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法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町) 世界最古の木造建築の御朱印

2019.04.30(19:29) 251

和食を以て尊しと為す(2017.5.4)


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法隆寺(聖徳宗総本山)

 千光寺・金勝寺に参拝後、平群の同窓と合流。先輩・師匠と呼ばれて居りますが、それらしき事は何一つして居りません。

が地元と言うことで案内して頂ける事になりました。

 先ずはお勧めの「玄米庵」で昼食。

奈良は繁華街を外れると食事場所を探すのが大変ですが、流石地元だけあって満足の行くお店でした。

米に拘ると言うお店のスタンスは心のまほろばを感じます。

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お昼は法隆寺東の「玄米庵」にて

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珍しく竈(おくどさん、へっつい)で炊くという拘り
熱源は楢の木とは奈良、楢では!

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本日の昼食
これは甘味+飲み物で¥2000

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左上:玄米餅
左下:大豆を原料にして鶏肉に似せたもの、触感も唐揚げそのもの。

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玄米ブリン

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これは抹茶アイス

 その後は、中宮寺→法隆寺→藤ノ木古墳と巡礼。

法隆寺は焼失した後の再建とはいえ世界最古の木造建築。

最初に世界遺産認定を受けましたが、仮に受けずとも日本を代表する偉大な文化遺産であることに変わりません。

GWなので観光客が多く時間が掛かりましたが全て拝観。法隆寺の御朱印は30分待ち、これも時代の流れでしょうか。

後輩には

・師を以て尊しと為す

・篤く先輩を敬え

と最後まで付き合って頂き感謝です。帰宅してからもこれは【夢殿】でない事を確認してあらためて同窓の絆を感じた一日でした。

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中宮寺の藤棚
中宮寺は聖徳太子母の穴穂部間人皇后の御所。1602年以降は門跡尼院となり今も門跡が居られるとか。

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法隆寺五重塔と金堂
上からぶら下がっているのは避雷針。世界遺産というよりも世界最古の木造建築と言ったほうが適切ではないか。

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法隆寺五重塔の肘木

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法隆寺廻廊(国宝)
飛鳥時代の建築。教科書に載るエンタシス様式。

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990年再建の法隆寺大講堂(国宝)

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法隆寺略縁起

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法隆寺御朱印(以和為尊)
ブームを反映して3人がかりでも30分待ち。だがこの繊細な字体を同じ筆で書く筆遣いは見るに値する。

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斑鳩町ゆるきゃらパゴちゃん
法隆寺と柿の合体

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法隆寺町マンホールカード    配布場所は「法隆寺ⅰセンター

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法隆寺西にある藤ノ木古墳

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藤ノ木古墳入口
被葬者については、崇峻天皇、穴穂部皇子、物部氏、平群氏等諸説あり。

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法隆寺郵便局 ; 国宝・法隆寺金堂、五重塔、瓦の唐草模様
斑鳩興留郵便局 ; 柿の外枠に町花・山茶花、斑鳩の名前由来の鳥イカル

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金勝寺(奈良県生駒郡平群町) 竜田川沿いの行基の古刹の御朱印

2019.04.30(08:58) 250

シデの郷のまがい仏(2017.5.4)

<コース> 近鉄生駒線は日中20分間隔で運転
JR大阪 → JR王寺 → (近鉄生駒線) → 元山上 → 徒歩40分 → 千光寺 → 徒歩40分 → 金勝寺 → 徒歩5分 → 元山上

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椣原山 金勝寺(真言宗室生寺派)

 千光寺から元山上駅に戻ると少し時間に余裕があったので、竜田川沿いまで下ることに。

 椣原山金勝寺(しではらさんきんしょうじ)は、天平18年(746年)行基が春日大社のお告げを受け、椣(しで)の木に薬師如来を刻んで堂宇を建てたのが始まりと言う古刹。

すぐ前を流れる竜田川の龍神が行基を迎えたという伝承もあるようで龍神を祀る場所も兼ねたのでしょうか?

椣の木に彫ったのは寺院の字が椣原という事から分かるように付近に密生していたからという単純な理由。

死出の旅に向かうという意図はないようです。

信仰というのは特別なものではなく、ごく普通のものを崇めることから始まるものなのでしょう。

 金勝寺も最盛期には七堂伽藍、36僧坊を数えたようですが、戦国の梟雄松永弾正の焼き討ちで全焼。

今の本堂は寛文5年(1665年)に再建されたものですが、焼け跡から木材を運んで再利用するなど苦労したとあります。

明治にも再度火災に合い、現在の門等の建造物はそれ以降のもの。

昔のものを伝えるのは困難ですが、西側の岸壁に残る磨崖仏は室町期の貴重な遺産です。

そういえば近江の金勝寺(こんしょうじ)も狛坂磨崖仏があり、【よみ】は違っても『金勝』には磨崖仏が付き物なのでしょう。

まさか【まがい】物ではないでしょうが…。

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寛文5年建立の本堂
境内では唯一の江戸時代の建造物。

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境内奥の磨崖仏へ向かう

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金勝寺摩崖仏
1586年、茶々という女性の供養として建立。茶々は淀君という説もあったが最近は島左近の夫人の説が有力。

