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桂地蔵寺 (京都市西京区桂春日町)

2022.04.23(22:15) 1091

カツラの似合うお地蔵様(2021.11.27)

<コース> 嵐山線は日中15分間隔で運転
阪急梅田 → 桂 → 嵐山 → 徒歩20分 → 千光寺 → 徒歩15分 → 法輪寺 → 徒歩5分 → 嵐山 → 桂 → 徒歩5分 → 地蔵寺

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久遠山 地蔵寺(浄土宗 京都六地蔵)

 嵐山から阪急電車に乗り桂で京都線に乗換。但し、この日は桂駅近くの京都通称寺へ立ち寄り。

桂付近で地蔵といえば、上桂の地蔵院が知られますが、この日に向かうのは地蔵寺。

久遠山地蔵寺(くおんさんじぞうじ)は

『平安時代の貴族、桂大納言、源経信、伊勢女等がこの桂の地に山荘を営み、

桂河原で月を愛でたと言うのが寺の嚆矢とされる。

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道路に面した地蔵寺入口

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入口から境内を望む
丁度、通り雨が上がった所。

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本堂への参道
全体的に樹木が少なく、境内が広い印象を与える。

 本尊の地蔵菩薩は平安初期の公卿・小野篁が一度息絶えて冥途へ行き、生身の地蔵尊を拝して甦った後、

一本より六体の地蔵菩薩を刻んだ尊像である。

篁はその六体の像を伏見の六地蔵の地に安置したが、この地蔵を深く信仰した後白河天皇は平清盛に勅命を下し、

保元2年(1157年)に都の街道の入口の六ケ所に六角堂を建てて一体ずつ御尊像を分置した。

これより京都の宗教行事として広く庶民に親しまれる「六地蔵巡り」の風習が起こった。

この内の一つがこの桂地蔵で、世に姉井地蔵菩薩(2.6m)と呼ばれている。

元は八条殿の近く七条西山陰街道にあったが、室町中期に現在の地に移築された。

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参道正面に建つ本堂と客殿(右)

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本堂近影

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本堂の庇と向拝

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本尊の地蔵大菩薩(説明書より)
極彩色、木造、台上八尺五寸の伝小野篁作とあるが…。

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本堂前から入口を見る

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本堂屋根瓦
ここに刻まれているのが寺紋か?

この地蔵尊については次の様な逸話がある。

 その昔、山陰道を毎日普請する白髪白髯の老人が居た。彼は人、牛馬や車が困らぬようにと溝土を上げて穴を埋め道を直した。

村人は不思議に思い、日の落ちるのを待ち後を付けたが、桂地蔵の裏藪で姿が見えなくなった。

村人達はかの老人は桂地蔵の化身と語り、旅の守り仏・交通安全のお地蔵様と呼ばれるようになったと言う。

本堂には地蔵菩薩・薬師如来が祀られ、開基当時のものと思われる石造宝篋印塔、六地蔵尊、

石造小仏群が境内にある。現在の伽藍は平成19年に落慶法要を営み、新たな本堂・客殿・庫裏となった。

客殿中庭には樹齢400年の五色の散椿があり、3月から4月にかけて咲き誇る様は非常に幻想的である。』

とあります。

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鎌倉時代から使われている宝篋印塔

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境内の石像群
左から日比地蔵、子安地蔵、水子地蔵

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石造六体地蔵尊
自然石に地蔵尊六体を刻んだもの。

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稚児養育地蔵尊

 阪急桂駅から桂離宮に向かって進むと左手に大きな門構えが。

そこが目的の桂地蔵ですが、境内の堂宇が真新しいので古刹の雰囲気は感じません。

客殿に続く庫裏で御朱印拝受。京都の通称寺になるので、御朱印対応は速やかでした。

唯、本堂内陣へは入れず窓越しにお地蔵様を拝んだのみ。

また客殿に入る事もできなかったので、中庭の五色椿も拝めず仕舞いでした。

 拝観の有無についてはあくまで寺院独自の対応なので仕方がありませんが、

菩薩の中では最も庶民的な地蔵菩薩様なのでもう少し、庶民目線でも良かったのではないかと思った次第です。

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客殿玄関の唐破風

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客殿前の植込み

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水琴窟

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かつての井戸と水盤

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桂地蔵寺説明書

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桂地蔵御朱印 (京の通称寺)

 参拝後は、俄雨が降り出したので雨宿りを兼ねて昼食探し。

桂川へ向かう途中に離宮と言うオムライスの店がある筈でしたが、どこを探しても見つからず。

やはり四半世紀前のガイドでは無理がありました。

気を取り直して土産の和菓子店へ向かいましたが、幸いにもこちらは営業中。

しかも店内で食事もできるようになっていました。そこでお茶漬けを注文しましたが、

周囲を見ると皆さん、食事と甘味をセットで頼んでいる様子。私も右へ倣えで追加注文。

密を避けた洛西巡礼ですが、最後は蜜で〆とはなりました。

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御菓子司 中村軒
創業明治16年、桂離宮の道路を挟んだ向かいにある。

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店内の様子
御菓子を運ぶ入れ物が展示されている。

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昼食は「鰻茶漬け」

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白玉餡蜜を追加注文

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家族への土産

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麦代(むぎて)餅と猪子餅
麦代餅は田植え時の間食だったため、通常の餅に比べて大ぶりである。

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嵯峨の虚空蔵さん (京都市西京区嵐山虚空蔵山町)

2022.04.22(23:16) 1090

十三参りと針・漆・電気(2021.11.27)

<コース> 嵐山線は日中15分間隔で運転
阪急梅田 → 桂 → 嵐山 → 徒歩20分 → 千光寺 → 徒歩15分 → 法輪寺

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智福山 法輪寺(真言宗五智教団)

 千光寺境内で嵯峨野の眺望を堪能した後は嵐山駅に戻って桂へ向かいますが、その途中にある法輪寺へ立ち寄り。

嵯峨野の寺社の大部分は渡月橋を渡った側にあり、手前にあるのは千光寺と法輪寺くらいのもの。

知恵の虚空蔵さんの流麗な御朱印

で参拝済ではありますが前回(2017.4.30)は春、今回は秋という事でまた違った景色があると言うもの。

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嵯峨街道に面して建つ寺標

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境内へ続く橋
但し、振り返ってはいけないのはこの橋ではない!

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由緒記駒札

 京都市内には法輪寺という名の有名寺院が二ヵ所あるので、区別し易いように通称で呼ばれる事が主。

上京区にあるものは達磨寺、ここ西京区にあるものは嵯峨虚空蔵、嵯峨の虚空蔵さんとして知られます。

会津柳津、伊勢朝熊と並んで日本三大虚空蔵さんと地元では言われていますが、

茨城の東海村は何処へ行ったのでしょうかね。

嵐山駅から歩いてすぐの嵐山中腹にある智福山法輪寺(ふくちさんほうりんじ)は

 『真言宗五智教団の京都本山で、寺伝によれば、和銅6年(713年)元明天皇の勅願で行基が創建した葛井寺

(かづのいでら)が嚆矢。その後、天長6年(829年)空海の弟子道昌(どうしょう)が中興して虚空蔵菩薩を安置。

貞観16年(874年)には伽藍が整備され、寺号も葛井+寺(かづのいでら)から法輪寺に改称した。

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法輪寺山門

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山門脇の紅葉

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土塀前の南天
‘難を転ずる’から植えられえているとか。

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山門に続く階段

 平安時代には清少納言の『枕草子』の寺の段に代表的寺院として挙げられるなど、多数の参詣で隆盛を極める。

その後、応仁の乱や蛤御門の変で兵火を受けるが都度再興、現在に至っている。

 本尊の虚空蔵菩薩は知恵と福徳を授かるため、数えの十三歳の男女が全国から「十三参り」に訪れる。

平安時代に清和天皇が廃針を納めた針堂を建立したことから針供養が行われる他、惟喬親王の故事から

漆寺としても知られる。また境内には電気・電波守護の電電宮社が祀られている。』 とあります。

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電気電波関係者の霊を顕彰する電電塔
左右のレリーフは電波研究者のヘルツ(左)と電気研究者のエジソン(右)。

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電電塔の説明

創建当初の名前は葛井寺(かづのいでら)、五穀豊穣・国家安穏・産業興隆を祈願するように天皇から

【げんめい】があったようです。法輪寺では和服姿の子供が多く十三参りだとか。

密教の秘法に「求聞持法」というのがあり虚空蔵菩薩の真言を唱えると記憶力が飛躍的に伸びるといわれます。

干支が一巡する数え13歳になると虚空蔵さんに知恵を授けて貰うそうで、京の子供達は3月13日から5月13日の間に

渡月橋を渡ってお参りする習わしがあります。確か、好きな漢字を一字書いて貰ったと記憶しています。

帰る際に渡月橋を渡るときに振り返らないのが鉄則。授かった知恵を返してしまうそうで、

洋の東西を問わず振り返る事には禁忌があるようです。

前回は春なので、和服姿の子供が多かったですが、今回は秋なので、参拝者はぐっと減っていました。

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階段途中から山門を振り返る

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階段の先に見える本堂の屋根

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階段を登り詰めた先から
紅葉スポットなので、人混みが消えるまで30分待ち。

 知恵・健康を参詣で願うのは普通ですが、針・漆・電気という普段の生活で必要な物も祀っているとか。

蒟蒻に針を刺す針供養、木地師が開祖と仰ぐ惟喬親王と漆については聞いたことがありますが、

電電社のことは【でんでん】聞いた事もありませんでした。

しかも祀っているのがエジソン・ヘルツと電気の功労者ではあるものの、日本とは余り関係がなさそうな人物。

まさか嵐山なので雷から電気を連想したわけではないでしょうが…。

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明治以降に再建された本堂
前回に比べ人は少ない。

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本堂に掲げられた「智福山」の扁額

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左手にある多宝塔

 春とは異なり着物姿の子供は余り見かけませんでしたが、多くは境内の紅葉が目当ての参拝者。

加えて前回は見過ごしていた見晴らし台からは市内が一望。どこかで見た記憶があると思いましたが、

2時間サスペンス「狩屋親子シリーズ」で最後に犯人が追い詰められた場所。

寺の舞台はミステリーの舞台でもありました。

こうして足早ながら法輪寺参拝も修了。嵯峨の虚空蔵さんは秋にもホーリンラブでした。

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書院玄関と銀杏の巨樹

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境内にある漆の碑

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見晴らし台からの眺望

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法輪寺御朱印

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千光寺 大悲閣 (京都市西京区嵐山中尾下町) <千光寺 その参>

