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安来清水寺(島根県安来市)

2020.09.13(12:01) 699

湧水と紅葉と羊羹の寺(2020.8.15)

<コース>
JR松江(7:24) → JR安来(7:52) → 駅前レンタサイクル25分 → 雲樹寺 → レンタサイクル10分 → 清水寺

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瑞光山 清水寺(天台宗 中国観音霊場第28番札所)

 27番札所に続き28番札所へ。雲樹寺の前の道路を走り四つ角を右折して細い道を進むと大門下の駐車場へ。

観光地らしく広い駐車場に自転車を停めて参道へ。

晴天のため強烈な日差しを怖れましたが、参道の両脇の樹木が日除けとなってくれました。

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駐車場に停めて参道へ向かう

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108の石段を上り大門へ

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大門に到着

 樹木には千年杉もありますが主流はモミジ。昨日訪れた鰐淵寺同様、紅葉の名所としても有名です。

本堂に向かう途中には松琴館紅葉館と二軒の料理旅館があり精進料理が目玉。

手頃な値段でもあり期待しましたが開店は11時過ぎ、今回は素通りとなりました。

参道を上り少し広い場所に出ると石垣の上に根本堂が聳えます。

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木々に囲まれた参道を抜け本堂へ向かう

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境内の老舗旅館・紅葉館
参道を右に入った場所にあり、境内を通した三重塔の眺めと精進料理が自慢の宿。

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石段を上った先にある開山堂

 瑞光山清水寺(ずいこうざんきよみずでら)は、

『用明天皇2年(587年)、尊隆上人が開基。その後、衰頽するが

大同元年(806年)平城天皇の勅旨を受け盛縁上人が再興した。

承和14年(847年)には入唐から帰朝した円仁が立ち寄り光明真言会が創設、天台宗に帰依した。

その後、火災と復興を経て、現在の寺域が定まったのが明徳4年(1393年)頃。

最盛期には四十八坊を有する山陰屈指の天台宗寺院となった。

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石段の上から見た境内全景
中央の高燈籠の向こうが根本堂、奥が三重塔。左手の店が休憩所の黒田千年堂。

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高燈籠を左に下りた場所に建つ光明閣
清水寺寺務所を兼ね、松江藩歴代藩主が参拝の折に使った「お成りの間」、広大な庭園がある。

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光明閣の庭を囲む塀

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塀の隙間から見た光明閣庭園

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光明閣からの眺め

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石段を上り根本堂へ

しかし戦国時代の尼子・毛利氏の兵火に遭遇し根本堂を除く建物を焼失。

後に毛利氏・松江松平氏に拠り復興が計られ、安政6年(1859年)には三重塔が建立された。』

とあります。

 場所は山腹ですが、ここに清水が湧き出ていたのが名前の由来。

根本堂で平成3年に井戸が見つかり今も聖水が湧出。

その奥にある三重塔に向かう右手にあるのが薩雲若(そうにゃ)池で明礬水が湧き出ると言われます。

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石段を上った先にある護摩堂と根本堂

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護摩堂前にある千年杉
境内屈指のパワースポットとして有名。

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明徳4年(1393年)建立の重文・根本堂
「黒馬」「弁慶のねじり桜」「尼子十勇士」の絵馬が奉納されている。

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根本堂近影
平成3年に井戸が見つかり今も聖水が湧出している。

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根本堂前の清水寺縁起

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根本堂脇から見た千年杉

 用明天皇時代の創建は多分に伝説的なものがありますが、

境内から湧く清水に目を付けた僧がここに創建したのはほぼ確実と思われます。

 四十八坊には及びませんが、今も二十を超える坊が立ち並ぶ大伽藍。

根本堂下の蓮乗院・光明閣は書院・庭園が有名で是非とも拝観したいと思いましたが今は拝観停止。

訊いたところコロナの影響ではなさそうでした。拝観できなかったのは残念ですが、

重文・根本堂から三重塔に続く境内は見応え十分。しかも拝観料不要というのも魅力的でした。

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根本堂脇の毘沙門堂
慶長年間に米子藩主の寄進に拠るもので、弓で射た金剛仏を納めた毘沙門天を奉納したと伝えられる。

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根本堂と毘沙門堂の間を抜け三重塔へ

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薩雲若(そうにゃ)池
池の水に二人の姿を映せば、二人の未来はハッピーになるという縁結びスポット。ハート型で明礬水の湧き出る池である。

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石垣の上に建つ三重塔
山陰唯一の三重塔で、清水寺のシンボルでもある。

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登楼することもできる三重塔
安政6年(1859年)から住職二代・大工三代が心血を注ぎ33年の歳月をかけて完成した。

