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照蓮寺(広島県竹原市) 竹原の学問所

2019.12.30(15:44) 517

山陽にある頼家ゆかりの寺院(2019.12.10)

<コース> 冬の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR岡山(9:29→9:31) → JR三原(11:09→11:30) → JR竹原(12:11)

竹原市観光案内所 → (レンタサイクル10分) → たけはら街並保存地区 → 西方寺 → 照蓮寺

【復路】JR竹原(14:06) → JR忠海(14:19→15:19) → JR三原(15:42→16:04) → JR倉敷(17:25→17:41) → JR姫路(19:25→19:26) → JR大阪(20:28)

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龍頭山 照蓮寺(浄土真宗本願寺派)

 西方寺参拝に続き、再び街並みに戻り北側へ。

両脇には重厚な造りの家が並びますが、一部はそれを生かした食事処にもなっています。

参道の入口にあるのが、お好み焼きの店。

家の造りとはギャップがあるようにも思いますが、広島県らしいとも言えます。

 途中にある水色の建物は街並み唯一の洋風建築、いまは資料館になっています。

その横には竹鶴夫妻の銅像も。以前はなかったですが、これも朝ドラ効果でしょう。

 近くには竹を使った工房もあり周囲には竹が植わっています。

竹原は名前の由来となった竹を町興しに使っているようで、竹の街路樹もありました。

後から植えたものと思っていましたが、観光案内所で伺った所、

元々、この辺りの裏山には竹が群生していたそうで、それが町の名の由来になったとか。

己の思い込みを反省しました。【しない】と竹は密接な繋がりがあるようです。

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西方寺前から本町通南側を見る

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参道前のお好み焼きの店
町家というよりも蔵を改装したものか?

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歴史民俗資料館

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資料館横にある竹鶴政孝・リタ夫妻像

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まちなみ竹工房

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本町通の北端から

 町の外れの高台にあるのが、浄土真宗照蓮寺。

その手前にある井戸が酒造りの水に使用されているとありました。

 龍頭山照蓮寺(りゅうとうざんしょうれんじ)は、

『古くは定林寺と称した曹洞宗寺院。

竹原小早川氏代々の子弟の学問所でその帰依も篤かった。

1603年に宗具が入山し浄土真宗となり江戸時代には

頼三兄弟(春水、春風、杏坪)もここで学んだ。境内には頼惟清夫妻、春風の墓もある。

重文である梵鐘は峻豊4年(963年)の銘が残る日本で三番目に古い高麗鐘で

小早川氏が中国貿易により寄進したとされる。』 とあります。

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階段の先に建つ楼門

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楼門の「龍頭山」の扁額

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楼門下から街並み保存地区を見る

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本堂正面

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本堂前面の「照蓮寺」の扁額

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本堂と宗祖の銅像

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庫裏へ続く廊下

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本堂に吊るされた鐘
重文の高麗鐘はこれではない?

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南側の門
街並み散策ではこちらから入る事が多い。

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酒造用井戸
南側門の階段下にあるが、現在は使われていない。

 寺の前の街並みに今もあるのが、頼惟清(これすが)旧宅。

紺屋を営んだ頼兼屋の長男でしたが学問にも打ち込み、

子供の春水、春風、杏坪(きょうへい)も学問・詩文・書で名を挙げ「三頼」と称されました。

春水の子が山陽です。歴史では山陽とその子の三樹三郎が有名ですが、

ここに至るまでは四代に亘る流れがあった事になります。

 学問自体は直接金儲けには繋がらないので、

学問に打ち込めるだけの経済的余裕があったか、

町全体でバックアップしたかのいずれか。

「金を使うのは稼ぐよりも4倍難しい。」とは松下幸之助の言葉だったと記憶していますが、

教育格差が言われる今、江戸期の教育を今一度振り返るのも必要ではないでしょうか?

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本町通の端にある頼惟清旧宅
江戸時代後期、頼山陽の祖父・惟清が紺屋を営んでいた町家。紺屋用・家事用・書道用の三井戸がある。

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旧宅の説明

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旧宅脇に建つ胡堂(えびすどう)
地元の方の話では、商売繁盛を願って建てられたそう。広島出身の大林宣彦監督の『時をかける少女』(1983年)の舞台となった。

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横から見た胡堂
屋根の長さが前後で大きく違うのが珍しい。

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中ノ小路にある光本邸

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板屋小路
緩く湾曲した路の両側に、漆喰で塗籠めた中二階、平入の町家が競い合うように並ぶ。

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頼山陽銅像
本川に架かる新港橋の傍らにある。

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本川岸にある雁木
かつての塩の積出に関わった跡。

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竹原市マンホール その1
これは道の駅に展示しているもの。

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竹原市マンホールカード その2
「たまゆら」タイプで、駅前商店街に設置のもの。

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竹原市マンホールカード   配布場所は竹原市観光協会・道の駅たけはら

