の山形も名産らしい。

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長野南郵便局 ; 川中島古戦場跡

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中仙道を往く(長野県塩尻市及び木曽郡) 木曽街道は1日中山道

2019.08.28(17:45) 388

栄枯盛衰は世のならい(2016.8.26)

<コース>
【往路前半】JR横浜(5:22) → JR東神奈川(5:25→5:36) → JR八王子(6:30→6:33☆) → JR塩尻(9:53)

【木曽宿】塩尻駅前(10:05) → (塩尻市地域振興バス 楢川線) → 洗馬局前(10:26) → 徒歩10分→ JR洗馬駅(10:54) → JR贄川(11:05) → 徒歩5分 → 贄川関所(11:46) → (塩尻市地域振興バス 楢川線) →木曽くらしの工芸館(11:52) → 徒歩5分 → 平沢宿 → 徒歩20分 → 奈良井宿 → JR奈良井(13:32) → JR藪原(13:38→14:25) → JR宮ノ越(14:32→15:33) → JR大桑(16:17) → 徒歩30分 → JR野尻(17:32) → JR南木曽(17:43)

【往路後半】JR南木曽(17:56) → (ワイドビューしなの20号) → 名古屋(19:05→19:23) → (のぞみ247) → JR新大阪(20:13)

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中央本線洗馬駅(無人)
木曽義仲が挙兵時に馬を洗ったというのは俗説で、平安時代に蓮華王院領として洗馬牧ができた事に拠る。

・木曽路は全て山の中である。 『夜明け前』 島崎藤村

 週末に横浜から大阪に帰阪することとなり、金曜日に休暇を取得。

通常は新幹線ですが、今回は金曜日に休暇を取ったのでルートを変えて中央本線で西へ。

塩尻から名古屋方面はかつての中山道。江戸時代には東海道に次ぐ幹線でしたが、それも昔の話。

 高尾~塩尻~名古屋は中央本線ですが、塩尻でJR東日本から東海へ管轄が変わるため直通は1本もなし。

しかも塩尻での乗り換えの便が悪く、木曽も3宿訪問が限度と想っていましたが、平日には塩尻市のコミュニティバスがある模様。

お蔭で塩尻から木曽福島まで7宿訪問できました。

 最近は由緒ある駅名も現代風に「○○公園」「△△温泉」と変える所が多いと聞きます。

しかし、ここは宿場の名前をそのまま駅名にしており、洗馬・贄川などは字面を見ただけで由来が分かりそうです。

後世に残すのは必ずしも形あるものだけとは限らない例です。中津川から塩尻間では有人駅は南木曽と木曽福島のみ。

そんな利用客の少ない駅舎でも宿場に拘った外観をとっているのは鉄道ファンならずとも心惹かれるものがありました。

今は通過点となった感のある木曾ですが、それ故過去が息づいている感があります。

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中央線贄川駅(無人)
古くは温泉があって「熱川」と書いたが、温泉が涸れると現在の「贄川」と記されるようになった。

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贄川関所
「ここより南、木曽路」とある。奥に見えるのは中央線。

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贄川関所正面
福島の副関で尾張藩の管轄。

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関所の内部
常時駐在は2名。有事の際の武器類が展示してあるが、いかに江戸が平穏だったかが分かる。

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木曾平沢宿下町付近(重要伝統的建造物群保存地区)
漆で栄えたので漆器店が軒を連ねる。

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木曽楢川小学校
木材の町らしい校舎。

  7宿の内では奈良井が有名で観光客も集中していますが、それ以外にも宿場の雰囲気があちこちに残ります。

木曽は高地のため耕地が少なく、江戸時代の石高制では絶望的な状況。しかし内情は裕福な所が多かったようです。

木曽の檜、木曽駒に加えて平沢の漆器、藪原の櫛と特産品も豊富。

宿場ごとに【木曽】った事が、良い結果に繋がった気がします。

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中央線奈良井駅
無人駅扱いだが観光案内所を併設している。

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奈良井川に架かる木曽の大橋
平成3年に完成した33mの太鼓橋。建築に当たっては樹齢250~300年の木曽檜を使用した。

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奈良井宿北側 (重要伝統的建造物群保存地区)
中山道では人気が高く、人気投票でも一位となっている。二位は妻籠。

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奈良井宿の中央付近
左にゑちごや(旅籠)の看板が。

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奈良井郵便局
街道の松並みに【ならい】、このような造りに。

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宮ノ越の本陣 (復元)

