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因幡街道 大原宿(岡山県美作市) 武蔵の里の宿場町

2019.08.19(20:44) 379

ちずを頼りにこい山形へ(2017.8.12)

<コース> 智頭急行は2017年度のもの
JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:36→8:40) → (智頭急行) → 平福(9:06→9:54) → 宮本武蔵(10:05) → 徒歩30分 → 大原宿 → 大原(11:36) → 恋山形(12:01→12:21) → あわくら温泉(12:33→13:13) → 上郡(14:12→14:34) → JR相生(14:46→14:48) → 姫路(15:08→15:11) → JR大阪(16:13)

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因幡街道 大原宿

・はくとだに ちずを頼りに 往きていなば こひ山形に さよ時雨降る

 平福の後は、宮本武蔵駅で下車。

かつての国鉄の人名駅は伯備線方谷のみでしたが、3セクの登場で人名駅が増えました。

郷土の偉人を知ることは大切なのでいい傾向だと思います。井原鉄道の吉備真備もそうですね。

 剣豪宮本武蔵の生誕の地という事で、駅名以外にも資料館・道場を併設するなど町興しをしています。

しかし武蔵の生誕地は兵庫県高砂市も名乗りを上げており、考証学的にはこちらが有利な様子。

表立って揉めていないので二刀流も時には良いという事でしょう。

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智頭急行宮本武蔵駅
無人駅ながら剣豪のような質朴さが。フルネームを使ったものでは全国初か?

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宮本武蔵駅前の像

 駅から街道沿いに次の駅に向かうと因幡街道大原宿。

平福と並んで智頭急行線内では有数の宿場町。特に古町地区は街並み保存地区になっています。

本陣・脇本陣に加え、酒造屋・銀行などが残り、因幡街道の面影を今に伝えています。

美作の小京都と言えば津山ですが、城下町とはまた違った味わいがあります。

 平福同様、観光施設は少ないですが今も現役で活躍しているのが凄い。観光客も殆どいないのが不思議でした。

小京都には入っていないようですが、強いて入らなくても良いという考えなのでしょう。

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大原宿の古町街並み保存地区
南側から見た光景。街並みとしては中々の物だと思うが、観光客は見当たらなかった。

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説明板

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大原宿本陣(有元家)
寛政年間(1789~1801年)に完成したとされる。鳥取藩池田侯が最も多く利用した。有元氏の表札が掛り今も現役。内部見学はできず外からのみ。

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本陣の説明

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本陣横の有元家
本陣の続きにあるが、親戚?

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有元家の瓦
鬼ではなく帆掛け船。建武の新政の名和長年(伯耆守)の紋が帆掛け船だったとこと関係がある?

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旧中国銀行(現:司法事務所)
大正浪漫漂う建物。中には金庫が現存。右の家はうだつ(説明では袖壁とある)が顕著。

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田中酒造場
明治18年建築の大原で唯一の造り酒屋。「武蔵の里」「白梅」の清酒を販売。

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店頭に展示された日本酒

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町家の説明

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大原宿脇本陣
屋号米屋。1825年以降の造りで長屋門が残るのは珍しい。

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脇本陣説明

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脇本陣の北に隣接する難波邸
築100年の民家を改築し、ジュエリー販売や外国人対象の宿泊を行う。

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消防器具庫の外観
消防というより火消しと呼ぶ方がしっくりくる。

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理容店もこんな感じ
入ったら丁髷になりそう?

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駅前にて昼食

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大原宿説明書

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智頭急行大原駅
宿場の家をデザイン。右奥は車両基地。

 その後は、恋山形とあわくら温泉駅へ。日本で恋の字が付くのは4駅だそうですが、ここはその一つ。

駅舎もそれらしい造りになっています。派手というよりもけばけばしい気もしますが、異論はないようです。

因幡なので縁結びに掛けた命名でしょうか。

無人駅ですし、このような事がないと降りる人も居ないでしょうから、

JRと違って如何に人を呼び込むかという3セクの苦労が伺えました。

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智頭急行あわくら温泉駅
狸が見つけた温泉?

