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長谷寺 仁王門 (奈良県桜井市初瀬) <長谷寺 其の弐>

2024.05.20(18:46) 1815

牡丹匂う楼門(2024.4.20)

<コース>

【往路】 上本町(5:41) → (近鉄大阪線) → 近鉄長谷寺(6:25)

近鉄長谷寺 → 徒歩8分 → 長谷山口坐神社 → 初瀬門前町 → 徒歩7分 → 法起院 → 徒歩5分 → 長谷寺

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豊山 神楽院 長谷寺(真言宗豊山派総本山 西国三十三ヵ所第八番札所)

 石段を上るとその先に姿を見せるのが巨大な仁王門。

元々、階段の上にある事に加え、境内は高い石垣の上にある白壁に囲まれており、

寺院というよりも城と言った方が相応しい威容です。

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参道手前にある塔頭・普門院前から仁王門を望む
左にあるのが参拝入山受付。

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階段下から仁王門を仰ぐ

 流石、全国に末寺を持つ豊山派の総本山と言えますが、不思議と敷居の高さを感じないのは

古来より庶民に親しまれた寺院だからでしょうか?

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右手より見た仁王門と奥に建つ歓喜院

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仁王門前の石灯籠

『長谷寺の総門で、三間一戸入母屋造本瓦葺の楼門である。「長谷寺」の額字は後陽成天皇の宸筆。

現在の建物は明治22年(1889年)の再建である。両脇には仁王像、楼上に釈迦三尊・十六羅漢像を安置する。』

とあります。

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城の様な石垣と白い塀の向こうに建つ堂塔

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仁王門から参道を振り返る

 7時の開門とほぼ同時に仁王門前に着きましたが、門の奥には人の姿が散見。

参拝者に対応して早めに開けたのでしょうか?臨機応変な対応は大切です。

 さて参拝入山受付に向かうと、入山料は¥500、¥1000、¥1700 の3コース。窓口の女性に伺うと、

窓口 ; 「通常の拝観コースが¥500、本坊の特別拝観は¥1000 です。」

私 ; 「それでは¥1700は?」

窓口 ; 「御本尊の近くまで行って御身足に触れる事ができます。」

との事。

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石垣下の牡丹

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仁王門右手にある躑躅

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仁王門の真下に吊るされた長谷型灯籠

 長谷寺参拝は今回で4度目ですが、以前はこのような分類はなかった筈。

巡礼と御朱印ブームに肖っての設定でしょう。

御本尊を拝観できれば良かったので私は並の¥500コースを選択。

「見るコース・触れるコースで料金設定が変わると言うのは官能的!」

などと言ったら観音様の罰が当たるでしょうか?

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折り畳み式の長谷寺解説書

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通常の¥500 入山券

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長谷寺 塔頭普門院 (奈良県桜井市初瀬) <長谷寺 其の壱>

2024.05.19(20:27) 1814

山門途中の塔頭(2024.4.20)

<コース>

【往路】 上本町(5:41) → (近鉄大阪線) → 近鉄長谷寺(6:25)

近鉄長谷寺 → 徒歩8分 → 長谷山口坐神社 → 初瀬門前町 → 徒歩7分 → 法起院 → 徒歩5分 → 長谷寺

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豊山 神楽院 長谷寺(真言宗豊山派総本山 西国三十三ヵ所第八番札所)
右手に建つのが石観音と総受付

 門前通りを突き当たると長谷寺正面に出、そこから石段を上りますが右手に建つ建物が総受付。

名前からここで入山受付をしそうですが、この場所は参拝者の休憩所。

牡丹祭りや特別御開帳などのパンフも置かれています。

山内の火事除けのため「秋葉権現」を祀り、脇には石観音と呼ばれる石像が置かれていました。

休憩所なのに神仏を祀ったのは【空き場】があったから等と言ったらバチが当たるでしょうか?

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巨大な寺号標の横、石畳の参道を往く

 入山受付のため牡丹の植えられた石段を進みますが、

途中に何やら由緒のありそうなお堂を発見したので、入山前にお参りする事に。

普門院(ふもんいん)は

『長谷寺門前にある塔頭寺院。本尊の不動明王は国の重要文化財である。当堂安置の不動明王は、

長承3年(1134年)、高野山金剛峰寺座主で後に根来山大伝法院を創立した興教大師覚鑁が

鳥羽上皇の御叡信を受け、信貴山毘沙門天の霊告を受けることで御衣木を感得、

一刀三礼して刻んだと伝わる尊像である。

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山門までの参道を彩る牡丹
これは未だ蕾の状態

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ピンクの牡丹は開花中

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赤い牡丹と後方の躑躅

 かつては三輪山坐大神神社の社僧寺である平等寺に祀られていたが、

明治の廃仏毀釈で平等寺が廃寺となった後、柳本釜口山長岳寺に移された。

その後、当時の普門院住持であった丸山貫長が懇願し檀信徒の浄財を同寺に集め、

明治8年(1875年)に当寺に迎えたものである。

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普門院(真言宗豊山派 長谷寺塔頭)

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普門院の唐破風向拝前にて

 稀代の名作として明治41年4月に甲種国宝に指定され、戦後の改正に拠って

現在は重要文化財となっている。』 とあります。

 御本尊は不動明王の名前とは裏腹に随分と彼方此方を動き回られた様子。

本来ならば廃仏毀釈で廃物となる筈の所を巡り巡って当地へ鎮座。

これだけでも御利益がありそうな感じがします。

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内陣奥の不動明王様

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普門院入口に咲く藤の花

 塔頭ならば境内にあるのが普通ですが、当院は法起院と共に受付の外。

また牡丹で有名な長谷寺の塔頭にしては藤が花盛りと、本山とは【明王】に一線を画しているようにも

思えますが【普門】に付されているのでしょう。

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境内に建つ句碑

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法起院 (奈良県桜井市初瀬)

2024.05.18(20:17) 1813

番外たっちゅうの!(2024.4.20)

<コース>

【往路】 上本町(5:41) → (近鉄大阪線) → 近鉄長谷寺(6:25)

近鉄長谷寺 → 徒歩8分 → 長谷山口坐神社 → 初瀬門前町 → 徒歩7分 → 法起院 → 徒歩5分 → 長谷寺

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豊山 法起院(真言宗豊山派 西国三十三ヵ所番外札所)
長谷街道からの眺め

 初瀬川に沿って走る参道を左折する少し手前、右手の奥まった場所にあるのが法起院。

西国札所の番外が長谷寺へ行く途中にある訳ですが、それも其の筈、当寺は長谷寺塔頭で開山堂という位置付けになります。

 豊山法起院(ぶざんほっきいん)は、

『道明上人と共に長谷寺の開基となった徳道上人が天平7年に建てた堂宇が嚆矢。

斉明天皇2年(656年)に播磨国揖保郡矢田部郷に生まれた徳道は父母を亡くした20歳頃に、

当時高僧の誉れの高かった初瀬の道明上人に付いて仏道を研鑽。

修行の結果、高僧としての名を上げた徳道上人は聖武天皇の勅命を受け、

道明上人について、後長谷寺と呼ばれる現在の長谷寺の基礎を造ったとされる。

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未だ閉まっている朝7時前の山門前にて

 この時、霊木を用いて2丈6尺の観音像を造立し、天平5年(733年)5月、行基が導師となって

開眼供養が行われたと伝わるが、その観音像は焼失し、現在に伝わるのは後世に祀られたものである。

 徳道は養老2年(718年)に病に罹り生死の境をさ迷うが、その夢中に閻魔大王に出会い、

「苦悩している人を救うために三十三ヵ所に観音菩薩の霊場を求めよ。」

とのお告げを受けたとされる。

三十三の宝印を与えられた後に回復した徳道は三十三ヵ所の霊場を設けたと言う。

徳道上人が西国札所の祖と呼ばれる所以である。

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門前に掲げられた由緒記

 当院は彼が晩年に院政した場所で、門の正面に建つ本堂内には等身大、合掌姿の徳道上人坐像が

祀られており、像は上人自らが彫ったもの。また本堂左側にある十三重石塔は上人の御廟と言われている。

 上人が晩年に境内の松の木から、法起菩薩となって飛び去った際に沓を脱いだとされる沓脱の石があり、

触れると願いが叶うとの言い伝えがある。法起院の名はこの故事に由来する。』 とあります。

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拝受できる法起院御朱印一覧

 平成6年に長谷寺に初参拝した際に参道で番外札所の看板を見つけ、

急遽予定外の参拝と御朱印も拝受したのは30年以上も前の話。

 当時は未だデジカメが普及前で全て現像写真なので、Blog様にと再参拝を目指しましたが、当院は9時の開門と論外。

買いモンして時間を潰す訳にもいかず、次回へと持ち越す羽目に。どこかで牡丹の掛け違いがあったようです。

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平成6年に拝受の法起院御朱印 (西国札所)

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初瀬門前町 (奈良県桜井市初瀬)

2024.05.17(19:13) 1812

巡礼には【はづせ】ない門前町(2024.4.20)

<コース>

【往路】 上本町(5:41) → (近鉄大阪線) → 近鉄長谷寺(6:25)

近鉄長谷寺 → 徒歩8分 → 長谷山口坐神社 → 初瀬門前町 → 徒歩7分 → 法起院 → 徒歩5分 → 長谷寺

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門前町・初瀬

 駅から階段と坂を駆け下った初瀬川沿いの初瀬は長谷寺の門前町。

『遠く奈良時代に開かれた長谷寺は平安時代になると参詣が増え、初瀬川に沿って長さ約1㎞の門前町が形成された。

奈良盆地の町とはまた一味違った佇まいで、江戸末期の民家を並べて観音詣での人達を迎えている。

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長谷街道南側の街並み
手前の家屋はかつての旅籠?

 虫篭窓・連子格子、白漆喰の大壁塗り、その間を草餅を蒸す湯気が流れ込む。

町の中程の伊勢辻で門前町の裏手へ出て、初瀬川を渡り少し急な坂を上ると、

長谷寺の舞台を正面に見る丘の上に出る。ここは旧伊勢街道で、その先、竹藪に沿って旧道が残る。

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街道の北側、郵便局の手前は虫篭窓の重厚な町屋

 門前町は東から北向きへ直角に折れて、長谷寺の正面に向くが、

その両側は食事処や土産物を並べる店が軒を連ね、一層の風情を添えている。』

とあります。

 駅から寺までは徒歩で20分程要しますが、まったく疲れを感じないのは、この門前町の存在が大。

街道の両側に建つ町家は今も殆どが現役ですが、情緒を感じる旅館「井谷屋」、

登録文化財を食事処に改装した「長谷路」など観光客にも利用できる施設があるもの有難い話です。

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風情のある旅館 「井谷屋」
街道を挟んで向かいに温泉があるとか!

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登録文化財 「長谷路」

 今ほど娯楽が無く、就中庶民には遠くに出かける事が禁じられた前近代では、

神仏へのお参りは唯一のハレの場所。

そのような大きな人の流れは自然と門前町を発展させたのは想像に難くありません。

今も全国に〇日市と呼ばれる地名が多く残りますが、その日は神社の祭りや

寺院の御開帳があった日に由来する場所が多いそうです。

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街道に面した「長谷路」 の入口

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今は食事処としても利用できる

 伊勢詣・富士山詣・大山詣は有名ですが、西国巡礼もそれに続くもの。

今は八番札所の長谷寺も以前は一番札所だったと言いますから、

畿内の人々には最も人気の行楽地だったのかもしれません。

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街並みに調和した初瀬郵便局

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初瀬郵便局 ; 重文・長谷寺の登廊、牡丹

 ここ初瀬の名物は昔から素麺・にゅう麺と草餅。麺は有名な市内の三輪素麺ですが、

ぼたん餅ではなく草餅なのがミソ。川沿いでヨモギが繁茂しているのが理由と思いましたが、

お店で伺うと専用の畑で栽培しているそう。いずれにしても巡礼には相応しい精進食になりますが、

花より団子は今も昔も変わらんようです。

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草餅を売る店が多い門前にあって百年を越える老舗 「寿屋」
7時前なので未だ準備中。

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1982年年賀切手のデザインにも使われた出雲人形は西隣の出雲集落に伝承された土人形

 参道のお店は早朝から準備中でしたが開店は9時過ぎ。

本山の長谷寺が7時開門でもそれは変わらず草餅も次回に【もち】越し。

いっそダンゴウでもしてくれた方が助かりますが…。

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店の連なる街道の奥に長谷寺が見える

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長谷山口坐神社 (奈良県桜井市初瀬)

2024.05.16(19:09) 1811

鎮守様は長谷山口に居ます(2024.4.20)

<コース>

【往路】上本町(5:41) → (近鉄大阪線) → 近鉄長谷寺(6:25)