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三重塔の木鼻と垂木部分

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三重塔の垂木と彫刻

 御朱印拝受を終え一服。見ると西村堂・黒田千年堂・深田豊隆堂と休憩所が三軒あり、いずれも清水羊羹の看板が。

伺った所、羊羹は清水寺名物だそうで今でも四店舗が製造販売しているとか。

隣接した黒田千年堂・深田豊隆堂で二個ずつ購入。いずれも素朴な味でした。

 巡礼者が糖分補給するのに丁度良いというのが理由でしょうか、帰りには土産に購入。

安来節と違って荷物にはなりましたが、値段が【安来】なので良しとした次第です。

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土産に購入した清水羊羹

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清水寺説明書

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清水寺御朱印

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安来中郵便局 ; 清水寺三重塔、十神山、安来節踊り
安来郵便局 ; 清水寺三重塔、十神山、安来節踊り、桜、温泉マーク

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米子市内で街歩き(鳥取県米子市)

2020.09.04(20:34) 692

古い土蔵と妖怪巡り(2020.8.13)

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加茂川白壁土蔵群

 米子に宿泊したお盆の二日目はレンタサイクルで市内を散策。

米子駅からは山陰本線の他、境港線が出ていますが、そのホームの名称は「ねずみ男駅」。

境港市出身の水木しげる氏に因んだ命名です。

高松駅は「讃岐うどん駅」とも呼ばれていますから、昨今の流行りなのでしょう。

 境線の車両は鬼太郎のキャラクターがデザインされ、市内にはキャラクターの銅像もあります。

おまけに市内の郵便局の風景印は全て鬼太郎のキャラクターがデザイン。

漫画のキャラクターがそこまで使われるのは流石漫画王国鳥取と感心した次第。

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境線ホームにて
米子駅だがここだけ「ねずみ男駅」。霊界への入口かしらん?

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鬼太郎と目玉おやじ
ここでは脇役。因みに境港駅が「鬼太郎駅」。

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境線二両の先頭は「目玉おやじ列車」

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二両目は「ねこ娘列車」

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境港竹内郵便局 ; 境水道大橋、砂かけ婆像
境港中浜郵便局 ; 境水道大橋、目玉おやじ像

 米子市内に戻ってからは街歩き。「山陰の大阪」とも呼ばれる商都ですが、

鎌倉時代には加茂と呼ばれる小さな漁村にすぎませんでした。

米子が大きく飛躍するきっかけは慶長6年(1601年)に中村一忠が伯耆十八万石城主となり

米子城を築城してから。

中村は断絶しますが、その後入部した鳥取藩主池田家の家老荒尾氏が一万五千石でここを統治。

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旧加茂川と白壁土蔵群
米子駅から1㎞強。米子港から荷物を載せた船が行き交っていた往時を偲ばせる。

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この先で川は左に直角に曲がる

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「加茂川と土蔵」の説明

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土蔵前のかっぱの三平

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よなごのかっぱ像
水が汚い頃は日野川上流に避難していたが、最近水が澄んできたので加茂川に戻ったらしい。

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加茂川に架かる天神橋

 領主は変わっても海陸の要衝として繁栄し、米子港に近い旧加茂川の畔には白壁土蔵群や豪商の屋敷、

各種寺院が軒を連ね、江戸から明治にかけての佇まいを今に伝えています。

 これほど商売に励んだ背景には、城の維持に多額の税金を掛けられた事実があったようです。

【加茂】にされても【伯耆】せず、これだけのものを造った商人パワーにも関心します。

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回船問屋後藤家住宅
加茂川に架かる京橋の袂に建つ。1700年代初頭に建築された母屋・一番蔵・二番蔵が重文。

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後藤家住宅説明
但し、内部見学はできず外観のみ。

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後藤家近影
本瓦葺きは民家では米子でここだけであるとか。

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京橋を渡った先にある寺町通り
約400mに亘って9寺院が通りに並ぶ。

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寺町通り案内

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心光寺山門
鳥取県指定名勝の江戸時代の庭園が有名だが、生憎留守なのでスルー。

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鉄砲小路の蕎麦店にて昼食

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米子市マンホールカード
配布場所は米子市観光センター

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米子天神町郵便局 ; 天神橋、後藤家住宅、大山
米子加茂町郵便局 ; 米子城址、山陰歴史館、大山

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山陰本線の車窓から(鳥取県東伯郡琴浦町他)

2020.09.03(20:13) 691

隠岐に召すまま山陰巡り(2020.8.12)

<コース>
大阪なんば → (高速バス) → JR米子駅前

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JR米子駅からスタート

 世間はお盆ですが、御先祖の霊を弔うために伯耆・出雲路へ。

出雲は全国の神々が集う出雲大社の鎮座する神々の国ですが、

今回はなぜか寺院参拝。日本神話ならぬ【古寺記】と相成りました。

 出雲入りに先立ち伯耆の国へ。鳥取は東が県庁鳥取のある因幡、西が商都米子のある伯耆と二分され

中央付近に古都倉吉と都市が山陰本線沿いに一直線に並んだ県。

市では他にも境港市がありますが、この四市以外は町で駅も委託や無人が目立ちます。

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歴史を感じさせる御来屋駅舎

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御来屋駅ホーム
山陰最古の駅舎とは驚き。

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待合室

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文化財のプレートも
展示にはかつての駅スタンプもあったが、押印はできず。