2022.04.21(20:30) 1089

人込み待避の大悲閣(2021.11.27)

<コース> 嵐山線は日中15分間隔で運転
阪急梅田 → 桂 → 嵐山 → 徒歩20分 → 千光寺

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嵐山 大悲閣 千光寺(黄檗宗系単立寺院)
崖に建っている観音堂から比叡山を遠望。

 仮本堂で諸々の仏様と了以の像に参拝した後は、いよいよ千光寺の中心大悲閣へ。

『鐘楼の上に建つ大悲閣は崖に張出した崖造(舞台造り)の建物。

本尊である千手観音像を祀っているので観音堂、または客殿・展望閣と呼ばれる。

尚、大悲閣とは観世音菩薩像を安置した仏堂の事を言い、名前は菩薩の大きな慈悲に由来する。

 大悲閣の縁側からは遠く比叡山、大文字山を初め東山三十六峰、

麓には京都市街が一望できる絶景の場所である。』 とあります。

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参道から見る大悲閣舞台部分

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舞台の土台部分
崖の場所で安定するように工夫がされている。

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土台の奥に置かれた天龍寺村、角倉町と書かれた龍吐水

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本堂拝観後、大悲閣(観音堂)へ
左は角倉了以顕彰碑。

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大悲閣入口
土足厳禁である。

 平地の多い嵐山に在っては遠くまで見通す事ができる数少ない場所。

正面には大河内山荘、その向こうに続く船岡山、比叡山。

眼下には保津川下りの船、トロッコ列車と静と動の眺望が楽しめます。

縁側には椅子が置かれその上、無料の双眼鏡まで備えられているので遠くを見る人が引きも切りません。

といっての渡月橋を渡った嵯峨野の混雑とは段違いの密度。周辺に見所が少ないためか、

ガイド等でも取り上げられる事が少ないからかは分かりませんが、その分ゆったりと眺望に浸る事ができました。

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先ずは入口から縁側に沿って一周

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南の縁側から東へ

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南東隅からの眺望

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大悲閣の南側

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最も眺望の良い東の縁側から
眼下に見えるのは鐘楼と紅葉の波。

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嵐山屈指の眺望

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眼下を流れる保津川と遊覧船

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正面に見えるのは大河内山荘の庭
その向こうは船岡山か?

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紅葉の波に埋もれた鐘楼

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色鮮やかな紅葉

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左下には嵯峨野トロッコ列車の線路が見える

 了以もこの一角に住んだとあるので、さぞ景観を楽しんだかと思いましたが、

了以の念頭にあったのは開削した河川の状況を常に監視する事にあった筈。

了以と言えば、高瀬川が有名ですが、その他にも保津川・富士川・天竜川と開削した川はいずれも

暴れ川として有名な河川。開削後のメンテナンスにも気配りを絶やさなかったのは技術者としての矜持を感じます。

 角倉一族の一人に吉田光由が居り、彼は我が国最初の算術書『塵劫記』を記した人物。

この書籍は明治まで続くベストセラーになりましたが、角倉一門に流れる理系の血がそうさせたのでしょう。

このため、千光寺は数学・理科【専攻】の寺として信仰を集めているようですが。

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東側の縁側より景色を楽しむ人達

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大悲閣の内陣

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内陣に置かれた種々の遺物

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陳列の様子

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大悲閣北の窓からの眺望

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千光寺 角倉了以の寺 (京都市西京区嵐山中尾下町) <千光寺 その弐>

2022.04.20(21:52) 1088

川大名と呼ばれた男(2021.11.27)

<コース> 嵐山線は日中15分間隔で運転
阪急梅田 → 桂 → 嵐山 → 徒歩20分 → 千光寺

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嵐山 大悲閣 千光寺(黄檗宗系単立寺院)

 保津川から山道を二丁登った山門を過ぎ、紅葉に彩られた千光寺境内へ。

嵐山大悲閣千光寺(あらしやまだいひかくせんこうじ)は、

『元、清凉寺の西方中院にあり後嵯峨天皇の祈願所であったが、長く衰頽していた。

慶長11年(1606年)に保津川開削に成功した嵯峨の土倉業者・角倉了以(すみのくらりょうい)が

同19年に河川開削工事に協力した人々の菩提を弔うために現在地に移転、

大悲閣を建立し二尊院の道空了椿(どうくうりょうちん)を請じて中興開山とした。

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受付脇にある楓の巨樹

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楓の下に置かれた蓮台
紅葉を愛でながら茶を嗜むためか?

 本尊の千手観音菩薩は恵心僧都源信の作と伝わり了以の念持仏であったとされ、

了以自身も大悲閣に住み開削した河川の通舟の便益を念じたと言われる。

かつて大悲閣の一室には遺命に拠り造られた了以像が安置されていた。

巨縄を巻いた形の円座に坐し、法衣姿で石割斧を持った右立膝の構え。

今も仮本堂で保津川の安全を見守っている。

 了以は天台宗を奉じていたが、子孫の角倉玄寧が文化5年(1808年)に大顛を迎えて再興した際に黄檗宗となり今に至っている。

明治維新の際には大悲閣を除いた境内や多くの山林を失ったが、漸次諸堂を再建している。

 しかし昭和34(1959年)年の伊勢湾台風に拠る被害は著しく、本堂は1978年に解体され、

大悲閣も暫くは元の状態を取り戻せなかった。大悲閣の改修が終了したのは漸く2012年になっての事である。

本尊や了以像は本堂解体後に建立された仮本堂へ安置されている。』 とあります。

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千光寺仮本堂

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本尊、開山等を祀っている本堂

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仮本堂に掲げられた扁額

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本堂手前に吊るされた木魚
黄檗宗寺院ではよく目にする。

 山腹にあるので境内は狭く、そこに堂宇が犇めいていると言えば良いでしょうか?

正面にあるのは仮本堂らしく仏様達を空間に押し込めた様。中興開山の像も一緒にありました。

御住職に撮影の可否を尋ねると、「どうぞ御自由に撮影下さい。」との返事。随分と開放的な寺院です。

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祀られたというよりも陳列されたという表現がしっくりくる本堂内陣

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正面の御本尊と脇立ちの不動明王と毘沙門天

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御本尊千手観世音菩薩立像

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左側には大日如来と宗祖隠元と始祖達磨大師?

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右側には中興開山の道空了椿(どうくうりょうちん)木像

 そしてその脇には角倉了以の像が。説明に在る通りの姿でしたが、その顔は眼光鋭く、強い意志を持った

人物であろうと想像できます。仏像というものは理想的に描かれるのが常ですが、この像は非常にリアルな印象。

商人と言うよりも冒険家・探検家といった方が相応しいでしょうか?

前近代で何ヵ所も石を穿つ突貫工事をやり遂げた人物は、己の意志を貫く人物でもあったのでしょう。

千光寺の創建が【穿孔】の達人というのも何か因縁めいたものを感じます。

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本尊の脇にある角倉了以木像

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了以木像近影
石割斧を持ち、片膝を立てた法衣姿の坐像である。

 中興の祖とも言うべき角倉了以は土倉業者(金融業者)なので、【隅の蔵】から金銭を拠出することは十分可能。

唯、当時の豪商が権力と癒着したのとは対照的に了以は権力とは一定の距離を置き土木事業に専念。

己の利益に加えて社会貢献も考えていた事が政商とは一線を画します。

加えて千光寺への援助が【先行】の了以一代限りではなく子孫まで受け継がれた事。

創建だけでなく維持管理の重要性を見抜いていたのは、河川改修に携わった技術者故でしょうか?。

まさに千光寺は【良医】に恵まれたと言えましょう。

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遠く安南まで船を出した様子が描かれたもの

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大悲閣説明書

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千光寺御朱印

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了以翁顕彰碑
林羅山が撰文したとある。

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石碑の由緒

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碑文の一部

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千光寺 山門への道 (京都市西京区嵐山中尾下町) <千光寺 その壱>

2022.04.19(20:42) 1087

千光寺 山門への道 (京都市西京区嵐山中尾下町)<千光寺 その壱>

<コース> 嵐山線は日中15分間隔で運転
阪急梅田 → 桂 → 嵐山 → 徒歩20分 → 千光寺

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嵐山 大悲閣 千光寺(黄檗宗系単立寺院)

 大堰川右岸を歩いて向かった先は千光寺。

嵐山大悲閣千光寺(あらしやまだいひかくせんこうじ)は、

『大堰川(保津川)の右岸を渡月橋から約1㎞上流に遡った所に入口があり、松尾芭蕉の句碑

・花の山 二町のぼれば 大悲閣

の句碑が建つ。

更に九十九折の山道を350m登ると眼下に千鳥ヶ渕が見える。

その嵐山の元禄山中腹に位置するのが千光寺である。』 とあります。

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入口手前に建つ由緒記駒札

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駒札の奥には「大悲閣道」の石碑が建つ

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芭蕉の句碑

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入口を過ぎると柴垣が続く

 保津川沿いにある大悲閣道と彫られた石碑から柴垣の山道を上る事に。

その先には黒板で囲まれた小橋が。

なにげなく通りましたが「来遠橋(らいえんばし)」と見掛けに拠らず立派な名前がついています。

途中、参道と書かれた行く手が閉鎖中だったので左手の表参道へ。

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黒板で囲まれた「来遠橋」

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正面の参道は閉鎖中のため左へ迂回

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大悲閣への道

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途中にある歌碑?
摩滅している上、説明板もないが、説明書にある
・うつらうつらに のぼりきて をかのかなたの みやこをぞみる  会津八一
ではないかと。

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参道から見上げた先には鐘楼と大悲閣が

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紅葉と樹木に彩られた参道

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参道は九十九折に

芭蕉は二町と詠みましたが、結局、山門までは300m強の道のり。

山頂までは優に三町はありました。参拝というよりもちょっとした【はいく】でした。

大和と言い、尾道と言い、千光寺と言う名の寺はどうしてこう高い山にあるのでしょうか?

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ここを曲がるといよいよ山門

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千光寺の山門
表面の木目と屋根の草が時代を物語る?