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磨崖仏説明板

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金勝寺御朱印

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元山上千光寺(奈良県生駒郡平群町) 修験道の聖地の御朱印

2019.04.29(23:18) 249

大峰山にせんこうした修験道のお寺(2017.5.4)

<コース> 近鉄生駒線は日中20分間隔で運転
JR大阪 → JR王寺 → (近鉄生駒線) → 元山上 → 徒歩40分 → 千光寺

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鳴川山 千光寺(真言宗醍醐派別格本山)

 午後から後輩と斑鳩で会う前に足を伸ばして生駒山麓を一巡り。

 近鉄元山上駅から川に沿って上ること40分、緑深い山中にある鳴川山千光寺は、役行者が白鳳12年(684年)に開いた修験道の地。

後に修験道の場は大峰山中に移りますが、それまでの修行の地という事で元山上と呼ばれています。

役行者の母・白専女(しらとうめ)もここを訪れ修行し、女人禁制の大峰山に対し女人高野として現在までも女性の修行が絶えません。

 千光寺という名からして役行者が山に光るものを見つけてここを選んだのが濃厚、大峰山に【せんこう】したからではないようです。

山深く静寂に包まれた場所で修験道にはお誂え向きとは思いますが手狭なのが難点、多方面の修行を目指して大峰山に鞍替えしたのだと思います。

 現在の千光寺は大部分が江戸時代の建造物ですが、山門から観音堂を経て行者堂までの階段を歩むと心が落ち着く所。

お寺もユースホステルや永代供養墓に力を注ぐなど、多方面の経営を目指しているようでした。

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千光寺へと続く鳴川地区

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鳴川清瀧にある摩崖仏

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千光寺総門

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元山上千光寺(真言宗)の全景
左がユースホステルになっており宿泊+修行が体験できる。

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山門

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寺務所にて  
御朱印はここで拝受。ユースホステルもここから。

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観音堂への石段

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千光寺観音堂への階段横にある役行者石像
全国より寄進されたもので、数十体あり個々に表情が異なる。

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観音堂(本堂)

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観音堂付近の景観

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更に上にある行者堂への階段

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行者堂より下を望む

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最上にある行者堂
この横に鉄の下駄と錫杖があり、女性は下駄を履いて三歩、男性は錫杖を三度持ち上げると良縁に恵まれるとか。

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千光寺説明書 というよりも永代供養墓案内書

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千光寺御朱印

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吉祥草寺(奈良県御所市) 役行者出生地に建つ寺の御朱印

2019.04.29(08:39) 248

修験道と製薬は【縁の業者】?(2016.5.4)

<コース>
南海電鉄難波(9:11) → 御幸辻(10:01) → 徒歩25分 → 子安地蔵寺 → 御幸辻(11:48) → 橋本(11:51→JR12:07) → JR玉手(12:54) → 徒歩5分 → 吉祥草寺 → 徒歩40分 → 九品寺 → 徒歩30分 → JR御所(16:00) → JR王寺(16:40→16:32) → JR大阪(17:09)

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茅原山 金剛寿院 吉祥草寺(本山修験宗)

