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水澤観音(群馬県渋川市) 絶品水沢うどんと坂東第十六番札所の御朱印

2019.07.31(22:08) 363

お寺でツルツル、値段はいかほど? (2015.8.1)

<コース> 夏の青春18きっぷ
【往路】JR横浜(5:53) → JR東京(6:20) → JR上野(6:26) → JR高崎(8:16) → 高崎駅西口(8:30) → (群馬バス 榛名湖行) → トドメキ(8:54) → 徒歩20分 → 長谷寺 → トドメキ(10:21) → (群馬バス 高崎行) → 北高崎(10:36→11:03) → (群馬バス 伊香保行) → 水沢観音(11:58) → 水澤寺・昼食 →水沢観音(14:22) → (群馬バス 渋川行) → JR渋川(14:45→15:20) → JR高崎(15:45→15:52) → JR群馬八幡(16:00) → 徒歩15分 → 少林寺 → JR群馬八幡(16:54) → JR高崎(17:02→17:12) → JR横浜(19:35)

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五徳山 水澤寺(天台宗 坂東三十三ヵ所第十五番札所)
本堂前にて。白く見えるのは線香の煙。

 白岩観音の巡礼に続き、群馬でもう一つの札所へ。

 バスで高崎まで戻って電車で渋川まで行き、水澤観音を通るバスに乗るのがオーソドックスな行き方ですが、これが大回りで連絡も良くない。

 目についたのが高崎からのバス便。一日数本ですが上手くいけばぎりぎり乗れるかと思っていると、途中の北高崎駅で交差することが分かり無事乗車。当然18きっぷは使えず、1時間弱のバス旅でしたが、何とか12時前に水澤観音へ到着。

 札所であることは当然ですが、ここは日本三大うどんの一つ、水沢うどん(他は稲庭と讃岐)の地。「水沢うどん街」が1.5㎞に亘って続き、道路の両側には店が並びます。

 水澤観音参拝客に振舞ったのが起源と言われる由緒あるうどん。ふつうお寺の門前は蕎麦が多い気がしますが、この辺りは小麦が獲れたのでうどんになったのでしょう。

 小麦粉と水と塩だけを原料として手打ちであることが売り。以前、出張時に地元の方に訊いた話では、手打ちにした後、外に1晩干して強いコシを出すのだそうです。 

 材料がシンプルなだけに腕の見せ所といえます。観音様の近くの清水屋さんで初めての水沢うどん、メニューが「ざるうどんだけ」というシンプルさに惹かれての入店でした。

 注文したのは大盛でしたが、うどんの色が白ではなく半透明。コシが強いのはこうなるのかと思いましたが、口に入れると成程コシが強く、まるでイカ刺しの触感。

 御主人が家族連れにうどんの説明をされていましたが、御店では薄力粉を手打ちしているとの事。普通、うどんは中力粉ですから、小麦粉のグルテンに頼ら、手打ちの技でコシを出すと言う職人魂ですね。

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参道前の道にはうどん屋が並ぶ

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今日のお昼はここ「清水屋」。
十七代目、ざるうどんのみのメニュー。

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大盛り ¥1,470
水沢うどんは、ざるうどんが多い。この店は平麺、手打ちのため若干透明がかって見える。汁は胡麻たれ。

 念願の水沢うどんを食べた後は目的の16番札所へ。

 五徳山水澤寺(ごとくさんみずさわでら)は、縁起に拠れば

『推古天皇・持統天皇の勅願により、高麗(高句麗)の高僧恵灌僧正を開基として、国司であった高光中将公の創建。

寺号山号は推古天皇の御宸筆の扁額による。

御本尊は国司高野辺家成公の三女伊香保姫の御持仏であった十一面観世音菩薩で、後世まで神上野国司の菩提寺であった。』

とあります。

 渋川市は日本のへそをうたっていますが、水澤観音は江戸、日光、善光寺へといずれも三十六里という中枢の場所だったため、坂東札所屈指の名刹になったとあります。

 大部分の人は車でしょうが、午前中の白岩観音に比べるとバスが少ないにも拘わらず、こちらは大勢の人で観光バスツアーも来ていました。

 堂宇も度重なる厄災に遭遇しましたが、立派に再建され本堂前には三つ葉葵の家紋が掲げられていました。

 勿論、札所として立派な造りなのはそうですが、水沢うどんを目当てに訪れる人も多く、加えてここから3㎞程登ると名湯伊香保温泉。

 訪れる人に信心がないとは思いませんが、やはり寺だけでは人を呼ぶのは難しいと見えますね。

 観光地に加え、温泉・食い物・芸術体験の三種の神器があれば完璧でしょう。現在群馬の温泉は草津が有名ですが、明治以前は伊香保でした。

 関東では熱海と並んで、歓楽街的要素が強かったようです。熱海は「金色夜叉」、伊香保は「不如帰」の舞台でもあり、様々な人間模様があったのでしょう。

 前の職場では伊香保に事業所があったのでよく宿泊しましたが、ロビーでコンパニオンの方々をよく見かけましたっけ。

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水澤観音への石段

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石段を上る

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仁王門近影

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本堂(観音堂)
本尊は秘仏十一面千手観音。

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本堂の彫刻

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本堂前面

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六角堂
二重塔で六地蔵と大日如来を祀り、下にあるお地蔵様を反時計回りに3度回して願いを込める。輪蔵とも呼ぶ。

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水澤観世音縁起

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水澤観音説明書

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水澤観音御朱印

 水澤観音参拝が予定外に早く終わり高崎に戻った時点で少し時間が。

 高崎と言えば達磨弁当ですが、その由来となった寺が近くにあるとか。今は分断された信越線に乗り二駅、群馬八幡で下車して歩くこと15分で到着。

 少林山達磨寺は黄檗宗で、禅の開祖達磨大師を祀ります。少林寺は菩提達磨が六朝時代に中国に渡り修行した寺の名で、印度伝来の武術も教えたので、後に少林寺拳法となりました。
 
 境内には大阪の篤信者の寄贈による達磨堂もあり達磨尽くし。しかし、いざ御朱印を貰いに行くと「写経をされた方のみに渡しています」との答え。

 元来、御朱印は写経の証でしたので正しいのですが、折角来たのにややがっかり。まさに手も足も出ない状態でした。

 ここまでの二ヵ寺は順調だったので、欲張りすぎたら行けないという戒めと思い帰路につきました。

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少林山 達磨寺 霊符堂

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達磨寺縁起

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白岩観音(群馬県高崎市) 修験道の坂東第十五番札所の御朱印