近鉄長谷寺 → 徒歩8分 → 長谷山口坐神社 → 初瀬門前町 → 徒歩7分 → 法起院 → 徒歩5分 → 長谷寺

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長谷山口坐神社(式内社 旧村社)

 駅から下り初瀬川を渡ると長谷街道ですが、その直ぐ入口に長谷山口坐神社の案内板が。

予定には入れて居ませんでしたが、その場所と名前に惹かれて急遽参拝する事に。

もう一度初瀬川を渡りますが、欄干にははっきりと大和川の表記されています。

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長谷街道沿いに建つ現代風の案内板

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再び初瀬川を渡り神社へ

 長谷山口坐神社(はせやまぐちにいますじんじゃ)は、

『大和六処山口社の一つで、現在は天手力雄(あめのたぢからお)神他、五柱を御祭神とするが、

元来は長谷山の鎮の神として太古より大山祇の神を御祭神とする社であった。

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大和の橋の下、大和川は流れる

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橋上から川の上流方面を望む

 第十一代垂仁天皇の御代に倭姫命の御杖として、この地域の 「磯城巌樫(しきいつかし)の本」 に

約八ヵ年天照大神を祀った時、随神としてこの地に、北の山の中腹に豊秋津姫の神を祀る二社を鎮座。

大和王権の東国政策や神宮の隆盛に拠り伊勢系の神の祭祀へと変化して行ったと考えられる。

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橋の袂に建つ元伊勢本宮伝承地域の碑

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石段の登り口から振り返る

 長谷寺縁起やその他の古文書に拠れば、この地方は三神の里、川は神河、付近の淵は神河浦と記されている。

聖武天皇の天平2年(730年)の大和大税帳には長谷山口神社の名が見られる延喜式内社である。

明治42年(1909年)には初瀬平田にあった豊受神社の豊受姫の神を合祀している。

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他に参拝者の居ない新緑に囲まれた石段を上る

 以来、当社は五穀豊穣・商売繁盛の神として敬われ、国家や家の安泰と繁栄を祈願し、

氏子里人の守り神として遍く人の敬い奉る所である。』 とあります。

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階段を上った先にある狭い境内

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正面から見た拝殿

 初瀬川を渡って階段を上った場所にあるように、鎮座するのは初瀬を見下ろす絶好の位置。

伊勢から大和に入る街道を扼する場所で、元来は東国からの人の出入りを監視したようにも思えます。

と言うのも御祭神の天手力雄神は天岩戸に隠れた天照大神を引っ張り出した怪力の持ち主。

その力で大和へ入ってくる敵を引き留める役割を期待したと言うのは考えすぎでしょうか?

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拝殿後方の高みの中門の奥に本殿が鎮座

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本殿の屋根遠望

 ところで解説にある「磯城巌樫(しきいつかし)の本」とは萬葉集の額田王の歌にも登場します。

街道沿いには歌碑がありましたが訳は記載せず。かつて読んだ解説では佐々木信綱や斎藤茂吉など

錚々たる学者の間でも解釈が分かれる謎多き歌なのだそうで、解決するのは【いつかし?】と思わずには居られません。

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拝殿の手前から見下ろした初瀬の街並み

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初瀬街道沿いに建つ萬葉歌碑

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近鉄長谷寺駅 (奈良県桜井市初瀬)

2024.05.15(19:11) 1810

初瀬から長谷へ(2024.4.20)

<コース>

【往路】上本町(5:41) → (近鉄大阪線) → 近鉄長谷寺(6:25)

近鉄長谷寺 → 徒歩8分 → 長谷山口神社 → 初瀬門前町 → 徒歩7分 → 法起院 → 徒歩5分 → 長谷寺

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長谷寺の写真が飾られた近鉄長谷寺駅下りホーム

 GW直前となり連休に向けて英気を養うべきですが、この時期は牡丹や石楠花も見頃。

関西で牡丹の名刹と言えば先ずは長谷寺。平安時代には既に“初瀬詣で”の言葉を生み、

西国観音霊場八番札所として善男善女の参拝が絶えないとか。悪男悪女は参拝しないのでしょうか?

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早朝の近鉄長谷寺駅

 片や石楠花は“女人高野”の名を持つ室生寺。深山の森閑とした中にあっても諸仏が温かく迎えてくれる寺。

どちらも奈良時代に遡る古刹ながら、女性にも門戸を開いた事、花の名所、

近鉄大阪線沿線という共通点があるのは偶然とは思えません。

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近鉄長谷寺駅スタンプ
以前に押印したもので、現在は無人化されたかどうかは不詳。

 両寺共に花の寺として有名なのでシーズンは観光客で溢れますが、何とこの期間中のみ

長谷寺は朝7時に開門。これは逃すまじと、朝一の近鉄急行で現地入り。

『長谷寺駅は昭和4年(1929年)10月27日の開業。古刹長谷寺の南にあり、ほぼ33‰の勾配が連続する途中にある。

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駅前からは直ぐ階段を下る

 桜井‐初瀬間には明治37年(1904年)5月25日に軌間1067㎜の初瀬軌道が開業したが、

初瀬鉄道、長谷鉄道、大阪電気軌道と変遷し昭和13年2月1日に廃止された。

 駅の北にある急な坂を下りると初瀬川に沿った長谷街道に出る。かつては伊勢詣りの

参宮街道であったため、昔より町は道沿いに伸び、現在の街並みが形成された。』 とあります。

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駅前に置かれた長谷寺まので道のりと境内案内図

 萬葉集では隠国(こもりく)の名で登場する初瀬ですが、同じ「はつせ」の発音でも駅と寺は長谷で

地域の字は初瀬。初瀬は泊瀬とも書き、古代の船着場或いは初瀬川が大和盆地に流れ込む川口に由来。

一方の長谷は山に谷が深く入り込んだ場所を表しているそうですから、川と山とで字面を変えたのでしょう。

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駅前から見た 「隠国」 の初瀬

 泊瀬は雄略天皇の諱・大泊瀬幼武(おおはつせわかたけ)を始め、崇峻天皇の諱・泊瀬部など

天皇家に所縁があるので避けたと考えるのが自然。

一駅西の朝倉駅近くの朝倉郵便局風景印は雄略天皇が若い娘を誘惑している情景が描かれていましたが、

雄略天皇の泊瀬宮は考古学的証拠はなくあくまでも伝承地。デザインがイラスト風なのはそのためでしょう。

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朝倉郵便局 ; 萬葉集巻頭を飾る雄略天皇の歌の情景、萬葉集発耀讃仰碑

 参道へは朱塗りの川を渡りますが欄干には「さんきゅうはし」の名が。

「こんな所に何で英語が?」と思いましたが、反対側の欄干には「参宮橋」と記載。

寺ではなく宮なのは長谷寺ではなく伊勢神宮に至る街道だからでしょう。

普通は「さんぐう」と読むので分かりませんでしたが、どうもこの一帯は漢字と発音が複雑な場所のようです。

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初瀬川 (大和川) に架かる朱色の橋を渡る
奥の朱色橋は長谷山口神社への橋。

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橋の名前は 「さんきゅうはし」

 初瀬川と記されている川は大和川の別名。関西人には自他共に認める日本一汚い川ですが、

「鮎捕獲禁止!」の看板もある位この付近は清流でした。西流するに従って清流から濁流に

変わっているのでしょうが、生まれた時には無垢でも年を経ると汚れるのは人間も川も変わらんようです。

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花の御寺の看板

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廣瀬大社 庭上の儀 (奈良県北葛城郡河合町大字川合) <廣瀬大社 其の伍>

2024.04.09(19:16) 1778

砂も滴るイイ男!?(2024.2.11)

<コース> 大和路快速は日中15分間隔で運行

【往路】JR大阪(9:57) → (大和路快速) → JR法隆寺(10:37→10:47) → (シャトルバス) → 廣瀬神社駐車場(11:10)

廣瀬大社 → (徒歩5分) → 定林寺

【復路】廣瀬神社駐車場(14:30) → (シャトルバス) → JR法隆寺(14:55→15:11) (大和路快速) →JR大阪(15:52)

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廣瀬大社(式内社 旧官幣大社 別表神社)  

 定林寺で年一度の御開帳の仏像に参拝し、ボランティアの方と大和談議に花が咲きましたが、

そろそろ祭の時刻が迫って来たので、丁寧に辞去して神社へ。

開始20分前でしたが、開場の周りは既に【人山の黒だかり】。

しかも皆、身体に加えカメラにも防御服。ほぼ完璧の対応でした。

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配布されたチラシに載った庭上の儀

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祭りの場所には完全防備の人の山

 14時の開始までは神主さんが拝殿前で祭の進行を説明。

その間、拝殿脇の楽屋?では田人・牛役が準備中。

牛役はNHKテレビのインタビューも受けていました。

後で伺った所、配役は河合地区の消防団の若手が当たるそう。

田人だから旅人が、神職が領域を浸食する事はないようでした。

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拝殿では宮司さんが庭上の儀の進行を説明

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裏方では田人が登場の準備中

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田人の準備完了

『日本書紀には天武天皇4年より大忌祭が始まった事が伝えられており、朝廷より五位以上の

王臣各一人、神祇官六位以下各一人が使として派遣され五穀豊穣を祈願した祭であった。

砂かけ祭は大忌祭の中で行われた一行事である。

 この祭の中で御田植水口祭礼と水府舞(みくらのまい)が行われたことが

享保明細帳に残されており、水府祭は祈雨を願う神楽舞であったが現存しない。

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TVのインタヴューに答える牛役

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牛役の被る面

 御田植水口祭礼は現在、毎年2月11日に砂かけ祭として行われている。祭典は午前の「殿上の儀」、

午後の「庭上の儀」の二部に分かれ、五穀豊穣と雨水の多量と厄除を願う祭である。

行事は木製牛面を被った牛役、田人(牛遺人)と早乙女に拠って行われる。

「殿上の儀」は祝詞奏上の後、拝殿を田圃に見立て、苗代作り・稲取り・牛と田人に拠る田作りを行った後、

早乙女が早苗に見立てた松の葉を植える所作をして終わる。

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太鼓の音で祭りの開始

 「庭上の儀」は拝殿前の広場に青竹を四本立て、注連縄を張り臨時の田圃を作る。

行う事は「殿上の儀」と同様であるが、太鼓の合図で田人或いは田人と牛役が出て田作りの所作をする。

その時に田人・牛役と参拝者とが砂を掛け合う事から「砂かけ祭」と呼ばれる所以である。

この行事中、暴れ方が激しいほど豊作であると言い、砂は雨に擬え掛け合いが盛んであるほど雨が多く降ると言われる。

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先ず牛役が入場

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続いて田人が入場

 この後、早乙女が田植えを行い、最後に参拝者に対し、松苗と田餅を撒き終了する。

松の枝で作られた松苗は田の水口に刺しておくと悪虫・害虫・悪水から田を守る。

田餅はこれを食べると無病息災で一年を過ごせる御神徳がある。

 このように当社の砂かけ祭は祭儀としては田作りの模範田植であり水神であることから、

砂を雨に見立てて雨降り祈願をする所に特徴がある祭である。』 とあります。

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先ずは牛が犂を曳いて苗代作り

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そしていよいよ田作り(砂かけ)

 砂かけ祭は砂を水に見立て、雨が降ることで稲の豊作を祈願するものですが、

拝殿前の広場に青竹と注連縄で臨時の田圃を作製。

太鼓の合図で、田人と牛役と参拝者が互いに砂を掛け合い、太鼓の合図で終了するもの。

雨が烈しい程豊作なので、皆必死で掛け合っていました。

 これが1時間も続くのは大変と思いましたが、8回に分けて実施と聞き納得。

何時頃からこの形式になったのかと思いましたが、【太古】の昔からなのでしょう。

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田人は彼方此方で砂かけ

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撮影のタイミングが難しい

 砂かけは注連縄を張った田圃の中で行われると聞いていましたが、直に縄を越えての砂かけに移行。

参拝者も負けては居らず、手で掴んだ砂を田人に投げつけていました。

これが喧嘩に発展することはないのか不安でしたが、消防団の団長さんと思しき人に訊くと

「ここで喧嘩をするのは野暮ですから。」 との事。

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砂から逃げる人達

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参拝者からの砂かけの逆襲も

 古より祭は、五穀豊穣病魔退散を祈願するものですが、若い男女の出会い、

若者の有り余った力を発散する場でもあったのでしょう。

 砂除け準備が不十分な私は拝殿脇から遠目に眺めるだけでしたが、

何度か見る内に配役の行動パターンが把握でき、後半は【マジか!】と思うくらい

間近で撮影することが出来ました。

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儀を終えて引き上げる田人と牛役の人達

 こうして砂を避けつつ撮影して、お参り終了。参拝後は、稲に見立てた松苗と田餅を頂いて終了。

解説書では撒く事で祭りも幕とありますが、特定の人に集中することを防ぐべく、

最近は鳥居の横で手渡しに変更に。松苗は元来田圃の水口に刺すものですが、

田圃のない家では玄関口に刺しておくと厄除のお守りにもなるとは宮司さんの説明。

これも時代の流れ、次代へと引き継がれていくのでしょう。

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巫女さんによる田植え

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松苗と田餅を頂くと【後の祭り】

 シャトルバス、拝観料も含め全て無料。昼食以外は御朱印代¥500を使っただけでした。

それはそれで非常にありがたいですが、抽選会の景品・参拝記念品から考えて神社側の負担は必至。

餅を配って【持ち】出しが増えて神社が持ち兼ねる事がないように祈りたいものです。

まぁ、余り言っても砂掛け論になりそうですが…。

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頂いた松苗、田餅、大和橘、と¥200で購入した「すな丸」クリアファイル