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山門に続く鐘楼

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鐘楼からの絶景
紅葉の奥、下を流れるのは保津川。

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鐘楼から見上げた大悲閣

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大悲閣の横を通り境内へ向かう

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嵐山 (京都市西京区嵐山)

2022.04.18(20:02) 1086

大堰川右岸を往く(2021.11.27)

<コース> 嵐山線は日中15分間隔で運転
阪急梅田 → 桂 → 嵐山

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阪急嵐山駅構内の紅葉

 霜月最後の土曜日は錦秋の京都嵯峨野へ。駅のホームからも美しい紅葉が眺められ、朝から気分も高揚。

コロナ禍とは言え日本を代表する紅葉の観光地なので、朝からそれなりの人出。

阪急嵐山駅ホームでは駅員さんが乗降客の整理に忙殺されていました。

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渡月小橋の袂を左折
西芳寺(苔寺)はここから距離があるが、何故か道標が建つ。

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嵐山遊覧船乗場を右に見て大堰川を上流へ

 駅を出て嵯峨街道を渡月橋に向かいますが、この日は橋を渡らず渡月小橋の手前を左折し

大堰川の右岸を上流へ。

橋までは【嵯峨か移動】の人の波が続きましたが、殆どの観光客は橋を渡るので右岸を行く人は稀。

保津川下りの船や、大堰川を行く屋形船を眺めながらのウオーキング。【対岸の梶】と言った所です。

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道端には「大悲閣(千光寺)道」の道標が建つ

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大堰川右岸から左岸を見る
対岸は大河内山荘辺りか?

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水面を泳ぐ鴨たち

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保津川を行く屋形船と保津川下りの舟

 観光施設が林立する左岸と違い、右岸は遊覧船乗場を過ぎると建物もなし。

途中、和歌にも詠まれた戸無瀬(となせ)の滝を通りましたが、かつての名所も江戸時代の保津川開削で

往時の姿は留めていませんでした。開発に拠る変貌は現代に限った事ではないようです。

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道沿いにある戸無瀬の滝

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波乱万丈の滝の沿革

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滝付近から大堰川下流を望む

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途中から坂道へ

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坂道から大堰川を見る
対岸の道は坂ではなく、平坦なのも対照的である。

 暫く行くと道は平坦から坂道になりますが、両岸には【両岩】が広がり、

聞こえるのは保津川下りの船とトロッコ列車の音ずればかり。

嵐山駅の喧噪が嘘のようでしたが、こんな良い場所をおとずれる人も少ないのは、

未だ京都市内にも穴場はあると言う事です。

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保津川下りの船
早朝から運行している?

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岩場から見る保津川
ここまで来ると対岸も人が少ない。

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周辺の紅葉

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対岸の斜面には嵯峨トロッコ列車の線路が見える

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帰路に見た保津川下りの船を乗船場へ運ぶトラック

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松虫鈴虫寺 松虫鈴虫悲話 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その伍>

2022.03.31(22:45) 1071

尼僧のために悲劇を迎えた二僧の話(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院 → 徒歩10分 → 熊野若王子神社 → 徒歩3分 → 永観堂 → 徒歩7分 → 安楽寺

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住蓮山 安楽寺(浄土宗系単立寺院)
本堂内に安置された両上人と両姫像。

 安楽寺は別名・松虫鈴虫寺と呼ばれますが、これは住蓮・安楽上人との悲話に拠ります。

『安楽寺は法然の弟子・住蓮上人と安楽上人の念佛道場所縁の地。

二人の法話の声明は美しく多くの信者を獲得したが、その中に後鳥羽上皇の女官の鈴虫・松虫の二人の姫がいた。

容姿端麗で教養にも恵まれた両姫は上皇からの寵愛も篤く、他の女官達からの嫉妬も相当なものであったと言う。

そのような日常に苦悩した両姫は、いつしか出家を望むようになる。

 建永元年(1206年)、後鳥羽上皇が熊野詣の留守中に両姫は夜中に御所を忍び出て、

鹿ヶ谷草庵にて両上人の前で剃髪出家し尼僧になった。時に松虫十九歳、鈴虫は十七歳であった。

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境内の南側にある両上人の墓

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両上人の墓石

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両上人の辞世の詠
(右) 極楽に 生まれむことの うれしさに 身をば佛に まかすなりけり  住蓮上人
(左) 今はただ 云う言の葉も なかりけり 南無阿弥陀仏の み名のほかには  安楽上人

 これには後鳥羽上皇が激怒し、専修念仏教団に対し弾圧を掛ける。

上人二人は斬首、75歳であった師の法然を讃岐に、親鸞を越後へ流罪とした。

これは「建永の法難」と呼ばれる。

後に都に戻った法然が二人の上人の菩提を弔うために建てたのが住蓮山安楽寺で、

山号寺号には両上人の名を冠している。

出家した両姫は紀州の粉河寺に逃れた後、瀬戸内海の生口島の光明坊に移り、念仏三昧の余生を送った。

松虫は三十五歳、鈴虫は四十五歳で往生を遂げたと伝わる。』 とあります。

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両上人の墓の更に奥にある両姫の墓へ

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両姫の供養墓

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供養墓入口から参道を見返る
右に建つのが客殿。

 これが尼僧になった女官の為に二僧が死罪となった「建永の法難」の顛末。

因みにその時に後鳥羽上皇は27歳でした。

密通を疑ったと言う説が有力で、今も昔も【みっつー】は避けるべきものですが、

若かったとはいえ治天の君としてはかなり過酷な処罰と言えます。

 両上人の美声が人々を虜にしたとありますが、両姫も鈴虫・松虫という名前からして

美声を以て帝に寵愛された可能性が大。もし轡虫(くつわむし)や螽斯(きりぎりす)という名前ならば、

ここまで上皇も執着しなかったに違いありません。

後に上皇は鎌倉幕府に対して挙兵して失敗。隠岐の島に遠島となり現地で没しますが、

その遠因にこの法難が関わっていたと考えるのは、歴史の仮設としては【上級の編】に当たるでしょうか?

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両姫の供養墓

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供養墓近影

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松虫鈴虫寺 書院と客殿 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その肆>

2022.03.30(20:21) 1070

紅葉寺の喫茶椛(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院 → 徒歩10分 → 熊野若王子神社 → 徒歩3分 → 永観堂 → 徒歩7分 → 安楽寺

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住蓮山 安楽寺(浄土宗系単立寺院)
書院からの日本庭園の眺め。

 本堂に続いては、回廊で続いている書院へ。

書院もそうですが、その手前にある内庭も一見に値します。

『書院は数寄屋風造りで、江戸末期に移築されたもの。平成15年には国の登録有形文化財となった。

奥には日本庭園がある。書院は現在華道展示等のイベントで使用されている。

書院から渡り廊下で繋がっているのは平成22年(2010年)築の客殿。

中には喫茶「椛」が入っている。』 とあります。

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書院の床の間

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床の間からの眺め

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書院で開催中の華道のイベント

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縁側から見た日本庭園(北側)

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日本庭園(北から中央部)

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日本庭園(中央部から南)

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日本庭園の向こうには客殿が建つ

 書院・客殿共に近年新築と思っていましたが、江戸末期の物件。

移築とはいえ、新しく見えるのは、それだけ丁寧に使用された証でしょう。

そのような歴史的建造物をイベントに利用できるのは嬉しい限りでしょうが、

使う事で傷むのを防ぐ効用もあるのでしょう。

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渡廊下から見た日本庭園

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書院から渡り廊下を抜け客殿へ

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客殿から渡り廊下越しに本堂を見る

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客殿から見た書院

 客殿の「椛」をもみじと読むとは初めて知りました。

書院共々境内を有効利用したと言えますが、値段も一般と変わらないのが参拝者には朗報。

メニューの中には「鹿ヶ谷カボチャ餅入りお善哉」とあるので、中風に効果があるのかもしれません。

その内、「You, 中風に効くぜ!」とユーチューブで流れる日も遠くないでしょうが…。

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客殿にある安楽寺喫茶「椛」のメニュー

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絵画も展示している喫茶「椛」の店内

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松虫鈴虫寺 本堂 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その参>

2022.03.28(20:28) 1069

諸像が祀られた諸堂(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院 → 徒歩10分 → 熊野若王子神社 → 徒歩3分 → 永観堂 → 徒歩7分 → 安楽寺

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住蓮山 安楽寺(浄土宗系単立寺院)
本堂と手前に植えられた木斛。

 地蔵堂の前の参道を進み左手にあるのが本堂。

『本堂は常行三昧堂として使われていた方形裳階造の堂宇を江戸時代後期に移築したもの。

本尊は阿弥陀三尊像で、他に法然上人木造、法然上人張子像が安置されている。

宗派は異なるが法然の弟子と言う事で親鸞聖人の笠も展示されている。

加えて、住蓮・安楽上人、松虫・鈴虫の像も祀られている。』 とあります。

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地蔵堂(左)の前の参道を往く

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かつては常行三昧堂として使われていた方形裳階造の本堂

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正面から見た本堂

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本堂前面に張出した庇
堂内拝観はここで履物を脱ぐ。

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本堂に続く石畳の参道

 堂内へ入ると浄土系寺院に特徴的な煌びやかな装飾があって、その先に御本尊が。

ガイドの方から5分程度の由緒を聞きましたが、堂内はどこでも写真撮影OKとの事。

普通、庭や建物は兎も角、御本尊はNGの場所が多い京都では異例。

一体、【どうない】なっているのかと不思議でした。

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堂内の様子
ここは住職が読経する場所。

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本尊の阿弥陀三尊像

 本堂からは渡廊下で書院へと続きますが、その間の中庭も落ち着いた造り。

本堂内の煌びやかさとは対照的な簡素さが一層、その美しさを際立たせているのかもと感じた次第です。

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本堂は渡り廊下で書院に繋がる

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左に進むと書院、右へ行くと喫茶椛

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書院から見た渡廊下と本堂

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書院から見た本堂

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書院と本堂の間の中庭

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松虫鈴虫寺 地蔵堂 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その弐>

2022.03.27(20:26) 1068

境内の庭園と新旧二体の地蔵様(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院 → 徒歩10分 → 熊野若王子神社 → 徒歩3分 → 永観堂 → 徒歩7分 → 安楽寺

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住蓮山 安楽寺(浄土宗系単立寺院)

