fc2ブログ

タイトル画像

久米田寺 開山堂 (大阪府岸和田市池尻町) <久米田寺 其の参>

2022.12.19(20:12) 1324

開山堂・聖天堂・靖霊殿・墓所(2022.9.24)

<コース> 南海ウイングバスは日中60分間隔で運転
【往路】JR大阪(8:24) → (紀州路快速) → JR和泉府中(9:04→9:07) → (阪和線) → JR下松(9:12)

下松駅前(9:25) → (南海ウイングバス) → 道の駅愛彩ランド(9:44) → 徒歩10分 → 積川神社 → 積川神社前(10:46) → (南海ウイングバス) → 池尻(10:58) → 徒歩5分 → 久米田寺 → JR久米田(13:19) → (阪和線) → JR北信太(13:27) → 徒歩5分 → 葛葉稲荷神社 → 徒歩15分 → 聖神社 → JR北信太

【復路】JR北信太(15:27) → (阪和線) → JR天王寺(15:46→15:52) → (大阪環状線) → JR大阪(16:06)

350-5-1.jpg
龍臥山 隆池院 久米田寺(高野山真言宗 準別格本山 和泉西国三十三ヵ所第二十三番札所) 開山堂

 本堂の脇にある細い参道の先には小さなお堂があります。

これが当寺を開創した行基菩薩を祀る開山堂ですが、ここも閉鎖中でした。

『開山堂は久米田池・久米田寺を開創した行基菩薩を祀り、行基堂の別名でも呼ばれる。

毎年10月には、池の水の恩恵を被る13町の地車(だんじり)が収穫感謝のため境内に乗入れ、

開山堂に参拝する行基参りが行われる。市内で地車が境内に入るのは当寺のみである。

350-5-2.jpg
開山堂近影

350-5-3.jpg
開山堂の向拝下にて

 その他、境内には玄奘三蔵の遺骨と戦没者の霊を祀る靖霊殿(八角堂)、

歓喜天を祀る聖天堂があるが、行基に関わるものとして、高台の墓地に行基塚。

隣接して光明皇后の御爪・遺髪を埋葬したと伝わる光明皇后塚、

境内の南端に聖武天皇・光明皇后・亀山天皇の御墓である三基五輪の供養塔が建つ。

350-5-4.jpg
隙間から見た内陣

350-5-5.jpg
内陣の天蓋部分

350-5-6.jpg
冊子に掲載された内陣の様子

 行基の時代には学問寺として隆盛を極めた当寺も時代と共に坂を下り始める。

平安末期から鎌倉初期への移行期は、社会不安と大動乱の波を受け、

寺領の掠失、伽藍の荒廃といった寺運の衰退が目立つようになる。

 文治元年(1187年)の後白河法皇、正治元年(1199年)の後鳥羽上皇は、

相次いで寺領安堵と国役免除の庁宣を当寺に下され、幕府も下知状を発して保護をはかったが、

退廃の勢いを止めるまでには至らなかった。遂に弘安の頃に至っては

「伽藍悉く傾き、釈迦三尊の塔婆一基を残し、鐘楼、経蔵及び二十余りの僧坊、禅室全て礎石のみ残る。」

と言った有様であった。

350-5-7.jpg
歓喜天を祀る聖天堂

350-5-8.jpg
正面から見た聖天堂

350-5-9.jpg
後方より見た聖天堂

 この頃、和泉地方を領有する鎌倉武士の安東蓮聖が、当寺の荒廃をいたく嘆いて、

再興を深く願い、執権北条時頼の許しを得て、当寺の別当職に就くや、

一族挙げての再営修復に全力を注いだ。

弘安3年(1280年)落慶、西大寺叡尊の高弟・顕尊上人を中興開山に迎え、

ここに華厳・戒律・真言の道場として再び寺運隆盛の機運を開いた。

安東氏は 「自ら菜地を寄贈し、僧俗五十余人の衣食の糧を備えられ」、

以後、一族は代々大檀越として深く当寺に帰依し、

田畑等の寄進も一再ならず、物心両面において多大な外護を尽くした。

350-5-10.jpg
聖天堂の奥に続く靖霊殿

350-5-11.jpg
昭和32年(1957年)建立の靖霊殿
法隆寺夢殿を模した八角形で、玄奘三蔵の御骨と明治以降の戦争で亡くなった岸和田市出身者の霊も祀る。

 後宇多天皇もまた、当寺が行基菩薩開基の霊場である事を追慕されて勅願所に列し、