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本陣内部

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宮ノ越宿の義仲館にある木曾義仲と巴御前の像
京都では暴れたため評判が悪いが地元では英雄。館内では写真等でその生涯を追っている。巴御前の鉢巻きの展示はなし。

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夕方の野尻宿
写真の建物はかつての旅館だったが今は営業していないとの話。

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南木曽駅(妻籠をモデルにした駅舎)
ここからワイドビューに乗り帰路へ。

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洗馬郵便局 ; おおたの清水碑、平出遺跡出土緑釉水瓶、追分道標、桔梗
贄川郵便局 ; 贄川関所跡、木曽路入口道標

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平沢郵便局 ; 木曽漆器、漆の塗師、檜、御岳
藪原郵便局 ; 鳥居峠、木曽のお六櫛

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野尻郵便局 ; 野尻宿、阿寺渓谷
大桑郵便局 ; 阿寺渓谷、のぞきど高原、アーチェリー、中央アルプス

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歩いて旅する中山道



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布引観音(長野県小諸市) 牛に引かれて善光寺の伝説の御朱印

2019.07.19(18:32) 351

うだつが上がるのは運のもの?(2016.7.23)

<コース> ここに記載のJRバス時刻は2016年時
【往路】JR横浜(5:25) → JR東京(5:53) → JR上野(5:58) → JR大宮(6:25) → JR熊谷(7:04) → JR高崎(9:32) → JR横川(10:05→10:15) → (JRバス関東) → しなの鉄道軽井沢(10:49→11:08) → しなの鉄道滋野(11:41) → 徒歩45分 → 布引観音 → しなの鉄道滋野(10:16) → しなの鉄道大屋(13:59) → 徒歩10分 → 海野宿 → 徒歩15分 →

【復路】しなの鉄道田中(15:30) → しなの鉄道軽井沢(16:04→16:20) → (JRバス関東) → JR横川(16:54→17:20) → JR高崎(17:53→17:59) → JR横浜(20:30)

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布引山 釈尊寺(天台宗)

 青春18きっぷ五連戦の初日は六連銭で湧く信州へ。まずは旅の安全を祈願して布引観音へお参り。

 小諸駅からタクシーに乗るのが常道ですが、徒歩の私は最寄りの滋野駅から千曲川に沿って歩くこと30分で寺院入口、ここから更に本堂まで山道を上る事15分で山の斜面にへばり付く様に建てられた本堂へ到着。

 布引山釈尊寺(ぬのびきさんしゃくそんじ)は、神亀元年(724年)に行基が開山、聖徳太子作の聖観音を祀ったとされる古刹。

 戦国時代には武田信玄の信濃攻めで焼失、永禄元年(1558年)に城主望月氏により再建されますが、享保8年(1723年)に再び火災で焼失。現在の伽藍が整えられたのは江戸後期の事でした。

 そんな中で観音堂宮殿は正嘉2年(1258年)の造営で、鎌倉時代の貴重な建築様式を今に伝えています。岩屋の中にあった事で災難を逃れたのでしょう。

 ここへ来るまでは、なぜこんな断崖にあるのかと思いましたが、その御蔭で今に残った事に感謝しなければいけませんね。

 ここは牛に引かれて善光寺の由来となった場所。

 むかし信心の薄い婆さまが、白布を引っ掛けた牛を追いかけて善光寺まで来て信心に目覚めたとか。ここから46Km離れた善光寺まで追いかけるとはかなりの健脚、余程の執念と言えます。

 その由来から「布引山」「釈尊寺」となったのでしょうが、付近は布引渓谷と呼ばれる場所で滝もあるので、滝の落ちる様から布引の呼び名ができた方がしっくりきますがどうでしょうか?

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しなの鉄道軽井沢駅にて
手前が乗った電車で、その奥がかつての碓氷峠で活躍した牽引車。奥の建屋は新幹線開通前の軽井沢駅

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早目の昼食はおぎのや「玄米弁当」¥500

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千曲川に沿って進む
この山の向こう側に目指す観音様が。

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山麓にある布引観音入口へ到着

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本堂にはこのような山道を上る

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ようやく山門に到着
右奥に見えるのは観音堂宮殿。

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観音堂宮殿を下から見上げた所
岩にはスズメバチの巣が。

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スズメバチの巣の拡大
今は蜂は棲んでいないと思うが。

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真下から見上げた重文・観音堂宮殿

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山道を上った先にある布引観音本堂
御朱印はここで拝受。

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本堂から観音堂宮殿を見る

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観音堂宮殿への途中から本堂を見返る

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小諸市内方面を望む

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観音堂宮殿内より境内全体を見る
正面が本堂で、左下が山門。