 では見所がないのかと言うとさにあらず。歴史上の重要な出来事も起こっています。

特に鎌倉末期の後醍醐天皇を中心とした倒幕で大きな働きをしています。

一度は破れて隠岐に流された後醍醐天皇ですが、地元の豪族・名和長年の助力を得て幕府に抵抗。

それが呼び水となって各地の豪族が立ち上がり幕府を滅ぼした訳ですから、

歴史のターニングポイントとなったと言えます。

 後鳥羽上皇が承久の変で敗れて隠岐に流された事で権力基盤を確立した鎌倉幕府が、

同じく隠岐に流された後醍醐天皇に拠って瓦解したと言うのも因縁めいたものを感じますが、

敗れても【ほうき】しなかった事が成就に結び付いた、歴史の【はくび】ともいえるでしょうか?

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赤碕港
JR赤碕からJR浦安駅までは線路沿いを徒歩。

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御来屋郵便局 ; 隠岐の島、御来屋海岸、桜
赤碕郵便局 ; 船上山の屏風岩、赤碕港、港祭、赤碕神社の龍の彫刻

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琴浦町マンホール

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道の駅で展示されているマンホール

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琴浦町マンホールカード
「道の駅 琴の浦 琴浦町観光協会」 にて配布

 と言っても遺跡や文化財の駅舎を訪れる人は稀。人が訪ねるのは名探偵コナン所縁の場所。

作者の青山剛昌氏が東伯郡北栄町出身だからですが、海外からの観光客も多いとか。

列車にも「まんが王国とっとり」のロゴが描かれており、水木しげる氏のDNAは受け継がれているようです。

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八橋郵便局 ; 一畑薬師寺、桜、八橋海水浴場
東伯郵便局 ; 三本杉の盆踊り、大山滝

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夕食は米子で「のどぐろ茶漬け」
コロナの影響で閉店が多かったのには閉口。

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因幡国府跡と国分寺(鳥取県鳥取市) 萬葉の郷の国分寺

2020.04.13(16:48) 589

初春に詠んだ萬葉集を締め括る歌(2020.4.3)

<コース> 春の青春18きっぷ&智頭線1日フリーきっぷ
【往路】JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:34→8:50) → (智頭急行) → JR鳥取(10:55)

鳥取駅前 → レンタサイクル20分 → 宇倍神社 → レンタサイクル10分 → 因幡国府跡 → レンタサイクル5分 → 因幡国分寺

【復路】JR鳥取(16:59) → JR智頭(17:48→17:54) → (智頭急行) → 上郡(19:09→19:20) → JR姫路(19:52→19:56) → JR大阪(20:52)

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最勝山 国分寺(黄檗宗)

・新たしき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いや重け吉事

             (萬葉集 巻二十・四五一六) 大伴家持

 一の宮に続いて国府の遺跡へ。

かつての国には全て国府がある訳ですが、ここ因幡は単なる国府ではなく万葉の郷。

 萬葉集は天皇・貴族から防人、名も知られぬ庶民までの歌を集めたものですが、

舞台はやはり都のあった奈良が中心。そのなかにあって万葉の郷と呼ばれるのは

太宰府、越中国府(高岡市)、因幡国府(鳥取市)の三箇所。

いずれも大伴旅人・家持親子が赴任した場所です。

彼らは朝廷の役人として赴任しましたが、そこで自ら歌を詠むだけではなく

現地での人を含めた独自の歌壇を形成したと言えるでしょう。

単に歌を詠むのではなく、政治的意向を確かめる、不満を漏らす目的もあったとは思いますが。

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国府にある案内板
歌碑は細い道を入った場所にある。

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国府を流れる袋川に架かる「さくら橋」にて

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庁の大五輪塔
歌碑に向かう途中にある。

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大五輪塔の説明

 ここは大伴家持が因幡守として赴任した場所。天平宝字2年(758年)、家持41歳。

そして翌年ここで詠んだ文頭の新年の賀歌が萬葉集四千五百余首の末尾を飾る歌となりました。

 家持はその後も各地の国主を歴任。最終的に征東将軍となって

多賀城で没したのは延暦4年(785年)、68歳でした。

42歳から亡くなる26年間全く歌を詠まなかったとは思えませんが、

萬葉集には残っていません。彼の心情は想像しかないですが、

政界での地位が上がるにつれて詠む余裕も無くなったのでしょうか?