 子安地蔵寺参拝の後は橋本で南海高野線から和歌山線へ乗り換え葛城入り。

 JR玉手周辺の茅原(ちはら)はかつて茅が生い茂っていた所から名付けられたと言われ、修験道の開祖役行者(役小角)の誕生地。

舒明天皇の時代に役行者を開基として建立されたのが吉祥草寺とされます。

 延喜2年(902年)には醍醐寺の開山理源大師聖宝が勅を奉じて再建。

京都市内の聖護院を本山とする修験宗の寺院として中世には境内に49寺院を擁する程隆盛を極めます。

が、貞和5年(1349年)南北朝の動乱で全て焼失。現在の本堂は応永年間に再建されました。

 毎年1月14日の左義長は「茅原の大とんど」として雌雄の大松明を焼き尽くす行事。

二月堂もそうですが、度々兵火に合いながら火を燃やす行為を続けるのは不思議な気がします。

枯れ草を焼き翌年に備えるという農村行事が修験道を結びついたとも言えそうです。

「大とんど」は大勢の人で賑わいますが、それ以外は【とんと】人が居らずいたって平穏。

JRも1時間毎と交通のネックが大きいのでしょう。

 寺の名前の吉祥草とは「釈迦が悟りを開いたとき菩提樹の下にこの草を敷いて座した」と言われます。

花が咲けば植えている家に吉事があると伝えられる植物で、役行者が伊豆配流から許され帰郷した時に咲き乱れたとされます。

唯、私にはむしろ役行者が薬に精通していたらしい事、修験道では薬が必須な事、御所周辺では今でも製薬業が盛んである事から考えて、和薬に由来する気がします。

葛城山系は薬草も多いそうですから、修験道の製薬の一大拠点としての位置付けだったかもしれないと想像を逞しくしています。

和漢胃腸薬の陀羅尼助丸は役行者が作ったそうですから…。

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吉祥草寺本堂
この前庭で茅原の大とんどが行われる。

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境内の碑
葛城は薬の発祥とされる。修験道に加え、葛城山系に薬草が豊富だったからではないか?

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吉祥草寺御朱印

 吉祥草寺に続いては西方の九品寺へ再訪。丁度、躑躅が見頃でした。

九度山は大河「真田丸」の影響で混雑したでしょうが、少し離れるだけで嘘のように静かになります。

南海高野線急行、JR和歌山線ともに混雑も無く、ゆったり古代人の鼓動を感じながら古道を巡った一日。

GWは花の見頃が多いのを改めて知った次第です。

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葛城山麓にある戒那山九品寺(浄土宗知恩院派)

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九品寺本堂

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本堂からみた葛城盆地

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子安地蔵寺(和歌山県橋本市) ふじの花の寺の御朱印

2019.04.27(21:35) 247

ふじ安産のお寺(2016.5.4)

<コース>
南海電鉄難波(9:11) → 御幸辻(10:01) → 徒歩25分 → 子安地蔵寺 → 御幸辻(11:48)

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易産山 護国院 地蔵寺(高野山真言宗 関西花の寺第二十四番)

 雨も上がったので、和歌山県下に唯一ある関西花の寺へお出かけ。

子安地蔵寺は南海電車御幸辻駅から道路を上ること25分。

和歌山といえば蜜柑と梅のように花よりも実のあるものを連想するので、花の寺として新しくできたお寺かと思いましたが、

これがなかなか由緒があって古い。寺伝では

『天平9年(737年)、行基が自ら刻んだ地蔵菩薩を女性の安産・子育て守護のために安置したのが始まり。』

とあります。

 行基はともかく、山号が易産山とあるので安産祈願のお寺として古くから伝統があったのは確かな気がします。

南海電車の九度山には女人禁制の高野山に代わり二尊院があるので、ここもそのような配慮があったのでしょうか?

 天正9年(1581年)の信長の高野山攻めでは地蔵堂を焼失しましたが、本尊は山奥に隠され後に発見されて寺に戻りました。

その場所は「かくれがた」と現在でも呼ばれているそうです。

 焼失した寺院は紀州徳川家初代頼宣公により慶安3年(1650年)に復興、以来紀州藩の庇護を受けます。

財政的に厳しいこともあったかもしれませんが、紀州藩が断絶する事無く、後に二人の将軍を出した事を思えば、十分元は取り戻せたと言えるのではないでしょうか?

 境内は広大とは言えませんが各所に藤棚が設けられ8品種が咲き誇り、その花の下で薫りを楽しむ事ができました。

入り口では藤色の袴を着た地元の藤娘二人がお出迎え。

鼻の下を伸ばして【品種】くを買ったなどと言う事はありませんので念のため。

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御幸辻から歩くこと25分で到着

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山門に藤娘二人がお出迎え  入山料¥300

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地蔵寺本堂
行基が開基、本尊も作と伝わる。本堂では御住職が観光バスツアー相手に説明中。

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池の傍の藤棚にて

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これは若木か?

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紫カピタン

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口紅藤

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口紅藤

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子安地蔵寺説明書

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子安地蔵寺御朱印

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松尾寺(大阪府和泉市) 役行者に縁のあるお寺の御朱印

2019.04.27(07:36) 246

和泉来とてか(2017.5.3)

<コース>
御堂筋線中百舌鳥 → 泉北高速鉄道 → 和泉中央→ 南海バス3番乗場 → 美術館前 → 徒歩20分 → 松尾寺 → 徒歩20分 → 美術館前 → 和泉中央

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泉北交通和泉中央駅にて鉄道むすめがお出迎え

 同じ山号や寺名を持った寺は多いですが、松尾寺もその一つ。今まで訪れたのは

平成5年5月3日  青葉山 松尾寺(舞鶴)

平成28年5月1日 松尾山 松尾寺(大和郡山)

といずれも5月初旬。

 今回も後半の初日、大阪南部のローカル鉄道のイベントに参加するついでに巡礼しようと計画すると行先は和泉市にある松尾寺となりました。

決して意識したわけではないですが青葉山という山号がそうさせるのでしょうか?