これより室町時代にかけての二百数十年の間、中興隆盛期を迎える。

即ち東大寺、高山寺と並んで華厳経額の中心として、また戒律は戒壇院、

西大寺、唐招提寺の系譜をひく、南都律の拠点として日本全土から学僧が参集した。

 加えて宋人の止住も夥しく、経論の書写、講義、更に開板事業も営まれ、

学山としての名声を高め、幾多の名僧を輩出した。

 また殿堂房舎が拡充されたのもこの頃で、資料に拠ると山門・金堂・講堂・開山堂・禅堂・

多宝塔・鐘楼・経蔵等の基本的堂舎の他、十余り。境内地は東西五丁、南北八丁と記されている。

子院・末寺も多く、当時子院は二十余ヵ寺に上り、和泉国内の他、遠く伊賀・摂津・東国に及んだ。』

とあります。

350-5-12.jpg
三基五輪の供養塔

350-5-13.jpg
境内の高所にある行基塚

350-5-14.jpg
行基塚の墓石?

 行基は大和で入寂し生駒の竹林寺に葬られたので、当寺はあっても分骨。

それでも開創者に敬意を表した証と言えます。

 行基は民衆を束ねて教団を形成しましたが、朝廷と争う姿勢は採っていません。

当寺もそれを守り、兵力を持つことなく学問所として歩みますが、

それでも戦乱を避けられえなかったのは皮肉な話です。

350-5-15.jpg
行基塚から道を挟んだ場所にある光明皇后塚

350-5-16.jpg
光明塚古墳
光明皇后の墳墓は大和にあった筈なので、これは分骨か、名前のみか?

350-5-17.jpg
史跡の看板

[参考書]

大阪府の歴史散歩 下 河内・堺・和泉 (歴史散歩 27)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:26時点)



河内・泉州歴史探訪 南大阪ふらり旅

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:31時点)



大阪 ぶらり古地図歩き 歴史探訪ガイド 改訂版

新品価格
¥1,793から
(2022/12/17 19:32時点)



古地図や写真で楽しむ 大阪歴史トラベル (JTBのMOOK)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:32時点)



大阪 歴史探訪ルートガイド

新品価格
¥1,760から
(2022/12/17 19:33時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2022/12/17 19:30時点)



行基 (人物叢書)

新品価格
¥2,090から
(2022/12/17 19:44時点)



民衆の導者 行基 (日本の名僧)

新品価格
¥4,801から
(2022/12/17 19:45時点)



行基―文殊師利菩薩の反化なり (ミネルヴァ日本評伝選)

新品価格
¥3,300から
(2022/12/17 19:45時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


大阪府 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

久米田寺 金堂 (大阪府岸和田市池尻町) <久米田寺 其の弐>

2022.12.18(20:51) 1323

開創と隆盛(2022.9.24)

<コース> 南海ウイングバスは日中60分間隔で運転
【往路】JR大阪(8:24) → (紀州路快速) → JR和泉府中(9:04→9:07) → (阪和線) → JR下松(9:12)

下松駅前(9:25) → (南海ウイングバス) → 道の駅愛彩ランド(9:44) → 徒歩10分 → 積川神社 → 積川神社前(10:46) → (南海ウイングバス) → 池尻(10:58) → 徒歩5分 → 久米田寺 → JR久米田(13:19) → (阪和線) → JR北信太(13:27) → 徒歩5分 → 葛葉稲荷神社 → 徒歩15分 → 聖神社 → JR北信太