大伴氏と言えば古代からの名族ですが、

この頃は藤原氏に押されてかつての威光にも陰りが見えた状況。

大伴氏の長として一族を束ねる苦労は並大抵ではなかったでしょう。

結局、家持の最終キャリアは中納言。旅人は大納言でしたので、父には及びませんでした。

しかも死後には陰謀の首謀者として官位を剥奪されるという憂き目に。

「にほふがごとく」奈良の都も水面下では熾烈な争いがありました。

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家持の歌碑の建つ一角

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万葉仮名で彫られた「新たしき…」の歌

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平仮名で彫られた家持の歌

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万葉の歌碑

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脇にある佐々木信綱の歌碑
彼は萬葉集研究でも有名である。第一回文化勲章受章。

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佐々木信綱の歌碑の説明

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道を挟んで家持の歌碑の向かいには在原行平の歌が
百人一首にも採られた有名な歌だが、因幡で詠んだ訳ではない。

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行平の歌碑説明

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因幡万葉歴史館の庭にて

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歴史館庭に建つ家持歌碑
犬養孝先生の揮毫。

 因幡万葉歴史館の後は国庁跡へ。礎石が残り史跡として整備されていますが人は疎ら。

やはり近世城下町から外れた場所というのがネックになったのでしょう。

古代・中世と近世以降の大きな差異は物流と貨幣経済ではありますが、

拠って立つ基盤が違うことが場所の遷移になったと考えられます。

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因幡国庁跡
今は公園となっている。

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国庁の礎石

 国分寺は国庁跡から数百m南にいった場所。境内に礎石が残るので場所は昔のまま。

最勝山国分寺(さいしょうざんこくぶんじ)は、

『天平13年(741年)、聖武天皇の勅願に拠り因幡のこの地に建立。

本尊は行基作と伝わる薬師如来で、七堂大伽藍と七重塔を備え近隣の崇拝を集めた。

 しかし平安末期以降仏教が衰え、戦国時代には戦火に遭うなどして衰退の一途を辿った。

江戸時代の鳥取藩主池田侯の延宝2年、

名刹の衰頽を悲しんだ興禅寺の活禅和尚が黄檗宗最勝山国分寺として再興。

明治29年に地元民の悲願により今の寺院となった。』 とあります。

 国分寺で黄檗宗とは珍しいですが、再興に尽力した興禅寺の宗派を採用したのでしょう。

門前に建つと本堂はありますが、いたって簡素。御朱印を御願いすべくベルを押しても不在。

どうもお寺の方は常駐されてはいないようです。

各地の国分寺でも寺院は無くなり跡だけの場所も多いので、

寺が現在まで続いているだけでも凄いですがやはり衰頽の波は如何ともし難いようでした。

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因幡国分寺入口
山門はなし。

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国分寺縁起

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国分寺境内遠景

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本堂正面
屋根は因州瓦で、津ノ井付近が産地だそう。

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本尊は薬師如来坐像

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本堂脇に残る国分寺礎石

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礎石の説明

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礎石横に建つ十三重石塔

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国府郵便局 ; 大伴家持歌碑、因幡の傘踊り、麒麟獅子舞

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JR鳥取駅ホームに停車中の若桜鉄道車両
因美線の郡家までは18きっぷで乗車可。

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宇倍神社(鳥取県鳥取市) 麒麟の棲む地に建つ長寿の一の宮

2020.04.12(15:06) 588

麒麟が来ると【そうりせき】(2020.4.3)

<コース> 春の青春18きっぷ&智頭線1日フリーきっぷ
【往路】JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:34→8:50) → (智頭急行) → JR鳥取(10:55)

鳥取駅前 → レンタサイクル20分 → 宇倍神社

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宇倍神社(因幡国一の宮 式内社 旧国幣中社)