 阿弥陀山松尾寺は672年に当地で7日間修行した役行者が霊木に如意輪観音を彫って祀ったのが始まり。

その後、白山開山で知られる泰澄が中興し、中世の鎌倉室町期に繁栄します。

祈祷祈願所としては源頼朝、後醍醐天皇、足利義満と最高権力者が名を連ねており、政治的手腕があったのでしょう。

戦国期の織田信長からも天正5年(1577年)に庇護を受けますが、4年後の天正9年の紀州高野山攻めでは松尾寺も焼き討ちに合い全焼という憂き目を見ます。

信長の心が読めなかったのか、信長が気まぐれだったのかは分かりませんが…。

 その後、豊臣家の財産を減らそうと言う家康の目論見でしょうか、豊臣秀頼の寄進により再建。

境内の建造物は全て江戸時代以降となります。

 境内を一巡した後、御朱印を拝受。住職夫人と思われる年配の方に墨書して頂きました。

和辻;「これから水間寺に行く予定です。今東光さんが昔住職をされていましたね。」

夫人;「主人も若い頃はよく水間寺に手伝いに行きましたので、今さんには随分と世話になったみたいです。」

との話。亡くなって、というよりも遷化されて40年ほど経ちますから貴重なお話を聞くことができました。

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松尾寺へと続く橋

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松尾寺山門

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松尾寺本堂
信長の焼き討ちに遭った後、豊臣秀頼が1602年に寄進したとある。

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松尾寺御朱印

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和泉市マンホールカード    配布場所はこちら

 水間寺の後は貝塚駅周辺に戻り散策。駅周辺は寺内町となっており、そこかしこに昔の名残が見られます。

近畿は城下町が少ないのですが、富田林・橿原今井など寺内町に見るべき処が多いようです。

御多分に漏れず維持管理は大変なのはここも同じでした。

 宅地開発が進む両市ですが、寺院近辺は開発も少なく昔の状態のまま。その為バスの本数も少なく時ならぬ【健歩記念日】とはなりました。

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水間鉄道 水間観音駅

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新緑の水間寺
桜の名所だが新緑の頃も趣がある。

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願泉寺(貝塚御坊)浄土真宗
貝塚の寺内町はここを中心に発達

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貝塚駅西側にある寺内町
左は文化財の並河家。

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堀之町筋の山田家

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堀之町筋の利齋家

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御下筋と堀之町筋の交差点

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御下筋の岡本家

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府道1号線沿いに立つ宇野家
唯、無人で手入れされていない様子。

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延命寺(大阪府河内長野市) 躑躅の咲く高齢化社会に相応しい寺名の御朱印

2019.04.26(21:43) 245

なんこうふらくの南河内(2018.5.1)

<コース> 電車は日中15分間隔で運転
南海電鉄難波(7:04) → 美加の台(7:40→7:44) → 南海バス → 神ヶ丘口(7:51) → 徒歩10分 → 延命寺 → 徒歩30分 → 南海電鉄三日市町

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薬樹山 延命寺(真言宗御室派)