 茅葺の山門を過ぎて、受付で拝観料¥500を払って境内を散策。

直ぐ左手に納経所があったので先ず御朱印拝受。

通常は拝観中に墨書して貰いますが、ここは書き上がり待ち。

なんでも多くの人の手を経るリスクを減らすのだそうで、そういう考えもあるのだと感心しました。

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茅葺門を過ぎいよいよ境内へ

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山門下からの眺望は境内と言うよりも整備された庭園

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山門に続く寺務所に掲げられた「楽山居」の扁額

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左手にある御朱印所

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安楽寺案内書
右は鈴虫姫(左)、松虫姫(右)剃髪図。

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安楽寺御朱印
両姫の墓所らしく女性に拠る流麗な水茎である。

 境内の庭園は池泉回遊式や枯山水ではなく石組みと樹木を組み合わせたもの。

浄土式とは言わないのでしょう。植物の中でも目を引いたのがセンリョウとマンリョウ。

どちらも朱い実を付けますが、庭を整備されていた人に伺うと、

「実が軽くて葉の上にあるのがセンリョウ、重くて下がっているのがマンリョウと区別します。」

とのメイリョウな答えでした。

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庭園入口付近の光景

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枯死?した巨木の下に植えられたセンリョウ

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朱い実を付けたセンリョウ
千両と【軽い】ので実が上を向いている。

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こちらも朱い実を付けたマンリョウ
万両と【重い】ので実が下に向いている。

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巨木を背に更に庭園を進む

 庭園内には仏足石がありましたが、その奥に建つのが地蔵堂。

『祀られているのは「くさの地蔵菩薩」と呼ばれ、古くから皮膚病や腫平癒に御利益があると信仰されてきた。

江戸時代の縁日では参道に多くの出店が並ぶ賑わいであったと伝わる。

平成3年の解体修理で体内の墨書が発見され、鎌倉中期の正嘉2年(1258年)の木造で、慶派仏師の作と判明した。

当寺にはくさの地蔵さまへの願掛けや御礼に柄杓が奉納されており、北斗七生が象られている。

現在の地蔵堂は平成27年の再建である。

 また毎年7月25日に、京都の伝統野菜の一つである鹿ヶ谷カボチャを煮炊きしたものを参拝者に振舞い、

中風にならない様にと願う行事がある。』 とあります。

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庭園全景

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庭園奥には仏足石の碑が建つ

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仏足石近影

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歩いて来た道を振り返る

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本道前の木斛

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奥に建つ地蔵堂
「くさの地蔵菩薩」と書かれた提灯が吊るされている。

 地蔵堂は真新しい造りですが、祀られているお地蔵さまは古仏。近隣から多くの参拝者が訪れたのは

御本尊を凌ぐものがあったから。それ程、病に苦しむ人々が頼ったのでしょう。

 御堂の前には鹿ヶ谷カボチャの沓掛地蔵が置かれ、いつでもカボチャ供養の御利益が授かるようにと

「くさの地蔵様」780歳の誕生日の令和元年5月2日にお披露目されたそうです。

鹿ヶ谷カボチャは中が括れた怪体な形ですが、普通のカボチャよりも鉄分が多いとか。

単に京野菜と言う名前だけではなく実効もあったようです。尤も、最近は生産が減ってきているのは残念です。

お地蔵様と言うよりゆるキャラに見えますが、それを言っても【水掛け】論に終わりそうで…。

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地蔵堂の周りに敷かれている庭石・飛石は煩悩の数と同じ108個

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鹿ヶ谷カボチャの沓掛地蔵様

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沓掛地蔵様近影

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奉納された柄杓と鹿ヶ谷カボチャの絵

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松虫鈴虫寺 山門 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その壱>

2022.03.26(20:03) 1067

鈴の音に誘はれてまつ(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院 → 徒歩10分 → 熊野若王子神社 → 徒歩3分 → 永観堂 → 徒歩7分 → 安楽寺

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住蓮山 安楽寺(浄土宗系単立寺院)

 永観堂を拝観しなかったので、このままでは次の予定まで1時間待ち。

どうしようかと迷う所ですが、法然院の南に石段の先に紅葉と茅葺門のある寺があり、

通常は閉門していますが、この日は拝観できる事が分かり再び北へ向かう事に。

9時40分に門前に着きましたが開門は10時と看板が。ここでも20分待って入山。

運よく秋の特別拝観中なのも幸いしました。

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静寂な雰囲気が漂う安楽寺入口

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入口にある楓の巨樹

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由緒記の駒札

 住蓮山安楽寺(じゅうれんざんあんらくじ)は、

『平安末の鹿ヶ谷の陰謀から20数年を経た鎌倉時代初期、法然の弟子の住蓮上人と安楽上人は

東山付近を散策中、白鹿に出会う。その姿がかつての俊寛の山荘跡付近で消えたので、

霊感を感じた両上人は、現在の場所より東方に専修念仏の道場として「鹿ヶ谷草庵」を結んだ事に始まる。

 その場所で住蓮と安楽は、唐の善導大師の『往生礼讃』に譜曲を附し、六時礼讃声明を完成。

両上人が勤める声明は真に美しく、多くの徴収を魅了したと言われる。

後鳥羽上皇に拠る建永の法難で両上人は刑死し草庵は荒廃するが、師の法然が両名の菩提を弔うために

草庵を復興。住蓮山安楽寺と改称し両上人の追善の寺とした。

その後、天文年間(1532~1555年)に現在地に本堂が再建され今に至る。』 とあります。

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階段の先にある茅葺の山門
普段は閉まっている。

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階段脇の紅葉が映える

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楓の下は苔の緑の絨毯

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苔に散り敷く紅葉

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脇の築地塀にも趣が

 法然院と異なり、隠れの道から直接石段が山門まで続き、両脇には楓が聳え苔の上には紅葉が散り敷く状態。

拝観が無くとも写真撮影には絶好のポジション、開門を待つ間もカメラを構えた人々が頻りにシャッターを切っていました。

皆、私と同じ10時入門組でしたが、合計でも10数名だったので、待たずに入れたのは言うまでもありません。

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山門近影
明治25年(1892年)の建立で、平成15年に国の登録文化財に。

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山門の茅葺屋根

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屋根裏部分

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山門下から入口を見る

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永観堂 (京都市左京区永観堂町)

2022.03.25(20:24) 1066

京の紅葉/に、ええ感動!(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院 → 徒歩10分 → 熊野若王子神社 → 徒歩3分 → 永観堂

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聖衆来迎山無量壽院禅林寺(浄土宗西山禅林寺派)

 若王子参拝の後は、今日のメイン永観堂へ。京都と言うよりも日本を代表する紅葉の名所。

JR東京駅にも案内が貼付されており、知らない人は東京にあると思うでしょう。

八重洲口のタクシー乗り場で「永観堂まで…」と言った人はいないのでしょうか?

正式には聖衆来迎山無量壽院禅林寺(しょうじゅらいごうさんむりょうじゅいんぜんりんじ)と

一回では覚えられない程長い名前ですが、一般には紅葉の永観堂(えいかんどう)で知られます。

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西側の白壁塀と紅葉

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西側にある総門(出入口)脇の寺標

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総門から境内を見る

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総門の先にあるのが中門で、そこから先が有料拝観

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永観堂由緒記の駒札

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何故か百人一首の歌が
これは奈良での詠と思われるが、この句言に苦言を呈した人がいるのでは?

 さて向かった先は9時の開門前に早くも数百人の行列。並んだものの20分経っても少しも進まず、

どうも検温のため入場制限されている様子。

コロナにも拘らず参拝者が多いのは結構な事ですが、密のために検温が必要で悪循環になっています。

これでは次の予定に遅刻なので今回はスルー。前回の平成4年11月30日訪問では紅葉が満開でしたが、

今回は少し早かったようで踏ん切りがつきました。

尤も世間一般には、このようなものを負け惜しみと言いますが。

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和(なごみ)の道から見た放生池

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道沿いの紅葉

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境内のツワブキ

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受付の中門まで続く行列

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中門前の検温の様子

 京都市に住む知人に拠れば、この時期の永観堂は中に入らず、外から眺めるだけで十分だとか。

私も拝観料不要の境内の一部を見て移動。御本尊なら「入観、遅し!」と見返るかもしれませんが…。

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塀の外側の満天星(ドウダンツツジ)

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こちらは南天の木

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永観堂御朱印 (平成4年拝受)

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熊野若王子神社 (京都市左京区若王子町)

2022.03.24(00:05) 1065

哲学の道の起点に建つ社(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院 → 徒歩10分 → 熊野若王子神社

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熊野若王子神社(旧村社)

 早朝に法然院参拝の後は、鹿ヶ谷疏水道に沿って哲学の道を南下。

日が高くなる前に紅葉の永観堂を目指した訳ですが、疏水の途切れた場所に社があったので、

ちょっと立ち寄ってお参り。熊野若王子神社(くまのにゃくおうじじんじゃ)は、

『熊野神社、今熊野神社と並ぶ洛中熊野三山の一つ。

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疏水に架かる若王子橋
通りで言えば、東西に走る冷泉通りの東端に当たる。

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神社石碑

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由緒記の駒札

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同志社創設者新島襄の墓所の碑
墓は背後の若王子山頂にある。

 永暦3年(1160年)、後白河法皇が熊野権現を禅林寺(永観堂)の守護神として勧請され祈願所とされた

正東山若王子の鎮守で、明治の神仏分離に拠り当社のみが今に残った。

若王子とは御祭神の一つ天照皇大神の別名・若一(にゃくいち)王子に由来している。

 熊野詣を行うにあたり、修験者は先ず当社で身を浄めてから出発したと伝わる。

室町時代には足利尊氏・義政がこの地で花見の宴を開いたとされ武家の信仰を集めた。

 応仁の乱で荒廃したが豊臣秀吉に拠り再興。明治になり修築が行われたが、その際、

本宮・新宮・那智・若宮があったが、現在は一社相殿となっている。

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神社入口
左の幣を巻いた木が御神木の梛(なぎ)。

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当社前全景
恵比須社(左)、拝殿(中央)、社務所(右)と並ぶ。