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砂かけ祭御朱印 (河合町御墳印)

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定林寺 (奈良県北葛城郡河合町大字川合)

2024.04.08(18:45) 1777

年一度の御開帳(2024.2.11)

<コース> 大和路快速は日中15分間隔で運行

【往路】JR大阪(9:57) → (大和路快速) → JR法隆寺(10:37→10:47) → (シャトルバス) → 廣瀬神社駐車場(11:10)

廣瀬大社 → (徒歩5分) → 定林寺

【復路】廣瀬神社駐車場(14:30) → (シャトルバス) → JR法隆寺(14:55→15:11) (大和路快速) →JR大阪(15:52)

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定林寺(旧広瀬大社神宮寺)

 昼食を摂った後も、祭の開始は1時間先。どうしようかと迷っていると、定林寺との矢印が目に入ったので、

不毛田川に架かる広瀬橋を渡って西にある寺院へ。

集落内を通る細い道を往くと小さな山門が建ち、東を振り返ると木々に囲まれた廣瀬大社の参道が見えます。

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小さな山門の奥にこぢんまりと本堂が建つ

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山門前から廣瀬大社を望む
左に架かるのが渡って来た広瀬橋。

 山門には定林寺の札が掛かるのみで山号や駒札もなし。山門を進むと

正面に宝形造りの本堂が建ち、扉が開き人の姿が見えたので、声を掛けて内陣へ。

『定林寺(じょうりんじ)は奈良時代に遡る古刹。廣瀬大社の神宮寺という位置付けである。

今は廣瀬大社の西側・城山古墳の北側に建つが、廣瀬大社に伝わる『和州廣瀬郡廣瀬大明神之圖』には

現在とは別の場所に「定林寺」が描かれている。

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参道正面に建つ本堂

 その場所は現在の場所より南400mの宮堂遺跡付近と考えられ、最盛期には

今の10倍の寺域があった。現在は無住寺で河合町生涯学習課が管理を行っている。

普段は閉鎖しているが砂かけ祭りの2月11日には無料で公開される。

現在の本堂は江戸時代初期の建築で、内部には多くの仏像が安置されている。

その内の4体が平成9年3月26日に河合町指定文化財に指定された。

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本堂前の石碑
但し、説明等が全くなかったので、サッパリ。

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本堂前から山門を振り返る

 第1号の地蔵菩薩立像は総高27㎝の四重蓮華座の上に立つ像高92.1㎝。

木造彩色の桜の一木造りで平安時代の特徴をよく表している。

 第2号の十一面観音菩薩立像も総高16.3㎝の蓮華台座の上に立つ像高117.5㎝。

榧材の木造彩色、長谷寺式十一面観音像である。平安時代中期であるが、

頭上面及び両手先・両足先は鎌倉時代の後補である。

 第3号の阿弥陀如来坐像は像高17.3㎝の銅鋳造。平安時代後期では極めて例の少ない鋳造仏として注目される。

 第4号の不動明王立像は木造古色で檜の一木造り。四体の中では唯一厨子に入った像である。

玉眼を挿入する技法等から室町時代初期の作例と考えられる。』 とあります。

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入口から見た本堂内部

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本堂内に安置されている諸仏

 山門とその先に建つ本堂は、解説にあるようなごく普通の寺院でした。

しかし一歩堂内へ入ると一変、古色蒼然とした諸仏が鎮座してお出迎え。

仏像群の置かれた状態を見ると、一体ずつ祀っているというよりも、

彼方此方の堂から寄せ集めた仏像を一ヵ所に集めた感じでした。

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十一面観音菩薩立像(左)、地蔵菩薩立像(右)、阿弥陀如来坐像(中央手前)

 かつての広大な寺域の諸堂に加えて廃寺となった場所からもここへ移設されたのでしょう。

明治の廃仏毀釈は民衆に拠って多くの仏像が破壊される悲劇を生みましたが、

その一方で必死で仏像を守ろうとした人々が居たのも事実。

当寺は久しく無住ですが、集落の人々の手で今も管理されていました。

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唯一、厨子に入っている不動明王立像

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こちらは涅槃図

 仏像に関する説明書は堂内に置かれていましたが、寺に関する事柄は

すべて堂内に居られた年配の方から伺った話。

私が疑問に思った内容にもすべて的確な答えが返ってきました。

恐らくは地元の学校で教鞭をとられた方が、定年後ボランティアをされているように思えます。

 4体の仏像は内陣で拝むことができましたが、真に手を合わせるべきは

仏像や堂宇を今まで護って来た人々への感謝の気持ちである気がします。

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堂内の諸仏の解説

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廣瀬大社 すな丸 (奈良県北葛城郡河合町大字川合) <廣瀬大社 其の肆>

2024.04.07(20:28) 1776

すなマルシェ(2024.2.11)

<コース> 大和路快速は日中15分間隔で運行

【往路】JR大阪(9:57) → (大和路快速) → JR法隆寺(10:37→10:47) → (シャトルバス) → 廣瀬神社駐車場(11:10)
廣瀬大社 → (徒歩5分) → 定林寺

【復路】廣瀬神社駐車場(14:30) → (シャトルバス) → JR法隆寺(14:55→15:11) (大和路快速) →JR大阪(15:52)

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すな丸

 拝殿・本殿で挙行された「殿上の儀」も11時過ぎに終了。

引き続き、拝殿前ではイベントが行われましたが、進行役は河合町イメージキャラクター「すな丸」、

所謂‘ゆるキャラ’です。祭の田人の格好で、頭巾の上に付いた牛面は牛役を示すものでしょう。

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「すな丸」の登場を待ち侘びる人達

 小学生以下50名が参加した的当てゲームに続いて行われたのが抽選会。

参道の案内所で配られたチラシに付いた参加証を事前に提出し衆人環視の中、

進行役が舞台上で籤を引くもの。

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小学生以下が参加した「玉入れ」

 景品は、いちご古都華、すな丸グッズ、に始まり、河合町の飲食店で使用できる¥5000券、

¥10000券、米5㎏ と地元の商品が中心ではあるものの豪華品が目白押し。

個人的には「すな丸グッズ」が狙い目で「もし米5㎏が当たったら、どうやって持って帰ろう?」と

思っていましたが、そんな心配は無用で見事な外れでした。

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テーブルに積まれたクイズの景品

 抽選では名前・住所が読み上げられますが町内或いは近隣の人が殆どで、

稀に大阪・兵庫の名前が挙がる程度でした。祭は地域の人々の物という事を改めて実感します。

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TV局のインタービューを受ける

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頭には牛の面を付ける

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すな丸をデザインしたT-シャツ

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河合郵便局 ; 廣瀬大社、砂かけ祭、河合町キャラ「すな丸」、市花・山茶花と大和川

 昼食は参道に並んだ屋台とキッチンカーですが、地元の婦人会と中学生が出店していた場所で

赤飯と砂かけ餅を購入。

砂かけ餅はきな粉餅&大福餅の二つ入りで、きな粉が砂を大福の白が田人の装束を表すのだそう。

全て1パック¥300は河合町価格と言えます。以前ならぺろりと平らげる所ですが、

寄る年波には勝てず、2パック(4個)が精一杯でした。

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参道ではこのようなグッズも販売

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この日の昼食

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昼食の後のデザート

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廣瀬大社 拝殿から本殿へ (奈良県北葛城郡河合町大字川合) <廣瀬大社 其の参>

2024.04.05(20:41) 1775

殿上の儀(2024.2.11)

<コース> 大和路快速は日中15分間隔で運行

【往路】 JR大阪(9:57) → (大和路快速) → JR法隆寺(10:37→10:47) → (シャトルバス) → 廣瀬神社駐車場(11:10)

廣瀬大社 → (徒歩5分) → 定林寺

【復路】 廣瀬神社駐車場(14:30) → (シャトルバス) → JR法隆寺(14:55→15:11) (大和路快速) →JR大阪(15:52)

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廣瀬大社(式内社 旧官幣大社 別表神社)

 参道の摂末社にお参りしつつ二の鳥居を抜けると境内。祭が行われるメイン会場になります。

砂だからと言って【サンドゥ】で行われる訳ではありません。

砂かけ祭りは3時間後ですが、境内には既にかなりの人数が。

拝殿前には青竹を四隅に立て、注連縄を張った臨時の田圃も準備済。

祭用の砂は他所から客土ならぬ客砂されたものでした。

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注連縄を張った祭りのメイン会場

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これが祭りで使う砂

 混雑する前に、という事で鳥居左手の社務所で御朱印拝受。

周囲はそれなりの人が居ましたが、御朱印待ちではなかったので、すんなりと貰えました。

 御朱印拝受の際に尋ねると

私 ; 「大和でも古社のようですが現在の神主さんは80代くらいですか?」

受付 ; 「70何代目かだったと思います。」

との答え。代数も分からん程、古いようです。

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社務所前の人だかり

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拝受した廣瀬大社御略記

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廣瀬大社御朱印

 社務所前には笊に入った柑橘が。金柑に見えましたが、眼を凝らすと通常の温州ミカンの小型版。

大和橘と呼ばれる日本固有の柑橘類で、境内にも植えられています。

記紀に登場する非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)、御所の右近の橘もこれだとか。

その影響でしょうか、大社の神紋も橘でした。大和は歌詞に加え菓子も‘まほろば’と言う【立場な】のでしょう。

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社務所前に置かれた大和橘の実
一人二個まで持ち帰ってよいとか。

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境内に植えられた大和橘

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たわわに実った橘

 廣瀬大社(ひろせたいしゃ)は、

『崇神天皇9年(紀元前89年)創建の古社。鎮座地は佐保川・初瀬川・飛鳥川・曽我川・葛城川・高田川等、

大和盆地を流れる全ての河川が合流する中洲であり、河合の地名もこれに由来する。

 縁起では廣瀬の河合の里長・廣瀬臣藤時に御神託があり、水足池と呼ばれる沼地が一夜で陸地に変化し、

橘が数多く生えたことが天皇に伝わり、この地に社殿を建立し祀ったのが始まり。

御祭神は水の守り神で山谷の悪水を良水に変え、河川の氾濫を防ぎ、

五穀豊穣を守る大御膳(おおみけつ)神である。龍田大社の風神とも深い御縁を持っている。

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奥に建つ書院がかつての社務所?