 以前に鳥取市内を巡礼しましたが、国府は駅から南東へ行った場所。

そこには因幡政庁跡を始め一の宮や国分寺もあるようですが、興味を引いたのは麒麟獅子舞。

 『麒麟が来る』が大河ドラマで放送されている時期でもあり、これは是非とも参拝せねばと。

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鳥取駅前にある麒麟獅子舞のモニュメント

 いまは動物園にキリン(麒麟)がいますが、あれは正しくはジラフという種類。

麒麟は元々中国で生まれた架空の動物でビールの商標になっているのが真の麒麟。

また仁徳のある王の治世に姿を現す霊獣の第一位とされています。

古代に麒麟が捕まった事を嘆いた孔子が 『春秋』 の筆を折ったという話は有名で、

以後、文章を終える事を「獲麟」と呼ぶようになりました。

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麒麟獅子舞のポスター

 余談ですが、ジラフを麒麟と呼ぶようになったのは、明の永楽帝以降。

アフリカ東海岸のマリンディまで航海した鄭和が、

現地で「ギリ」と呼ばれていたジラフを中国まで持ち帰ったのが始まり。

記録には『頸長鹿』とありますが、発音が似ていた事、明が興隆期にあった事で

民衆が「麒麟が来た」と騒いだ事で麒麟と呼ばれるようになったとか。

リアリストの永楽帝は最初相手にしませんでしたが、余りにも民衆が騒ぐので見たくなり、

引見すると麒麟がお辞儀をしたとあります。ここまでくると眉唾物の気もしますが…。

 この麒麟が日本に入ってきたのは天平時代。

その時代の政庁があった国府の神社に麒麟獅子舞があるのは偶然とは思えません。

唯、麒麟獅子舞は国府だけではなく因幡や但馬の【きんりん】の町にもあるようですが…。

そう思いながら自転車を走らせていると、目的の神社に到着。

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道路から見た社標と一の鳥居

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神社石段下へ到着

 稲葉山の西麓に鎮座する宇倍(うべ)神社は、

『孝徳天皇の大化4年(648年)の創建と伝わる因幡国の一の宮。

平安時代には県下唯一の明神大社、明治4年には国幣中社となるなど古くから信仰された。

 御祭神は武内宿禰(たけのうちのすくね)命。

第十二代景行天皇より成務・仲哀・応神・仁徳天皇の五朝に仕え、

東奔西走して国家統一に尽力。我が国初の「大臣」の称号を賜った。

仁徳天皇五十五年、因幡国にて三百六十余歳で薨去。

その故、長寿の神、お金に御縁の神として知られる。

江戸時代の承応元年(1652年)、鳥取藩初代藩主・池田光仲に拠って

麒麟を獅子舞の頭にすることが創設された。これが現在に伝わる麒麟獅子舞であり、

曾祖父である家康の麒麟崇拝と仁徳ある為政者の出現を宣伝したものである。』 とあります。

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二の鳥居

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二の鳥居から石段を登り境内へ

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境内前の幕

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石段を上った先から境内を見渡す

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拝殿脇の杉の巨木

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正面から見た拝殿

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拝殿前の門
向こうに見えるのが社務所。

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拝殿の扁額

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拝殿脇の飛翔の鳥

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横から見た拝殿

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拝殿奥の本殿
明治31年の再建で、三間社流造。

 武内宿禰は戦前に1円・5円等、5回も紙幣の肖像にもなった人物。

その際に社殿も紙幣の図柄に初めて採用されました。お金に御縁があった所以でしょう。

五朝に仕えた事は兎も角、人間が三百歳まで生きる事は生物学的には不可能。

唯、全くの虚構と言うのも言い過ぎで、季節や月を年度と数えた、

或いは一族が五朝に仕えた事を一人の人物に仮託したと言うのが本音でしょうか?

後世の名族の多くも宿禰を始祖としていますが、これも彼の名声に肖っての事だと言えます。

 本殿の奥の小高い亀金岡には宿禰が双履(そうり)を残し昇天されたと言われる場所が。

階段を上ると、聖域として囲まれた場所に石が二つ。

これが「双履石(そうりせき)」と呼ばれるこの神社の原点でした。

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本殿奥の御祭神終焉の地へ
後方の亀金山にある。

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終焉の地へ石段を上る
元は古墳時代の円墳であったと判明。

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続く石段の先に御祭神が

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木の柵で囲まれた御祭神の地

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御祭神終焉の地にある「双履石」

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双履石の説明

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双履石から本殿と拝殿を見る

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上から見た本殿
屋根は檜皮葺で千木・鰹木を置く。

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境内にある「七宝水」

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社務所横の池

 この石のために大臣の長を【そうり】と呼ぶのかは知りませんが、

【総理席】と言うからには、出世の御利益もありそうです。

御朱印を拝受すべく伺うと神社の総代に地元出身の石破茂氏の名が。

彼が【総理席】を狙うのは当然でしょうが、麒麟の効果はどうでしょう?

神社が宇倍ではなく【安倍】だったらなかなか難しいとは思いますが…。

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麒麟獅子舞の説明書

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宇倍神社説明書

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宇倍神社オリジナル御朱印帳   
麒麟獅子舞説明書と同じデザイン。御朱印込みで¥2,000。

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宇倍神社御朱印

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国府宮ノ下郵便局 ; 絵馬の外枠に宇倍神社、麒麟獅子舞、神社社紋である亀崩し紋

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興禅寺(鳥取県鳥取市) 藩主池田家の菩提寺

2020.04.11(15:08) 587

中国式建物と日本式庭園(2020.3.26)

<コース> 春の青春18きっぷ&智頭線1日フリーきっぷ
【往路】JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:34→8:50) → (智頭急行) → JR鳥取(10:55)

鳥取駅前 → レンタサイクル10分 → 大雲院 → レンタサイクル5分 → 観音院 → レンタサイクル10分 → 興禅寺

【復路】JR鳥取(16:59) → JR智頭(17:48→17:54) → (智頭急行) → 上郡(19:09→19:20) → JR姫路(19:52→19:56) → JR大阪(20:52)

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龍峰山 興禅寺(黄檗宗)