【復路】JR北信太(15:27) → (阪和線) → JR天王寺(15:46→15:52) → (大阪環状線) → JR大阪(16:06)

350-4-1.jpg
龍臥山 隆池院 久米田寺(高野山真言宗 準別格本山 和泉西国三十三ヵ所第二十三番札所)

 池にお参りした後は、その北端に隣接する寺院へ。

池を望む大門を潜ると石畳の正面に立つのが本堂である金堂。

 龍臥山隆池院久米田寺(りゅうがさんりゅうちいんくめだでら)は、

『天平10年(738年)、聖武天皇の勅願に拠って、橘諸兄を大檀越(施主)とし、行基菩薩に拠って開創。

本尊は釈迦如来で行基建立49院の一つ、久米田池を維持管理するために建てられた隆池院に始まると伝えられる。

350-4-2.jpg
正面より見た大門
宝永3年(1706年)の再建。

350-4-3.jpg
大門脇に建つ寺標

350-4-4.jpg
金堂の向拝下より大門を見返る

 その寺域は

「東は角河の流れ、春木の峯ならびに上の津川の東峯、七層の峯を限り、

南は葛城の横峯、西は松村の登路ならびに延年ヶ峯・八坂切上を、

そして北は熊野詣大道を限りに、この四至内の田畑地利を挙げて

仏聖の灯油住僧の依怙となさしむ。」 とあり、往時の盛大さを伺い見る事ができる。

350-4-5.jpg
由緒記

350-4-6.jpg
現在の寺域案内図

350-4-7.jpg
境内側より見た大門

 聖武天皇は光明皇后と共に文武百官を率いて行幸され、

当寺を以て宝祚延久の勅願時寺に定められた。

 平安時代に入ると、奈良興福寺一乗院の支配下になり、

南都北嶺の学僧の来往も多く、学問の寺として法灯を輝かせた。

 幾多の戦乱を経て堂宇は焼失したが、江戸時代に復興。

宝暦3年(1706年)に大門が再建、本堂は遅れて明和7年(1770年)に再建された。

本堂の扁額「隆池院」は松平定信の筆である。

本尊は釈迦如来で、脇侍に文殊・普賢の両菩薩を祀る。』 とあります。

350-4-8.jpg
正面より見た金堂(本堂)

350-4-9.jpg
金堂に掲げられた「隆池院」の扁額は松平定信筆

350-4-10.jpg
金堂前面の向拝

350-4-11.jpg
向拝の木鼻彫刻の象

350-4-12.jpg
隙間から見た金堂内陣

350-4-13.jpg
内陣の「久米多寺」と書かれた扁額

350-4-14.jpg
説明書に掲載された金堂の御本尊(釈迦如来)

 扉の隙間からは辛うじて御宝前が見えますが、細部は頂いたパンフで確認する事ができます。

ここで気になったのは御宝前の「久米多寺」の扁額。「田」ではなく「多」が使用されていますが、

後で確認すると元来は「多」で、池のお陰で米の収穫量が多かった事に由来するとか。

 御本尊を祀るお堂ですが生憎閉鎖。特別な日のみに御開帳との事で、

行基が開創なので【ぎょうじ】のある時のみ開くのでしょうか?

350-4-15.jpg
左手後方からの金堂の眺望

350-4-16.jpg
同じく右手後方からの眺望

350-4-17.jpg
金堂右側面
奥に建つのは開山堂

350-4-18.jpg
前回参拝時に頂いた久米田寺案内冊子

350-4-19.jpg
重用文化財・曼荼羅図 (冊子より)

350-4-20.jpg
久米田寺御朱印
前回(平成23年)拝受の金堂御本尊

[参考書]

大阪府の歴史散歩 下 河内・堺・和泉 (歴史散歩 27)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:26時点)



河内・泉州歴史探訪 南大阪ふらり旅

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:31時点)