 天武天皇4年(675年)には大忌神を廣瀬の河曲に祀った記述があり、

平安時代の延喜式に式内社として記載されている。

嵯峨天皇の弘仁13年(822年)には従五位、白河天皇の永保元年(1081年)には

正一位を授けられ、後の二十二社の一つとなった。

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拝殿では殿上の儀が進行中

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配布のチラシにある殿上の儀の流れ

 室町時代には500余町の社領を保有したが、永正3年(1506年)に管領細川政元の家臣赤沢朝経に押領され、

天正8年(1580年)には大和大納言豊臣秀長に拠って神領が没収されたことで衰頽。

神仏分離後の明治4年(1871年)には官幣大社となった。廣瀬大社と称するのは大戦後の事である。

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殿上の儀に臨む神職と巫女さん

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普段の拝殿はこのような感じ

 現在の本殿は正徳元年(1711年)の建立。桁行一丈七尺七寸、梁行九尺一寸、

高さ一丈三尺四寸の春日大床造りで、朱塗極彩色で造営されている。

平成11年(1999年)より修復工事に着手し、翌年7月に工事が完了。蟇股彫刻が極彩色で見事に蘇った。

拝殿、手水舎他の建物は明治以降の建築である。

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拝殿に続く庭では雅楽を演奏中

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庭側から拝殿を見る

 境内には朱塗りの大鳥居が二基建つ。一の鳥居は文化3年(1806年)に修理の後、

明治27年(1894年)に改築されたが、平成10年9月の台風で倒壊。翌年神社入口に再建された。

二の鳥居に掲げられた「廣瀬社」の額は文化4年、郡山城主の揮毫に拠るものである。

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拝殿奥の本殿

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本殿入口に建つ黄金の阿吽の狛犬
この時、本殿では宮司が儀式を進行中。

 砂かけ祭は正式には拝殿で行われる殿上の儀、拝殿前で行われる庭上の儀の二部に分かれており、

11時からは殿上の儀が進行中。

祝詞奏上の後、拝殿を田圃に見立て、苗代作り・籾撒き・苗取り・田植えなどの所作を行う。

儀式の各所作の中で田人が言葉を発するが、即興風に行われ民俗芸能的な要素が見られる。』

とあります。

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本殿屋根

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本殿屋根の極彩色蟇股

 拝殿前に向かった時点では殿上の儀が厳かに進行中。

説明を聞かずにいきなりの参拝でしたが、雰囲気は何となく感じることが出来ました。

唯、儀式に参加するのは神職始め地元の氏子連。余所者にはやや敷居が高く感じられました。

尤も祭りと言うのは元来そのようなものでしょう。

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儀式が終わった後の拝殿

 午前の殿上の儀は内輪の祭り、午後の庭上の儀は外部も参加する祭りと捉えることもできそうです。

私的にはもう少しゆっくり、14時頃から始めて貰うのが理想。そうなれば【里中の町子】と【殿上の二時】となりますが…。

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砂かけ祭のパンフ

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廣瀬神社本殿御朱印
これは神社で拝受するものではなく、河合町御墳印の一つ。

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廣瀬大社 参道を往く (奈良県北葛城郡河合町大字川合) <廣瀬大社 其の弐>

2024.04.04(19:14) 1774

拙者が摂社を接写する!(2024.2.11)

<コース> 大和路快速は日中15分間隔で運行

【往路】 JR大阪(9:57) → (大和路快速) → JR法隆寺(10:37→10:47) → (シャトルバス) → 廣瀬神社駐車場(11:10)

廣瀬大社 → (徒歩5分) → 定林寺

【復路】 廣瀬神社駐車場(14:30) → (シャトルバス) → JR法隆寺(14:55→15:11) (大和路快速) →JR大阪(15:52)

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廣瀬大社(式内社 旧官幣大社 別表神社)  
参道を進むと最初に左手に建つ稲荷社。

 マイクロバスはグルっと大回りして神社の東側で駐車。

そこから南に向かい一の鳥居から長い参道を北に向かうのが正式な参拝ですが、

駅から歩いていく場合は、不毛田川に架かる広瀬橋を渡るのが正式なのでしょう。

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西側から不毛田川に架かる広瀬橋を渡ると境内

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廣瀬橋をそのまま進むと摂社の前に出る

 初めは樹木しか目に入りませんが、やがて両側に祠が出現。これが境内に鎮座する摂末社。

『左手前に建つ稲荷社は稲倉魂神(うかのみたまのかみ)が御祭神で、

文化2年(1805年)山城国伏見稲荷大社より分霊鎮座された。

俗に日の丸社と呼ばれ霊験あらたかな神として広く信仰されている。

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参道右手に建つ日吉社

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更に参道を進むとキッチンカーの姿も

 右手前の日吉社は大己貴神と大山咋神の二座を祭神とし、昭和18年(1943年)に

日吉の神を勧請したものである。方除け・縁結びに霊験があると信仰される。

 その頃から屋台やキッチンカーが姿を見せるが、摂社も大国主命を祀る祖霊社、

人の犯す罪穢を祓い清める祓戸社と続く。

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祖霊社

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祓戸社

 その奥には野砲と砲弾が並んで置かれるが、これは日露戦争の戦利品として奉納されたロシア陸軍の物。

傍らには明治40年(1907年)3月建立の「奉納ノ記」の碑が控え、陸軍大臣寺内正毅の花押が添えられている。』

とあります。

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参道左手に置かれた日露戦争の戦利兵器

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砲弾と台座に記された 「奉納ノ記」

 神社は居住地から上った場所に鎮座するのが普通ですが、当社へは緩やかな参道を下ります。

中洲にあるので当然とは言えますが、河川の合流点でもあり今まで洪水で流される事はなかったのか気になります。

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参道の案内所で配布されていた「砂かけ祭」 のチラシ

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二の鳥居を潜りいよいよ会場へ

 古社なので後世に勧請された摂末社があるのは普通ですが、不思議なのは戦利品の大砲。

今の我々の眼では物騒な気がしますが、寺社では勝利祈願や敵国降伏を行うのは戦時中には

良く行われる事なので奉納となったのでしょう。五穀豊穣に護国包城を掛けたとは思えませんが…。

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二の鳥居を先に建つ神馬舎

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内部には馬の銅像が

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廣瀬大社 大社への道 (奈良県北葛城郡河合町大字川合) <廣瀬大社 其の壱>

2024.04.03(19:35) 1773

大和盆地の水が集まる地(2024.2.11)

<コース> 大和路快速は日中15分間隔で運行
【往路】JR大阪(9:57) → (大和路快速) → JR法隆寺(10:37→10:47) → (シャトルバス) → 廣瀬神社駐車場(11:10)

廣瀬大社 → (徒歩5分) → 定林寺

【復路】廣瀬神社駐車場(14:30) → (シャトルバス) → JR法隆寺(14:55→15:11) (大和路快速) →JR大阪(15:52)

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廣瀬大社(式内社 旧官幣大社 別表神社)

 三連休の中日は建国記念日で旧紀元節。

そこで日本の起源を巡って‘国のまほろば’の大和路へと巡礼。

今は大和路線と呼ばれる関西本線は「〇〇寺」の駅が4駅もある巡礼路線、

そのうちの一つ最も東にある法隆寺駅で下車。

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JR法隆寺駅南口から臨時バスに乗車

 と言うと誰しも斑鳩巡礼を想像しますが、この日は線路南の河合町の廣瀬大社へ参拝。

観光ガイドにも載るか載らんか分からん程の知名度ですが、この日は年に一度の御田植祭、

一般には‘砂かけ祭’で知られる行事に参加するため。

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マイクロバスにも奈良交通の鹿のマークがしっかりと

 神社へはJR法隆寺駅から東南へ2㎞、近鉄田原本線池部駅から北東へ2㎞とほぼ等距離。

法隆寺駅で下車したのは、電車の運行本数もさることながら、砂かけ祭に合わせて駅南口から

臨時バスが出るのが一番の理由。マイクロバスでしたが運賃は無料というもの魅力でした。

唯、JR法隆寺駅スタンプは法隆寺ですが、池部駅スタンプは廣瀬大社だったことは述べておかないといけません。

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安堵郵便局 ; 安をデザインした外枠に安堵町歴史民俗資料館

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近鉄田原本線 池部駅スタンプ (1990年代に押印)

 現在の感覚では便利が良い場所とは言えませんが、そのような場所に何故鎮座しているのか?

実はここは佐保川・初瀬(大和)川・飛鳥川・曽我川・葛城川・高田川等、大和盆地を流れる河川が

合流する場所で、更に下流で富雄川が合流して大和川の名前で大阪湾に注ぎます。

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説明書に描かれた当社の位置

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駐車場から南へ少し回って一の鳥居へ

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鳥居前のバス停
これは臨時バスではなくコニュニティバスのよう

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ゆるキャラ 「すな丸」 と社殿を描く

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祭典・行事の案内板

いわば河川交通の要衝で、神社自身も川の中洲に鎮座。南北に細長い神社の西側は

小川が北流し大和川に合流、川に護られた自然の要害といった所でしょうか?

地図にも載っていない小さな川の名前は不毛田川。水が豊富なのに不毛(ふもう)とはこれ如何にですが、

「ふけた」 川が正しい読み。私も【老けた】と実感しました。

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廣瀬大社西側の定林寺前から見た南北に長い大社の全景

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西側からは 「ひろせはし」 を渡り境内へ

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橋上から見た不毛田川

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樹木に囲まれた参道を往く

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月ヶ瀬梅渓 湖畔の里 (奈良市月ヶ瀬桃香野) <月ヶ瀬梅渓 其の参>

2023.03.19(20:41) 1414

月ヶ瀬を訪れた文人墨客(2023.3.11)

<コース>
【往路】JR天王寺(6:18) → JR加茂(7:26→7:33) → JR月ケ瀬口(7:57) → 月ヶ瀬駅前(8:45) → (臨時バス) → 尾山口(9:00)

徒歩5分 → 梅林入口 → 真福寺 → 一目八景 → 帆浦梅林 → 梅林公園 → 天神神社・天神梅林 → 代官坂 → 月ヶ瀬橋 → 一目万本 → 奥の谷梅林 → 龍王梅林 → 八幡橋 → 紅葉の小道 → 梅の資料館(月ヶ瀬橋畔) → 尾山口

【復路】尾山口(13:40) → (臨時バス) → JR月ヶ瀬駅(13:55→14:12) → (関西本線) → JR大河原(14:18) → 徒歩8分 → 恋志谷神社 → JR大河原(15:19) → JR加茂(15:35→15:39) → (大和路快速) → JR大阪(16:54)

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資料館前に建つ石碑

 北岸にある梅林公園からは曲がりくねった代官坂を降りると名張川河畔に出ます。

そこに架かる朱色の月ヶ瀬橋を渡り対岸へ、そこから川を下って次の八幡橋までの間がもう一つの梅林。

行政区では桃香野(ももかの)築、梅林があるのに桃香野とはこれ如何に?

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代官坂からの眺め

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奥の谷梅林付近に建つ石碑

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梅の向こうに見える八幡橋

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道路標識に記された桃香野(ももがの)

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ガイド記載の桃香野地区

 ここの梅は斜面ではなく専ら川沿いに植えられており、北岸とはまた違った趣ですが、歩く人は疎ら。

やはり尾山口から遠いせいでしょうか?と思っていると橋の袂の駐車場には大勢の人が。

「湖畔の里つきがせ」と言う施設がありました。

奈良県側から月ヶ瀬に来る場合には、こちらが玄関口。人が多いのも頷けます。

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八幡橋南岸から桃香野地区を望む

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湖面に梅が映える

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「湖畔の里 つきがせ」 の駐車場
奈良市内側からの入口は梅林西側のこちらになる。

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八幡橋上から見た「湖畔の里 つきがせ」

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「湖畔の里 つきがせ」入口
道の駅ではないが、似た内容の施設である。

 丁度、お昼時なので、「湖畔の里つきがせ」にて昼食。かやくご飯+梅うどんセット¥880と梅ソフト¥350。

普段は梅うどんというメニューは滅多に見ませんが、梅林では頻繁に登場。

あっさりした口当たりが好まれるからでしょうが、もう少し広まって欲しい気もします。

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かやくご飯+梅うどんセット ¥880

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食後の口直しは 梅ソフト ¥350
中には梅肉が入っている。偶然にも服の色と同じ。

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施設入口に建つ月ヶ瀬のゆるキャラ 二人?

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施設周辺の満開の梅

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レストラン前にある梅の古木 「白髭の梅」

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「白髭の梅」解説

 食後は八幡橋から再び北岸へ渡り、紅葉の小道を歩いて月ヶ瀬橋へ。

【橋から橋まで】ぐるっと一周した事になります。

月ヶ瀬橋北側の「梅の資料館」では梅まつりに合わせて月ヶ瀬所縁の文人の作品を展示中。

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北岸に続く「紅葉の小道」
斜面の茶畑は、明治以降梅林から転作されたもの。

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紅葉の小道
秋には深紅のトンネルに変わる?

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月ヶ瀬橋北岸に建つ 「梅の資料館」
売店(1階)、資料館(2階)、展望台(3階)となっている。

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資料展の案内

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ゆるキャラを描いた台紙に押印した記念スタンプ

『梅林が渓谷を挟んだこの梅渓は、江戸時代後期から風雅を好む文人墨客に讃えられ、

その景色を愛でる詩文が詠まれた。そこから多くの著作品が出版された事も月ヶ瀬の名を高めた。

 天神神社脇には頼山陽の漢詩碑が建つ。耶馬渓の目付け親でもあり

江戸時代を代表する歴史学者であるが、月ヶ瀬を一躍有名にしたのは齋藤拙堂。

江戸末期の漢学者・齋藤拙堂は紀行文にも優れ『月瀬記勝(乾・坤二巻)』に記された

「梅渓有遊紀記」は大和の月ヶ瀬梅渓を全国的に有名にした。

これは漢詩集であるが、要所に挿画もあり廉価で入手できたことも手伝って、

人々の間で月ヶ瀬の名を不動のものとした。

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資料館2階の展示室

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富岡鉄斎の揮毫

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鉄斎の描く月ヶ瀬

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鉄斎の画の続き

 また明治・大正期に活躍した文人画家・富岡鉄斎は月ヶ瀬の自然を好み数多くの山水画を残した。

当館所蔵の「月瀬図巻」は清荒神清澄寺より寄贈された貴重な作品である。』 とあります。

 景勝地に石碑があるのは当然で、ここにも漢詩や歌碑がありました。

最も良い場所に建っていたのは頼山陽。

資料館の解説では齋藤拙堂の方が相応しく思いますが、やはり世間一般の知名度の差でしょうか?