2019.07.31(00:09) 362

岩と衣で大違い(2015.8.1)

<コース>
【往路】JR横浜(5:53) → JR東京(6:20) → JR上野(6:26) → JR高崎(8:16) → 高崎駅西口(8:30) → (群馬バス 榛名湖行) → トドメキ(8:54) → 徒歩20分 → 長谷寺 → トドメキ(10:21) → (群馬バス 高崎行) → 北高崎(10:36→11:03)

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白岩山 長谷寺(金峯山修験本宗 坂東三十三ヵ所第十五番札所)

 青春18きっぷでの巡礼三回目は関東地方で最高気温を記録する群馬県に突入。
先ずは15番の長谷寺(ちょうこくじ)観音へ。

 場所が高崎市とあるので「高崎駅から見える観音さまか、楽勝!」と思いきや、こちらは白衣観音。今回は白岩観音で全く別の場所。出発前日に分かり慌てて調べ直しました。

 白岩山長谷寺(しろいわさんちょうこくじ)は、創建年代が不明な程の古刹。役行者が開で、本尊の十一面観音は行基が刻んだとも言われます。

 最初は坂東札所で同じ名前が二ヵ寺あると思いましたが、鎌倉の四番札所は「はせでら」。きちんと区別されています。

 最澄・空海の両巨頭も訪れ、戦国武将にも信仰されましたが、武田信玄の侵攻で焼失。天正8年(1580年)に世無道により再興されました。

 高崎駅から1時間に1本のバスに半時間のトドメキで下車。降りたのも私一人だけ。

 「トキメキどころかトドメを刺された感じやな」
と思いつつ、そこから坂道を20分歩いて途中北陸新幹線の線路も越えてようやく到着。畠と人家があるだけで人も疎らでした。

 山門を過ぎると、正面に兜のような本堂が建つというシンプルな境内でしたが柱の朱色が目につきました。御朱印は本堂脇の寺務所で拝受。書くスピードは坂東札所で一番と思う程速く、これも修行のなせる技なのでしょうか?

 始めは「何故こんな不便な場所に」と思いましたが、修験道と知り納得。白岩山という山号からして、岩山を御神体にした信仰が元にあったと想像できます。

 黒岩さんという名前が多い群馬県で白岩山に会った半日でした。

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白岩観音仁王門

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白岩観音本堂
本尊は十一面観音だが秘仏なので前立を拝む。

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白岩観音御朱印

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榛名高浜郵便局 ; 長谷寺本堂、十一面観世音菩薩、特産・梨

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法雲寺(兵庫県赤穂郡上郡町) 赤松円心御手植えのビャクシンのある寺

2019.07.29(22:06) 361

赤松の円心力(2019.7.25)

<コース>
JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:36→8:50) → (智頭急行) → 山郷(9:54→10:06) → 石井(10:37→11:53) → 河野原円心(12:17) → 宝林寺 → 河野原円心(13:22) → 苔縄(13:25) → 法雲寺 → 苔縄(14:36) → 上郡(14:41→15:04) → JR姫路(15:39→15:41) → JR大阪(16:43)

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金華山 法雲寺(臨済宗相国寺派)

 河野原円心から一駅の苔縄にあるのが法雲寺。駅から徒歩5分ですが、駅に着くと山麓に大木の見えるのが目指す寺。

 金華山法雲寺(きんかざんほううんじ)は、赤松円心が雪村友梅を開山として苔縄城の麓に建武4年(1337年)に建立した赤松氏の菩提寺。

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智頭急行「苔縄」駅ホームにて
中央奥に見えるのが法雲寺。

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法雲寺入口

 苔縄城は円心が元弘3年(1333年)に護良親王の令旨を奉じて挙兵した城、難攻不落の白旗城と並び赤松の軍事拠点でした。法雲寺も城の守の意味合いもあったのでしょうか?

 境内には、円心御手植えと伝わるビャクシン(柏槙)があり樹齢700年。日本最大級で天然記念物となっています。

 その他は円心の木像を祀った堂がありましたが拝観できず。御朱印もされていないとの事でした。観光には消極的な感じですが、禅宗の修行の場ならば致し方ありません。

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石段下より禅堂を望む

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法雲寺境内

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禅堂前より町を見下ろす
中央奥に走るのが智頭急行の高架線路。

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平成19年に落慶した禅堂
座禅堂並びに開山堂で、開山の雪村友梅像を安置しているが、拝観できず。

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円心御手植えと言われるビャクシン
樹齢700年、高さ33.5m、最大周囲9.8m。

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ビャクシンの表面

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ビャクシンの奥にある「円心堂」

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円心堂近影
円心の木像を祀るが、ここも拝観していなかったので外観のみ撮影。

 司馬遼太郎の『街道を往く』では「赤松氏は播磨の土の臭いのする土豪である」とありますが、御住職から聞いた話では村上源氏で朝廷からはそれなりの高位を貰っていたそうです。唯、系譜には隔たりがあるので不確かな面も多いですが…。

 乱世とはいえ、無からのし上がるのは困難ですから、ある程度基盤があったのでしょう。

 赤松氏の家紋「右三つ巴」は川の流れを表しているそうで、そうなれば赤松氏は千種川の水運を利用して勢力を伸ばした可能性が考えられます。

 楠木氏・名和氏ともに鎌倉幕府からは正統とは見做されない勢力。ようやく広がりつつあった貨幣経済も追い風になったのではないでしょうか。

 室町期には将軍暗殺者を出し、近世大名としては江戸時代には残りませんでしたが、地元では「円心さん」と親しみを込めて呼ばれています。町のゆるキャラも「円心くん」。

 残された木像を見る限り「円心くん」という雰囲気ではないですが、地元にとっては大恩人。やはり何かしら人を惹き付ける【円心力】もとい求心力を持っていた事は確かです。

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法雲寺入口脇にある筆塚

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筆塚説明

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千種川左岸にある白旗城跡
難攻不落の赤松の山城で新田義貞を釘付けにした。

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赤松の興隆を支えた千種川の流れ

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上郡町マンホール

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上郡町マンホールカード    配布場所はこちら
左はゆるキャラ「円心くん」、右は「エイトちゃん」