大阪 ぶらり古地図歩き 歴史探訪ガイド 改訂版

新品価格
¥1,793から
(2022/12/17 19:32時点)



古地図や写真で楽しむ 大阪歴史トラベル (JTBのMOOK)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:32時点)



大阪 歴史探訪ルートガイド

新品価格
¥1,760から
(2022/12/17 19:33時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2022/12/17 19:30時点)



行基 (人物叢書)

新品価格
¥2,090から
(2022/12/17 19:44時点)



民衆の導者 行基 (日本の名僧)

新品価格
¥4,801から
(2022/12/17 19:45時点)



行基―文殊師利菩薩の反化なり (ミネルヴァ日本評伝選)

新品価格
¥3,300から
(2022/12/17 19:45時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


大阪府 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

久米田寺 久米田池 (大阪府岸和田市池尻町) <久米田寺 其の壱>

2022.12.17(19:47) 1322

久米田池と久米田寺(2022.9.24)

<コース> 南海ウイングバスは日中60分間隔で運転
【往路】JR大阪(8:24) → (紀州路快速) → JR和泉府中(9:04→9:07) → (阪和線) → JR下松(9:12)

下松駅前(9:25) → (南海ウイングバス) → 道の駅愛彩ランド(9:44) → 徒歩10分 → 積川神社 → 積川神社前(10:46) → (南海ウイングバス) → 池尻(10:58) → 徒歩5分 → 久米田寺 → JR久米田(13:19) → (阪和線) → JR北信太(13:27) → 徒歩5分 → 葛葉稲荷神社 → 徒歩15分 → 聖神社 → JR北信太

【復路】JR北信太(15:27) → (阪和線) → JR天王寺(15:46→15:52) → (大阪環状線) → JR大阪(16:06)

350-3-1.jpg
龍臥山 隆池院 久米田寺(高野山真言宗 準別格本山 和泉西国三十三ヵ所第二十三番札所)
大門前からの久米田池の眺望

 積川神社前バス停から15分、久米田バス停の一つ手前の池尻で下車。

そこから南へなだらかな坂を上ると行く手に広大な久米田池が姿を表し、

畔には久米田寺が建ちます。

『この地域は古来より灌漑の水に乏しく、農民は旱魃に苦しんだ。

そこで聖武天皇は行基に命じて溜池を掘らせ、神亀2年(725年)から

天平10年(738年)まで14年の歳月を費やして竣工した。

350-3-3.jpg
眼前に広がる久米田池

 この久米田池は現在、水面積45.6ha、貯水量157万t、灌漑面積27.7ha、周囲2.6㎞を誇り、

平成28年(2016年)には「世界灌漑施設遺産」に登録された。

 久米田寺は天平6年(734年)の開基で、この久米田池を維持管理するために

建てられた隆池院に始まるとされる。

当山中興二代禅爾上人が六万本卒塔婆供養を行って池の修復を勧進し、

楠木正成三男・正儀(まさのり)も当時の依頼に拠り、池堤を修復したと古文書に見える。』

とあります。

350-3-4.jpg
池の北側を望む

350-3-5.jpg
同じく南側

350-3-6.jpg
池の畔から見た久米田寺

 巡礼先は久米田寺ですが、由緒から明らかなように久米田池が初めに造られ、

池を管理する目的で出来たのが久米田寺。

それを思うと先ず、池に参拝?するのが礼儀というものです。

 古代史上の宗教家で各地に多くの足跡を残しているのは、役小角、弘法大師と行基。

半ば伝説的な功績を遺した前二に対し、行基の事績は橋を架ける、溜池を掘るといった土木事業。

しかも一般民衆の利益に合致しているのが特徴。

彼が掘削した池は、昆陽池・狭山池・久米田池が有名ですが、規模は縮小したものの、

現在まで農業用水として貢献している所を見ると、【かんがい】深いものがあります。

350-3-8.jpg
大門脇に並んで建つ久米田寺と久米田池の石碑

350-3-9.jpg
大門越しの久米田池の眺望

350-3-10.jpg
名所図会に描かれた久米田池

[参考書]