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資料館前から見た旅館と枝垂れ梅

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龍王梅林に建つ谷崎潤一郎の歌碑

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谷崎潤一郎の歌碑の釈文
植林山華は大和の書家で、歌碑の文もこの書家の手になるもの。

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天神神社脇に建つ頼山陽詩碑

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詩碑近影

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山陽詩の書き下し文
山陽外史とあるので『日本外史』の一節か?

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詩碑裏面の解説

などと考えながら散策路を歩いていくと、現代の歌詞を彫った石碑があり

スピーカーからは聞き覚えのある声が。

見ると八代亜紀さんが歌う御当地ソング「月ヶ瀬小唄」。

歌自体は大分前に発売されていましたが今まで聴いた記憶はなく、あまりヒットしなかったのでしょう。

私的には〇〇小唄というのが、前時代的な印象。

いっそ「月ヶ瀬ブルース」や「梅の慕情」ならばと勝手な妄想をしてしまいました。

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「月ヶ瀬小唄」歌碑

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歌碑の説明
建立は令和元年とつい最近。

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八代亜紀さん手植えの梅

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植樹の解説と植樹時の一句

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月ヶ瀬梅渓 天神梅林 (奈良市月ヶ瀬尾山) <月ヶ瀬梅渓 其の弐>

2023.03.18(20:31) 1413

香が結んだ加賀藩との所縁(2023.3.11)

<コース>
【往路】JR天王寺(6:18) → JR加茂(7:26→7:33) → JR月ケ瀬口(7:57) → 月ヶ瀬駅前(8:45) → (臨時バス) → 尾山口(9:00)

徒歩5分 → 梅林入口 → 真福寺 → 一目八景 → 帆浦梅林 → 梅林公園 → 天神神社・天神梅林 → 代官坂 → 月ヶ瀬橋 → 一目万本 → 奥の谷梅林 → 龍王梅林 → 八幡橋 → 紅葉の小道 → 梅の資料館(月ヶ瀬橋畔) → 尾山口

【復路】尾山口(13:40) → (臨時バス) → JR月ヶ瀬駅(13:55→14:12) → (関西本線) → JR大河原(14:18) → 徒歩8分 → 恋志谷神社 → JR大河原(15:19) → JR加茂(15:35→15:39) → (大和路快速) → JR大阪(16:54)

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月ヶ瀬梅渓 天神梅林への橋

 帆浦梅林に続く遊歩道を進み、赤い欄干を渡ると天神梅林。

名前の由来は、最も高い場所に建つ天神神社に由来。天神神社は、

『元久2年(1205年)、真福寺境内に菅原道真を祀る産土神として天神社を祭祀したのが始まり。

その際、神霊を慰めるため道真の好んだ梅を植えたのが月ヶ瀬の梅林の嚆矢とされる。

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懸造り?ではないが、斜面に建てられた茶店

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梅林への案内板

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名張川の眺め

 時代は下って元和元年(1615年)、加賀藩三代藩主前田利常は大坂夏の陣の帰路、

尾山天神に立ち寄り前田家安泰二千日の祈願をなし、元和7年3月に満願の碑を建立したと伝わる。

その碑にある両天神とは尾山神社と分神勧請された金沢城内の尾山天神を指すとされる。

碑文は四百年の風雪に晒されて目読する事が出来なかったが拓本に拠って判読された。

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これは蝋梅

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紅枝垂れ梅

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天神神社

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前田家と天神社の関り

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神社と梅林の由来

明治17年(1884年)、真福寺境内から絶景のこの地に社を移祀している。

天神様である菅原道真の他、月ヶ瀬梅林の黄偈となった姫若も合祀している。』

とあります。

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満願の碑

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満願碑解説

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天神社脇からの眺め

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 平地の少ない斜面なので、神社も祠が建つだけで社務所はなく無人。

元は真福寺境内に建てられた事、創建年代も後だった事を考えても月ヶ瀬梅渓の起源は

当社ではなく真福寺だったのは確実。

と言っても産業としての月ヶ瀬の梅は真福寺ですが、最初に植えられたのはここ天神社。

真の発祥の地が当社なのは嘘ではありません。

現在の地は梅林の中心にある高台で、土産店に加え宿泊所もあり、

美晴荘と名付けた旅館は皇室の方も泊まられたとか。

まさか梅林の中に宿泊できるとは思いも寄りませんでした。

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美晴荘別館の玄関

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別館の沿革

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別館は食事だけの利用も可能

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美晴荘本館(右)と美晴荘経営の茶店
別館は正面奥左手にある。

 加えて、当社は近世になって加賀藩の庇護も受けます。

尾山神社と言えば、金沢を連想しますが、あちらは明治以降の創建なので、

当社が先。名前が同じなのは偶然でしょうか?

前田利常が領国から離れた当社に参詣した理由は分かりませんが、前田家の家紋は梅鉢紋で、

公式には姓は菅原氏。そのような由縁で当社に白羽の矢が立ったのでしょう。

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天神社脇からの眺望
名張川に架かる朱い橋が目指す月ヶ瀬橋。

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天神梅林から代官坂へ

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代官坂から見た斜面の梅林

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九十九折?の代官坂を下る
正面の幟が建つのも坂の一部。

 前田家菅原氏は、大名家が幕府に提出した由緒に拠るそうですが、真偽の程は不明。

そのことは藩主自身が一番良く分かっていたに違いありません。

尤も、この点に関しては菅原家からクレーム等は一切なかったとか。

先祖を偉くするのは、自身が偉くなるのが最大の近道というのは古今東西変わらぬ真理のようです。

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ここから先は「春告げの小径」と優雅な名前で呼ばれる。

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「春告げの小径」から見た月ヶ瀬橋
橋の右手に建つのが梅資料館。

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小径は最後に川沿いの82号線に合流

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月ヶ瀬梅渓 帆浦梅林 (奈良市月ヶ瀬尾山) <月ヶ瀬梅渓 其の壱>

2023.03.17(20:41) 1412

香やは隠るる、腹はふくれる(230311)

<コース>
【往路】JR天王寺(6:18) → JR加茂(7:26→7:33) → JR月ケ瀬口(7:57) → 月ヶ瀬駅前(8:45) → (臨時バス) → 尾山口(9:00)

徒歩5分 → 梅林入口 → 真福寺 → 一目八景 → 帆浦梅林 → 梅林公園 → 天神神社・天神梅林 → 代官坂 → 月ヶ瀬橋 → 一目万本 → 奥の谷梅林 → 龍王梅林 → 八幡橋 → 紅葉の小道 → 梅の資料館(月ヶ瀬橋畔) → 尾山口

【復路】尾山口(13:40) → (臨時バス) → JR月ヶ瀬駅(13:55→14:12) → (関西本線) → JR大河原(14:18) → 徒歩8分 → 恋志谷神社 → JR大河原(15:19) → JR加茂(15:35→15:39) → (大和路快速) → JR大阪(16:54)

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月ヶ瀬梅渓 一目百景の眺望

・春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やは隠るる   凡河内躬恒

 梅渓発祥の寺院参拝に続きいよいよ梅林散策。花も勿論ですが、

それにも増して辺り一面に漂う香りに圧倒。馥郁というのは文学だけの表現と思っていました。

 散策スタートに当たり先ずは梅林入口で腹ごしらえ。

店先で焼いていた草餅に惹かれたのが正直な所で、花より団子を地で行く話です。

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これから向かう梅園の案内板

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貰ったパンフの地図ではこうなる

 梅園入口にある二軒の店は早朝から営業中。その内、近い方の「梅香」さんで焼餅購入。

食べ歩き覚悟でしたが、お茶まで出して頂き一服。長谷寺門前もそうですが、

大和は草餅が名物の様子。梅の里では鶯餅にはならないのでしょうか?

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草餅に並んだ行列

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盆梅を眺めながら暫し休憩

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様々な盆梅が並ぶが全て売り物

 焼餅を頂いた店の周囲は梅の盆栽が並んでいましたが、食事だけでなく、

梅干・盆梅など梅に関するう【めぼしい】ものを扱って居られる様子。

偶々出て居られた店の御主人に伺うと、梅は食用・観賞用に見事に分かれているそうで、

盆梅からは梅干しは採れないそうです。

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店の裏にある梅の巨木
樹齢数百年かと思いきや、御主人の話では50~60年程だとか。

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白梅の盆栽

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購買意欲をそそる紅梅の盆栽

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これも店の裏にある枝垂れ梅

 道標から梅林へは坂を上り、名張川の北側の尾山地区の【おやま】にある梅林へ。

尾山と言う名は山の尾根の部分にあるからの命名でしょうが、月ヶ瀬梅林は

名張川(月ヶ瀬川・五月川)の両側の約3㎞に亘って東西に続く名勝地。

川は下流で木津川に合流しますが、かつては川が深い谷を形成する渓谷。

月ヶ瀬梅林ではなく、月ヶ瀬梅渓と呼ばれるのはそのためです。

しかし1959年に高山ダムが出来、それに伴って渓谷は水没しダム湖が形成。

今は、穏やかな川面に梅が映えます。

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梅の向こうに見える月ヶ瀬湖
高山ダムに拠って名張川が堰き止められてできた。

『月ヶ瀬の梅は、今から約800年前、月ヶ瀬尾山に天神社を祀り、所縁の梅の木を植えたのが始まり。

その梅の実から烏梅(うばい)を作るようになり、林間の渓谷や空地を利用して梅を植え、

烏梅は急峻なこの地域の貴重な収入源となった。

江戸後期には10万本以上の梅が植えられており、梅の名所としても知られるようになった。

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最初の見所「一目八景」

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満開の梅と月ヶ瀬湖

 烏梅は黒梅とも呼ばれ、梅の実を煙で黒く燻したもので、薬用や染色に使用。

特に月ヶ瀬の烏梅は、紅花染において烏梅に含まれるクエン酸が

紅花の美しい発色を可能にしたので、京・大坂の染物屋に送られた。

江戸時代後期には生産量が最盛期を迎えたが、明治以降安価な化学染料が

輸入されるようになったため需要が減り衰退した。

梅林も茶畑等に転換され、今では梅の木も1万3千本と全盛期の六分の一程度まで減少。

現在では地元で唯一残った古梅園1軒がその製法を伝えているのみである。

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斜面全体に梅が見える
奥の建物は売店。

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向日の岸辺にも梅

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遊覧船はないが、時折ボートが走っている

 梅林が渓谷を挟んだこの梅渓は、江戸時代後期から風雅を好む文人墨客に讃えられ、

その景色を愛でる詩文が詠まれ多くの著作品が出版された。

また大正11年には国が初めて指定した名勝の一つとなっている。

 明治以降、梅林の減少や渓谷の水没等、かつての勢いはなくなったが、

地元の人々の努力によって新しく生まれ変わった梅林は、関西屈指の観光地として

季節には多くの人々が訪れる場所となっている。』 とあります。

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次の梅林へ移動

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帆浦梅林
月ヶ瀬で最も景色が良いとされる場所。

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帆浦梅林の眺望
茶店の張出した展望台からの景色。よく写真に使われるのは紅白の梅が隣接しているから?