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布引観音縁起

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布引観音御朱印

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小諸郵便局 ; 布引山観音堂、桜、浅間山

 続いて北国街道の宿場町、しなの鉄道の大屋と田中の中間にある海野(うんの)へ。ここは平安末から滋野一族・海野氏の発祥の地、真田氏もその一門です。真田十勇士にも海野六郎がいます。

 ここは江戸・明治期の建造物が残りますが、圧巻はそこに造られた「うだつ」(卯建・卯立)。徳島脇町、岐阜美濃市とともに三大うだつの街となっています。

 重要伝統的建造物群保存地区のため電柱はすべて地下埋設、街道沿いを歩くと時代劇のロケ地に迷い込んだ感じです。

 高校の生物の授業で、先生が蚕の説明をするときにこの様な絵を描いて「屋根の上にあるのが養蚕のための気抜き、家の横にあるのがうだつ、うだつが上がらんというのはこういう家も建てられんという事」と言われたのがうだつを知った嚆矢。

 もともと防火設備でしたが、これを作るのに大金が掛かるため金持ちのステイタスにもなった様です。これを機会に私もうだつが上がればと思いますが、これが【海野】尽きとはならんように注意せねばと思った次第です。

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海野宿
大屋駅から東へ1㎞程にある西の入り口。重要伝統的建造物群保存地区のため電柱はすべて地下埋設。

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宿場西端付近

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うだつの街の代表的家屋

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街道の南側の家屋
重厚な造りだが現在も居住されている。

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時代劇の一コマに仕えそうな雰囲気

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袖うだつ:左、本うだつ:右
袖うだつは主に明治以降に造られた。

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街道に沿いある説明板

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福嶋屋(矢島家)
屋根の上の小屋根は養蚕のための気抜き。いまは甘味処として「くるみおはぎ」が食べれる。

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しなの鉄道駅スタンプ
JR時代は設置されなかった駅にも設置された。ここは写実的なデザインが特徴。

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本海野郵便局 ; 海野宿、浅間山
田中(現:東御)郵便局 ; 海野宿、巨峰、烏帽子岳

 帰路も行きと同じルートでしたが長野新幹線開通以来、在来線横川~軽井沢間がバス路線に変更になり本数が激減。18きっぷ利用時はバス時刻に左右されるので、バスに合わせて移動する事になります。

 横川駅に到着してようやく時刻の心配が不要となったので駅前で夕食。

 かつての横川駅は牽引車の付替えのため列車は全て5分間停車しており、その間に駅弁を買う人も多く居ましたが今はそれも過去の話。

その昔、国鉄では山越えを控えた駅に

「岳の釜めし」:水上駅
「九尾の狐釜めし」:黒磯駅
「峠の釜めし」:横川駅

と3種類の釜めしがありましたが、前の二つは消え今も頑張っているのは「峠の釜めし」だけ。

駅だけでなくドライブイン販売などにシフトしたことが大。これで販売終了の【峠】は越えたと思います。

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JR横川駅前にて
「峠の釜めし」のおぎのやは今も健在。

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夕食は「峠の釜めし」¥1000

【参考書】

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・巻頭の「駅は見ている 横川駅の晩秋の午後」
で紀行作家宮脇俊三氏が新幹線開通前の横川駅の表情を描写。

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四半世紀前の著述だが、海野宿の街並み概要を述べた良著


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智識寺(長野県千曲市) 花に囲まれた温泉地の古刹

2019.07.04(18:40) 334

坂の上の紫陽花 (2015.07.11)

<コース>
JR松本 → JR姨捨 → 徒歩10分 → 長楽寺 → JR姨捨 → JR稲荷山 → 徒歩50分 → しなの鉄道戸倉駅 → 徒歩30分 → 知識寺

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清源山 智識寺(真言宗智山派)

 篠ノ井線稲荷山駅から、しなの鉄道戸倉駅に向かう途中に稲荷山土蔵群地区はあります。かつては善光寺街道の宿場、のちに商都として発展。

 明治期の善光寺地震の後、火災に強い土蔵が多く建設されたとか。このあたりの事情は川越と似ています。この付近を鉄道が通るときに駅の誘致に猛反対したので、このような街並みが残ったそうです。