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正面から見た拝殿

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拝殿の奥に僅かに見える本殿

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拝殿前面

 今も本殿裏手の東山山中に瀑布があり、奇岩老樹も多く、夏は納涼地、秋は紅葉の名所として知られる。

御神木である梛(なぎ)の木は暖地に自生するイヌマキ科の常緑高木で高さ15m、葉は榊の代用にもされ、

種々の悩み事をナギ倒すとして喜ばれている。

境内には夷川通りに鎮座されていた恵比須を祀っている。』 とあります。

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拝殿の屋根の鬼瓦には八咫烏が

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拝殿に掲げられた熊野大権現の扁額
文字の各所に烏がデザインされている。

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御祭神の四柱と宝形
宝形はかつて境内にあった地仏堂の屋根の部分。地仏堂には薬師如来が祀られていた。

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薬師如来坐像は、国宝として奈良国立博物館が所蔵

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恵比須社

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祀られている等身大の恵比須様

 熊野街道でも王子が起点ですが、哲学の道でも起点になっている様子。

若王子神社の名は度々、聞きますが天照皇大神の別名とは初耳。

進学・良縁の神様として哲学の道を訪れる若い人に人気があるようですが、

これは若王子という名前にもあるのかもしれません。

と言って「わかおうじ」とは読みません。わかおうじならば熊野を越えてマニラまで行ってしまいそうですが…。

 梛の木についても詳細は知りませんでしたが「なぎ倒す」だけでなく難儀にも繋がるかもしれませんし、

飛躍すれば那智にも関りがあるのかもしれません。

「なぎ」という言葉自体が大事な訳で、古代の言霊まで遡ることになりそうです。

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垣根になっている梛の木

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熊野若王子神社由緒

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熊野若王子神社御朱印

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法然院 墓所 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <法然院 その参>

2022.03.21(20:34) 1064

人は死してはかなくなる?!(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院

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善気山 法然院 萬無教寺(浄土宗系単立寺院)

 法要をする寺院なので、法然院には檀家があって当然。

寺院に墓地があっても何ら不思議はありませんが、法然院には著名人の墓があることでも有名。

参道の右手の高台に昔ながらの墓地があって、入口には大きな石塔が。

「昔、近江の石塔寺で見た阿育王の石塔に似ているな。」と思いましたが、

基壇に阿育王石塔に似せて造るとありました。

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墓所入口に建つ石塔

『境内には、谷崎潤一郎、河上肇、九鬼周造、浜田青陵、福田平八郎、内藤湖南の墓がある。』 とあります。

京都帝大の教授の墓は近場なので分かりますが、江戸っ子の谷崎の墓が何故この地に。

もしかして『卍』の舞台なのでしょうか?

 関係者でもないですが、ガイドに従って墓場放浪。記された著名人の墓に一通りお参りしました。

墓地には住友家の墓もあり、鹿ヶ谷に別荘があるので財閥の住友家と勝手な想像をしました。

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マルクス経済学者・河上肇夫妻の墓

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哲学者・九鬼周造の墓

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東洋史学の開拓者・内藤湖南夫妻の墓
東洋史学を越えたシナ学の泰斗と言う方が相応しい。夫人を旧姓にしたのは中国に倣ったものか?

 様々な分野の方のお墓ですが、一見して皆同じような外観。

河上肇の墓は『貧乏物語』ではなく、九鬼周造も『いきの構造』ではなし。

財閥の墓(としてですが)も普通の大きさでした。

皇族や大名の墓は大きいものが多いですが、著名人とはいえ墓に拘る気はないのでしょう。

これこそ『いきの構造』と言えましょう。

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これは特撮関係のお墓ではなくて…

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京大アメフト・ギャングスターズの碑

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墓所周辺に置かれた石と苔

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法然院 境内 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <法然院 その弐>

2022.03.19(18:24) 1063

法然所縁の寺へどうじょう!(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院

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善気山 法然院 萬無教寺(浄土宗系単立寺院)

 山門をくぐるといよいよ境内ですが、山門は茅葺で数寄屋造り、屋根に生えた苔が周囲に映えます。

木造の多い関西では珍しく、神社の山門というよりも茶室に向かうと言った感じ。

その先に紅葉が描かれた白砂壇があるのが一層その印象を強めています。

尚、当寺は浄土宗で禅宗ではありません。

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正式に南側の山門から入山

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山門近影

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山門下から上って来た参道を見返る

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山門の屋根裏部分

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苔生したと言うよりも苔鮮やかな茅葺屋根

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山門下から見た白砂壇

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白砂壇から見た山門

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白砂壇に描かれた銀杏と紅葉

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こちらは紅葉と渓流

法然院は

『正式には善気山法然院萬無教寺(ぜんきさんほうねんいんばんぶきょうじ)と言う浄土宗系単立寺院。

鎌倉時代に法然上人が弟子たちと共に六時礼讃行を勤めた草庵に由来する。

 その後、寛永年間(1624~1644年)には殆ど廃絶していたものを、延宝8年(1680年)に

知恩院第三十八世・萬無心阿(ばんぶしんな)上人と弟子の忍澂(にんちょう)が中興したものである。

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参道に続く放生池に架かる橋

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橋の右手に建つ講堂
元は元禄7年(1694年)建立の大浴室だったが、昭和52年(1977年)に改装された。

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境内の杉苔

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左手に建つ経蔵
元文2年(1737年)の建立。

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正面より見た経蔵

 本堂は延宝9年(1681年)に客殿として建立。堂内には恵心僧都作の阿弥陀如来坐像と

法然上人自作の木像を安置し、直壇には毎晨朝に二十五の生花を散華する。

 方丈は文禄4年(1595年)築の後西天皇の皇女の御殿を貞享4年(1687年)に移築したものとされ、

狩野光信筆の襖絵十四面の「桐に竹図」「若松図」「槙に海棠図」及び屏風の「雪松図」は

いずれも重要文化財に指定されている。』 とあります。

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経蔵越しの紅葉

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放生池周囲の紅葉

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これはセンリョウか?

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水盤に浮かべられた菊

 境内は6時から無料で開放されており、池の周りの椿や楓、地面の杉苔を眺めながら散策する事ができます。

加えて外観だけですが、元文2年(1737年)建立の経蔵、元禄7年(1694年)建立の講堂も見る事が可能。

講堂は一見そうは見えませんが大浴室として建立されたものを昭和52年(1977年)に改装したものだそうです。

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境内を庫裏の方へ進む

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参道脇の石組みと杉苔

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こちらが玄関

 このように境内は自由ですが、肝心の本堂、方丈や襖絵は見れず。御朱印も対応していませんでした。

といっても拝観謝絶ではなく、春と秋の1週間だけ特別拝観。11月30日に御朱印を貰っているので拝観していたのでしょう。

ネット上では寺の一部を定期的に講演会やコンサートに開放しているとあるので必ずしも閉鎖的ではないようですが、

境内には、法要中につき立入禁止の札が架かって居り、建物内には観光客を入れる方針ではなさそう。

これは元、念仏の修行道場だった事にも拠るのでしょう。

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参道を更に奥へ

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こちらが特別拝観時のみの方丈と本堂

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本堂への参道脇に建つ十萬霊塔

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境内の樹木

 椿と紅葉の名所なのに【ばんぶー】教寺とはこれ如何にですが、

文化財が見れないのは非常に残念ではありました。

尤もそのような事を言っても【〇の耳に念仏】ですぐ【放念】でしょうが…。

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東側に建つ石塔

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石塔脇のモニュメント

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モニュメントの説明

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平成4年に拝受した御朱印

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法然院 参道 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <法然院 その壱>

2022.03.18(21:14) 1062

山麓の緑漂う参道(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道 → 法然院

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善気山 法然院 萬無教寺(浄土宗系単立寺院)

 銀閣寺付近から疎水沿いに南下すると最初に出会う古刹が法然院。

『哲学の道から東へ1本入っただけであるが、通称・隠れの道と呼ばれるだけに山麓の緑濃い

鄙びた風情の中に念仏道場らしい厳粛な空気が境内を支配している。

春は椿、特に中庭の三名椿が素晴らしい。晩秋には茅葺の山門に架かる楓が美しく、

古都の代表的な紅葉風景の一つとなっている。』 とあります。

 道に沿って行くと小高い丘に木々が生い茂った場所が目に入り、恐らくここが法然院と推測。

更に進むと道標と参道が続き境内に入れますが、人も少なく寂びれた様子。

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北から南下するとこのような場所へ

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北側の脇門へと進む

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脇門の先に見える境内
正面は元文2年(1737年)建立の経蔵。

 平成4年に訪れた時はもう少し広かった記憶があるので不思議でしたが、北側は脇門で

正式には南側から入る慣わし。再度、南に回って正式に参拝。

広い参道と巨樹に囲まれた先に茅葺の山門が見えて来、漸くかつての記憶が呼び戻されました。

借景と言うよりも直ぐ東側が東山連峰なので山寺の雰囲気も十分。

 7時台とは言え散策する人もチラホラ。早起きは【山門】の得、ではないですが、西だ来たろう!の甲斐があったと言うものです。

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南側にあるこちらが正門

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石標

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由緒記の駒札

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階段を上り境内へ

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巨樹に囲まれた石畳の参道を往く

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参道の先にある茅葺・数寄屋造りの山門

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哲学の道 (京都市左京区浄土寺)

2022.03.16(20:36) 1061

テツ学を極めた話(2021.11.20)

<コース>
淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → 徒歩20分 → 哲学の道

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哲学の道
北は銀閣寺付近から始まる。

 この日は学生時代に御世話になった下宿の祝祭のため聖護院に正午イン。

昼までに時間があり東山も近いので、早朝から白川通今出川から鹿ヶ谷疎水に沿って南下。

銀閣寺から若王子までの2㎞程の散策道は哲学の道で知られます。哲学の道は

『明治23年(1890年)東山山麓に完成され、明治42年(1912年)に延伸された琵琶湖疎水分水沿いの

桜並木の散策路。若王子橋から浄土寺橋までの1.8㎞を呼ぶ。

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晩秋は桜葉も散りこのような様子

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紅葉は未だ散らず

 哲学者の西田幾多郎らが好んで歩いたことから、“思索の小径”と呼ばれていたが、

哲学の道という呼び方に変わった。桜並木は橋本関雪夫人が植えた事から、関雪桜と呼ばれている。

 近隣には世界遺産の銀閣寺初め著名な社寺が点在し、四季を通じて観光客の姿が絶えない。

昭和61年(1986年)には「日本の道百選」に選ばれた。』 とあります。

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水路上に大きく張り出した山茶花

 京都学派を代表する西田幾多郎が歩いた事からの命名ですが、何故ここを散策したかと言えば答えは簡単、

この付近に住んでいたからに他なりません。

今に比べて交通機関が発達していなかった当時は、職場へ歩いて行ける場所に居を構えた筈。

戦後のギリシア哲学をリードした田中美知太郎の自宅も鹿ヶ谷でした。

なので、思索に相応しい道云々よりも家の近所を散歩しに【きたろう】と言うのが真に近いでしょう。

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山茶花の白い花

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山茶花近影

 昔の大学教授は経済的にも優遇されたと思いますが、大学の傍に一戸建てを構える事ができたのは

大正生まれの人まででしょうか?現在は、東大も含め一戸建てから歩いて大学に通勤するなど夢物語。

ほとんどのサラリーマンと同じく通勤電車に揺られているのが実情。

車内で思考される教授も多いでしょう。かつての哲学は【鉄学】に変貌を遂げているようです。

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水路では鴨たちが食事の最中

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道沿いにある甘味処「叶匠寿庵」
閉鎖中なのは、単なる休業かコロナの影響か?

