<コース>
JR函館 → JR木古内 → 木古内駅前(11:10) → (函館バス) → 松前主張所(12:46) → 松前城・寺町 → 松前出張所(14:22) → (函館バス)→ 木古内駅前(15:58) → JR木古内 → JR函館

かつての玄関、函館駅
新幹線の車両のモデルが展示中。
2016年3月に新幹線が津軽海峡を越えます。その前夜の道南の様子はどうなんだろうと思い一泊二日でお出かけ。
函館は新幹線から外れるので寂れると思いきや、新駅函館北斗から到着に合わせてシャトル電車を走らせるとか。
観光客を引き留める苦肉の策のような気が…。
一方の、木古内駅(江差線)は新幹線が止まるので、駅周辺の開発が急ピッチで進んでいました。
いまや江差への列車は無くなり全て路線バスですが、新幹線を期に盛り返したいところでしょうか。
新幹線が【来っこない】ではなく、来ることが分かっていたのですから江差迄の廃線も待った方が良かったのではと残念です

JR木古内駅
右に見えるのが、来春開業の新幹線駅舎

JR木古内駅前の様子
写真右には道の駅も建設中。

松前には海岸沿いを90分走る
松前は桜で有名な江戸時代の最北の城下町。
松前とは城主の名前でもありますが、意外にも出身は蝦夷ではなく若狭武田氏の流れ。
盛岡の南部氏もそうですが、甲斐源氏の一門は本貫から遠くへ行き大成した人が多いように思えます。
表石高は1万石でも実質は10万石を越えると言われたのは、異国やアイヌとの交易を独占したからでしょう。
しかし本州に近いとはいえ、港としては海岸線が平坦なので今一つ。
後に開港した箱館の方が良港だった事もあり、近代都市にはなれませんでした。
そのため城下町が残ったと言えますが、いかんせん木古内から松前への90分のバスはシンドイ!
津軽海峡を渡った地点に新駅でも作ってくれたら助かりましたが…。

バス通りから見た最北の城下町松前

松前城
中は資料館となっている

松前城と本丸御門

松前城と堀
至る所に桜が植えてあり季節にはさぞ壮観だろう。

松前城天守閣近影

搦手二ノ門

二ノ門から海を望む

松前神社
城の北側に鎮座。

松前神社本殿

城下通り。
昔風の造りで再現している。

松前郵便局
家紋は松前氏(安芸武田氏の流れ)の❖
松前城見学の後は、北側にある寺町へ。日本の都道府県の中で最も寺の印象が薄いのが北海道。
江戸時代には20ヵ寺を越える寺院があった寺町も、火災や箱館戦争を経ていまでは4カ寺程を残すのみ。
しかし寺町付近の様子は他の城下町に比べても遜色なく、一瞬鎌倉に居るような感覚に捕らわれました。
その中で法幢寺にお参り。大岡山法幢寺(たいこうさんほうどうじ)は、1470年に若狭の僧・宗源和尚により開創。
その後、アイヌとの戦いの中で焼失しますが松前義広(3代)・季広(4代)の力により1546年に復興。松前家の菩提寺となりました。
古い物でも桃山時代までしか遡れませんが、北の大地で風雪を耐えた山門や堂宇には風格が漂います。
歴代藩主の庇護もあったのでしょうが、やはり城下町は城単独ではなく町全体で守るべきものだという感を強くしました。

松前城北側の寺町へ

法源寺山門
寺町の奥に佇む總持寺北海道別院。切妻・杮葺きの山門は道内最古の桃山期の建築。

大岡山 法幢寺(曹洞宗)
500年前の開基で松前氏の菩提寺。

法幢寺境内の苔

法幢寺境内から山門を見返る

法幢寺御朱印

光善寺仁王門
創建当時は高山寺と呼ばれたが、元和7年(1621年)に後水尾天皇より高徳山光善寺の山寺号、扁額、法衣を賜った。

光善寺山門の龍の天井画

松前藩屋敷
幕末人口3万人を数えた城下町松前の栄華を再現した。

近世の松前屏風

JR函館本線桔梗駅のメルヘンチックな駅舎

今回押印したJR駅スタンプ
上磯と七重浜駅は新幹線開通と同時に3セクに移行し無人駅化したので、これが最後のスタンプとなった。

松前郵便局 ; 松前城本丸御門、天守、弁天島
木古内郵便局 ; ふるさとの森・薬師山の東屋、寒中みそぎ
[参考書]
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