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荒町付近の旧料亭松葉屋

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唯一の公開施設「稲荷山宿 蔵し館」
幕末から明治の生糸輸出業で財を成した松林邸。上田藩の御用商人でもあった。

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蔵し館の内部展示

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山丹(旧呉服商)

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旧醸造蔵

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醸造蔵付近から見た善光寺街道

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たまち蔵道
善光寺街道から一本中に入ったところ。

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梅沢屋(旧第六十三国立銀行稲荷山本店)

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蔵造の店舗の高村薬局

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高村別邸

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極楽寺参道脇の土蔵群

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参道脇土蔵群

 昼食の後は戸倉の智識寺へ。清源山智識寺は天平12年(740年)創建、大同2年(807年)には坂上田村麻呂が冠着山に堂宇を改修したとの寺伝を持つ古刹。本尊の十一面観音立像は行基の作とされる一木造りで重文。

 鎌倉時代の建久9年(1209年)には源頼朝により仁王像が寄進、室町時代には領主村上氏の庇護を受けますが、武田氏の信濃攻め以降衰退。慶長14年(1609年)には現在地へ移転し、歴代松代藩主の崇拝を受け大御堂も修復されます。

 有為転変を経ますが堅実に生き残っているわけで、歴代将軍の庇護が大きかったと思います。武門ながら知恵者が多いのは寺号の影響もあるのでしょうか?

 今は6月の紫陽花、10月の女郎花で知られますが、バスの本数が非常に少なく、戸倉駅から30分歩くという文字通り【坂上】の寺でした。

 紫陽花はほぼ終盤、御朱印を御願いすべく事務所に行くと御住職は法事で不在のため拝受できず。事前に連絡して欲しいとの事でした。由緒もあるお寺ですが観光寺院ではないからでしょう。

 地方へ行くほどお寺の経営は大変なようで、衰退するのは戦乱の世だけではないと言う事。【智識】を総動員して生き残りを図って欲しいものです。

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昼食を摂った「しなの鉄道」戸倉駅前にある酒造蔵

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昼食は「とろろ蕎麦」

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智識寺仁王門
室町時代の建立で、安置された木造仁王像も室町期の作。

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茅葺が印象的な重文・大御堂
天文10年(1541年)に再建された禅宗様の仏堂で文政年間に修復。本尊の重文・十一面観音は平安後期の作。

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境内の紫陽花。
ピークは少し過ぎていたか?

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長楽寺(長野県千曲市) 姨捨山の田毎の月の御朱印

2019.07.03(20:34) 333

姥捨と言うた(わ)ごと (2015.07.11)

<コース>
JR松本 → JR姨捨 → 徒歩10分 → 長楽寺

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JR姨捨駅ホームから見た善光寺平

 10日に東京、13日に名古屋で会合という予定なので北陸経由にて帰阪。新宿18時のあずさで松本に泊まり、翌日篠ノ井線を北上。日本三大車窓、スイッチバックで有名な姨捨駅で下車。

 姨捨(おばすて)山は正しくは冠着(かむりき)山。日本には老人を捨てたという記録は正式にはなく、墳墓を表す「小長谷・小初瀬・小泊瀬(おはつせ)」という地名が印度から来た棄老説話とごっちゃになったためとか。

 本当に姨捨の風習があったら、そんな名前はさっさと変えてしまったに違いありません。

 昔話では、隣国からの無理難題を老人の知恵で解決するというストーリーですが、ボチボチ老人の域に達しながら果たして知恵がついているのかは甚だ疑問です。

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JR姨捨駅
スイッチバックで有名だが特急はこのホームに入らない。

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姨捨駅ホーム
景色を見るべく席が設えてある

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南小谷行ハイブリッド列車

 駅から坂を下り長楽寺へ。姥捨山放光院長楽寺(おばすてさんほうこういんちょうらくじ)は、松尾芭蕉・小林一茶・菅江真澄・伊能忠敬等の文人墨客が訪れた名刹。

 さぞかし由緒正しい寺かと思いましたが、明治の廃仏毀釈で記録が消失したため創建は10世紀頃、古今和歌集に記載があるのでそれと知られます。江戸時代の記録には八幡武水別神社の神宮寺の支院とあります。

 境内には高さ15m、奥行き・幅25mの巨岩、通称姥岩が聳え頂上からの善光寺平、月の眺めは絶景と言われます。寺院としての格式は兎も角、ここからの素晴らしい眺望が多くの旅人を惹き付けたのでしょう。