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岩倉観音 (京都市左京区岩倉上蔵町)

2021.12.07(20:09) 1003

最古の寺院は仮本堂(2021.9.23)

<コース> 京阪特急は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
【往路】淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 鞍馬

鞍馬駅 → 徒歩3分 →鞍馬寺 → 徒歩5分 → 鞍馬街道 → 徒歩15分 → 貴船口 → (叡山電鉄) → 岩倉 → 徒歩8分 → 山住神社 → 徒歩10分 → 岩倉具視旧宅跡 → 徒歩6分 → 岩座神社 → 徒歩1分 → 大雲寺 → 徒歩25分 → 国際会館前 → (地下鉄) → 東山 → 徒歩7分 → みやこめっせ展覧会場 → 徒歩15分 → 三条

【復路】三条 → (京阪特急) → 淀屋橋

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石座山 大雲寺(天台證門宗)

 岩座神社参拝の後は、すぐ横にある寺院へ参拝。神社とも繋がりの深い由緒ある寺院ですが、大きな伽藍はなく、

細い道の奥に小さな建物が見えるだけ。本当にここで良いのかと進んでいくと大雲寺の名が。

石座山大雲寺(いわくらさんだいうんじ)は、

『平安時代創建の天台宗の古刹、岩倉では最古の寺院とされる。天禄2年(971年)、比叡山の法会に参加した公卿達が

紫雲の立ち上るのを見、中納言日野文範が当地に至り観音浄土の地と感得した。その後、天台宗の真覚上人が創建、

行基作の十一面観音菩薩を本尊とした。天元3年(980年)には円融天皇の勅願寺となり、永観3年(985年)には

朱雀天皇皇女・冷泉天皇中宮であった昌子内親王に拠り観音院が建立された。

 元は園城寺三井寺の別院であったが、天台座主の余慶(よけい)が入山して隆盛を迎えた。最盛期には数十の堂舎と

千有余人の僧侶を有する洛北屈指の名刹として、智証大師の法統を伝える寺門派の牙城となった。

しかしそのため、比叡山延暦寺を中心とする山門派との争いが絶えず、保延2年(1136年)、元亀2年(1571年)の

信長の比叡山焼討ちと何度も焼失の憂き目を見ている。

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入口にある大雲寺略縁起

 江戸の寛永18年(1641年)に再建された本堂は昭和60年(1985年)に人災で焼失。

旧境内から少し離れた塔頭宝塔院の旧地に移転し、仮本堂が建てられ今に至る。

 源氏物語の「北山のなにがし寺」は当寺の事とされ、また『太平記』『好色一代男』にも舞台として登場する。

入宋した成尋(じょうじん)の事績でも知られる。

境内の霊泉の効能は古くから知られ、冷泉天皇の皇后であった晶子内親王が心の病になられた際には岩倉にお参りになり、

霊泉を口にされた所、病は忽ち回復したと言う。その縁で岩倉には京都最初の精神病院が作られた。』 とあります。

 途中の道標の岩倉観音とあったのはこの寺院。山号は石座山の他に岩蔵山、紫雲山、寺名は大雲寺、岩倉観音と

あるのは地名と由緒に関りがあるのでしょう。

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途中の岩倉川沿いに建つ岩倉観音の道標

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参道の奥に見えるのが仮本堂

 中興の余慶は一門の僧侶数百人を連れて入山、その後の寺の発展は彼の【余慶】とも言えますが、

そのため山門と寺門の争いに巻き込まれたのは【余計】でした。

寺の案内板を進むと参道?の先に真新しい建物が。参拝しようとするとセンサーでブザーが鳴り、御住職が出て来られました。

和辻;「御本尊が、岩倉観音ですか?」

住職;「そうです。加えて善光寺如来もお祀りしています。」

和辻;「御朱印はされていますか?」

住職;「今はもうしていないのですよ。パンフもありません。未だ仮本堂ですし。」

和辻;「再建の御予定は?」

住職;「計画はしていますが、いつになる事やら…。」

和辻;「では再建したら、またお邪魔します。」

と御本尊に参拝後、辞去することに。

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仮本堂近影

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幕の立葵は善光寺とのゆかりか?

境内脇の墓地には本堂の完成図がありましたが、日程は未定のようです。先に参拝した山住神社もそうですが、

歴史は古いものの建造物が残っていないのが岩倉地区の特徴でしょうか?

原初の信仰には大きな建造物はなかった訳ですから、岩倉では未だに原初の信仰を守っているとも言えそうです。

住職には「再建したらまた来ます。」と言ったものの、これで良しとしました。

尤も再建するより先に私の春秋が尽くのは確実でしょうが…。

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霊園に立てられた本堂完成予想図

 こうして岩倉一回りの後は、国際会館前まで歩いて地下鉄で同窓が出展している毎日書道展を鑑賞すべく洛中岡崎へ

向かいますが、昼時でもあったので駅前の「じゅんさい」で昼食。学生時代からある洋食の老舗は今も健在。

グリルの店が和食の「じゅんさい(蓴菜)」とは不思議ですが、お店の方の話では、

「昔は、宝ヶ池でもジュンサイが採れたからだと聞いていますよ。」との事でした。

今でも深泥池には自生しているようです。

 以前に読んだ『街道をゆく』の一節に、

・明治初期に「鴨川の空を飛んどる雀も鶫もみんなわいのもんやどう!」

 と近隣に触れ回って辺り一帯の領有権を主張したツワモノが居ったそうで、

 そのツワモノは、「深泥池のジュンサイもわいのやど!」とも言ったとか。

 維新の混乱期とはいえ、そんな事で権利が生じたというのも万事大らかな時代だったようです。

余談ですが、京都で「ジュンサイな奴」と言えば「ぬらりくらとしたどっちつかずのいい加減な人」の意味。

【純粋な奴】と違い褒められた言葉ではありません。

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赤いタイルのGRILL「じゅんさい

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ランチを注文したが、ここはビーフシチューが有名だったのを失念

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岩座神社 (京都市左京区岩倉上蔵町)

2021.12.05(19:42) 1002

岩倉の名の由来となった神社(2021.9.23)

<コース> 京阪特急は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
【往路】淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 鞍馬

鞍馬駅 → 徒歩3分 →鞍馬寺 → 徒歩5分 → 鞍馬街道 → 徒歩15分 → 貴船口 → (叡山電鉄) → 岩倉 → 徒歩8分 → 山住神社 → 徒歩10分 → 岩倉具視旧宅跡 → 徒歩6分 → 岩座神社

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岩座神社(旧村社)

 閉館中の岩倉具視旧宅を過ぎて3分程行くと、岩倉で最も有名な観光名所の実相院。晩秋の紅葉が非常に有名ですが、

この日は時期が違う事もありスルー。駐車場の横を抜けて3分、山の麓の社に向かいます。

岩座神社(いわくらじんじゃ)は、

『岩座神社が記録に登場するのは、『日本三代実録』。

元慶4年(880年)には山城国正六位上の石座の神が「従五位下」を授けられたというのが嚆矢。

石座の神がそれ以前から祀られた古社であることは確実であるが、この岩座神社は今の山住神社。

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鳥居

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鳥居脇の社標

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鳥居に掲げられた「石座神社」の扁額

 現在の石座神社は天禄2年(971年)に大雲寺が創建されると、石座の神はそれを鎮守する神の一つとして

旧大雲寺東側の神蔵町に遷座したもの。長徳3年(997年)に石座以下の八神を祀る八所明神が勧進され、

その後、伊勢他の四神を加えて十二所明神が祀られるようになったと伝わる。

以来鎮守社は連綿一千余年、岩倉の産土神として尊崇されてきた。

明治以降、八所・十二所明神が石座神社と改称され、元の石座神社は山住神社と呼ばれるようになった。

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鳥居脇に建つ石座神社由緒

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鳥居正面、石段の先に見える拝殿

 境内の最奥にほぼ南面して建つ八所明神本殿(東)と十二所明神本殿(西)は、共に一間社流造でほぼ同規模。

天文15年(1547年)、岩倉領主山本尚則と細川氏の戦いに拠って社殿・古文書を悉く焼失するが、同22年(1553年)に再興。

天正20年(1592年)には社殿が再興された。社殿の階前の擬宝珠に天正20年の年号が銘刻されている。

現在の社殿は明和3年(1766年)に改造営されたものである。京都と言う伝統が強い地域の近くに立地する事から

装飾が極めて少なく、一間社流造の古式な姿を残しているのが特徴である。

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最奥に建つ西殿(左)と東殿(右)

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十二所明神本殿(西殿)
東社の八所明神に加え、伊勢・平野・貴船・稲荷の四明神が祀られている。

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八所明神本殿(東殿)
新羅・八幡・山王・春日・住吉・松尾・賀茂の七明神が勧請された。

 また敷地の高低差を利用しながら軸線を強調した境内配置は見事で、石垣や石段と相俟って直優れた環境を形成している。

建物自体は新しいものの、市内では殆ど見られない宮座の建物を残す例として、加えて毎年10月23日早朝に行われる

岩倉火祭の舞台としても貴重である。』 とあります。

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参道左手の西宮座

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こちらは右手の東宮座
手前は手水舎。

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拝殿近影

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拝殿の更に奥に東西の本殿が建つ

 すぐ横にある大雲寺の鎮守社として勧進されたとありますが、先程参拝した山住神社が当社の御旅所に当たるそう。

何故、そうなったかは由緒記にはありませんが、元禄12年(1701年)に大雲寺の僧侶の記録には「境内に霊石あり」

とあるので、その磐座に【曰くら】がありそうです。

 山住神社に比べると境内は広く、歴史的建造物も多いですが社務所に人が常駐している様子はなし。山住神社にしては

後から来たのに追い抜かれた形ですが、別段揉めた様子もないのは地元の人々の信仰心のおかげでしょうか?