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「苔縄」駅スタンプ
法雲寺禅堂とビャクシン。

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上郡郵便局 ; 赤松円心坐像、法雲寺のビャクシン

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宝林寺(兵庫県赤穂郡上郡町) 赤松三尊像と御朱印

2019.07.28(22:22) 360

ちずを頼りに赤松詣で(2019.7.25)

<コース>
JR大阪(6:51) → JR姫路(7:56→8:01) → JR上郡(8:36→8:50) → (智頭急行) → 山郷(9:54→10:06) → 石井(10:37→11:53) → 河野原円心(12:17) → 宝林寺 → 河野原円心(13:22)

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赤松山 宝林寺(真言宗)

 イベントに参加すべく智頭急行に乗りましたが、帰りに時間があったので赤松一族所縁の地を訪問。

 赤松氏は鎌倉末期に台頭した播磨の土豪。赤松則村(のりむら、法名:円心)が鎌倉幕府打倒に兵を挙げ、以後足利方の有力武将として勢力を伸ばします。

 智頭急行の河野原円心駅周辺が赤松と呼ばれるのでここが発祥の地でしょうか?この辺りは観光ガイドにも載って居らず、文字通り【ちず】が頼り。

 駅から徒歩5分の場所に所縁の赤松山宝林寺(せきしょうざんほうりんじ)があるので早速訪問しましたが不在。案内板にある松雲寺が管理をしているとの事なので、連絡すると御住職が来られて拝観できました。

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宝林寺遠景

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宝林寺境内
奥にあるのが庫裏・寺務所だが昼間は不在。松雲寺が管理している。

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以前はここが本堂か?

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境内奥にある「円心館」
平成の建築で、赤松三尊像を祀る。

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円心館前面
普段は閉鎖。

 なんでも10年以上前に御住職が高齢で亡くなった後は常駐せず、同じ村内の松雲寺の住職が兼務されているとの事。どこでも寺院の経営は大変ですが、廃寺にならずに良かったと思います。【兼務の中興】と言えますね。

 宝林寺は円心の三男則祐(のりすけ・そくゆう)が備前国新田荘に雪村友梅(せっそんゆうばい)を開山として建立しましたが、その後焼失したため、この場所へ移ってきました。

 雪村は臨済宗の僧侶。かつて都に上った円心・則祐親子を一目見て『あなた方は、人の上に立つ相がある。』と言ったので赤松親子は雪村に帰依した、と御住職は説明。

 誰にでも同じことを述べるようでは【無せっそん】ですが、なにかしら惹き付けるものを感じたのでしょう。

 かつての寺域は二つの山の間を占める程広大でしたが、則祐の孫の満祐(みつすけ)が嘉吉の乱で将軍義教を暗殺したので赤松氏は一度断絶。寺も庇護を失い衰退します。

 その後、真言宗の助けを受けたので、宗旨替え。境内も建物も当時を偲ぶものではありませんが、境内の「円心館」にある赤松三尊像は必見。円心・則祐親子、則祐娘覚安尼(俗名千種姫)と開山の雪村の4体の木像ですが、いずれも檜の寄木造り。

「南北朝時代の作である上に、製作者は慶派の仏師らしくこのような人物像を造るのは極めて稀なことです。円心像は彼の還暦を祝って作られたようで国宝になっても不思議ではないのですが…。」

と少し残念そうに御住職が話されました。

 国宝云々は兎も角、法体ながら佩刀した姿は、当時の世相を表していると思いました。

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外から見た円心館
壁の「右三つ巴」は赤松氏の家紋。

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境内にある三尊像の説明板

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円心館 展示案内  入場料¥300

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赤松円心木坐像
館内撮影禁止のため、これは展示案内の写真。

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境内の庭石
かつて赤松兵士が腰掛けたと伝わる。

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宝林寺御朱印
「最近は上手く書けないので」と、以前書かれたもののコピーを拝受。

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管理している松雲寺御朱印

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智頭急行「河野原円心」 駅スタンプ
円心館、円心木坐像と銀杏をデザイン。無人駅だが、7月20日からのスタンプラリーのため設置された。

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龍華寺(横浜市金沢区) 頼朝創建の古刹の御朱印

2019.07.27(23:45) 359

金沢発見!(2017.7.30)

<コース> 特急は10分間隔で運転
京浜急行横浜 → (特急20分) → 金沢八景 → 徒歩10分 → 龍華寺

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知足山 龍華寺(真言宗御室派)
境内は牡丹が多く植えられている。

 武州金沢は鎌倉の外港として、また房総半島への要衝として繁栄。加えて六浦の地名の如く海岸線が入り組んだ景勝地。金沢八景の名称も慶長19年(1614年)の「名所和歌物語』に早くも登場しています。

 八景といえば私のような関西の人間には近江八景が先ず頭に浮かびますが、元々は中国の洞庭湖に注ぐ瀟湘(しょうそう)二水付近の景勝、いわゆる瀟湘八景をそのまま当て嵌めたもの。

 八景は場所・地名と季節・時刻を結びつけるのが特徴で、国内では水戸光圀に招かれた中国の禅僧心越東皐(しんえつとうこう)が元禄7年(1694年)に詠んだ「武州金沢能見堂八景詩」を嚆矢とします。

 てっきり近江八景を元に作ったと思っていましたが、こちらが先達。己の無知を反省です。江戸時代には江ノ島・大山詣とともに金沢遊覧が流行、歌川廣重の錦絵もそれに拍車を掛けました。

 明治以降も別荘地として知られ、明治20年1887年に伊藤博文ら4人は旅館東屋で明治憲法を起草しています。

 その際、草案の入ったカバンを盗まれたため、夏島にある伊藤の【草庵】に移って草案を完成させたというおまけまで付きました。
今なら大問題になりますが、このような【起草】天外が許されるおおらかな時代だったのでしょう。

 いまは埋め立てが進みかつての景勝地の面影はなく、警鐘を鳴らさないといけない状態です。

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八景入口にある石碑
ここで大日本帝国憲法草案が練られた。

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廣重が描く所の金沢八景図

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廣重が描く所の金沢八景図(続き)

 歩いていると立派なお寺が。観光ガイドにもありませんが説明板に拠れば創建の800年の古刹。

 知足山龍華寺(ちそくさんりゅうげじ)は文治年間(1185~1190年)に源頼朝と文覚上人が六浦山中に創建した浄願寺が始まり。名将が名勝に建てた寺ですね。

 13世紀には忍性が来て戒律を広めましたが、文明10年(1478年)に兵火で焼失。明応8年(1499年)、現在地にあった光徳寺と併合され龍華寺の寺号になりました。

 かつて家康が「源氏が立つりゅうげんじとは目出度い名前じゃ」と言ったとか。江戸時代には武蔵密教教学の中心寺院として、塔頭4院、末寺20寺余を擁したそうですから【驚愕】です。いつの時代もゲンを担ぐのは変わらんようです。