 観音院に続き県庁のある城跡に向かいましたが、

途中にあった寺の案内板に従い、県庁脇の道を400m奥に。

入口の山門は大本山萬福寺に似た中国様で、また本堂前面の格子にも中国様式が見られました。

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途中見えた久松山の鳥取城址

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街道沿いの家屋

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中国様式の山門

 龍峰山興禅寺(りゅうほうざんこうぜんじ)は、

『由来は天正年間の池田輝政が岐阜城主だった頃に、

妙心寺の宿老を迎えて開山した「広徳山龍峰寺」まで遡り、

その後の池田氏の国替えに従い都度移転した。

寛永9年(1632年)、池田光仲が幼少を理由に岡山から鳥取に転封になった際に、

初代岡山藩主で伯父に当たる池田忠継の菩提寺を国清寺跡に移したのが始まりである。

 万治2年(1659年)に第四世・提宗慧全和尚は黄檗宗開祖の隠元禅師を訪ねた後、

寛文8年に黄檗宗に改宗。光仲もそれを認めたが、妙心寺は認めず二十五年に亘り紛争が続いた。

 元禄6年(1693年)、光仲が逝去し、翌年に寺号を妙心寺に返納するに及んで

ようやく和解が成立。以後は光仲の院号を採り龍峰山興禅寺の名称となる。

 寺領二百石を有する池田藩菩提寺で、伊達家「大年寺」、毛利家「東光寺」と並ぶ

黄檗三叢林の筆頭である。ただし墓所は異なり国府にある。

 また書院の北側には蓬莱山水・池泉鑑賞式庭園があるが、

これは池田光政の時代の作庭である。』 とあります。

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境内の様子

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本堂
池田家の菩提寺の御霊屋(位牌堂)として文化11年(1814年)に建立。

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本堂正面
格子などが黄檗様式に見えるが…。

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本堂の扁額

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本堂参拝に続いて書院拝観へ

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書院の扁額

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書院玄関へ

妙心寺派は全国で3,500ヶ寺もある最大級の派なので、

1ヶ寺くらい他宗派に変わってもどうという事はないと思うのですが、

【こうぜん】と反旗を翻したと思ったか、やはり縄張り意識があるのか、

藩主菩提寺なので上納金を失いたくなかったのか、

いずれにせよ院号まで返上させるとは【因業】な話。

隠元は停滞していた江戸初期の禅宗に新風を吹き込んだと言われますが、

この当たりが改宗した原因ともいえそうです。

 受付でお願いして庭園拝観。黄檗宗寺院で池泉回遊式庭園は珍しい気もしますが、

元は妙心寺派に属した時代の作庭と知り納得。

観音院に比べると狭いですが、背後の山を取り入れた美しいもの。

昭和の作庭家・重森美玲氏が 「山陰を代表する名園の一つ」 と賛美したのも頷けます。

 書院から観賞している時に、お茶とお菓子を持ってきて頂いたのには恐縮しました。

御朱印を拝受したとはいえ、拝観料¥200では、元が取れないのではないか

と非常に世俗的な心配をしながらの庭園鑑賞ではありました。

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書院内部
庭園は左側にある。

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お茶とお菓子を頂きながら庭園鑑賞

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庭園左側
端に手水鉢と灯籠がある。

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手水鉢と灯籠

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手水鉢と灯籠近影

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切支丹灯籠
形式は織部灯籠だが、上部の陰影はラテン語で父を、胴部のアーチ内に神の子を、左右の漢詩は聖霊と三位一体を表す。

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築山と池

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石は高級とされた紀州産青石

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池の出島は亀島を表す

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池の右側には築山に渡る太鼓橋が

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太鼓橋の近影

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築山の背景は裏山の樹林

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縁側下の杉苔

 境内には伊賀の仇討で知られる渡辺数馬、剣豪・臼井本覚、猪多伊折佐の墓があり、

藩主の墓所がないのを補っています。興味を持ったのは尾崎放哉(ほうさい)の句碑。

中学国語の教科書に

・咳をしても一人

という句も載っていた自由律の俳人。同じ様な句は種田山頭火も作っています。

初めて聞いたときは不思議な印象で、随分変わった人だと思った記憶があります。

しかし放哉は帝国大学を卒業して生命保険会社に勤め支店長まで務めた超エリート。

意中の女性との結婚が認められず、別の女性と結婚したものの退社。

各地を放浪して最後は小豆島で寺男のような仕事をしながら極貧の内に世を去った人間です。

 一方の山頭火も防府の大地主の子供に生まれながら幼少期に母親が自殺。

その影響か、一生を放浪で過ごした人です。

二人とも、因幡、防府と中国地方の生まれというのは単なる偶然なのでしょうか?

 放哉自身は「金にだらしなく、酒癖が悪く、その上口も悪い」という

三拍子揃った人間だったようで、周りからは白眼視されたようです。

この辺りは石川啄木にも通じるものがあります。

文学作品というのは普通の日常からは生れ難いものとは思いますが、

恵まれた境遇に生まれながら何か一つ歯車が狂ったために

尋常でない生涯を送った人が異端とも言える作品を生んだ事に興味を覚えます。

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本堂脇に続く伊賀の仇討・渡辺数馬、剣豪・臼井本覚、猪多伊折佐の墓

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境内の桜も満開

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これは修行堂か?