 この岩が捨てられた老婆の嘆きで出来たとされる伝説の姨捨山。かつてはその形態から神格化されていたのかもしれません。

 寺院に続いて田畑へ散歩。この辺りは棚田が多く映る月は田毎の月。正しくは長楽寺の持田である四十八枚田に映るものを呼ぶそうです。

 境内には観月殿・月見堂があるのでそこで月見をしながら吟じたのでしょうが、最近もそのような催しがあるのでしょうかね。

 棚田は稲も伸びており多くの人が作業していましたが、田植えにしては遅いので訊くと草取りだそう。田毎の月は無理でしたが、日本の原風景に接しました。

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長楽寺付近からみた姨捨駅

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姥捨山 放光院 長楽寺(天台宗) 全景

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月見堂
芭蕉翁面影塚の上方に建つ。文化・文政年間の建築。

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長楽寺観音堂
宝暦・明和年間の再建、左にあるのが姨捨山の元になった姥岩か?

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本堂と庫裏
文化文政年間の建築で、本堂に接して観月殿がある。

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長楽寺御朱印

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姨捨の棚田
丁度草取りの最中。

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諏訪大社上社本宮(長野県諏訪市) 上社本宮の御朱印と御柱祭マンホールカード

2019.04.14(18:22) 224

御柱を目指して御走り!(2018.4.13)

<コース> 春の特別乗り放題きっぷ
【往路】JR横浜(5:22) → JR東神奈川(5:25→5:36) → JR八王子(6:30→6:33☆) → JR大月(7:19) → JR甲府(8:09) → JR小淵沢(9:02) → JR茅野(9:24)

JR茅野駅 → レンタサイクル15分 → 諏訪大社上社前宮 → レンタサイクル10分 → 諏訪大社上社本宮

【復路】JR茅野(12:45) → JR甲府(13:49→13:52) → JR高尾(15:24→15:31) → JR八王子(15:37→15:42) →JR横浜(16:43)

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諏訪大社上社本宮(信濃國一之宮 式内社 旧官幣大社) 北参道

 前宮に引き続き、2㎞の道を諏訪湖に向かって本宮へ。

通常は主要道路面した北参道がメインですが、自転車なので東参道からお参り。

こちらは前宮と違い拝殿も壮大で参拝客も多々見られました。

鉄道敷設等で上諏訪が栄えるまではこの地が諏訪の中心であったようで、四宮の中で建造物は一番多く残っています。

しかし建造物に派手さがない事は前宮と同じ。

 諏訪大社の歴史は神話時代にまで遡る程古く常陸の鹿島神宮と双璧、古事記の国譲り神話まで遡るとされます。

諏訪湖は信州のほぼ中央で有史以前から人が生活していた痕跡が残っています。

また諏訪湖は浅い湖ですが人々に大いなる恵みを与えた事で漁業関係者の信仰も深かったと言われます。

あくまで神話の話ですが、ここには土着の守矢氏を外来の諏訪氏が従えたという伝説を反映しているように思えます。

尚、近世諏訪高島城主は諏訪氏ですが、大祝とは系列が違うと現地で知りました。

 御神体は下社が御柱、上社本宮が後方の守屋山とされていますが、近代以前は現人神だったとも書いてありました。

御柱はそこに神が降り立つ依り代と言うべきものでしょうが何年に一度建て替えることで神様を降り易くしているようにも見えます。

諏訪の大祝(おおほうり)は諏訪氏ですが、彼は現人神(生き神)であり実際に神事を取り仕切っていたのは神長官の守矢氏等。

いまは守矢氏自宅に資料館が設立されています。

 持統天皇5年(691年)には勅使が遣わされ、また軍神としても崇拝されたと言います。

ここを治めた諏訪氏が武田信玄に下ったので、その効果のほどは疑問ですが。
 
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本社東参道へ到着

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東参道と鳥居

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いよいよ神域へ

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入口御門と二の御柱

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入口御門を過ぎ渡り廊下(布橋)へ

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渡り廊下から四脚門と東西御宝殿を望む

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参拝所から宝物殿を見る

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旧賽銭箱も展示

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一の御柱近影

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一の御柱の位置から塀重門を望む

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渡り廊下横の木立

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境内最古の大欅

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諏訪大社上社本宮御朱印

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法華禅寺山門
廃仏毀釈で唯一残った寺院。

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明治の廃仏毀釈で廃寺となった寺院

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法華禅寺説明書

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茅野市神長官守矢氏自宅

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神長官が祈祷する祈祷殿
明治20年再建、昭和5年改築。

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祈祷殿説明板

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御社宮司みしゃくじ)社と社叢

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神長官守矢史料館
地元出身の建築家藤森照信氏の設計で、これが氏の建築デビュー作となった。