 巷ではメーデーですが、何故か思い立って南河内へ。

延命寺は弘仁年間(810~824年)に空海が当地を訪れた際、地蔵菩薩を刻んで堂宇を建立したのが始まり。

その後、寛永16年(1639年)に当地に生まれた浄厳和尚が高野山で20年修行の後、延宝5年(1677年)に当寺を中興。

山号を伽羅山から薬樹山に、本尊も地蔵菩薩から如意輪観音に改めました。

空海から浄厳までは800年の開きがありますが、事実上江戸期に現在の寺院が確立したと言って良いでしょう。

 薬樹山とは古来この辺りに薬草が多かった事に加え、浄厳の父道雲が医術により難病を治療したからだと言われます。

山号も寺号もこれからの高齢化社会に相応しい【伽羅】です。

境内にも多くの樹木がありますが、使い方によっては薬になるものも多いのではと思われます。

 浄厳には悉曇学の復古者というもう一つの顔があり、相伝よりも原典を重んじる科学的な研究態度を採った事でも知られます。

彼の方法は弟子の契沖に受け継がれ萬葉集研究として大成しました。

 この付近は、古代には近つ飛鳥として高向玄理や聖徳太子所縁の地ですが、何と言っても南北朝に活躍した楠木正成一族の地。

明治以降の移転ですが延命寺境内にも正成の叔父に当たる和田和泉守橘正遠の墓碑があります。

大楠公は寺社の重要性を理解しており、この地域の寺社が各地に分散しているのも戦略の一つでしょうが、巡礼するのには一苦労。

千早城は難攻不落でしたが、巡礼は【楠公不楽】ですね。

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鬱蒼と茂る木々の向こうに見える山門

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山門から参道の躑躅を見る

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山門脇の和田氏菩提所の石碑

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境内から山門を望む

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庫裡と前庭
御朱印はここで拝受

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前庭の躑躅と庭石

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境内の躑躅

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鐘楼と宝物館

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境内遠景

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境内にある池

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本堂  
本尊は如意輪観音、脇仏は地蔵菩薩と十一面観音。

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本堂(左)と毘沙門堂
毘沙門堂には金剛山多聞堂より移した楠公の念持仏とされる毘沙門天(5尺2寸)を祀る。

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境内の躑躅

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薬樹山延命寺説明書

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延命寺御朱印

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河内長野駅から東へ徒歩15分にある河合寺
蘇我入鹿開基という南河内の古刹だが何故か閉門。

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駅から北へ徒歩10分の錦渓山極楽寺(融通念佛宗)
聖徳太子に遡る古刹だが建造物は新しい。

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極楽寺御朱印

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河内長野は遣唐使高向玄理の出身地

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くろまろの郷にて

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河内長野市マンホール蓋
楠公所縁の楠をデザイン

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慈光院 (奈良県大和郡山市) 茶の湯の寺の御朱印

2019.04.25(19:37) 244

厄除の後は事故多いん?(2016.5.1)

<コース>
JR大和小泉 → 徒歩40分 → 松尾寺 → 徒歩30分 → 慈光院

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円通山 慈光院(臨済宗大徳寺派)

 松尾寺参拝の後は大和小泉駅へ戻りますが、途中少し慈光院へ寄り道。

慈光院は寛文3年(1663年)大和小泉藩主片桐石見守貞昌(石州)が父貞隆の菩提寺として建立。

開山には大徳寺百八十五世大徹明應禅師を迎えています。片桐石州はまた家綱以降将軍家の茶道となった石州流の祖でもあります。

 石州の伯父は賤ケ岳七本槍の武将片桐且元。豊臣秀吉に仕え秀吉死後は豊臣と徳川の間で奔走した政治家でもあります。

唯、豊臣家を存続させることはできず大坂夏の陣の直後に病没。覚悟の最期だったようにも思えます。

石州には伯父の生涯がどのように映ったでしょうか?

 『茶道は狭い空間に一対一で対峙する。それは相手の心を読む為である。

戦国の世は家来といえどもいつ裏切るか分からない。

そのような相手を見定めるために大名は挙って茶道を催し、高い報酬で一流茶人を雇い入れたのだ。』 と。

出典は失念しましたが、鎌倉時代に広まった喫茶から何故戦国時代に茶道が大成したのか、この説が正鵠を得ているように思われました。

保身のためとは身も蓋もない話ですが、そうだからこそ茶道を芸術の域まで高めることが出来たとも言えます。

 慈光院自体も境内全体を一つの茶席になるように演出されているとか。

表門や玄関までの道、座敷や庭園、そして露地を通って小間の席という茶の湯で人を招く場合に必要な物が一つ揃え残されています。

確かに通常の寺院とは違った雰囲気で、拝観料¥1000で庭園と抹茶の接待付でした。

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境内入口

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茨木門
石州の出生地である摂津茨木城の楼門を貰い受けたもので屋根は書院を合わせるために茅葺にした。

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茨木門から見た境内

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重文・書院
農家風の外観を持つ慈光院の中心的な建物。入母屋造茅葺屋根。

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廊下より見た茨木門

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砂庭から見た書院

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渡り廊下より見た茶室(三畳)
逆勝手の道安好みの席で「閑茶室」とも呼ばれる。躙り口ではなく廊下からの貴人口で入る。

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正面(本堂)より見た茶室(三畳)

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中庭

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本堂への渡り廊下から見た中庭
左が茶室(三畳)、中央が五葉松、右が寺務所廊下

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書院から望む庭園
砂庭とツツジの刈込

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書院と庭園

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書院から見た庭園
抹茶はここで。

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お抹茶とお菓子
菓子は片桐家の家紋矢羽を模ったもの。横の妙齢の女子二人が「あー、飛行機だぁ」と仰ったのが印象的。

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書院 十二畳

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高林庵茶室

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片桐家の家紋矢描かれた器具(提灯入れ)

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慈光院説明書

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慈光院御朱印

 慈光院のすぐ近くに片桐の表札と石州流の看板を挙げたお屋敷があったので、御住職に「藩主の末裔でしょうか?」と尋ねた処、どうもそうではない様子。

「茶道は元来、人との会話の席での手段の一つ、現在の様に流派を名乗り教えるものではない筈」

という御住職の言葉が耳に残りました。

仏教の宗派についても然りとのこと、要は原典に戻れという事ですかね。お茶なら「利休にたずねよ」でしょうか?