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山門前にも牡丹が

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茅葺の鐘楼と本堂
梵鐘は天文10年(1541年)に古尾谷重長が寄進したもので鎌倉末期の鋳造。

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本堂
元和6年(1620年)に本尊が大日如来になった。

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龍華寺説明書

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龍華寺御朱印
御供え物の煎餅を頂いた。

 こちらもゲンを担いで、日曜ながら土用の丑の日。金沢八景には有名店が2店ありこの日は「隅田川」にて昼食。

 10年前は¥2000だったと記憶していますが、いまは¥1000アップ。10年間で月給は1.5倍にはなって居らず。ここ数年の価格の鰻昇りを実感した次第です。

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「隅田川」

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うなぎ料理「隅田川」にて
午後14時でも満席で、一番安い!竹重(¥3024)しか残って居らず。骨煎餅が付くのは嬉しい。

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隅田川から100m程離れた「鰻松」
金沢区の鰻専門店はこの二つが有名。

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金沢八景郵便局 ; 八景に因む八角の外枠に廣重・金沢八景図「洲崎晴嵐」
横浜六浦郵便局 ; 廣重・金沢八景図「野島夕照」

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横浜六浦川郵便局 ;廣重・金沢八景図「瀬戸秋月」
六浦駅前郵便局 ;廣重・金沢八景図「内川暮雪」

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松蔭寺(静岡県沼津市) 白隠禅師所縁の御朱印

2019.07.26(22:41) 358

駿河の国の【御自鰻】は?(2016.7.30)

<コース>
【往路】JR横浜(7:00) → JR熱海(8:20→8:23) → JR沼津(8:41→8:44) → JR吉原(8:59→9:20) → (岳南鉄道) → 岳南原田(9:29) → 徒歩10分 → 永明寺 → 徒歩40分 → 吉原宿 → 徒歩50分 → JR吉原(12:20) → JR原(12:28) → 徒歩10分 → 松蔭寺 → JR原(13:36) → JR三島(13:52) → 三島せせらぎレンタサイクル20分 → 湧水群・三島大社

【復路】JR三島駅(17:12) → JR熱海(17:27→17:37) → JR横浜(18:46)

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鵠林山 松蔭寺(臨済宗白隠派 大本山)

 「駿河には過ぎたるものの二つあり、冨士のお山に原の白隠」

 よくある「過ぎたるもの」シリーズですが、原宿(13番)は名僧白隠(はくいん)禅師が生まれた場所。
我が国禅宗の開祖は栄西と道元ですが、江戸時代に禅宗を大衆向けに広める功績があった人。

 一説によると白隠なかりせば今のように禅宗が世間に広まることはなかったとか。教科書では習っていませんが、そうであればきちんと教えるべきでしょうね。

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宿場を模したなまこ壁造りのJR原宿駅

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原宿の東海道沿いにある高嶋酒造
絵は白隠が描く達磨像、「白隠正宗」は山岡鉄舟の命名。

 白隠が得度し、後に住職を務めたのが鵠林山松陰寺(こくりんざんしょういんじ)。
寺伝では
『弘安2年(1279年)に天祥西堂が開創。鎌倉円覚寺の末寺となったが、その後中絶。江戸時代に興津清見寺の大瑞宗育が再興し妙心寺派に改宗した。宝永4年(1707年)に富士山の噴火で大破したのを再興したのが白隠である。』
とあります。

 貞享2年(1685年)に原宿の長沢家に生まれた白隠は15歳で松陰寺にて得度。その後全国を行脚した後、享保2年(1717年)に33歳で松陰寺の住職になりました。

 全国の修行僧を指導する傍ら、東海道を往来する人にも布教。彼は民衆にも分かるように仮名交じりの文章や絵を使って布教したので、その名は全国に知れ渡る事に。周辺には彼の書画が多く残っています。

 停滞していた仏教を刷新する効果があったと思いますが、そのような考えに至るようになったのは間違いなく彼の才能。過ぎたるものと言われる十分な理由があります。

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松陰寺山門

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松蔭寺本堂
本堂横にあるのが「摺鉢松」

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御朱印はこの寺務所で拝受

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松蔭寺御朱印

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白隠生誕の碑

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沼津西郵便局 ; 歌川廣重「原の富士」、茶摘み、白隠禅師墓所
沼津西添郵便局 ; 白隠禅師画の達磨、すり鉢松、富士山

 この日最後の三島(11宿)はかつての伊豆の国府。三嶋大社と柿田川湧水群で有名ですが、加えて浜松と並ぶ東海道の鰻の名所。冨士の伏流水で晒して「み」の引き「しま」ったのが特徴です。
 三宿に共通するのは清冽な水に恵まれている事。私もここの水で心を洗ってから、再び現実に戻っていくことになりました。

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JR三島駅南口
三島大社を模した造り。

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日本の名水百選にも選ばれた柿田川湧水群
近くには行けず、高所から見る。

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湧水ヵ所
砂を巻き上げながら湧くのが見える。雨が降って後、数年かけて濾過されるとか。

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三嶋大社大鳥居
前が旧東海道で廣重も 『朝霧』 としてここを描いた。

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三嶋大社本殿
伊豆国一之宮、頼朝が深く帰依したことでも知られる。

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三嶋神社境内で食べた福太郎氷¥500
通常は福太郎餅だが、真夏なのでかき氷が付く。

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鰻の街、三島
桜屋、すみの坊、うなよし がよく紹介される。

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並丼、¥3000
土用丑の日ながら奇跡的に食べる事ができた。甘口、表面は少し硬め。

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富士郵便局 ; 田子ノ浦港、船舶、富士山
三島郵便局 ; 楽寿園の小浜池、楽寿館、農兵節、富士山

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原宿については楽寿園の事に多くの頁を費やし、三島宿については廣重の『朝霧』と湧水との関係を記述している。

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永明寺(静岡県富士市) 富士乱水の庭の御朱印

2019.07.25(23:29) 357

吉原宿と富士の湧水(2016.7.30)