大阪府の歴史散歩 下 河内・堺・和泉 (歴史散歩 27)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:26時点)



河内・泉州歴史探訪 南大阪ふらり旅

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:31時点)



大阪 ぶらり古地図歩き 歴史探訪ガイド 改訂版

新品価格
¥1,793から
(2022/12/17 19:32時点)



古地図や写真で楽しむ 大阪歴史トラベル (JTBのMOOK)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/17 19:32時点)



大阪 歴史探訪ルートガイド

新品価格
¥1,760から
(2022/12/17 19:33時点)



行基と歩く歴史の道

新品価格
¥2,200から
(2022/12/17 19:30時点)



行基 (人物叢書)

新品価格
¥2,090から
(2022/12/17 19:44時点)



民衆の導者 行基 (日本の名僧)

新品価格
¥4,801から
(2022/12/17 19:45時点)



行基―文殊師利菩薩の反化なり (ミネルヴァ日本評伝選)

新品価格
¥3,300から
(2022/12/17 19:45時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


大阪府 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

積川神社 本殿 (大阪府岸和田市積川町) <積川神社 其の弐>

2022.12.16(21:55) 1321

極彩色の本殿(2022.9.24)

<コース> 南海ウイングバスは日中60分間隔で運転
【往路】JR大阪(8:24) → (紀州路快速) → JR和泉府中(9:04→9:07) → (阪和線) → JR下松(9:12)

下松駅前(9:25) → (南海ウイングバス) → 道の駅愛彩ランド(9:44) → 徒歩10分 → 積川神社 → 積川神社前(10:46) → (南海ウイングバス) → 池尻(10:58) → 徒歩5分 → 久米田寺 → JR久米田(13:19) → (阪和線) → JR北信太(13:27) → 徒歩5分 → 葛葉稲荷神社 → 徒歩15分 → 聖神社 → JR北信太

【復路】JR北信太(15:27) → (阪和線) → JR天王寺(15:46→15:52) → (大阪環状線) → JR大阪(16:06)

350-2-1.jpg
積川神社(和泉国四之宮 式内社 旧郷社)