 床の間にてお茶の後は奈良市内に移動して「ことのまあかり」にて昼食。

蘇は初めてでしたがチーズのような触感で大宮人の原点に触れた気がします。

あまり高い注文はしませんでしたが少しはお店に【孝謙】できた気がします。

次に来る時は「天氷美人の橘三千代」をねラテいます。

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慈光院の傍にある石州流看板のある片桐家

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ことのまあかり」にて昼食
飛鳥ルビーと蜂蜜のコンビでホットケーキセット

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古代人のグルメの蘇

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大和郡山市マンホールカード    配布場所はこちら

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大和郡山郵便局 ; 郡山城址、桜、特産・金魚、赤膚焼
大和郡山小泉郵便局 ; 重文・慈光院書院、庭園

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松尾寺(奈良県大和郡山市) 日本最古の厄除霊場の御朱印

2019.04.24(20:30) 243

怒った顔の大黒様(2016.5.1)

<コース>
JR大和小泉 → 徒歩40分 → 松尾寺

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松尾山 又は補陀落山 松尾寺(真言宗醍醐派 別格本山)

 青葉薫る五月、JR大和小泉駅からひたすら西へ坂を上ること40分、北惣門から石段を煩悩の数だけ108段登ってようやく目指す本堂へ到着。

 松尾寺は松尾山中腹にある修験道の古刹。

山号は松尾山又は補陀落山とそのままで、その素朴さが由緒の古さを物語っているように感じます。

寺伝では、

『舎人親王が養老2年(718年)、自身の42歳の厄除と日本書紀編纂の完成を祈願して建立した。』

とあります。

舎人親王は天武天皇の皇子の一人。皇位には就けませんでしたが、日本書紀編纂の総裁として活躍し60余歳で没。

政治面でのマイナスを文化面の活躍で【そうさい】した立派な生涯だったと言えます。

寺伝は慶長年間の成立とされるので疑問も残りますが、『続日本紀』に名前が出る事、この付近から瓦や遺跡が出土する事から奈良時代まで遡るのは確かのようです。

以来、日本最古の厄除霊場が売り、書物編纂は御利益にはないようです。

 お寺の人に勧められるままにお金を払って七福神堂で大黒天立像を拝観。見ると十二神将のような黒い怒った顔の仏様が睨んで居られます。

和辻;「これが大黒様ですか?もっと優しい顔をしてはるのと違いますか?」

僧侶;「これは初期の大黒様でインドの武神マハーカーラの面影を写しています。」

大黒様がえびす顔をする必要はありませんが本家の憤怒顔が伝播途中で角が取れたとも思えます。

尚、大黒様は鎌倉時代の作で重文。但し、お寺のパンフには弘法大師作とあるので何か不思議な気もします。

 中世以降は興福寺一乗院の支配を受け、また法隆寺の別院とも呼ばれましたが、いまは真言宗。

醍醐三宝院を本山とする修験道当山派の拠点となったためでしょうが、

親寺の興福寺が 「年貢を今まで通り納めてくれたらそれで宜し!」 といったので真言宗に改宗したとはお寺の人の談。

なかなか鷹揚な話ですね。

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北惣門
大和小泉方面からはこちら。一間の藥医門で本堂へは108の石段を上る。

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本堂から見た景色
左から阿弥陀堂、三重塔、神霊石の大岩。

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階段から見た本堂と奈良盆地
本堂は入母屋造、本瓦葺で中世真言宗本堂の典型とされる。

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重文・本堂  本尊は千手千眼観世音菩薩。

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神霊石の大岩
本堂背後の磐座で修験の山の様相を残す。

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三重塔
後水尾天皇持仏であった如意輪観世音菩薩を祀る。正徳年間の再建か?