<コース>
【往路】JR横浜(7:00) → JR熱海(8:20→8:23) → JR沼津(8:41→8:44) → JR吉原(8:59→9:20) → (岳南鉄道) → 岳南原田(9:29) → 徒歩10分 → 永明寺 → 徒歩40分 → 吉原宿 → 徒歩50分 → JR吉原(12:20)

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大富山 永明寺(曹洞宗)

 お江戸の原宿での研修翌日は駿河の国の原宿へ巡礼ですが、その前に一つ先の吉原へ。
吉原と聞くと時代劇の遊郭をすぐ思いつきますが、これは江戸の上野の郊外。この日訪れた吉原は東海道十四番目の宿、いくら江戸っ子といえどもここまで遊びに来る訳ではありません。

 吉原宿は高波などの影響で、JR吉原駅付近から岳南鉄道吉原本町付近へと二度引っ越しをした宿場。そのため京へと下る際に富士山が左手に見える箇所があり、左富士の名勝で知られます。
 四股名みたいですが道が曲がって居れば別段不思議ではない訳で、わざわざ述べる程とも思えません。他に名勝がなかったのでしょうか?

 しかし、この辺りは北に霊峰富士が控える地。富士の伏流水の影響で豊富な水で知られます。富士と言えばパルプですが、これも水の御蔭。日本は水と安全はタダと言われた位なので、さして重要視されなかったのでしょう。

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今日のスタート岳南鉄道吉原駅
1両編成の電車で30分間隔で運転。

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吉原付近の水路
工業地帯だが、関西で言うと透明度は針江、醒ヶ井クラスか?

 この日はJRから岳南鉄道に乗り岳南原田で下車。清流の流れる市内を少し歩くと永明寺。
大富山永明寺(だいふざんようめいじ)は、天平時代の756年に行基によって創設された古刹で、長きに亘り大富山金輪院と称した真言宗の寺。

 文明年間の1472年に行之正順(ぎょうししょうじゅん)和尚により曹洞宗になり富金山永明寺と改名、明応の大地震で伽藍崩壊後は渓谷近くの現在地に移り、永正2年より大富山永明寺となりました。

 その頃応仁の乱を避けた貴族・文人が今川氏を頼って京より来たので、駿河には今川文化が花開きました。永明寺も東山文化の影響下に滝を配した作庭を念頭に場所が選ばれたとあります。

 ここは新富士溶岩の先端部に当たり、富士山深層の伏流水が豊富に湧出して滝になっている場所。【しんそう】は謎ですが、将軍家に縁続きの今川氏だけに【瀑布】を選んだかもしれません。

 境内は1万3千坪を越えますが伽藍自体は新しい感じ。それよりも本堂裏手にあるのが「富士乱水の庭」と呼ばれる庭園。池や川が流れる庭は珍しくないですが、湧水が滝の様に流れるのは初見。東海屈指の回遊式庭園と呼ばれるのも頷けます。

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庭園内の湧水
寺院でこのような清冽な水は珍しい。

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永明寺「富士乱水の庭」
湧水の滝が音を立てて流れる。

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永明寺御朱印
庭園の説明書きに御朱印を押印したもの

 その後は吉原宿に戻って街道散策。明治の鉄道敷設の際には最初の吉原宿に駅を誘致したので岳南鉄道の吉原本町がかつての宿場に当たります。
 昔の面影は少ないですが、清水次郎長が定宿とした旅館が残っており蕎麦屋も経営。そこで早目の昼食となりました。

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吉原宿に唯一残る鯛屋旅館
1682年創業で今も現役。清水次郎長が定宿とした。

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旅館玄関
今は手打ち蕎麦も営業。

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鯛屋旅館で蕎麦の昼食

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東海道(右の道路)から見る左富士(雲の中)
名勝ということであるが、道が曲がっているからそうなるわけで…。

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東海道沿いにある平家越碑
富士川の戦いで、水鳥の羽音に驚き平家が都に逃げ帰ったという地。

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臨済寺(静岡市葵区) 今川家菩提寺の御朱印

2019.07.24(21:32) 356

今川義元の実像は?(2017.7.27)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR横浜(5:28) → JR小田原(6:21→6:22*) → JR熱海(6:45→6:49☆) → JR静岡(8:06) → 静岡市レンタサイクル → 蓮永寺
*向側ホーム  ☆階段を渡ったホーム

【復路】JR静岡駅(17:34) → JR熱海(19:04→19:09) → JR横浜(20:31)

<お勧めビューポイント>
・臨済寺本堂(大方丈)と境内

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大龍山臨済寺(臨済宗妙心寺派)

 かつて室町時代は日本史でも人気が薄かった時代ですが、最近、応仁の乱や観応の擾乱関連の書籍が出て関心が集まるようになっています。
 「今に続く日本の歴史が知りたければ応仁の乱以降を学べ、それ以前は異国の歴史である」と東洋史学者の内藤湖南も日本文化史研究で述べています。

 静岡(駿府)は家康の御膝元として有名ですが、それ以前は今川氏の城下町。昼からは自転車を飛ばして賤機山麓にある臨済寺まで。

 大龍山臨済寺(だいりゅうさんりんざいじ)は、今川氏親が出家した子の梅岳承芳(今川義元)の為に母親の別邸跡に創建した寺。当初は善得院と呼ばれましたが、天文5年(1536年)に義元の兄氏輝が葬られる時に彼の法名を採って臨済寺と改名、京都妙心寺の大休宗休が招かれて開山となり、弟子の太原崇孚(雪斎)が二世となります。後奈良天皇の師範であった大休は「勅東海最初禅林」の額を賜っています。

 今の臨済寺は専門道場のため、境内は参拝できますが内部や庭の拝観は謝絶。5月19日(義元公命日)と10月15日(摩利支天祈祷会)のみ特別拝観ができるそうです。境内を歩くだけでしたが、綺麗に整えられた庭や仏殿を見るだけで、凛とした気が伝わってくるようです。

 御朱印を御願いすると若い僧侶の方が快く引き受けて下さいましたが料金は取られませんでした。これも修行道場ならではでしょうか?