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智頭急行恋山形駅ホーム
恋が成就するように駅も凝った造りとなっている。

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ホームにあるモニュメント

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絵馬とスタンプと旅ノート

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智頭急行 鉄道むすめ「宮本えりお」

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智頭急行スタンプ その1
あわくら温泉駅は新設置。

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智頭急行スタンプ その2
この3駅は今回新たに設置。

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大原郵便局 ; 宮本武蔵生誕地碑、武蔵武道館、竹山城跡
山形郵便局 ; ハートの外枠に恋山形駅とスーパーはくと、普通列車、杉と紅葉

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圓通寺(岡山県倉敷市)  良寛ゆかりの茅葺の古刹の御朱印

2018.12.21(00:20) 85

[圓通寺] ブログ村キーワード
洋館の倉敷で良寛のお寺(2018.12.18)

<コース> 冬の青春18きっぷ
【往路】JR大阪(5:58) → JR姫路(7:30→7:31*) → JR岡山(9:08→9:11*) → JR鴨方(9:47) → 徒歩10分 → 明王院 → JR鴨方(11:35) → JR新倉敷(11:44)    *向側ホーム

JR新倉敷駅 → レンタサイクル20分 → 圓通寺

【復路】JR新倉敷(16:07) → JR岡山(16:33→16:44) → JR姫路(18:08→18:11) → JR大阪駅(19:13)

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補陀落山圓通寺(曹洞宗)

 以前、新倉敷駅でスタンプを押印したら「良寛さまゆかりの云々」という記載が…。

良寛は越後出雲崎の人なので不思議でしたが、なんでもこの地に修行した寺がある模様。

地図で見ると駅から随分と離れていますが、新倉敷駅観光案内所にはレンタサイクルがあるようで、これなら大丈夫。

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新倉敷駅スタンプ    上;国鉄・民営化初期、 下;21世紀設置

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里見川に架かる昭和橋を渡った所にある道標   ここから勾配が急になるので徒歩がお勧め。

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圓通寺入口

 玉島にある補陀落山圓通寺(ふだらくさんえんつうじ)は

奈良時代の行基菩薩の開基で行基作と伝えられる星浦観音を祀っています。今でこそ周囲は工業地帯ですが、

昔は寺の直ぐ近くまで海が迫る場所。星浦という名前も恐らくは船人が頼りにする星と港の浦に由来、

地元の人々から連綿と信仰されていたものを行基に仮託したのでしょう。

 連綿として続いていた信仰も後には廃れましたが、金沢大乗寺の前住職徳翁高和和尚が住民を纏めて寺社奉行所に

嘆願し堂宇を再興、元禄十一年(1698年)の事です。ここに補陀落山圓通寺の再興は成りました。

 その後、ここでは弟子の教育に力を入れ多くの高僧が輩出。特に十世大忍国仙和和尚の門下からは俊英が出ますが、

その中に越後生まれの良寛が居ました。彼の修行は22~33歳の十年間、その後全国行脚して聖僧と慕われますが、

その基礎はここで培われたと言えるでしょう。

ここからは本山永平寺のトップになった僧も出ましたが、やはり歴史の教科書に載る人のほうがインパクトは強く、

良寛さま所縁の寺として観光に一役買っています。

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前にある石庭

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境内にある若き良寛の托鉢像   宮本隆・作

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圓通寺本堂   星浦観音を祀る

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庫裡から見た境内

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白雲閣

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良寛堂   本来は圓通寺に修行に来た者達が寝起きする衆寮であった。