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境内の尾崎放哉の句碑

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・春の山のうしろからけむりが出だした  辞世

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興禅寺説明書

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興禅寺御朱印

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観音院(鳥取県鳥取市) 名勝庭園のある寺院

2020.04.09(16:27) 586

出世御本尊と出世大名(2020.3.26)

<コース> 春の青春18きっぷ&智頭線1日フリーきっぷ
【往路】JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:34→8:50) → (智頭急行) → JR鳥取(10:55)

鳥取駅前 → レンタサイクル10分 → 大雲院 → レンタサイクル5分 → 観音院

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補陀落山 慈眼寺 観音院(天台宗 中国三十三観音霊場第三十三番札所)

 大雲寺巡礼の後は少し北にある観音院へ。

自転車で5分足らずですが歩いても10分程度。

中国地方に点在する観音札所ですが、これほど近いのも珍しいのではないでしょうか?

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観音院入口へ到着

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参道の桜

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山門正面

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山門の「補陀落山」の扁額

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山門下から参道を振り返る

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境内から見た山門
二階部分は鐘楼になっている。

 補陀落山慈眼寺観音院(ふだらくさんじげんじかんのんいん)は、

『寛永9年(1633年)、岡山藩主・池田忠雄が死去し、嫡男・光仲が3歳で家督を継承。

しかし幕府は 「備前は手先の国なれば幼少にて叶うべからず」 との政策から

池田宗家の光政を備前岡山藩へ、光仲を因幡・伯耆の鳥取藩へと国替えした。

 この時、岡山・露月山光珍寺の四世・宣伝法印は光仲に従って鳥取に移住。

城山に近い栗谷に寺地を与えられたのが嚆矢。

当初は雲京山観音院と呼ばれたが、栗谷が御用地になった事に伴い

寛永16年(1639年)に現在地に移転。その際に現在の号に改めたと言われる。

 宝永6年(1709年)には池田藩の祈願所となり繁栄。

今に残る庭園は慶安3年(1650年)から10年を費やして作庭された池泉回遊式庭園。

明治以降、祈願所は無くなったが檀家の努力で今に至っている。

 御本尊の聖観音は久松山の岩窟から光を発しているのを発見されたもので、

伝説では行基作。時代を経る毎に大きな寺院に移るので出世観音とも呼ばれる。』 とあります。

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山門より見た境内

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本堂と書院玄関の唐破風

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本堂正面
御本尊は聖観音菩薩。

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本堂前面の庇

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本堂前から境内を見る

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境内の石庭

 始まりは藩主の転封。幼少の藩主に交通の【要衝】を任せられないという事情ですが、

石高は31万石から32万石になったので左遷ではなし。

加えて宗家から独立した藩として徳川家からも認められた訳ですから、

結果的には良かった転封。

観音様の出世が、光仲公の一門の出世も導いたと言えます。

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書院玄関の唐破風

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破風前面の三つ葉葵の彫刻

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藩主・池田家の揚羽蝶の紋は破風の後側に彫刻

 参拝の後は書院の庭園を拝観。

¥550でしたが、御朱印を御願いすると¥500にまけて頂きました。

観音院庭園は池泉回遊式庭園で書院から眺めるのが習わし。

太閤ヵ平、本陣山が連なる丘陵地を背景に、前に広い池をとっています。

池には鶴島・亀島がありますが、仏像を象徴するようなこともなく、

明朗でわだかまりのない書院の池庭として親近感があります。

と、説明書に記載していました。

抹茶とお菓子を頂きながら縁側で鑑賞。

伺うと背景の山まで寺域だそうで、この広大さが名勝とされる所以でしょう。

無用の用というのはこのようなものを言うのでしょうか?

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書院にて庭園を鑑賞
庭は左側にある。椅子に腰掛けて鑑賞も出きるが今回は縁側で。

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書院にて

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縁側から庭園を鑑賞

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抹茶とお菓子
お菓子は二十世紀梨ゼリー

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庭園左側

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丘陵地を背景に池に亀島(左)、鶴島を配す

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庭園中央

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庭園右側

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亀島近影

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書院正面の対岸には滝の石を組み水を落としている

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鶴島近影
出島として石を組んでいるが鶴島と見られるほど明瞭には区別されていない。

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築山中央部の樹木を植えない逆扇形の芝生地

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庭園右端

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境内の椿

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観音院説明書

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観音院御朱印

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期間限定御朱印の案内
他の天台宗寺院でもある?