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臨済時門前に到着
専門道場に相応しい堂々とした寺域。

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臨済寺山門
仁王像は静岡浅間神社から移設されたもの。

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山門の扁額「大龍山」は徳川慶喜の揮毫

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門前の蓮池

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蓮池越しに見た仏殿

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平成9年建立の新仏殿

 今川義元は当主氏親の子として生まれながら出家していましたが、兄氏輝の死後家督を巡る「花倉の乱」で弟を破り家督を継承。臨済寺太原雪斎は軍事顧問として今川氏の政治・軍事・外交に手腕を発揮、今川義元は東海一の弓取りと呼ばれました。

 桶狭間の敗北と公家文化に浸ったという事で軟弱なイメージがありますが、戦国大名としての最盛期も義元の時代。今川家に人質時代の家康も雪斎から書と兵法を学んだとありますから、江戸幕府260年の礎はこの時期に培われたとも言えるでしょう。

 弘治元年(1555年)、雪斎60歳にて没。永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いで義元戦死。その後の今川氏は急速に衰え、武田信玄の駿河侵攻で今川文化も灰燼に帰します。その後、駿河を領有した徳川家康によって伽藍は復興され江戸時代を通じて徳川家からの庇護を受けました。幼年時代に受けた返礼の意味もあったのでしょう。

 一流の政治家となるには自分だけでなく一流のブレーンが要ると言う典型です。かつては歴代首相の政治指南役と呼ばれた人がいたそうですが、今はそのような人はいない様です。【太原】壮語する人はいますが、それだけでは【しなん】の業でしょうね。

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本堂(大方丈)へと続く石段

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石段を上った先の境内

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重文・本堂(大方丈)
17世紀再建の入母屋造で杮葺き。扁額は「勅東海最初禅林」、賽銭箱には三つ葉葵が。

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大書院
内部に竹千代(家康の幼名)御手習いの間がある。

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臨済寺御朱印

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静岡北安東郵便局 ; 重文・臨済寺本堂、富士山

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三松 蓮永寺(静岡市葵区) 家康側室所縁の御朱印

2019.07.23(20:45) 355

信仰を貫いたお万の方(2017.7.27)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR横浜(5:28) → JR小田原(6:21→6:22*) → JR熱海(6:45→6:49☆) → JR静岡(8:06) → 静岡市レンタサイクル → 蓮永寺   *向側ホーム  ☆階段を渡ったホーム

<お勧めビューポイント>
・蓮永寺本堂
・清水寺本堂からの眺め

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貞松山蓮永寺(日蓮宗)
道路に面した山門

 夏の青春18きっぷ初日は静岡へ。静岡は徳川家康が晩年を過ごした場所で江戸時代も一時期を除いて天領でした。
東海道19番目の宿場、鉄道唱歌でも『駿州一の大都会』と歌われています。江戸と尾張の中間点である事が重視されたのでしょうか。

 政令指定都市になって以降、行政区が途轍もなく広がった静岡市ですが、この日は葵区へ。区の名前からして家康との縁が伺えます。巡礼先は駅からそれなりに距離がありますが、駅前レンタサイクルが充実しているので利用する事に…。

 駅から北東へ向かい北街道に沿って進むと道路沿いに大きな山門が。
貞松山蓮永寺(ていしょうざんれんえいじ)は、文永12年(1275年)日蓮の高弟日持上人によって庵原郡松野郷(富士川町)に開かれた永精寺(えいしょうじ)が嚆矢。

 家康の側室お万の方(養珠院)は家康に願い出て永精寺を駿河城鎮護のためにここに移し蓮永寺と改名しました。元和元年(1615年)の事です。

 お万の方は上総大滝城主正木氏の娘で、後に伊豆河津の笹原城主蔭山氏の養女となり家康に仕え二人の男子を生みました。
後に上の子が家康第十子頼宣(紀州徳川家初代)、
下の子が第十一子頼房(水戸徳川家初代)
となるので、彼女は御三家の内、二家の生母。水戸黄門こと徳川光圀は彼女の孫に当たります。

 お万の方は養家の蔭山氏の影響を受けた熱心な日蓮宗信者で、特に身延山久遠寺の日遠上人に帰依しています。一時期、宗論を巡って日遠が家康から死罪に処せられそうになった折には我が身に変えてその命を救った事もありました。

 天下人の家康に逆らうのは勇気が要りますし側室であったならば己の地位に安住してそこまでする必要はなかったとは思いますが、彼女なりの信念があったのでしょう。家康も自分に反対したお万を処罰していません。

 家康没後のお万の方は髪を下ろして養珠院と号して、ここ蓮永寺で家康の菩提を弔います。最晩年は紀州公頼宣の元で平穏に暮らし七十七歳で没しました。

 寺域は徳川の庇護を受けただけあり広大でしたが、観光地化はしていない様子。

お詣りの後、御朱印を頂くために庫裏に伺うと、年配の御住職が布団から起き上がられて、
「暑さで体調がすぐれないので横になっています。御朱印は書置きがそこにあるので持ち帰って下さい。」との事。

休んで居られる所に邪魔した訳ですが、きちんとした対応をして頂いて却ってこちらが恐縮した次第です。

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蓮永寺仁王門

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庫裏と寺務所
御朱印はここで拝受。

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鐘楼

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本堂

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蓮永寺御朱印

 参拝の後、駅に戻る途中の山麓に「音羽山清水寺」の道標が。
京都の清水と全く同じではないかと、気になったので立ち寄り。永禄2年(15559年)に今川氏輝の遺命で創建されたそうで、本堂からの駿府の眺めが清水からの京都の眺めに似ているからの命名とありました。

 私も木立の中に端正な佇まいの本堂から町を見ましたが、景色は兎も角、観光客の数は雲泥の差。しかし瞑想にふけるのには適した環境です。
戦国大名の文化といえば
① 越前の朝倉文化
② 山口の大内文化
③ 駿府の今川文化
の3つですが、いずれも都をモデルとしています。清水寺もそんな今川氏の都への郷愁がそのような名を付けたのかもしれません。

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音羽山清水寺(真言宗)
京都の清水に眺めが似ていることからの命名だが、観光客は殆どいない。寺も留守で御朱印は拝受できず。

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清水寺説明板

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市内に唯一残る郷倉(ごうぐら)
江戸期に米を保存するために造られたもので、これは天保4年(1833年)の再建。

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静岡横田郵便局 ; 清水寺観音堂、千手観音、富士山
静岡沓谷郵便局 ; 蓮永寺仁王門、銀杏、富士山

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雨引観音(茨城県桜川市) 坂東札所屈指の超絶御朱印

2019.07.22(22:09) 354

桜川市の桜の名所(2015.7.26)