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南惣門
法隆寺側からの参道に建ち本瓦葺総檜造りの四脚門。文久2年(1862年)興福寺一条院宮により造られた。

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南惣門の浮彫彫刻 雷神

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南惣門の浮彫彫刻 風神

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大本山 松尾寺説明書

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松尾寺御朱印

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鹿王院(京都市右京区) 唯一残った塔頭の御朱印

2019.04.24(08:08) 242

将軍様の寺は禄多いん?(2017.4.30)

<コース>
阪急電鉄嵐山駅 → 徒歩5分 → 法輪寺 → 徒歩10分 → 天龍寺 →徒歩15分 → 鹿王院

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覚雄山 大福田宝幢禅寺 鹿王院(臨済宗系単立寺院 大本山天龍寺塔頭)

 天龍寺塔頭の特別拝観の後はいつも閉門している鹿王院の特別拝観へ。

鹿王院は足利義満が建立した宝幢寺という寺の塔頭の一つで、宝幢寺の開創には次のような伝説が

『康暦元年(1389年)、将軍義満は 「そなたは大病を患うだろうが宝幢菩薩を祀る寺を建立すれば命永らえる」 との夢を見た。

そこで義満は自ら帰依する禅僧春屋妙葩(普明国師)を開山として翌年宝幢寺を建てた。』

とあります。

夢を簡単に実現してしまうあたり、帝を凌ぐ権力を持った「日本国王」の面目躍如です。

 当時は禅宗十刹の五位に当たる大寺でしたが宝幢寺は応仁の乱で廃絶。唯一鹿王院だけが残りました。

権力者の庇護を受けた寺院までもが廃絶する位ですから、応仁の乱が日本を土台から覆す大変革だった事が分かります。

 『日本の歴史を知るには応仁の乱以後を学べば良い。それ以前は異国の歴史である。』

とは我が国東洋史学の開拓者内藤湖南の言葉です。

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鹿王院山門
普段は閉門している。

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本堂へと続く山門

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鹿王院回廊

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鹿王院本堂から舎利殿を望む
後方は嵐山。

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舎利殿屋根裏部分

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鹿王院茶室(芥室)
映画スター大河内傅次郎氏が寄贈。

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鹿王院御朱印
既書を貼付するタイプ。最近拝観を始めた寺院はこのタイプが多い。

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大本山天龍寺塔頭の二ヵ寺(京都市右京区)

2019.04.24(00:39) 241

特別拝観、たっちゅうの!(2017.4.30)

<コース>
阪急電鉄嵐山駅 → 徒歩5分 → 法輪寺 → 徒歩10分 → 天龍寺

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弘源寺(臨済宗 大本山天龍寺塔頭)

 法輪寺拝観後は、特別拝観があったので弘源寺 → 宝厳院 →鹿王院 を巡礼。

法輪寺以外は以前には拝観できなかったと記憶していますが、最近は夜間ライトアップに続き期間限定が集客の目玉の様です。

 それにしても拝観料の値上がりが厳しい。

始めて天龍寺に行った昭和55年は¥300でお堂も庭も全てOKでしたが、いまは¥800で天井の龍画は別料金。

古都税の問題があったとはいえ、それだけ需要が増えたという事でしょうか。

因みに御朱印は当時も¥300、他の寺院も含めてほぼ40年間値上げなしというのは卵や塩並みの景気の優等生。

昨今は季節限定御朱印や花をあしらった御朱印が¥500くらいで販売されているので、実質値上げとも言えそうです。

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渡月橋を渡り天龍寺へ

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拝観前の昼食は嵐電嵐山駅前にて ¥700

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京都五山第一の天龍寺
拝観料と拝観者が比例しているような気が…。

 初めに訪れた弘源寺は、永享元年(1429年)室町幕府管領細川持之が天龍寺開山夢窓疎石の法孫玉紬を開山にして創設。

持之公の院号を取り弘源寺と呼ばれます。

 当初は広大な敷地を有していましたが、度重なる火災や政治的変遷で現在の状態へ。

幕末の禁門の変(1864年)では天龍寺に長州藩が陣を構え、その軍勢が寺院の柱で刀の試し切りをしたとか。【刃傷】ではありませんね。

小ぶりながら「虎嘯の庭」と呼ばれる禅宗式庭園や、京都四条派の日本画家三十数名の作品が本堂壁を彩っています。

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弘源寺山門
天龍寺塔頭の一つ。

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弘源寺の柱にある刀傷
蛤御門の変の折。

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弘源寺本堂から見た虎嘯の庭
嵐山を借景にした枯山水庭園。「虎嘯」とは別に虎が吼える訳ではなくて、説法の強さを言うらしい。

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弘源寺説明書

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弘源寺御朱印

 次に訪れた宝厳院は寛正2年(1461年)室町幕府管領細川頼之が同じく夢窓疎石の第三世法孫聖仲永光禅師を開山に迎え創設。

ここも当初は広大な敷地でしたが応仁の乱で焼失、その後、変遷を経て天龍寺塔頭弘源寺境内に移転した後、現在地へ。

ここの庭は「獅子吼の庭」として有名で、室町期に二度中国に渡った禅僧策彦周良禅師により作庭された借景回遊式庭園。

江戸時代には名園図録にも収録されました。今では時代劇のロケにも使われているそうです。

 このように紆余曲折を経ながら現在まで伝わる名刹ですが、開創当時は、

1428年 正長の土一揆

1441年 嘉吉の乱 将軍義教暗殺

1467年 応仁の乱

という状況。

名門武家が寺を建立するのが【かんれい】だったのでしょうが、世の中を考えるとそのような状況ではなかったような気がします。

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大亀山 宝厳院(臨済宗 大本山天龍寺塔頭)