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史料館入口
外装や作りは縄文時代を意識している。

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史料館内の御頭祭の再現
御頭祭は旧暦3月酉の日に行われる鹿の首70頭余りを前宮の十間廊に供える神事。

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長野県(流域下水道)マンホールカード     配布場所はこちら

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中洲郵便局 ; 重文・諏訪大社上社本宮、一の御柱、塀重門

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諏訪大社上社前宮(長野県茅野市) 質朴な諏訪大社上社前宮と力強い御朱印

2019.04.14(08:59) 223

あずさに乗らず未だ春浅い信濃路へ(2018.4.13)

<コース> 春の特別乗り放題きっぷ
【往路】JR横浜(5:22) → JR東神奈川(5:25→5:36) → JR八王子(6:30→6:33☆) → JR大月(7:19) → JR甲府(8:09) → JR小淵沢(9:02) → JR茅野(9:24)

JR茅野駅 → レンタサイクル15分 → 諏訪大社上社前宮

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諏訪大社上社前宮(信濃國一之宮 式内社 旧官幣大社)
右は御頭祭を行う十間廊、左は内御玉殿。

 この春はJR東日本が春の乗り放題きっぷなるものを発売。

管内だけですが18きっぷと同じ扱いで、気候も良くなりつつあるので早速購入。

行先は「まだ春浅い信濃路へ」ですが、あずさには乗車できないので普通を乗り継いでの旅。

 諏訪大社は全国に1万社あると言う諏訪神社の総社で信濃國一之宮。

諏訪湖を挟んで南に上社、北に下社がありそれぞれに二社あって計四社になります。

 下社は春宮・秋宮ともに家族で行って諏訪湖遊覧と間欠泉を見てから参拝しましたが、上社は未訪。

神社ならば【かみ】にお参りしないことには【間欠泉】ので、【すわ】一大事との巡礼となりました。

 上社は上諏訪ではなく茅野が最寄り駅。

幸い駅前ビジネスホテルでレンタサイクルがあったので、車の多い道路を行くこと2㎞で前宮に到着。

敷地は広いものの「これが前宮か!」というのが第一印象。大きな社殿でもなく、派手な造りもありません。

平日だったとはいえ参拝者も疎らで、知らない人が見るとどこか田舎の無名な神社と勘違いしそうです。

逆にそのような素朴な場所だからこそ、【茅野】通った古の信仰が今まで生きているとも言えますが。

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道路に面した前宮の石鳥居に到着

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かつての神殿跡

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神殿跡説明板

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御室社を右手に社殿へ向かう

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前宮社殿
諏訪信仰の発祥の謎を秘めた場所。社殿は昭和7年伊勢神宮の古材を使用している。

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社殿近影
「諏訪梶の葉」は上社の神紋で四根である。

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四の御柱
諏訪大社四社のうちで唯一、三と四の御柱の近くまで行くことができる。

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御柱の横を流れる清流「水眼」

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諏訪大社由来略誌

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諏訪大社 四社まいりのパンフ

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諏訪大社上社前宮御朱印

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茅野市マンホール蓋

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茅野市マンホールカード    配布場所は茅野市観光案内所

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長野県
  1. 旧制松本高等学校(長野県松本市)(04/27)
  2. 長國寺(長野県長野市) 真田家ゆかりの寺の御朱印(09/21)
  3. 典厩寺(長野県長野市) 川中島古戦場跡にある寺の御朱印(09/20)
  4. 中仙道を往く(長野県塩尻市及び木曽郡) 木曽街道は1日中山道(08/28)
  5. 布引観音(長野県小諸市) 牛に引かれて善光寺の伝説の御朱印(07/19)
  6. 智識寺(長野県千曲市) 花に囲まれた温泉地の古刹(07/04)
  7. 長楽寺(長野県千曲市) 姨捨山の田毎の月の御朱印(07/03)
  8. 諏訪大社上社本宮(長野県諏訪市) 上社本宮の御朱印と御柱祭マンホールカード(04/14)
  9. 諏訪大社上社前宮(長野県茅野市) 質朴な諏訪大社上社前宮と力強い御朱印(04/14)