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友松亭   良寛堂に接して後世の寄付で築造された。

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高台にある観音堂

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観音堂から東へ瀬戸内を望む   水島臨海工業地帯

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観音堂付近から境内を望む

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圓通寺正面

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圓通寺説明書

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圓通寺御朱印

 駅までの往復は自転車でしたが、港と工業地帯と思っていた玉島に昔の家が残っていて驚き。

江戸初期までは名前の通り島が点在する遠浅の海だったのが、1600年代に備中松山藩主水谷氏の干拓事業により

広大な新田となりました。港に通じる里見川と溜川周辺には今も商家があります。

その一つ、西爽亭は柚木氏の邸宅で玉島を領有した備中松山藩の御座所にもなったもの。

慶応4年に家老の熊田恰(くまだあたか)が最期を迎えたのは次の間でした。

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昭和橋から見た里見川沿いの商家

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新町通りにある西綿屋   左に続くのは米屋である。

 幕末の松山藩は藩主板倉勝静が老中を務め幕府側として戦います。

熊田恰はその親衛隊長として活躍しますが、新政府軍は松山藩を征伐。恰は部下の助命を条件に自刃します、享年44。

これにより玉島は戦火を逃れることができました。

一説には恰の才能を恐れた新政府が恰の命と引き換えでないと承知しなかったと言いますが、榎本武揚の例もあるように

新政府でも活躍できたに違いありません。新しい時代の幕開けに有能な人材を無駄に死に追いやった事は残念な気がします。

地元では恩人として今でも崇拝され祀られているとか。

大河ドラマの主人公ではないですが、その陰にはこのような「ラストサムライ」が居たという事は忘れるべきではないでしょう。

 良寛と熊田恰、時代と活躍の場に違いはありますが、己を捨てたその生き様には共通するものを感じました。

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西爽亭表門   旧柚木家で天明年間に建築、命名は神辺の儒学者・菅茶山。

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西爽亭御成門

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次の間から上の間を見る

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西爽亭の庭   右手に見えるのは茶室

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熊田恰の肖像写真

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玉島富田郵便局 ; 圓通寺良寛堂、名産桃、桃の花
玉島郵便局 ;沙美の浜、圓通寺公園・童と良寛の石像

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倉敷市マンホールカード A ; 倉敷物語館にて配布
倉敷市マンホールカード C ; 玉島観光案内所にて配布

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明王院(岡山県浅口市)  最澄と円仁ゆかりの大伽藍の御朱印

2018.12.19(20:53) 84

[明王院] ブログ村キーワード
備中の山岳仏教を辿る (2015.12.18)

<コース> 冬の青春18きっぷ使用
JR大阪(5:58) → JR姫路(7:30→7:31*) → JR岡山(9:08→9:11*) → JR鴨方(9:47) → 徒歩10分 → 明王院
*向側ホーム

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真岳山大護寺明王院(天台宗)

 山陽本線も新倉敷過ぎると福山まで牧歌的な風景が続きますが、その途中の鴨方駅から南に向かった先にその古刹はありました。

 明王院は真岳山長泉寺明王院と言い、伝教大師最澄が入唐求法の途次に立ち寄った場所。

その後、承和年間(834~848年)に師の足跡を訪ねた慈覚大師円仁が秘密灌頂の道場を開設したことに始まります。

 何故この地にと【明王】に気になりますが、この辺りは瀬戸内海と入江に挟まれ神功皇后も通られたと言う交通の要衝で

14世紀頃までは大型船も通ったとか。案外駅名も水鳥の棲む『鴨潟』が由来でしょうか。

東の玉島付近は江戸時代の干拓の為に陸地が増えましたが、この付近も例外ではないようです。

寺の付近は大島という高台で、近くには遥照山405mの霊峰があり山岳仏教のまた備中国学問の中心として栄えます。

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明王院山門   阿吽の仁王像がお出迎え。

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山門を過ぎて坂を上る

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木々のトンネルを抜けると境内へ

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明王院境内へ到着

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池泉回遊式庭園の放生池越しに明王院を望む

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中国地方の天台宗学寮として使われた建物

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護摩堂   入口正面にあり不動明王を祀る

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明王院本堂

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多宝塔   新本堂に先駆け1988年に完成。檜一枚板を使用するなど1000年前の様式を再現。

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多宝塔から本堂を望む
   
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かつては向かいの山に寺院群はあった

 永長元年(1096年)、白河上皇の第一皇女媞子内親王(郁芳門院)が21歳の若さで夭逝されると上皇は菩提を弔う為に

内親王の御所を六条院と言う寺院にします。すると平忠盛は明王院付近の荘園を六条院に寄進し、本堂の前に

地蔵堂(今の大仙堂)を建て供養の場所としたとか。明王院付近の字にその名残があります。

 親と臣下の心温まる話ですが、忠盛にすれば寄進で朝廷との結びつきたいと言う意図があったのは明白でしょうし、

歴代皇室屈指の美女であったとされる内親王は上皇も自分の野心の為の持ち駒にと思ったに違いありません。

ドロドロした政治の世界からは無縁ではない訳で、それを見ずに亡くなった事は内親王にとっては不幸中の幸いかもしれません。

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大仙堂    平忠盛が白河上皇に寄進した地蔵尊堂が起源

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明王院説明書

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明王院御朱印

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鴨方郵便局 ; 岡山天体物理観測所、温泉マーク

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