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塀沿いには嵐山羅漢が並ぶ

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宝厳院の獅子吼の庭にあるシャガ

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庭園の石楠花

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満天星躑躅

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三叉(宝厳院にて) 和紙の原料

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宝厳院の庭にある茶室

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茶室近影

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ここで一服¥500

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石楠花

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石楠花

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笹の群生

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獅子岩

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宝厳院の獅子吼えの庭

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宝厳院の境内を流れる川

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宝厳院説明書

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宝厳院御朱印

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嵯峨虚空蔵(京都市西京区) 知恵の虚空蔵さんの流麗な御朱印

2019.04.23(06:47) 240

阪急電車で十三参り(2017.4.30)

<コース>
阪急電鉄嵐山駅 → 徒歩5分 → 法輪寺

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智福山 法輪寺(古義真言宗)
十三参りは男女OKだが、どうしても女性の着物姿が映える。

 GWの人出を尻目に嵯峨野へ。駅から歩いてすぐの嵐山中腹にある智福山法輪寺は虚空蔵菩薩が本尊。

法輪寺という名前よりも嵯峨虚空蔵、嵯峨の虚空蔵さんとして知られ、会津柳津、伊勢朝熊と並んで日本三大虚空蔵さんと地元では言われています。

茨城の東海村は何処へ行ったのでしょうかね。

 寺伝によれば、和銅6年(713年)元明天皇の勅願で行基が創建。

当初の名前は葛井寺(かづのいでら)、五穀豊穣・国家安穏・産業興隆を祈願するように天皇から【げんめい】があったようです。

その後、天長6年(829年)空海の弟子道昌が虚空蔵菩薩を祀り、貞観10年(868年)に法輪寺の名を得ました。

 法輪寺では和服姿の子供が多く十三参りだとか。

密教の秘法に「求聞持法」というのがあり虚空蔵菩薩の真言を唱えると記憶力が飛躍的に伸びるといわれます。

干支が一巡する数え12歳になると虚空蔵さんに知恵を授けて貰うそうで、京の子供達は3月13日から5月13日の間に渡月橋を渡ってお参りする習わしがあります。

確か、好きな漢字を一字書いて貰ったと記憶しています。帰る際に渡月橋を渡るときに振り返らないのが鉄則。

授かった知恵を返してしまうそうで、洋の東西を問わず振り返る事には禁忌があるようです。

 私も一巡して還暦になったら「金」の一字を書こうかと思いましたが、お寺の人の話ではそれは無理だそうで断念。

この日は阪急電鉄を利用しましたが「阪急電車で十三参りしてきた」と言うと梅田の1駅手前に行ってきたと勘違いされそう。

話す際には注意する必要がありそうです。

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渡月橋
法輪寺は左手奥にある。

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法輪寺山門

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法輪寺本堂

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多宝塔

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法輪寺御朱印

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2019年04月
  1. 法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町) 世界最古の木造建築の御朱印(04/30)
  2. 金勝寺(奈良県生駒郡平群町) 竜田川沿いの行基の古刹の御朱印(04/30)
  3. 元山上千光寺(奈良県生駒郡平群町) 修験道の聖地の御朱印(04/29)
  4. 吉祥草寺(奈良県御所市) 役行者出生地に建つ寺の御朱印(04/29)
  5. 子安地蔵寺(和歌山県橋本市) ふじの花の寺の御朱印(04/27)
  6. 松尾寺(大阪府和泉市) 役行者に縁のあるお寺の御朱印(04/27)
  7. 延命寺(大阪府河内長野市) 躑躅の咲く高齢化社会に相応しい寺名の御朱印(04/26)
  8. 慈光院 (奈良県大和郡山市) 茶の湯の寺の御朱印(04/25)
  9. 松尾寺(奈良県大和郡山市) 日本最古の厄除霊場の御朱印(04/24)
  10. 鹿王院(京都市右京区) 唯一残った塔頭の御朱印(04/24)
  11. 大本山天龍寺塔頭の二ヵ寺(京都市右京区)(04/24)
  12. 嵯峨虚空蔵(京都市西京区) 知恵の虚空蔵さんの流麗な御朱印(04/23)
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