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忠海郵便局 ; 大久野島、スナメリ
竹原郵便局 ; 頼惟清住宅、町のシンボル竹

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西方寺(広島県竹原市) 安芸の小京都を見下ろす舞台造りの寺院

2019.12.28(21:57) 516

西方寺再訪(2019.12.10)

<コース> 冬の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR岡山(9:29→9:31) → JR三原(11:09→11:30) → JR竹原(12:11)

竹原市観光案内所 → (レンタサイクル10分) → たけはら街並保存地区 → 西方寺

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引接山 西方寺(浄土宗)

 冬の18きっぷの初日は頼山陽ゆかりの山陽路へ。

今まで大阪から日帰りの最西端は広島県。今日はその再現となりました。

竹原は三原から呉線で30分。平安時代には下鴨神社の荘園。

中世には竹原小早川氏の拠点となり、江戸時代には備後最大規模の塩田経営で栄えました。

本川沿いの東の上市・下市には今でも漆喰海鼠壁の古い町並みが残り安芸の小京都と呼ばれます。

 竹原に入浜式塩田が出来たのは慶安3年(1650年)、赤穂の技術が導入されました。

その後の発展は目覚ましく、50年後の元禄12年(1699年)には25万俵を生産。

全国各地に送られました。その繁栄が竹原の町を造った訳ですが、

今に残る家は塩田経営から業種転換したものが多いようです。

 本町通に面した竹鶴酒造もその一つ。

塩業から享保18年に酒造業に転じ「小笹屋」の屋号で知られます。

ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝の生家でもありました。

27年前には観光客も疎らでしたが今は結構な人出。

NHKの朝の連続ドラマの影響でしょうか?

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JR呉線竹原駅舎
町のシンボル竹をイメージしたデザイン。

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鳥羽町通りから左の本町通へ
右は旧笠井邸。

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本町通の東にある竹鶴酒造
江戸中期に「小笹屋」の屋号で塩造りを行ったが、享保18年(1733年)に酒造業にも進出。現在に至るまで現役だが、工場見学はしていない。

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本町通西側の松阪邸
唐破風の流れるような屋根と菱格子の塗り込め窓が特徴の商家。

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町家を利用したカフェ

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同じく町家を利用した宿泊所
1日1組限定というパターンか?屋根の向こうには普明閣の屋根も見える。

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本町通りを南に向いた光景

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旧郵便局の上吉井邸
右の坂を上ると西方寺へ。

 街並み保存地区の半ばを山に向かうと西方寺。

引接山西方寺(いんしょうざんさいほうじ)は

『元々、東側の田中町にあった禅宗寺院であるが、慶長15年(1610年)の大火で焼失。

現在の場所へ移り浄土宗に改宗。本堂は元禄15年(1702年)に再建された。

本堂横を上っていくと高台に建つのが西方寺観音堂、一般には普明閣の名で知られる。

小早川隆景の創建で京都の清水を模したとされる舞台造りだが、

現在の建物は宝暦8年(1758年)の建築。

また本尊は平重盛の念持仏だったと伝わる十一面観音であるが

現在は普明閣ではなく収蔵庫に保管されている。』 とあります。

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階段の先に山門が見える

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西方寺は高台に建つので遠くからは城塞のような造りに見える

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山門から街並みを見下ろす

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山門近影

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本堂正面

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本堂前面の「西方寺」の扁額

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本堂の欄間彫刻

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本堂から山門方面を見返る

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境内から竹原の古い町並みを一望

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十一面観音像を納める守護堂(右)と庫裏の間を抜けて普明閣へ

 街並み保存地区から直ぐの場所にあり、ここからは街並みが見渡せ、

また街並みからは寺が見えるという位密接な関係のある寺院ですが、

創建時と現在の間には【不明確】な点もあるようです。

四半世紀前に訪れた時には普明閣から街並みを見ましたが、

今回は修理中のため登楼できず仕舞い。

来年を目途に完成するようですので、それ以降に再訪する必要がありそうです。

尤も昔と違って高台に上って【マッサン】にならないとも限りませんが…。

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京都の清水を模したとされる普明閣

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本来ならば、この舞台から街並みが見渡せる

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正面から見た普明閣

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普明閣の扁額

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北方面を見た所

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登楼は修復中のため禁止

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裏手の墓地から見た普明閣の屋根

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普明閣へと続く廻廊

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高台からの境内と街並み

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西方寺御朱印(平成5年拝受)
今回、本堂前に3種の書置き御朱印があったが、このタイプはなかった。

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今回、拝受した御朱印
日付は自身で押す。

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安芸国分寺(広島県東広島市) 天平の法灯を受け継ぐ国分寺の御朱印

2019.08.04(23:40) 367

青春18きっぷで清酒の町へ(2019.8.1)

<コース> 夏の青春18きっぷ
【往路】JR大阪(5:58) → JR姫路(7:30→7:31) → JR岡山(9:08→9:11) → JR糸崎(10:46→10:53) → JR西条(11:35)