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遠く西を望めば桃香野の集落が

 梅林入口からは、鹿飛谷・一目八景・帆浦梅林と続きますが、この辺りが一番の見所らしく、

月ヶ瀬梅渓として写真で紹介されるのもここ。散策路から梅越しに名張川が見える絶景の地。

帆浦というからには、かつては川を往来する船の帆が見えたのでしょう。

一目八景というのも【ほら】ではないようです。

 この付近を歩くと道脇には茶店や食事処が犇めいており、店で注文して

見晴らしの良い張り出しから梅渓を見るのがお勧めの様です。

メニューはうどんや鍋物が中心で焼き鳥・焼きそば・焼肉など煙を出すものは一切なく

焼いているのは草餅くらい。梅の香りを損なわないとの心配りに感心する事頻りでした。

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張出しからの眺望

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真福寺 (奈良市月ヶ瀬尾山)

2023.03.16(21:54) 1411

姫と梅のお話(2023.3.11)

<コース>
【往路】JR天王寺(6:18) → JR加茂(7:26→7:33) → JR月ケ瀬口(7:57) → 月ヶ瀬駅前(8:45) → (臨時バス) → 尾山口(9:00)

徒歩5分 → 梅林入口 → 真福寺 → 一目八景 → 帆浦梅林 → 梅林公園 → 天神神社・天神梅林 → 代官坂 → 月ヶ瀬橋 → 一目万本 → 奥の谷梅林 → 龍王梅林 → 八幡橋 → 紅葉の小道 → 梅の資料館(月ヶ瀬橋畔) → 尾山口

【復路】尾山口(13:40) → (臨時バス) → JR月ヶ瀬駅(13:55→14:12) → (関西本線) → JR大河原(14:18) → 徒歩8分 → 恋志谷神社 → JR大河原(15:19) → JR加茂(15:35→15:39) → (大和路快速) → JR大阪(16:54)

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尾勝山 真福寺(高野山真言宗)

 道標の脇の坂道を上ると梅林エリアですが、その前に地元のお寺に参拝。

駐車場の横の階段を上った高台にあります。

奈良県の観光ガイドに載っている訳ではないので穴場かと思いましたが、

思いのほか多くの方が参拝に向かっていました。地元では有名な古刹だそう。

 階段を上った場所には紅白の枝垂れ梅が咲き、境内は梅の木が花盛り。

通常、梅と言えば天神様で、寺院には似合わないと思っていましたが、その偏見は撤回。

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駐車場(右手)の横の小高い丘に寺院が建つ
但し、山門はない。

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境内へ石段を上る

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石段脇の石碑と案内板

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先ずは紅白の枝垂れ梅がお出迎え

 お寺も参拝者に向けて、梅に加え御朱印・御守り・書籍と準備に余念がありませんでした。

梅の花と香りに包まれた階段を更に進むと本堂。内陣は改修中とかで外陣からの参拝でしたが、

御本尊はしっかり拝むことが出来ました。

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紅梅の奥には購買ではなくて寺務所
御朱印の看板も見える。

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真福寺御朱印(御本尊)

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パンフはなく説明書きを拝受

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梅が咲き誇る境内

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参道の正面に建つ本堂

 尾勝山真福寺(びしょうざんしんぷくじ)は、

『治承2年(1178年)の建立、境内に菅原道真を祀る産土神として天神社を祭祀し

神霊を慰めるため、道真の好んだ梅を植えた。

本尊の地蔵菩薩は平安時代後期、藤原時代の作とされる。

仏身90㎝の一木造で、奈良風を取入れた定朝様式が感じられる秀作で、

元は金帛が塗られていたらしく、台や光背は江戸時代に補作され、

今では全体が塗り替えられている。厨子は桃山時代様式を伝えている。

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石の地蔵群を左に見て本堂へ

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正面から見た本堂

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本堂前面の向拝にて

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向拝欄間の龍彫刻

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前面に掲げられた「真福寺」の扁額

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外陣より拝した御本尊・地蔵菩薩

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本堂前の御本尊説明

 現在の本堂は平成9年の新築で、旧本堂は弘化元年(1844年)に建立された事が文献等に見える。

新築の際に、旧本堂の内陣、正面本尊上部に設置されていたのが、鳳凰彫刻の欄間で、

移設場所がないまま寺務所脇に架けられ今に至っている。今でも一部に色が残るが、

出来た当初の江戸時代後期には、美しい彩色が施されていたものと考えられる。』 とあります。

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本堂前の十三重石塔

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寺務所脇に架けられている旧本堂の欄間を飾った鳳凰彫刻

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鳳凰彫刻近影
いまも彩色の跡が見える。

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鳳凰彫刻の欄間解説

 古刹ながら真新しい印象なのは平成の再建のためでした。

また当寺は月ヶ瀬梅渓発祥の地でもあるようで、御住職の話ではその梅が今もあるとか。

 本堂手前にある梅は「姫若(ひめわか)の梅」と呼ばれる古木。傍らに書かれた言い伝えでは、

『元弘2年(1331年)、後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒すべく笠置山に挙兵。

その折に、女官の一人が難を避けるべく逃げる途中、精魂尽き果てこの地の園生(そのお)の森で倒れた。

それを見た村人が姫を助けたので、その好意に感謝した姫は真福寺の境内に梅を植え、

染色の原料となる烏梅(うばい)の製法を教えた。これが今に至る月ヶ瀬の梅林の始まりである。』

というもの。

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本堂前に聳える「姫若の梅」

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「姫若の梅」解説

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本堂前からの眺望
左が寺務所。

 この謂れについては、地元が「月ヶ瀬 梅と姫のものがたり」という絵本を発行。

絵本と言う割には装丁・内容・価格も豪華で、早速購入。

その中では女官が倒れていたのは桜峠、女官を後醍醐天皇の側女とし

姫若・姫宮・園生姫と呼ばせています。

姫が教えた烏梅は都で高く売れ、村人の暮らしを豊かにしました。

姫は若くして亡くなりましたが、村人は姫の恩を忘れず、山間に梅を植え続けました。

そして早春には川面に梅の花と月が映え、いつしかこの場所は月ヶ瀬と呼ばれるようになったとか。

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寺務所で販売されていた「月ヶ瀬 梅と姫のものがたり」 ¥1000

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本堂前に建つ御掃除地蔵様と紅白の梅

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紅枝垂れ梅
奥に見えるのが本堂。

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こちらは白梅

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こちらはピンクの梅

 最後に地名の由来にまで繋がるとは流石ですが、恐らく地元には様々な言い伝えが

残っているのでしょう。唯、正史には園生の名はなく、かなり伝説的。

この地で烏梅が作られたのは事実で、思うに都の人が伝えた可能性が大。

その始祖に高貴で薄幸の姫君を持ってくることで、ブランド化を図ったものと思えます。

薬九層倍(くすりくそ【うばい】)と言う位ですから、梅干よりも高額なのは当然。

高嶺の花のお妃の伝説がより高値を呼んだ事になります。

梅花から採れる梅果を加工して【売価】を上げ、村人の収入は【倍加】、

うめー商売も有ったものだと感心します。

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石段横の石地蔵群

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本堂脇から名張川方面(南側)を見る

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同じく西側の眺望
遠くには桃香野(ももがの)集落が。

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月ヶ瀬への道 (奈良市月ヶ瀬)

2023.03.15(21:56) 1410

山城の村から大和の市内へ(2023.3.11)

<コース>
【往路】JR天王寺(6:18) → JR加茂(7:26→7:33) → JR月ケ瀬口(7:57) → 月ヶ瀬駅前(8:45) → (臨時バス) → 尾山口(9:00)

徒歩5分 → 梅林入口 → 真福寺 → 一目八景 → 帆浦梅林 →梅林公園 → 天神神社・天神梅林 → 代官坂 → 月ヶ瀬橋 → 一目万本 → 奥の谷梅林 → 龍王梅林 → 八幡橋 → 紅葉の小道 → 梅の資料館(月ヶ瀬橋畔) → 尾山口

【復路】尾山口(13:40) → (臨時バス) → JR月ヶ瀬駅(13:55→14:12) → (関西本線) → JR大河原(14:18) → 徒歩8分 → 恋志谷神社 → JR大河原(15:19) → JR加茂(15:35→15:39) → (大和路快速) → JR大阪(16:54)

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JR月ケ瀬口駅前の梅と石碑
月ヶ瀬梅林の最寄駅だからと思いそうだが、地元の偉人を顕彰したもの。

 弥生も中旬に突入。気温も20℃越えの中、今期最後の梅の香りを求めて月ヶ瀬へ。

月ヶ瀬といえば関西を代表する梅林ですが、訪れた人は意外と少ない景勝地。

それもその筈、行政区は奈良市ですが平成の大合併前は月ヶ瀬村と呼ばれた市の東端で

バスを利用しても2時間。しかも奈良市内からの公共交通は午前・午後の二便と、

これでは自家用車かバイクを使わない限り訪問は困難。

 そう諦めかけていた矢先、先週立ち寄った道の駅で梅まつり開催と

JR月ケ瀬口駅から臨時バスがほぼ1時間おきに運行される事が判明。

3年ぶりだそうで、祭りは2月12日から3月26日までと一ヶ月半ですが、

バスは3月4日から12日の9日間のみ。これは見逃せないと満を持しての巡礼。

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駅北側にある道の駅で押印したスタンプ
文字だけの図柄は珍しい。

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道の駅で入手した「月ヶ瀬 梅まつり」のチラシ

 名古屋駅から天王寺駅を結ぶ関西本線ですが、加茂から亀山間は単線非電化。

大雨が降ると運休、月末には保線で運休、日中は1時間毎の運行とかなりの難物ですが、

バスとの連絡を思うと利便性は抜群でした。

 8:45分の始発を目指しましたが、木津から加茂までの便がなく早めの7:57分着。

昭和26年開業のJR月ケ瀬口駅は非電化区間ながら駅員配置・スタンプ設置もありますが土日は休み。

歩くことも考えましたが、駅から9㎞の距離を考えて駅前で時間潰しとなりました。

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休日は無人の駅舎

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営業時間の張り出し

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旧国鉄時代のDiscover Japan 印
このタイプとしては期間が長く、民営化後も暫く設置されていた。

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JR月ケ瀬口駅スタンプ
2006年設置のJR西日本印と同様のタイプで、後に設置。今も現役で活躍中。

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但し、コロナのためスタンプは休止中

 時間が来て到着した臨時バスは名張営業所の三重交通。

駅は京都府、行先は奈良県なのに三重交通とはこれ如何に。

単に【みえ】を張ったのか、付近が【なーばり】なのかは分かりませんが…。

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駅前のバス停にある臨時バスの貼り紙
JR駅間を走るコミュニティバスは毎日運行している。

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マイクロバスと思いきや立派なバス

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行先表示板
「宮の前」が中間点で県境の様子。

 始発なので立ち席もなく15分で終点・尾山口に到着。終点は梅渓の北東隅。

ここから82号線に沿って進み、小中学校・郵便局・行政支所を見ながら南下すると

道沿いに名勝月ヶ瀬梅林の道標が。ここから梅園へ向かいます。

道沿いには梅を商う店舗が並んでいましたが、どれも趣のある建屋。

唯、昼食や土産購入には、ここまで戻らなければ思うとしんどいですが、

その心配は良い意味で裏切られる事になります。

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月ヶ瀬のマンホール蓋
今は奈良市だが、かつては月ヶ瀬村だったので独自のデザイン。

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月ヶ瀬郵便局 ; 名張川に架かる月ヶ瀬橋、梅花

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82号線沿いに建つ道標

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旅館の様な外観の福田商店
梅関係の商品が並ぶが、本業は漬物店。

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道標脇の小谷商店

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小谷商店入口
看板には「名産 月瀬漬」とある。

 店裏には枝垂れ梅があり観光客が撮影中。

先週、バスの運転手さんに訊いた話では

「今は三分咲きなので、来週あたりがベストでしょう。」 とありましたが、

来て見ると見事な満開。【月ガセ】ネタではなかったようです。

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小谷商店裏の枝垂れ梅

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枝垂れ梅近影

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坂を上った先にも「月瀬漬」 の店舗が
店名は同じ小谷商店。

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稲蔵神社 生駒の天孫 (奈良県生駒市小明町) <稲蔵神社 其の弐>

2022.08.25(20:28) 1211

磐座から稲蔵へ(2022.5.2)

<コース>
鶴橋 → (近鉄急行) → 生駒 → 徒歩10分 → 生駒台〒 → 徒歩10分 → 稲蔵神社

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稲蔵神社
玉垣に囲まれた御神体の烏帽子岩。左が拝殿、奥が本殿。

 稲蔵神社は、

『矢田丘陵の麓、いかるが三十六峰の一つとされる稲蔵の森に鎮座。

地元に伝わる話では古代より存在した社と言う。

境内にある烏帽子石が神の鎮座する磐座とされる。

 天照大神の御孫、饒速日尊(にぎはやひのみこと)が大神より賜った十種の神宝を奉じて

天の磐船に乗り、河内の哮ヵ峰(たけるみね)に天降になった際、共に天降った生魂(いくむすび)、

大宮能御膳神(おおみやのみめけつのかみ)の二柱がこの烏帽子石に宿ったとされる。

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種々の巨石に囲まれた稲蔵神社拝殿

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拝殿前の通称‘お化け灯篭’
稲蔵神社から日露戦争に出征した13名の内、生還した12名が感謝を込めて建造したもの。

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灯篭上部の近影

 生魂は生命の神、大宮能御膳神は五穀豊穣の神で、この二柱はその霊験が極めてあらたかで、

古来より稲蔵大神、稲蔵(大)明神と称せられて多くの人々に信仰されてきた。

稲蔵明神は小明(こうみょう)村の鎮守として、稲蔵寺の鎮守として奥之院とも呼ばれている。

 老樹が生い茂る長さ30m、横24mの稲蔵の森の境内には、高さ6m、周囲12mの烏帽子石をはじめ、

行場の滝、本殿、拝殿、社務所の他、行者、白川大明神、七森姫、伏見稲荷等の神々が

溝社を中心に奉祀されて、多くの社がある。』 とあります。

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南側から見た拝殿と烏帽子岩

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烏帽子岩近影

 本殿の横には玉垣に囲まれた烏帽子岩、手前には巨石を組み合わせた石灯籠(通称お化け灯籠)、

奥には165基の石でできたお塚と、さながら巨石の展示場の様相。

 灯籠とお塚は人工のものですが、烏帽子岩は自然石。古代人の磐座信仰の証でしょう。

社名は稲蔵ですが、元は磐座(いわくら)だったものが、後世稲荷信仰が入り込む事で

稲蔵(いなくら)に変化したと思いますが、どのような【いわく】があったのでしょうか?