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東西の本殿からの拝殿の眺め

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全く人気のない社務所

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岩倉具視幽棲旧宅 (京都市左京区岩倉上蔵町)

2021.12.03(21:14) 1001

王政復古はこの場所から(2021.9.23)

<コース> 京阪特急は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
【往路】淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 鞍馬

鞍馬駅 → 徒歩3分 →鞍馬寺 → 徒歩5分 → 鞍馬街道 → 徒歩15分 → 貴船口 → (叡山電鉄) → 岩倉 → 徒歩8分 → 山住神社 → 徒歩10分 → 岩倉具視旧宅跡

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岩倉具視幽棲旧宅

 山住神社から石座神社に向かうと、途中にあるのが岩倉具視幽棲旧宅。

『幕末、公武合体派として皇女和宮の降嫁を推進した岩倉具視は倒幕派に追われ、ここ岩倉の地に逃れ

5年間の隠棲生活を送った。茅葺の侘び住いで質素な生活であったが、坂本龍馬・木戸孝允・大久保利通など

幕末・維新の英傑が訪問することもしばしば。ここでの密儀から大政奉還、王政復古も生まれた。

現在は国の史跡に指定されている。』 とあります。

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白壁が印象的な旧宅

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入口には「コロナのため休館中」の札が…

 我々の世代では岩倉具視と言えば500円札の肖像。百円札が板垣退助、千円札が伊藤博文だったので

維新での位置付けも額面通りに受け取っていましたが、岩倉は新政府では三条実美に次ぐナンバー2。

しかも優柔不断だった三条に対し実質明治政府を牛耳っていたようです。しかし本来は大臣まで上る事のない

下級公家だった彼が、如何に時代の流れとはいえ右大臣まで至ったのは時代の流れを読む力があったから。

今に残る肖像画や写真を見ても一癖のある策士という雰囲気が漂います。

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旧宅の正門
幽棲と言いながら庶民から見れば豪邸に見える。

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正門前の石碑

 この地への隠棲も倒幕派から逃れるためとありますが、本当に命の危険を感じたなら薩摩・長州など遠方に行く筈。

御所から半日の距離のこの場所へは、少し距離を置いて政治を遠隔操作しようという思惑があったように思います。

そうなると隠棲よりも院政でしょうか?

 説明では茅葺の質素な住まいとありますが、来てみると中々の豪邸。金銭的には困ったようですが、

邸内に土場を開帳して寺銭を稼いだとか。貴族の屋敷には町奉行の手が及ばない事を見越してでしょうが、

どこまでも食えないオヤジです。

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門の隙間から垣間見た旧宅

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山住神社 (京都市左京区岩倉西川原町)

2021.12.01(20:03) 1000

岩倉の由来となった古社(2021.9.23)

<コース> 京阪特急は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
【往路】淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 鞍馬

鞍馬駅 → 徒歩3分 →鞍馬寺 → 徒歩5分 → 鞍馬街道 → 徒歩15分 → 貴船口 → (叡山電鉄) → 岩倉 → 徒歩8分 → 山住神社

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山住神社(石座神社旧地)

 貴船口から「きらら」に乗車して、鞍馬山系から平地へ出た岩倉で下車。

線路の南側は国際会館はじめ近代的な施設がありますが、北側へ行くと対照的な京の原風景が広がります。

 駅から川を遡って北へ向かいますが、駅名、川の名、字も全て岩倉。当然、何か【いわく】らがありそうですが、

道案内を見ると1㎞程北へ行った場所に岩座神社が鎮座。

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岩倉川に架かる橋上から
神社はこの左手に鎮座。

 さては、ここが地名の由来かと、確信して向かいましたが、その途中、岩倉川に架かる橋の向こうに大きな石の鳥居が。

なにやら由緒がありそうなので立寄ると、

『山住(やまずみ)神社は社殿がなく、聳え立つ山を神南備山と仰ぐ巨石を神々の降臨する場としての「石座」と

それを仰ぐ拝殿から成り、古代信仰の場として神社の古い形式を残している。

前方の木柵を囲らした立石の後方の広く高い巨石がその石座・磐座である。

『日本三代実録』元慶4年(880年)には山城国正六位上の石座の神が「従五位下」を授けられたと記録され、

石座の神がそれ以前から祀られた古社であることは確実である。

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橋の横にある石鳥居

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由緒記

 天禄2年(971年)に大雲寺が創建されると、石座の神はそれを鎮守する神の一つとして旧大雲寺東側の神蔵町に遷座。

これが現在の石座神社で、この地の古社は山住神社としてその御旅所となった。

石座神社の秋の大祭で御輿が早朝に山住神社で御幣を受け、石座神社に戻るのはその歴史を反映している。

 尚、山住神社の石座は赤道付近の海底に2~1億年前に堆積したプランクトン由来のチャート石で、

地殻変動の結果この地に出現したものと考えられる。』 とあります。

 改称されたとは言うものの、岩倉の語源はこの神社に由来するのは確実。

鳥居の先には今も磐座が聳えて人々の信仰を受けている様子。唯、神社は無住で社務所と見えたのは地元の会館でした。

平安時代に遡る社伝を持ちながら今に至るまで社殿を持たない古社というのもまた得難い歴史の証人です。

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柵の後方にある磐座

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由緒記(その弐)

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鞍馬駅から貴船口駅へ (京都市左京区鞍馬)

2021.11.29(22:04) 999

彼岸に悲願の運転再開(2021.9.23)

<コース> 京阪特急は10分間隔、叡山電鉄は15分間隔で運転
【往路】淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 鞍馬

鞍馬駅 → 徒歩3分 →鞍馬寺 → 徒歩5分 → 鞍馬街道 → 徒歩15分 → 貴船口

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鞍馬駅前の大天狗像

 鞍馬街道を散策して9時半近くになったので、当初の目的地の鞍馬駅へ。

テレビ等でも話題になりましたが2020年7月6日の土砂崩れで不通になっていた市原~鞍馬間が18日に1年振りに復旧。

京都の観光地でもあり大都市からも交通の便の良い場所でありながら、何故復旧までに1年以上も掛ったのか?

 コロナに拠る不要不急の外出の自粛もそうですが、最近の各地での自然災害の多発で資材・人出がタイトになった事も

関係がありそうです。

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叡山電鉄全線運転再開のパンフ

そんな中での全線開通なので、

・風倒木を活用した「木製お迎え看板の設置」

・車両装飾「ラッピング・ヘッドマーク」

・記念乗車券「鞍馬線全線運転再開1日乗車券」

・復旧へのあゆみ「鞍馬PRアニメ上映」

など運転再開記念の取り組みがされていました。普通では先ずない事なので、期待の程が伺えます。

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パンフに記載の1日乗車券案内

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鞍馬駅ホームに架けられた大天狗と烏天狗の面

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鞍馬駅構内の様子

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構内に架けられた大天狗と烏天狗の面

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構内に架けられた鞍馬の火祭に使用する松明

『鞍馬駅は昭和3年の開業時は仮駅であったが昭和4年に本駅に昇格。

現在の駅舎は平成元年の京阪電鉄鴨東線開業時に改築された寺院風の木造入母屋造で近畿駅百選になっている。

駅は叡山電鉄では珍しい駅員配置駅で、構内には鞍馬の案内写真が掲げられ、駅舎の外には天狗像がある。』

とあります。

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鞍馬駅の扁額

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昨年に新調された鞍馬駅スタンプ

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ホーム脇に置かれたかつての車両と車輪

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近畿駅舎百選の鞍馬駅舎

 何度も訪れた鞍馬駅ですが、ふと見ると駅前の天狗像が3年前とは違っています。なんでも積雪の重みで

鼻が折れてしまったとか。降雪量の少ない最近では考え難い気もしますが、経年劣化もあったのでしょう。

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鞍馬駅遠景

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駅前に置かれた大天狗像
前の服装は都度変わるそう。

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叡山電鉄鞍馬駅にある天狗像 2018.5.4 撮影

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鞍馬街道からの鞍馬駅遠望

 鞍馬駅で野暮用を終えた後は一駅歩いて貴船口駅へ。鞍馬と並ぶ観光地貴船への最寄り駅ですが、

バスで5分、歩くと20分程度。しかし降車する人は多く、貴船川に沿って歩く人も多いようです。

かつては無人駅でしたが、今は有人化。駅スタンプも設置されており早速押印。鞍馬駅と共に入場券も販売されていました。

入場券を集める趣味はないのですが、今回はいろいろな成り行きで購入。

¥210×2の硬券を買った事で、叡電の経営にも貢献した次第です。

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貴船口駅入口

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貴船口駅改札
かつての無人駅を知る者にとっては今昔の感が…。

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貴船口駅スタンプ

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貴船口駅ホームにて

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貴船口駅、鞍馬駅スタンプ

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貴船口駅、鞍馬駅の硬券入場券

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貴船口駅から列車「きらら」に乗車

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「きらら」車内の展望席

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「きらら」座席シートには紅葉のデザイン

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二ノ瀬駅ホームから見た山並み

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二ノ瀬駅ホームの案内板

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鞍馬街道 (京都市左京区鞍馬)

2021.11.27(01:11) 998

早朝の街道を往く(2021.9.23)