徒歩5分 → 酒蔵通り→ 徒歩5分 → 安芸国分寺

【復路】JR西条(14:43) → JR糸崎(15:24→15:36) → JR姫路(18:44→18:56) → JR大阪(19:58)

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金嶽山 常光院 国分寺(真言宗御室派)

 広島の西条と言えば酒どころ。灘・伏見と並ぶ三大銘醸地です。

 醸造の始まりは定かではありませんが、延宝年間(1673~1681年)の棟札を打ち付けた酒蔵があるので300年以上前の事。

 西条酒蔵通りはその昔、四日市と呼ばれた宿場町で参勤交代で【えんぽう】から来る大名に絶賛されたと言います。

 駅の南側には7社の醸造場が並び、白壁の酒蔵、煉瓦造りの煙突が得も言われぬ雰囲気を【醸し出して】います。

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白牡丹(ハクボタン)酒造
延宝3年(1675年)創業と県下屈指の歴史を誇る。「白牡丹」の名は五摂関家の鷹司家の家紋に因み命名。
展示 ; 棟方志功作品と白牡丹ラベル

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白牡丹酒造延宝蔵
江戸・明治・昭和の趣の異なる蔵が調和している。

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賀茂鶴酒造
広島を代表する酒造。昭和33年に全国に先駆けて吟醸酒造りを始めた。
工場見学可

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御茶屋(本陣)跡
江戸時代に広島藩内にあった本陣では最大級。明治に取り壊されたが御門を復元した。現在、賀茂鶴所有。

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賀茂鶴酒造
白壁の酒蔵群と昭和2年建築のレトロな洋館が調和している。

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白壁の間を縫って進む

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福美人酒造
全国の酒造業者の出資で大正6年創業。優秀な杜氏を育て全国に送り出し「西条酒造学校」と呼ばれる。
展示 ; 福美人酒ラベル、歴代首相「國酒」色紙

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東広島市(西条地区) マンホール蓋

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東広島市(西条地区) マンホールカード   配布場所はこちら

 酒蔵通りから線路を挟んで北側にあるのが、安芸国分寺。

 天平13年(741年) 聖武天皇の勅願で諸国に建設を命じましたが、安芸の国では天平勝宝2年(750年)に法要の記録があり全国でもいち早く建立されたものです。

 現在の中心はJR広島周辺ですが、古代はこの地域。お寺で伺った話では、この地域は高台にある上に東西の街道と南北の街道が交わる要衝だった事が理由のようです。

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安芸国分寺入口

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天文16年(1547年)の銘にある仁王門

 源平時代に伽藍は焼失しますが、その後再建。戦国時代には大内・毛利氏の庇護のもと、伽藍も新たに造営されました。
 
 江戸時代に広島に入国した福島・浅野両家はこの寺院を藩の祈願寺としました。境内には今も浅野家の「違鷹羽紋(ちがいたかのはもん)」が付けられています。

 広島城からは結構な距離がありますが、国分寺という名前に敬意を表したのでしょうか。

 しかし宝暦9年(1759年)に火災にあい、仁王門を残して伽藍は焼失。護摩堂の不動明王は助かりましたが本堂の薬師如来坐像は頭だけが残りました。

 本尊は翌年に京都の仏師が胴体を造り改めて本堂にお祀り。33年に一度開帳される秘仏となっています。

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境内

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本堂正面

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江戸時代再建の本堂
本尊頭部以外は江戸時代に修復された。今でも33年に一度の御開帳だが、本堂内で参拝は可能。

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鐘楼と薬師堂

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薬師堂
祀られている薬師如来は国分尼寺由来ともいわれるが宝暦9年の火災で全身が炭化してしまった。

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護摩堂
広島浅野家の祈祷寺として建てられた。唐様を主体に肘木や天井に和様を取り入れた。

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護摩堂正面
ここの不動明王立像は宝暦の火災を免れた。

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護摩堂前面にある浅野家家紋「違鷹羽紋」

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本堂から境内を望む
左が御朱印を拝受した寺務所。

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山門への石段と前庭

 全体として新しい雰囲気ですが、場所も天平時代の基礎の上にあり紛れもなく天平の後継寺院。観光客が散策する酒蔵通りとは対照的ですが、酒造りよりも更に千年の歴史の重みがあります。

 酒都西条は、紛れもなく安芸の首都でもありました。

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安芸国分寺説明書

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安芸国分寺御朱印

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安芸西条郵便局 ; 西条の銘酒の菰樽、水源地、藤

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  1. 照蓮寺(広島県竹原市) 竹原の学問所(12/30)
  2. 西方寺(広島県竹原市) 安芸の小京都を見下ろす舞台造りの寺院(12/28)
  3. 安芸国分寺(広島県東広島市) 天平の法灯を受け継ぐ国分寺の御朱印(08/04)