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烏帽子岩横に建つ本殿

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柵越しに見た本殿

 信仰の対象となった巨石群に加え、小明町は竜田川と天の川の分水点でもあります。

また、ここからは生駒山に沈む夕日を見ることが出来、

時には鳥居の上空に太陽を包む虹(ハロ)が出現することもあるとか。

続日本紀には721年に平城京の皇居上空にも出現した記録が残ります。

そんな場所に古代人が霊験あらたかなパワースポットを感じても不思議ではありません。

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登山道から見た本殿と拝殿

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本殿背後の白河大明神のお塚群

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大阪倉満講社の寄進に拠る

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お塚全景
やはり伏見稲荷関係が多い。

 もう一つの特徴は饒速日(ニギハヤヒ)尊で、皇室の祖先神である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)とは別の天孫降臨神。

ニギハヤヒと言えば、天の磐船に乗って降臨したのが大阪府交野市の磐船神社と言うのが知られていますが、

生駒の北部にも降臨したとの神話があります。

 磐船神社から生駒を越えて東にあるのが稲蔵神社で、どちらも巨石が特徴。

その関わりから共通の神を頂くようになったのでは、と想像が膨らみます。

ニギハヤヒの子孫とされるのが古代豪族の物部氏ですが、

河内を本拠地とした物部氏の勢力は生駒まで伸びていたのかもしれません。

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お塚と碑

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伏見稲荷を祀る祠

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山の高台から境内全体を望む
広くはないが、命の杜に育まれた社と言った雰囲気である。

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本殿脇の連理の杉

 参拝の後は、御朱印を拝受すべく神司(かんづかさ)さんの御自宅へ。

運よく庭木の手入れをされていたので、参道の向かいの社務所兼休憩所で拝受してお話を伺いました。

 森田神司が言われるのには、

神司;「御朱印の印は、風景印を元にしています。」

和辻;「局長さんは、こちらにことわってデザインを採用されたと仰っていました。」

神司;「「昔はニギハヤヒの子孫であることを隠していたが、今は誇りに思えるようになりました。」

との事。

宮司さんの家系かと思いきや、㈱そごうに定年まで勤められたサラリーマン。

唯、生家が農家組合から委託され、稲蔵神社境内に社務所兼茶店を営んでおられた由。

50歳を前にして、伏見稲荷大社の神職資格を取得。

定年後は小明(こうみょう)地区で神事に奉祀されています。

郷土を愛する姿勢と、御自身も見事な第二の人生を歩んでおられる姿に頭が下がる思いでした。

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稲蔵大明神記

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稲蔵神社御朱印

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稲蔵神社 (奈良県生駒市小明町) <稲蔵神社 其の壱>

2022.08.24(20:50) 1210

風景印で町興し(2022.5.2)

<コース>
鶴橋 → (近鉄急行) → 生駒 → 徒歩10分 → 生駒台〒 → 徒歩10分 → 稲蔵神社

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生駒台郵便局 ; 稲蔵神社と本殿横にある花崗岩製の巨岩「烏帽子石」

 GWの谷間の5月2日。休日の所も多いようですが、午前中は野暮用出勤。

そのまま帰宅するのも無芸なので、この4月に設置された風景印を求めて生駒まで行こうま!

 京都・奈良と言われる割には、風景印では奈良は京都に大きく水を開けられた形。

最近になって、じわじわと増えていますが、中には観光地からほど遠い山中の局だったりします。

 今回の訪問先は生駒駅から北へ阪奈道を越えた場所。

距離的には1㎞弱ですが、アップダウンが多く実際の距離よりも長く感じました。

住宅地として人気の生駒ですが、足腰も強くなりそうです。

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郵便局で貰った神社の説明書

 生駒台郵便局で押印したのは稲蔵神社のデザイン。

局長;「風景印を作成する際に、神社に御願いしてデザイン使用の許可を貰いました。」

和辻;「結構シビアですね。ところでガイドにもなく、私も不勉強で聞いたことがないですが。」

と局長さんにその旨を話すと、

局長;「それならば、いい本がありますよ。」

と稲蔵神社の本(冊子)を紹介されたので、早速¥500で購入。中々商売上手です。

局長;「あそこは神主ではなく神司(かんづかさ)と呼びますが、もし居られたら色々と話が伺えると思いますよ。」

との事。風景印から出た話で、訪問することに。

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郵便局で購入した冊子 ¥500

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168号線に面して建つ一の鳥居

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一の鳥居から東へ伸びる参道

 局から東へ今度は坂を下って、168号線にぶつかった場所に大きな一の鳥居が。

ここが神社の入口で、付近の地名は小明町と書いて「こうみょうちょう」と読むそうな。

奈良でこうみょうとはこらまた巧妙と駄洒落を呟いて更に東へ進むと朱色の二の鳥居が。

ここから西を望むと正面には生駒山。夕方には生駒山に夕陽が沈む光景が見えます。

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朱色の二の鳥居
左奥が神司さん宅。

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二の鳥居と三の鳥居に掲げられた扁額

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二の鳥居から西に向いて生駒山を望む

 ここから先は周囲に人家もなく、両側には樹木が茂り、

神の杜に入る粛然とした気持ちで、細い階段を上って拝殿へ。

途中に朱の鳥居が並ぶ様は、さながら伏見稲荷といった感じですが、

それもその筈、伏見稲荷を模した稲荷信仰の証で、かつてはもっと多かったそうです。

拝殿で参拝しましたが、御神体は更にその奥に聳えることになります。

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いよいよここから神社の杜へ

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石の鳥居を潜ると次は右へ

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石段を上り拝殿へ

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神社の説明板

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鳥居の正面に建つ拝殿
左は社務所らしいが、今は機能していない様子。

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役行者を祀る神変大菩薩社
巨石の上に築かれており、足元にはかつて葛城修験の行場だった滝がある。

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拝殿正面

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拝殿の垂れ幕
稲の紋様は稲荷との関り?

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柱の彫刻が神紋か?

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五條新町通り (奈良県五條市本町)

2022.08.23(21:09) 1209

五條の名君、肥前の暴君(2022.4.30)

<コース>
【往路】JR天王寺(7:45) → JR王寺(8:03→8:06) → JR五条(9:01)

駅前観光案内所 → レンタサイクル5分 → 金剛寺 → レンタサイクル25分 → 念仏寺 → レンタサイクル45分 → 大澤寺 → レンタサイクル25分 → 栄山寺 → レンタサイクル8分 → 新町通り

【復路】JR五条(15:30) → JR王寺(16:22→16:30) → (大和路快速) → JR大阪(17:09)

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五條新町通り 400年の商家町

 当初の予定の4ヵ寺参拝を終え、食事も済ませたので後は帰路に着くだけですが、

電車にはまだ時間がありそう。そこで朝方通った五條の町並みを覗く事に。

 駅から国道168号線を吉野川に向かうと、新町通りの看板が。

『重要伝統的建造物群保存地区に選定されている五條新町地区は、

中世に成立した町場を起源とする五條と、江戸時代初めに整備された

二見城の城下町に由来する二つの地区から成る。

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県指定文化財・中家住宅
168号線沿いの新町通り入口に建つ。宝永元年(1704年)の建築で、中家は五條村の庄屋や代官所の公金出納を代行した。

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新町通り入口

五條新町地区は江戸時代を通じ、吉野川の水運と紀州(伊勢)街道沿いの商家町として栄えた。

この地区には江戸時代初期から昭和初期までの約4世紀に亘る町屋が軒を連ね、

時代の変遷を体感することができる。

 記録が残る我が国最古の住宅である栗山家を初め、創業300年の造り酒屋、江戸後期の旅籠など、

防火の延焼から逃れるために、二階の軒裏まで塗り込めた重厚な造りである。

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通り入口に建つ栗山家住宅
元禄9年(1696年)の棟札を持つ大型町屋。二階建てだが、外観を平屋に見せる構造となっている。

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栗山家より通りを奥に進む

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宝永7年(1710年)創業と伝える造り酒屋・山本本家
主屋・土蔵・離れ座敷・酒造施設が配置されている。

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山本本家玄関
看板商品は金剛山の伏流水の井戸水を使った清酒「松の友」。徳利型の看板も趣がある。

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鉄屋橋の向こうに見える山本本家醸造蔵

 この新町通りを築いたのが松倉重政。慶長13年(1608年)、松倉豊後守重政は

関ヶ原合戦の功績に拠り、一万石余りの大名として二見城に入部。

二見村と既に町屋として栄えていた五條村を結ぶため、吉野川と並行する道路に沿った

町割を施行して新町を造り、諸役を免除して多くの商人を全国から集めた。

 重政は8年後に肥前日野江城へ国替えとなったが、五條が南大和地域の中心として発展する

礎を築いた君主として、地域の人々は国替え後も「豊後様」として重政を崇めて

祭を行っていたと記録が残る。』 とあります。

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重厚な海鼠壁

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繊細な格子

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新町通りから北へ入る細道

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二階に袖卯建(そでうだつ)が見られる町屋

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五條 源兵衛
18世紀築の大型町屋を和食レストランに改修。朝摘み野菜や地元の食材を使った料理が人気。

 天領として知られた五條ですが、その町の基礎を築いたのが殿様だったとは初耳。

しかも松倉重政といえば、島原城主として重税・切支丹弾圧で知られる人物。

島原の乱は彼の死後7年目、息子の勝家の時代ですが、乱に至る道筋は

重政が付けたと言われても仕方がありません。

 人物の毀誉褒貶は必ずついて回る事ですが、これが同一人物かと言う位180度評価が

変わる事も稀ではなし。明治の政治家三島通庸にも同様の記載があったと記憶しています。

 果たしてどちらが正しいのか、おそらくどちらも真実でしょうが、

権力が人を変える典型にも思えます。その真実に近付くのが歴史に学ぶ人間の心掛けでしょうが…。

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まちなみ伝承館
明治・大正期に建てられた医院の居宅を改修して使用。五條の歴史を紹介している。

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伝承館横を流れる東浄川に架かる新町橋上にて

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新町橋から通りを西に見る

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まちなみ伝承館から通りを東に見る

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案内図

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よしの川と音無川 (奈良県五條市小島町)

2022.08.22(20:19) 1208

吉野川に泳ぐもの(2022.4.30)

<コース>
【往路】JR天王寺(7:45) → JR王寺(8:03→8:06) → JR五条(9:01)

駅前観光案内所 → レンタサイクル5分 → 金剛寺 → レンタサイクル25分 → 念仏寺 → レンタサイクル45分 → 大澤寺 → レンタサイクル25分 → 栄山寺 → レンタサイクル8分 → 新町通り

【復路】JR五条(15:30) → JR王寺(16:22→16:30) → (大和路快速) → JR大阪(17:09)

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吉野川(音無川)と栄山寺橋

 巡礼にかまけて昼食を抜かしていたので、栄山寺拝観を終えると14時前。

お寺の前に茶房栄山寺とあったので受付の方に食事ができるか訊いた所、

15年前に閉めたとの返事。あーあ、十年ひと昔とは!

受付嬢;「少し下った場所に「よしの川」さんがありますよ。」

和辻;「でも工事中みたいでしたが…。」

受付嬢;「あれは駐車場なので店は大丈夫です。」

和辻;「メニューは色々ありますか?」

受付嬢;「一通りの食事はできるみたいです。」

と言う事で、吉野川岸に建つ「よしの川」へ。

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レストラン「よしの川」

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レストラン内からの眺望

 お店の名前はそのままですが、この付近の呼び名は「音無川」。

なんでも弘法大師が修業中に、水音が煩く、修行に集中できなかったので、

川に石を投げ込んで「願わくば、音を消し給へ」と呪法を唱えた所、水音がピタリと止んだとか。

石で意志を通した訳ですが、石の落ちる音の方が煩くはなかったのでしょうか?