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大雲院(鳥取県鳥取市)御本尊が阿弥陀如来の観音霊場結願寺

2020.04.08(14:53) 585

ちずを頼りに鳥取へ(2020.3.26)

<コース> 春の青春18きっぷ&智頭線1日フリーきっぷ
【往路】JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:34→8:50) → (智頭急行) → JR鳥取(10:55)

鳥取駅前 → レンタサイクル10分 → 大雲院

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乾向山 東隆寺 大雲院(天台宗山門派 中国三十三観音霊場第三十三番札所)

 かつては全国各地で使用できた18きっぷですが、

整備新幹線ができたことで在来線が三セクに移行するものが続出。

北陸三県で18きっぷが殆ど使えないのも遠いことではなさそうです。

 大阪からは鳥取もJRでは行き難い場所。ほとんどの場合は高速バスになります。

ところでネット検索すると智頭急行がこの時期全線フリー切符を発売している模様。

上郡から智頭まででも¥1320なので往復すれば非常に得。

そこでJRと智頭急行のコラボで因幡まで観光を敢行する事に。

コロナの影響で施設の閉鎖は多いですが寺社は無関係。

却って病気平癒の御参りの人が増えるかと思いましたが通常よりも少な目。

やはり観光で行く人が多いという事でしょう。

駅から線路沿いに東へ向かい鳥取立川郵便局へ。

丁度、道路を挟んだ向かいに建つのが大雲院。

中国観音霊場の三十三番と看板にあるので結願寺。

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境内全景

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大雲院由緒

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境内に建つ道標

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庫裏の前の松の巨木

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境内の椿も見頃

乾向山東隆寺大雲院(けんこうざんとうりゅうじだいうんいん)は、

『慶安3年(1650年)、初代鳥取藩主・池田光仲公の開基に拠り創建。

徳川家康の曽孫に当たる公は鳥取に東照宮を勧進。

その祭礼を司る別当寺として東照宮に隣接して建てたのが嚆矢。

当初の名は乾向山東隆寺大雲院と称し、藩政時代は徳川将軍位牌安置所と

藩主祈願所として寺領五百石、内坊四ケ寺を持つ大寺院として繁栄。

江戸後期の文化11年(1814年)に大雲院となった。

 享保2年(1717年)に末寺の雲光院として現在の場所に建てられたのが今の本堂。

明治時代の神仏分離で別当寺の役を解かれ、

現在の地に移転して大雲院の名を今に伝える。』 とあります。

 現在の寺域からは想像できませんが、かつては因伯二州の頂点に立った寺院。

江戸時代には藩主の庇護を受けた訳ですから、

如何に明治以降が苦難の時代であったかが分かります。

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本堂正面
ここに千手観音菩薩と阿弥陀如来を祀る。

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本堂前面

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本堂の木鼻

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本堂から見た境内

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元三大師堂
樗谿の地にあった東照宮別当寺の唯一の名残の建物。

 御朱印をお願いすると年配の住職夫人が対応され本堂を開けて下さり、御本尊に対面。

和辻;「阿弥陀様が御本尊ですが、観音霊場なのですね。」

夫人;「阿弥陀様はここにあった大寺院の御本尊、千手観音様は大雲寺の御本尊になります。」

続いて元三大師同、御霊屋も案内頂きました。

和辻;「徳川将軍の位牌が七基しかありませんね。」

夫人;「ここは上野の寛永寺に墓所にある七将軍の御位牌を祀っています。」

和辻;「他の八将軍の分は?」

夫人;「八将軍は芝の増上寺にあるので、ここにはお祭りしていません。」

和辻;「将軍毎に、お寺が分かれているのですか!」

夫人;「ええ、家康公は天台宗と浄土宗を崇拝されましたが、勢力を均衡にしたようです。」

私も増上寺、寛永寺共にお参りしましたが、このように位牌を分けていたとは気付きませんでした。

一つの宗教に肩入れしないバランス感覚は戦国の動乱を勝ち抜き、一向一揆に手古摺った家康ならでは。

御霊屋には将軍家と共に藩主の御位牌もありましたが、将軍に比べると小さく場所も下座。

家康の曽孫とはいえ外様の大藩には、幕府に色々と気を使わなければならない事もあったのでしょう。

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御朱印拝受するために庫裏へ

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庫裏玄関前から池越しに本堂を見る

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大雲院説明書

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大雲院御朱印

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鳥取市マンホール蓋

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鳥取市マンホールカード   配布場所はこちら

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立川郵便局 ; 大雲院、三つ葉葵の家紋、麒麟獅子舞、しゃんしゃん傘

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和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


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鳥取県
  1. 安来清水寺(島根県安来市)(09/13)
  2. 米子市内で街歩き(鳥取県米子市)(09/04)
  3. 山陰本線の車窓から(鳥取県東伯郡琴浦町他)(09/03)
  4. 因幡国府跡と国分寺(鳥取県鳥取市) 萬葉の郷の国分寺(04/13)
  5. 宇倍神社(鳥取県鳥取市) 麒麟の棲む地に建つ長寿の一の宮(04/12)
  6. 興禅寺(鳥取県鳥取市) 藩主池田家の菩提寺(04/11)
  7. 観音院(鳥取県鳥取市) 名勝庭園のある寺院(04/09)
  8. 大雲院(鳥取県鳥取市)御本尊が阿弥陀如来の観音霊場結願寺(04/08)