 白河上皇揮毫の扁額(複製)の架かった二の鳥居を過ぎると正面に拝殿。

その奥に本殿が鎮座まします。

木材表面をそのまま使用した拝殿に対し、本殿は朱色も鮮やかな極彩色。

誰が見ても拝殿の方が古そうですが、重要文化財になっているのは本殿の方。

350-2-2.jpg
正面から見た拝殿

350-2-4.jpg
拝殿前面の造り

350-2-5.jpg
拝殿前の「右近の橘」

350-2-6.jpg
同じく「左近の桜」

『延喜式内社で和泉五社に列している。

霊亀2年(716年)、河内国から和泉国が分かれた際に和泉五社の制度が定められた。

当時、諸国に一之宮は必ず有ったが、五之宮まで定められたのは稀少とされる。

天平3年(731年)和泉五社は疫病退散の大祓を行った事から、聖武天皇から社領6800石を拝領。

積川神社はその内600石を賜った。

歴代天皇の勅願社として、また武将の崇敬も篤く、天正の頃までは

社領600石を有した格式の高い神社であった。

350-2-7.jpg
拝殿の狛犬の横を抜けて本殿へ

350-2-8.jpg
中門の奥に建つ本殿

350-2-9.jpg
本殿側より見た拝殿の後方

 積川神社の氏地は牛滝川沿いに磯の上までの四ヵ村に及んだため、

遠方の氏子は中間点に当たる岸和田市額町に建つ鳥居から積川神社を遥拝し、

農作物の豊穣と家内安全を祈願した。

またその地は熊野街道に当たるため、熊野参詣をする皇族、

公家も勅願社である積川神社を遥拝したと言う。

350-2-10.jpg
千鳥破風の中門

350-2-11.jpg
本殿に伸びた中門
門の後方の一対の石灯籠は大坂商人加賀屋四郎右衛門の寄進、その奥は正平7年(1352年)楠正儀の寄進である。

 積川神社本殿は、三間社流造・正面千鳥破風付・檜皮葺で、創建年代は詳らかではないが、

慶長7年(1603年)、豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行として大修理を加え、

現在に安土桃山時代の優雅広大なその様式を伝えている。

特に高欄の彫り物の鮮やかな事は安土桃山時代の美の極致とされる。

本殿南面の蟇股は「川に筆」、正面の蟇股は「笑顔の龍」と

彫り物師の遊び心が表れた全国でも珍しいものとなっている。

 この本殿は大正3年(1914年)に旧国宝に指定、

昭和25年(1950年)の法律改正に拠って改めて重要文化財に指定された。

平成28年には本殿保存修理事業が行われ今に至る。』 とあります。

350-2-12.jpg
重用文化財・本殿

350-2-13.jpg
本殿の向拝部と極彩色の装飾

350-2-14.jpg
本殿左側

350-2-15.jpg
極彩色の装飾品

350-2-16.jpg
蟇股の彫刻 (説明書より)

350-2-17.jpg
本殿屋根の造り

 由緒ある社寺が修復で真新しくなる事に対しては違和感を持つ人も多いようですが、

現役で使用している建造物に対して修理補修を加えるのは極自然の事。

廃墟や遺跡とは一線を画すべきでしょう。人々も建立当初は、このような社殿を拝んでいた訳ですから。

350-2-18.jpg
本殿の右に建つ若宮社・菅原社

350-2-19.jpg
若宮社・菅原社の説明

350-2-20.jpg
本殿の左側に建つ八阪社

350-2-21.jpg
八坂社御由緒

350-2-22.jpg
積川戎社

350-2-23.jpg
戎社本殿

350-2-24.jpg
これは白髪社か?

 参拝後は、社務所で御朱印を拝受。神職が対応下さいました。

積川神社は専用のHPも持っているようで、そこには神主である積川氏が寄稿。

私 ; 「現在で、神主さんは何代目になるのでしょう?」

神主 ; 「私で77代目になります。」

私 ; 「崇神天皇の時代からですか!」

神主 ; 「さすがに、その頃は伝説のようですが。」

 日本書紀の神代記でも神武天皇から9代目までは一般に欠史とされ、

10代目から崇神天皇から漸く実在したと考えられます。

77代目を鵜吞みには出来ませんが、少なくとも50代以上は一門世襲で続いていると言ってよいでしょう。

川に加えて氏の重みを感じた巡礼とはなりました。

350-2-25.jpg
二の鳥居を過ぎて右手に建つ現代風の社務所

350-2-26.jpg
社務所玄関

350-2-27.jpg
頂いた御由緒記

350-2-28.jpg
積川神社御朱印は77代目の直筆

[参考書]

大阪府の歴史散歩 下 河内・堺・和泉 (歴史散歩 27)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/15 23:36時点)



歴史家の案内する大阪

新品価格
¥1,980から
(2022/12/15 23:36時点)



河内・泉州歴史探訪 南大阪ふらり旅

新品価格
¥1,320から
(2022/12/15 23:38時点)



大阪の神さん仏さん

新品価格
¥1,650から
(2022/12/15 23:42時点)



大阪 歴史探訪ルートガイド

新品価格
¥1,760から
(2022/12/15 23:43時点)



日本の神々―神社と聖地〈3〉摂津・河内・和泉・淡路

中古価格
¥3,096から
(2022/12/15 23:43時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


大阪府 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

積川神社 由緒 (大阪府岸和田市積川町) <積川神社 其の壱>

2022.12.15(23:44) 1320

三本の川に所縁の神社(2022.9.24)