<コース> 
【往路】JR横浜(5:25) → JR上野(5:58→6:04) → JR水戸(8:00→8:17) → JR常陸太田(8:51) → 常陸太田観光レンタサイクル → 佐竹寺 → 西山荘 → JR常陸太田(12:00) → JR水戸(12:39) → JR友部(13:19) → JR笠間(13:27) → 笠間観光レンタサイクル → 笠間稲荷・佐白観音 → JR笠間(15:27) → JR岩瀬(15:44) → 岩瀬駅前観光レンタサイクル → 雨引観音

【復路】JR岩瀬(17:17) → JR小山(17:54→18:11) → JR横浜(20:00)

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雨引山 楽法寺(真言宗豊山派 坂東三十三ヵ所第二十三番札所 東国花の寺百ヵ寺茨城六番)
サイクリングコースから見た雨引観音

 佐白観音の後は水戸線で岩瀬駅下車。16時前でしたが雨引観音までは5㎞程あるので、車でないと巡礼できないかと思いましたが、駅前観光案内所にレンタサイクルがあったので運よく巡礼できました。

 駅から南へはサイクリングロードが整備されているので、そこを行けば安全に行けるとの話。この日は三ヵ所共に駅レンタサイクルがあったのも幸運でした。

 かつて関東鉄道が土浦から岩瀬まで運行していた廃線跡だそうで観音の最寄には雨引駅があったとか。サイクリングロードを行くと左手の山腹に寺院が見えたので左折。

 自転車で行けるところまで上りましたが、最後は急な坂なので1㎞余りは歩くことで目的地に到着。

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関東鉄道廃線跡に残るホーム

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入口にある薬医門
旧真壁城から移築。

 雨引山楽法寺(あまびきさんらくほうじ)は、坂東の札所と言うよりも北関東を代表する桜の名所。

寺伝に拠れば

『用明天皇2年(587年)、中国の梁の出身の法輪独守居士が創建。

天平2年(730年)に聖武天皇・光明皇后が安産を祈願し法華経を奉納、弘仁12年(821年)の大旱魃時には嵯峨天皇が「紺紙金泥の法華経」を書写して奉納するとその効果あって雨が降り勅命により天彦山から雨引山に山号を変更。

その後、建長6年(1254年)には宗尊親王、建武年間には足利尊氏により再興され江戸時代には徳川幕府から寄進を受けた。』

とあります。

 南朝の梁の武帝は菩薩皇帝と呼ばれた程の仏教信者ですが、法輪独守居士の開山は多分に伝説的。歴代の朝廷の祈願に対して霊験があらたかだったので、深く信仰を集めるようになったのでしょう。

 今は、雨乞いよりも安産・子育てで訪れる人が多いとか。

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仁王門

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多宝塔

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観音堂(本堂)
本尊は勿論観音菩薩で、十九面の孝子の彫刻がある。

 北関東を代表する桜の名所ですが真夏なので花はなし。汗だくになりながら石段を上って16時過ぎに境内へ到着。

 参拝したあと息せき切って御朱印を御願いするとほぼ同年代の女性が墨書して下さいました。頂いて拝見しましたが「水茎の跡も鮮やかな筆跡」とはこのようなものを言うのでしょう。

 こうして茨城の札所巡りは3ヵ寺、雨引観音で幕引きとはなりました。「巡礼楽ありゃ苦もあるさ」ではないですが、猛暑の中の参拝もこの超絶御朱印を頂いた事でそれまでの疲労も吹き飛びました。

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雨引観音説明書

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説明書裏面

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雨引観音御朱印

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雨引郵便局 ; 雨引観音多宝塔、マダラ鬼神祭、筑波山

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笠間稲荷と佐白観音(茨城県笠間市) 三大稲荷と傍らに佇む第二十三番札所の御朱印

2019.07.21(20:33) 353

波乱万丈の札所(2015.7.26)

<コース> 
【往路】JR横浜(5:25) → JR上野(5:58→6:04) → JR水戸(8:00→8:17) → JR常陸太田(8:51) → 常陸太田観光レンタサイクル → 佐竹寺 → 西山荘 → JR常陸太田(12:00) → JR水戸(12:39) → JR友部(13:19) → JR笠間(13:27) → 笠間観光レンタサイクル → 笠間稲荷・佐白観音 → JR笠間(15:27)

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笠間稲荷神社楼門

 佐竹寺に続き笠間市にある佐白観音に向かいましたが、笠間と言えば焼物と笠間稲荷。日本三大稲荷をどこにするかは様々な意見がありますが、関東では笠間稲荷。札所巡礼とはいえ、スルーするのも無礼なので先立ってお詣り。

 歩くには駅から少し遠いのですが、ここにも駅前に自転車があり早速レンタル。駅から北へ広い道路を通り旅の無事を祈願しました。

 笠間稲荷は別名胡桃下稲荷、かつては周辺が胡桃の森だった事に由来しますが、境内にはその名残か胡桃の古木がありました。昼食は門前の稲荷寿司でしたが、中に胡桃が入っていたのは御愛嬌。胡桃に「来る見」を掛けた縁起担ぎでしょうか?

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笠間稲荷拝殿

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境内にある胡桃の木

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笠間稲荷御朱印

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笠間稲荷門前の「二ツ木」にて胡桃入りの稲荷寿司を

 笠間稲荷へ参拝の後は札所ですが、これがちょっと分かり辛い。道路に面して寺院へ続く細い石段を見つけた時はほっとしました。佐白山正福寺(さしろさんしょうふくじ)は、佐白山にある札所。

縁起に拠れば

『651年(白雉2年)、猟師の粒浦氏により創建された三白山が嚆矢。建保2年(1214年)に笠間氏により攻められ焼失しますが、後に笠間氏が帰依したことに拠り再建。山号も佐白山に改めます。

寺号も勝福寺から江戸初期には正福寺となりますが明治の廃仏毀釈で衰退。仏像なども散逸してしまいます。現在地に仮本堂が建てられたのは昭和5年の事。』

とあります。

 一読しただけで波乱万丈の沿革が分かりますが、境内が狭く建物も質素なのを見ると成程と納得してしまいます。開基も猟師ですから通常の札所とは異質、宗教的な権威により創建したのではなく民衆の信仰が元になったのは確かでしょう。

 七転八起ではありませんが、民のパワーが今まで続いた源泉の気がします。

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佐白山 正福寺(普門宗 真言宗系単立 坂東三十三ヵ所第二十三番札所)
写真の細い参道を上る。標識の後ろは今日の相棒の自転車。