<コース>
【往路】淀屋橋 → (京阪特急) → 出町柳 → (叡山電鉄) → 鞍馬

鞍馬駅 → 徒歩3分 →鞍馬寺 → 徒歩5分 → 鞍馬街道

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鞍馬街道

 秋分の日の今日、同窓が出展している毎日書道展を鑑賞すべく洛中岡崎へ。

会場は9:30分開場ですが、この日は6時台の電車で出発。

実は2020年7月6日の土砂崩れで不通になっていた市原~鞍馬間が18日に1年振りに復旧。

それで以前からの懸案事項を片付けるべく出町柳から叡山電鉄で鞍馬へ。

と意気込んで朝8時30分に鞍馬駅に到着しましたが、何と業務開始は9時40分。貴船口駅は10時と1時間半も先。

以前は早朝から駅員さんが居た記憶があり【天狗】になった積りはなかったのですが、再確認を怠ったという【初動】ミスでした。

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朝8時台の鞍馬寺門前の様子

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鞍馬寺入口
もう拝観は始まっている。

『平安京の北にある鞍馬は西には鞍馬山が聳え、東は鞍馬川の清流が逃れる。

若狭街道に沿い、丹波や洛中との中継点として古来より繁栄。往時は“若狭もの”と呼ばれる海産物や地方の産物が

この地を盛んに往来した。鞍馬寺は平安京以前からの古刹で門前に町が発達した。

 鞍馬寺の山門を左手に見て北へ行くと閑静な家並みが数百メートルに亘って続く。

軒を深く保ち、格子造りの虫籠窓を持つ卯建・梲(うだつ)を上げた風格のある家が並ぶ。

かつては薪炭で繁栄し、鞍馬炭は茶用の高級炭として重宝された時代があった。

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鞍馬街道、北からの眺望
弁柄格子の家並みが続く。

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街道に沿って流れる鞍馬川

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町並みの途切れる鞍馬温泉付近から南を望む
左右にあるのは木の芽煮を商う「くらま辻井」。

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「くらま辻井」正面
木の芽煮とは山椒の実や葉を昆布と共に佃煮にしたもので、牛若丸も常食にしたとされる。

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「くらま辻井」の屋根に置かれた鍾馗像と暖簾に描かれた天狗面

 そのような中で瀧沢家は江戸中期の代表駅な民家の遺構。鞍馬の旧家にはそれぞれ屋号があるが、

当家は匠斎(しょうさい)と呼ばれている。創建は棟木に貼付された祈祷札に拠り宝暦10年(1760年)4月と判明している。

 当家の特徴は間口二間を通し土間とし、正面左右の裏には卯建が揚げられている。また表と台所の建具を一本溝で通し、

二階に上がる階段上の天井を「辷り天井」とした天井裏は小屋組に梁を架けて人が動きやすいように工夫されている。

土間には石組みのだるま式井戸と、土と縄で組み上げ磨き漆喰で上塗りした句土がある。家屋の背景には堅牢な

三段の石垣が施され、庭園の借景となっている。

江戸時代中期の町屋の形態を正確に整えた府下唯一の町屋遺構として重要文化財に指定されている。』 とあります。

手元のガイド(1998年版)に拠れば、瀧沢家・匠斎庵では見学と湯豆腐が頂けるとありますが、そんな雰囲気は全くなし。

早朝なのかコロナのせいか、ガイドが古いためかは分かりませんでした。

門前の店も殆どが準備中なので、仕方なく鞍馬街道を【木の芽】気のままに往ったり来たり。

鞍馬には10回近く訪れていますが、全て鞍馬寺の周辺。街道をゆっくり歩く事は初めてでした。

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瀧沢家外観

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瀧沢家(匠斎庵)由緒

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瀧沢家に見える卯建

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鞍馬川に架かる地蔵橋上から
この付近では「天狗水」と呼ばれる天然水が珍重されたとある。

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大田神社(京都市北区上賀茂本山)

2021.08.28(07:23) 945

杜若の群落のある神社(2021.7.21)

<コース>
京都駅 → (市営地下鉄) → 北山 → 徒歩15分 → 上賀茂神社 → 徒歩5分 → 大田神社

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大田神社(賀茂別雷神社摂社)

 社家の町を過ぎて東へ歩くと5分程で大田神社の石碑が見えます。独立した神社のようですが、上賀茂神社の社外摂社

という扱いになります。大田神社(おおたじんじゃ)は、

『延喜式神名帳記載の古社であり、一名に恩多社とも言われる。鎮座年代は不詳であるが、賀茂における最古の社であり

上賀茂神社よりも古い歴史を有する。賀茂県主族の移住以前より在住の農民が福神として長寿福徳の信仰が寄せられて

いたと思われる。

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神社入口へ到着

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由緒記

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一の鳥居

 上賀茂神社創建後、摂社となり現在に至る。御祭神の「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」で神話の天岩戸開きの際に

岩戸の前で神楽を踊った神、そのため今も芸能上達を願い参拝される人が多い。当社の里神楽は「大田神社巫女神楽」

として京都市登録無形文化財、当社が長寿の神を祀る事から老人に拠り囃し舞われる最古の形を残した神楽である。

俗に「チャンポン神楽」と言われ動きの少ない神楽として有名である。

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一の鳥居に続く参道

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拝殿(割拝殿)
寛永5年(1628年)の造り替えで、檜皮葺の屋根を有す。

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拝殿の先に建つ本殿

 当社参道東側の大田ノ沢には杜若の群落がある。この沢は深泥池同様、一万年以前の湿原地帯の名残で、平安時代に

藤原俊成卿は、

・神山や 大田ノ沢の かきつばた ふかきたのみは 色に見ゆらむ

との歌を残している。昭和14年に国の天然記念物に指定された。』 とあります。

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三間社流れ造の本殿
こちらも寛永5年(1628年)の造り替えの檜皮葺。

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拝殿前から参道を振り返る

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参道右手社務所
御朱印はこちらで拝受。

 参拝者向けに花を植える寺社は数多いですが当社の杜若は本当の自生。俊成の歌にあるくらいですから平安の世からの

名勝だったに違いありません。

 「いずれが菖蒲か杜若」という位に区別の難しい両者ですが、外見の差異はさておき、土に映えるのが菖蒲、水辺に生える

のが杜若というのが簡単な見分け方。地質時代に京都市が湖であった頃の名残を今に伝えると言えます。

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大田神社略記

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大田神社のカキツバタについて

 規模は小さいながらも上賀茂神社よりも古いとは驚きですが、境内はしんと静まり返っていました。

参道右手の社務所でベルを鳴らして御朱印拝受。杜若の印と杜若のオリジナル御朱印帳もありました。

和辻;「杜若池は閉鎖中ですか?」

夫人;「いいえ、網で囲っているだけなので、開けて入って下さい。」

和辻;「盗難防止ですか?」

夫人;「夜に鹿が入ってきてみんな食べてしまうので…。」

との事。どこの社寺も野生動物の食害には手を焼いている様子。

かつて池田市でも牡丹が猪の食害を受けたと聞きましたが、鹿なら紅葉を食べる訳ではなさそうです。

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大田神社オリジナル御朱印帳
シンプルですっきりとしたデザイン。

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大田神社御朱印

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現時点(7月21日)での杜若池の様子

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社家の町(京都市北区上賀茂)<上賀茂神社 その伍>

2021.08.26(20:03) 944

上賀茂神社の神官の町(2021.7.21)

<コース>
京都駅 → (市営地下鉄) → 北山 → 徒歩15分 → 上賀茂神社 → 徒歩5分 → 大田神社

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賀茂別雷神社(山城国一宮 旧官幣大社 式内社)

 上賀茂神社は下鴨神社と共に山城国一宮で世界遺産ですが、加えて神社の周辺の社家(しゃけ)は伝統的建造物群の

風致地区となっています。上賀茂神社境内を流れる御手洗川は奈良の小川と名を変え、境内を出ると更に明神川と名を変え

門前に続く社家町を東流します。

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上賀茂神社から流れ出た「ならの小川」

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明神川となった場所の南から社家が始まる

『社家とは上賀茂神社の神官の家柄で代々世襲制。社家が形成されたのは室町時代頃からで、閑静で独特な家並みを

形成している。明神川の上に家毎に架けられた土橋、川沿いの土塀や門、独特の妻飾りや塀越しの緑の庭が一体となって

社家の景観を今に伝える。

 かつては300近くあった社家も今は40軒程、必ずしも神官が居住している訳ではないが、往時の姿を伝えるものとして

昭和63年に伝統的建造物群に指定された。

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土橋、土塀と特徴のある社家

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社家の前を流れる清冽な明神川

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藤の木通りから神社方面を見る

 保存地区は川が境内を出た場所から楠の巨木を御神木とする藤ノ木神社までの数百mの区間。その名も藤ノ木通りと

呼ばれる。長きにわたり社家の内部の様子は知られる事はなかったが、元社家の錦部家が「西村家別邸」として公開

されている。』 とあります。

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これは楠ではなく藤の木通りの北にある楡の木

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こちらは社家ではなく、名産「すぐき」の老舗

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藤の木通りの中程にて

 寺院と異なり神社は代々世襲が原則ですから社家自体には驚きませんが、通常一家か二家と思っていたので、

これほどの数があるのには驚き。しかし期限を遡れば賀茂県主の系列で、平安時代初期に上賀茂・下鴨の祠官家に

分かれ代々両社の禰宜を務めるようになったようです。

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藤の木社の西側にある社家
堂々とした生垣と石垣が特徴。

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通の最も東側にある社家

 これだけ多岐に分かれたのは、賀茂一族が朝廷を【震撼】させる程の隠然たる勢力を保持していた事、或いは賀茂大社の

力が強く一家に勢力が集中する事を怖れた朝廷の思惑があった等、想像が膨らみます。

上賀茂では七家、下鴨では五家が有名で、前者からは賀茂真淵が、後者からは鴨長明が出ていることから日本史上にも

大きな貢献をした事になります。いい【しゃけー】勉強になりました。

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明神川が南に向きを変える場所に建つ藤の木社と御神木の楠

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藤の木社近くの明神川

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上賀茂伝統的建造物群保存地区(社家の町)

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京都上賀茂郵便局;上賀茂の伝統的な社家屋敷、大田の沢の杜若
(2020.10.19の局移転以前)

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  5. 千光寺 山門への道 (京都市西京区嵐山中尾下町) <千光寺 その壱>(04/19)
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  8. 松虫鈴虫寺 書院と客殿 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その肆>(03/30)
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  10. 松虫鈴虫寺 地蔵堂 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その弐>(03/27)
  11. 松虫鈴虫寺 山門 (京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町) <安楽寺 その壱>(03/26)
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