 吉野川と言えば鮎ですが、この日はマグロとろろ定食。お店の方の話では、

店員;「津風呂湖の鵜が鮎を放流しても皆食べてしまうので、漁協も放流を止めました。」

和辻;「それなら鮎は殆ど居ませんね。」

店員;「川を遡上する天然鮎はいますね。」

参考までに、鮎定食は¥2800でした。

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昼食は「マグロとろろ定食」 ¥1100

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入口にある「音無川」の由緒

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レストランの庭にて
お店の方の好意で入れて頂いた。

「俎上に載るのが遡上した鮎だけだと、益々庶民の口からは遠ざかってしまいそう」

などと思いならが自転車で駅に向かうと、堤防には鯉幟の群れが。

端午の節句に向けてでしょうが、鮎に代わって鯉の泳ぐ吉野川を見ることになりました。
  
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大川橋付近にて
川の看板は名産の柿。

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吉野川右岸(北側)に棚引く鯉幟

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鯉幟の向こうを流れる吉野川

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野原郵便局 ; 富有柿、吉野川(音無川)と八角円堂遠望

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JR五条駅スタンプ
(上) 国鉄時代の「わたしの旅印」   (下) 2008年JR西日本印  だが、どちらも同じ内容。

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栄山寺 国宝八角堂 (奈良県五條市小島町) <栄山寺 其の弐>

2022.08.21(20:50) 1207

天平の菩薩のはっかく(2022.4.30)

<コース>
【往路】JR天王寺(7:45) → JR王寺(8:03→8:06) → JR五条(9:01)

駅前観光案内所 → レンタサイクル5分 → 金剛寺 → レンタサイクル25分 → 念仏寺 → レンタサイクル45分 → 大澤寺 → レンタサイクル25分 → 栄山寺 → レンタサイクル8分 → 新町通り

【復路】JR五条(15:30) → JR王寺(16:22→16:30) → (大和路快速) → JR大阪(17:09)

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学晶山 栄山寺(高野山真言宗)

 文化財の宝庫とされる栄山寺ですが、最も有名なのは八角円堂。

国内に30程しかない奈良時代の木造建造物の一つです。

前回に訪れた時は外から見るだけでしたが、今回(4月25日~5月29日)は内陣特別拝観を実施中。

これを逃すと、次は何時になるか分からんので、別途¥400で見る事に。

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国宝・八角円堂

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円堂説明板

『八角円堂は、藤原武智麻呂没後、子の仲麻呂が父の菩提を弔うために建立。

大日如来坐像を本尊とする。

当初、武智麻呂の墓は佐保山にあったが、天平宝字4年(760年)に当山の北側に改葬。

建立時期はこの年から仲麻呂の討たれた天平宝字8年(764年)の間とされる。

 外観は本瓦葺きの平面八角形であるが、内部の身舎(もや)は四角形。

内陣周囲に立つ4本の八角柱が構造上の要となる。

四方板扉、蓮子窓で屋根上の宝珠は復元品である。

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正面より見た八角円堂

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円堂の軒部分

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軒下部分

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円堂の窓部分
湿度を調整する構造か?

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円堂の扉部分
ここから内陣を拝観する。

 内部の4本の柱と上部の飛貫(ひぬき)、天井には彩色絵画が描かれ、剥落が著しいものの、

奈良時代絵画の遺品として建物とは別に絵画の重要文化財となっている。』 とあります。

 奈良時代建造の八角円堂は以前より知っていましたが、内陣の柱に天平の菩薩が描かれ、

しかも重文になっていると【はしら】なかった。

唯、パンフにあるような鮮明な絵は私には分かりませんでした。

見る眼のある人には分かるのでしょうが、どのような経緯で【はっかく】したのかが気になります。

尤も1300年の歳月を経て今に残っているだけでも凄い事ではありますが…。

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八角円堂の音声菩薩 (パンフより)

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八角円堂御朱印
(左)壁画の音声菩薩  (右)八角円堂の切り絵

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受付に置かれたスタンプ
このタイプが市内の観光名所数ヵ所に設置されている。

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五條郵便局 ; 国宝・栄山寺八角円堂、吉野川(音無川)、吉野桜、桜鮎

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栄山寺 藤原南家菩提寺 (奈良県五條市小島町) <栄山寺 其の壱>

2022.08.20(21:07) 1206

藤原武智麻呂所縁の寺(2022.4.30)

<コース>
【往路】JR天王寺(7:45) → JR王寺(8:03→8:06) → JR五条(9:01)

駅前観光案内所 → レンタサイクル5分 → 金剛寺 → レンタサイクル25分 → 念仏寺 → レンタサイクル45分 → 大澤寺 → レンタサイクル25分 → 栄山寺 → レンタサイクル8分 → 新町通り

【復路】JR五条(15:30) → JR王寺(16:22→16:30) → (大和路快速) → JR大阪(17:09)

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学晶山 栄山寺(真言宗豊山派) 

 大澤寺参拝の後は、山を一気に下ってJR五条まで。そこから吉野川を遡って川の畔の寺院を目指します。

五条では金剛寺と並ぶ有名な観光寺院で、しかも吉野川沿いの絶景ポイントとあって、

途中は食事処等が点在。この日に訪問した他の寺院とは随分違った道のりとなりました。

 吉野川に架かるその名も栄山寺橋を過ぎると目的地。

奈良時代築の国宝を初め文化財の宝庫ですが、外観からは古刹という雰囲気はなく、

川沿いの平地に堂宇が点在している様子。川沿いに門があり、ここが山門の様ですが、閉鎖中。

改めて戻って入口を探しているといつの間にか境内に。

慌てて左側の受付で入山手続きをする羽目に。そんな長閑な寺院です。

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吉野川の絶景とそこに架かる栄山寺橋

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川沿いに建つ山門
正面奥には本堂が建つが閉鎖中。入口は北側との矢印が…。

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こちらが現在の山門に相当

 学晶山栄山寺(がくしょうざんえいざんじ)は、

『養老3年(719年)、藤原不比等の長男である武智麻呂が創建したと言われ、

当初は前山寺(さきやまでら)と呼ばれた。

その後、武智麻呂を祖とする藤原南家の菩提寺として鎌倉時代まで繁栄。

南北朝時代には南朝の後村上・長慶・後亀山天皇の行在所が置かれた。

 当寺は役小角の修行地とされ、修験道にも関係が深かったが、

戦国時代には八角堂を除く堂宇を焼失。後に本堂、阿弥陀堂、塔ノ堂が再建された。

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山門を過ぎて直ぐ左手にある鐘楼

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鐘楼に吊るされた国宝・梵鐘
山内では八角堂と並ぶ国宝である。

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梵鐘の説明駒札

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参道右手に建つ重文・七重石塔婆
重文とは思えぬ程、自然に建っている。

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石塔婆解説

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石塔婆に続く塔之堂(大日堂)

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塔之堂からの眺望
栄山寺橋が遠望できる。

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境内に建つ句碑
説明がないので作者・内容は不詳。

 元来は興福寺の末寺であったが、江戸初期に一時無住となり、

その後、泉涌寺別院の末寺、東京護国寺の末寺を経て現在は大和長谷寺の末寺である。

 奈良時代より現在まで法灯を伝える南大和の名刹であり、八角円堂・梵鐘の両国宝を初め、

本尊・十二神将、石灯籠・石塔婆を始めとする重要文化財を有する文化財の宝庫である。』 とあります。

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由緒記

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重用文化財・本堂(薬師堂)
御本尊は室町期作とされる木造薬師如来坐像である。

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本堂前に建つ重文・石燈篭

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石燈篭説明

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本堂に掲げられた「學晶山」の扁額

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本堂前面
撮影禁止だが、内陣へ入って参拝可能。仏像に加え、資料やパネル展示もある。

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本堂前よりかつての山門を見る

 大和の西端にあるとはいえ、藤原南家の菩提寺であったとは初耳。

南家は不比等長男の系列で仲麻呂の時に頂点を極めますが、孝謙上皇と道鏡に反旗を翻し敗死。

以後、衰退の一途を辿ったと思っていましたが、意外にも後世まで影響力を持った様子。

己の【無知麻呂】を反省です。

また南朝の行在所としては市内の賀名生が有名ですが、

ここにも置かれていたのは同じ南繋がりだったのかと勝手な妄想が膨らみます。

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栄山寺説明書

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栄山寺御朱印 (平成6年正月拝受分)

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今回拝受の御朱印
同じ御本尊の筈だが、平成6年とは差異が見られる。

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瀬之堂の薬師さん 紅葉と境内の樹木 (奈良県五條市大沢町) <大澤寺 其の参>

2022.08.19(20:34) 1205

めに効く霊水(2022.4.30)

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神福山 青龍院 大澤寺(高野山真言宗)

 水が湧く場所には樹木が生えるのは何ら不思議ではありませんが、

境内は周囲の山々とはまた違った植生が見られます。

 『池の周りには杉、樅、木斛、百日紅、カゴノキ等の古木がある。

放生池の畔にあるのは「智恵の柳」。

弘法大師の杖より芽が生じたと言われる結界を示す二株の柳で、

嵐で倒れても根元から新芽が出て育ち、現在では千年余りに。

古文書にも「この寺の法灯の輝く限り柳は朽ち果てる事はなかろう。」 と書かれている。

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太鼓橋周辺の植生

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本堂の周辺

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智恵の柳

 太鼓橋の手前左にある百日紅は、江戸時代の境内図に成木として描かれており、

樹齢500年以上を誇る。今も8月半ばには美しい花を咲かせる。

 前山にある山桜、イロハカエデは老木が多く、江戸時代描かれた『五條十八景』に

「勢堂紅葉」として紹介されている。』 とあります。

 御朱印を拝受した際の御住職の話では、

住職;「太鼓橋横の楓と池の端に植えられている楓が最も綺麗に紅葉しますね。」

との事でした。

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太鼓橋袂の躑躅

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太鼓橋脇の百日紅の古木

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樹齢を感じさせる百日紅の幹

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太鼓橋周辺の樹木

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太鼓橋横の楓
住職の話では、これが紅葉すると見応えがあるとか。

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青竜ノ池の東端からの眺望

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池の東側

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庫裏の正面付近

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十三重石塔と紅葉

 琵琶ノ池の奥、護摩壇の周囲には巨木が聳えますが、立て札には有志の寄進とあります。

樹木を育成するのは当寺の伝統なのでしょう。

それよりも生命力が強く、‘柳に雪折れなし’とは言うものの何度枯れても復活する柳に驚き。

人の眼に効果がある水は植物の芽にも効果があるようです。

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手入れが行き届いた庫裏に続く書院の前栽

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本堂と庫裏の間の中庭

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キク科の花?

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池の北側の護摩壇

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護摩壇の周囲は寄進された樹木が生長して巨木となっている

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購入した「せのどうの昔話」 ¥500

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瀬之堂の薬師さん 琵琶と青龍の池 (奈良県五條市大沢町) <大澤寺 其の弐>

2022.08.18(21:04) 1204

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神福山 青龍院 大澤寺(高野山真言宗)

 瀬之堂の薬師さんと呼ばれる当寺の名前については次の様な言い伝えがあります。

『当寺は尾根の上にあり、流れ込む川は一つもないにも拘らず、境内にある池には枯れることなく水を湛えている。

今も30㎝も掘れば水が湧くと言う。

14世紀後半の縁起にもそのような趣旨が記されており、これが大澤寺の由来と考えられている。

池には病気祈願のため鯉や亀が放生されてきたので「放生ノ池」、

また水底には水を司る大きな龍が棲むという伝説から「青龍ノ池」とも呼ばれる。

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太鼓橋からの放生池(青竜ノ池) 西側

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池の説明

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太鼓橋から東を望む

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由緒記

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唯一残った本堂
御本尊は楠の一木造の薬師如来で秘仏。

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本堂向拝の下

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本堂の扁額「瑠璃光仏」
薬師如来は瑠璃光如来の別名を持つ。

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向拝欄間の龍の彫刻
「青龍院」だがら彫られた訳ではないと思うが…。

 また池の向かいには断層線からこんこんと浄水が湧出し、

これは「御香水」として眼病治癒に効果があると伝えられる。

ここは古来、「琵琶ノ池」「眼洗い池」と呼ばれ、左が男性、右が女性用となっている。』 とあります。

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青竜ノ池の北側にある「琵琶ノ池」
古来、眼病に効果があると言い、今も御香水が販売されている。

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琵琶ノ池の説明

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太鼓橋の北側にある「一刀三禮ノ石」
役行者はこの石の上に木を置き、御本尊薬師如来を刻んだと伝わる。

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享保年間の手水鉢

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東側にある庫裏
御朱印はここで拝受。

 眼の薬師さんと呼ばれる寺院は各地にありますが、どの寺院も例外なく境内から清冽な水が湧出しています。

衛生状態が今よりも悪く、医薬が乏しかった時代には、綺麗な水は何よりも重宝された筈。

湧き水は川の水と違い、降った雨が長い年月をかけて地中でろ過される訳ですから、

自然に得られる水では群を抜いて清潔。昔の人も経験的に知っていたに違いありません。

青龍池ならぬ清流池といった所でしょうか?

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大澤寺説明書

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御住職から頂いた大澤寺略縁起

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大澤寺御朱印
法要のため、境内を30分散策した後に拝受。

[参考書]

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