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佐白観音本堂
御朱印はここで拝受。

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佐白観音御朱印

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笠間郵便局 ; 笠間焼の壺の外枠に重文・笠間稲荷本殿、佐白山、菊
笠間駅前郵便局 ; 笠間焼の壺の外枠に重文・笠間稲荷本殿、佐白山、登り窯

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タイトル画像

佐竹寺(茨城県常陸太田市) 佐竹氏所縁の坂東札所の御朱印

2019.07.20(18:19) 352

人生至る所、西山荘有り (2015.7.26)

<コース> 
【往路】JR横浜(5:25) → JR上野(5:58→6:04) → JR水戸(8:00→8:17) → JR常陸太田(8:51) → 常陸太田観光レンタサイクル → 佐竹寺 → 西山荘 → JR常陸太田(12:00) → JR水戸(12:39)

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妙福山 妙音院 佐竹寺(真言宗豊山派 坂東三十三ヵ所第二十二番札所) 山門 

 夏の青春18きっぷ2回目は常陸へ巡礼。常陸といえば江戸時代は水戸が中心ですが、それ以前の中心は常陸太田。

上野から水戸までの電車は頻繁にありますが、常陸太田に行く水郡線になると1時間毎の運転。当然、列車(非電化)の時刻に合わせての行動となります。

 全ての施設は駅から数㎞離れており、しかも方角が異なるので大変でしたが駅前の観光案内所にレンタサイクルがありました。自転車は全部で3台でしたが、8時51分に駅に着き案内所開始の9時に無事借りる事ができました。もう少し台数が多い方が良いですね。

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JR水郡線・上菅谷駅にて乗り換え

 当地は平安の末より470年間佐竹氏が統治。佐竹氏は八幡太郎義家の弟新羅三郎義光の孫源昌義を祖とする源氏の名門。昌義が祈願寺に寺領を寄進した際に境内で節が一つしかない竹を見つけ、これを奇瑞として佐竹氏を名乗ったと言われます。

 その祈願寺が妙福山妙音院佐竹寺(みょうふくさんみょうおんいんさたけじ)。

 寺伝では大同2年(807年)徳一の開創とありますが、寛和元年(985年)に坂東巡礼途上の花山院が随行した元蜜上人に聖徳太子作と言われる十一面観音像を与えて建立させたと坂東霊場記にあるのでそちらの方が信憑性が高そうです。

 創建当時の名は観音寺で場所も今の北西にあったといいますが、天文12年(1543年)に兵火で焼失したので3年後に佐竹氏18代義昭が現在地に再建しました。佐竹城の鬼門除けとしてであったとされます。

 佐竹寺も坂東三十三ヵ所の札所になったとはいえ、明治期には無住時代も経験しています。現在の山門、本堂には古風な雰囲気がありますが、訪れる人も少ないので一層そのように見えるのかもしれません。

 本堂に参拝した後は横の庫裏で御朱印を。御願いすると年配の女性が『お婆ちゃん、御朱印ですよ』と声がして90歳を過ぎたと思われる御婦人が矍鑠たる筆遣いで書いて頂きました。

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山門の扁額の上にある佐竹氏家紋の扇(五本骨)
頼朝の呼びかけに応じて参陣した際に、家紋のないのを哀れんだ頼朝が『これを家紋にせよ』と持っていた扇を与えたとか。

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天文15年(1546年)再建の重文・佐竹寺本堂
関東の寺院は茅葺が多いが、ここの寄棟造は圧巻。

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佐竹寺御朱印

 佐竹寺は一門の祈願寺ですが、菩提寺は北に数㎞の場所の正宗寺(しょうじゅうじ)。佐竹氏8代貞義の子、月山和尚が開山で境内には一族の墓もあります。

 広大な敷地を持つ寺院は有事の際には陣を置くこともできるので、祈願寺と菩提寺を分けたのはリスク分散を考えての事かもしれません。

 名門佐竹氏も470年余りの間、上り坂・下り坂を経験しています。秀吉の時代はうまく立ち回って54万石を得ましたが関ヶ原では後手に回って秋田に転封。佐竹氏も関ヶ原の後に【まさか】秋田に行くことになろうとは夢にも思わなかったでしょう。

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萬秀山正宗寺(臨済宗妙心寺派)
佐竹氏の菩提寺で、畑の中に広大な敷地を持つ。

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正宗寺本堂

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本堂正面の扁額

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境内にある佐々宗淳(助さん)の墓

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正宗寺御朱印

 代わって常陸に入ったのが徳川御三家の水戸藩。二代目光圀は隠居を佐竹氏の城下町の常陸太田に決め、西山荘(せいざんそう、”にしさんそう”ではない)を営みました。

 テレビや時代劇の撮影ではここがそのまま使われたようで、今もその雰囲気が残っています。

 徳川光圀は兄の頼重を差し置いて藩主になった事を生涯に亘り悔いたと言われ、号の「梅里」は史記列伝に由来。光圀の「圀」は則天文字、師は明の儒学者朱舜水と中国の影響を非常に受けた人です。

 『大日本史』編纂を始めたのは史書を編纂する中国に倣ったのかもしれません。尤もそのため財政難にはなった様ですが…。

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西山荘への裏門
付近の農民がなかに入り易いように配慮したとか。

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西山荘遠景

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西山荘
ここで大日本史の編纂を始めた。

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光圀公の書画

 佐竹氏は駅から北へ延びる鯨ヶ丘と呼ばれる高台に築城しましたが、丘の中央の棚倉街道沿いが昔の街の中心で土蔵が並びます。

 坂の町と言えば尾道ですが、常陸太田も坂の町、雰囲気は豊後の杵築に似ています。外からの防御には適した地形ですが、町全体の発展には限界があり、そこが近世城下町にならなかった理由でしょう。

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十王坂から西を望む
山腹に見えるのは光圀公が生母の為に建てた久昌寺。

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郷土資料館
昭和11年に建てられたかつての町役場。建設は地元出身の実業家梅津福次郎から3万5千円(当時の金額)の寄付に拠った。

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蔵を使った食事処

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門構えはかつての武家屋敷?

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明治期の酒造屋

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太田名物 「なべや」の粽
光圀公の侍臣儒者佐々宗淳介三郎(助さんのモデル)が大日本史の資料集めのため訪れた北越からの土産の笹団子をもとに作った。何故笹団子としなかったのかは、自分の名字と重なるからか?

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常陸太田郵便局 ; 西山荘、水戸八景・太田落雁の碑、梅、雁
常陸太田栄町郵便局 ; 重文・旧制太田中学校講堂

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