<コース> 南海ウイングバスは日中60分間隔で運転
【往路】JR大阪(8:24) → (紀州路快速) → JR和泉府中(9:04→9:07) → (阪和線) → JR下松(9:12)

下松駅前(9:25) → (南海ウイングバス) → 道の駅愛彩ランド(9:44) → 徒歩10分 → 積川神社 → 積川神社前(10:46) → (南海ウイングバス) → 池尻(10:58) → 徒歩5分 → 久米田寺 → JR久米田(13:19) → (阪和線) → JR北信太(13:27) → 徒歩5分 → 葛葉稲荷神社 → 徒歩15分 → 聖神社 → JR北信太

【復路】JR北信太(15:27) → (阪和線) → JR天王寺(15:46→15:52) → (大阪環状線) → JR大阪(16:06)

350-1-1.jpg
積川神社(和泉国四之宮 式内社 旧郷社)

 一日千秋の思いで待った久しぶりの秋晴れの週末は、泉州岸和田まで。

と言ってだんじりを見たり、曳いたりする訳もなく、行先は道の駅愛彩ランド。

 8月に岸和田市発行の17弾MHCが早々と品切れになり、漸く9月1日に配布再開となったため。

下松駅からバスに揺られて南へ20分。

終点で下車して10時の開店までは未だ時間があるなと思い道の駅へ向かうと

既に100名以上の長蛇の列。

「まさかMHC待ちでは?」 と不安になりながら、係の人に尋ねると

「これは朝一の地元の産物狙いですわ!」 と聞き一安心。

MHCは道の駅販売所で配布ですが、道の駅スタンプは別棟なので10時前に押印。

そうこうしているうちに10時になり生鮮食品を購入する人の間をすり抜け、MHCもゲット。

どうせならMHCも別棟ならば楽だったと思うのは私だけではないでしょう。

350-1-2.jpg
道の駅 愛彩ランド

350-1-3.jpg
配布再開した岸和田市マンホールカード

350-1-4.jpg
道の駅スタンプ
最近は専用台紙を置く所も多い。

 当所の目的を果たした後は、駅へ戻らず170号線に沿って東へ。

牛滝山へと向かう道路との交差点を北へ200m行くと、

バス停右手に木々に囲まれた神社が。

これが延喜式内社で和泉五社に列した積川神社。

350-1-5.jpg
バス停の向かいにある積川神社

『積川(つがわ)神社は、第十代崇神天皇の御代に此の地に創建されたと伝わる。

積川の地名は、前に牛滝川、後ろに深山川と高低相会し「川が積み重なる」所に由来する。

社域は府道牛滝街道に接して一段の高所を占め、2500坪の広大な境内を有し、

古木森然とした中に本殿がある。

祭神は生井(いくいの)神・栄井(さくい)神・綱長井(つながい)神・阿須波(あすは)神・

波比岐(はひき)神の五柱で、共に井水・土地の守護神である。

350-1-6.jpg
神社の東側の高台を流れる深山川

350-1-7.jpg
深山川は神社を巡って西側で低地を流れる牛滝川に合流

 寛治4年(1090年)には白河上皇が熊野行幸の途、熊野街道から積川神社を遥拝され、

芝草を積んで舞台を設え舞楽を奏された。

その際に鳥居に掲げられた扁額の筆跡が拙いのを御覧になり、

親しく筆を執られて「正一位積川大明神」の八文字を大書され、

これに代えられたと伝わる扁額がある。

この扁額の「額」と人々がこの地で「額づく(拝む)」という事から、後世この地を額と名付けた。

現在、この扁額は保管されており、神社の二の鳥居に掲げられているのは複製である。』

とあります。

350-1-8.jpg
道路に面して建つ一の鳥居

350-1-9.jpg
御祭神と境内社

350-1-10.jpg
御由緒略記の石碑

 見れば狭い深山川が神社の東側の高みから北側を通り、西側で牛滝川に合流。

成程、川が積み重なった場所です。

積川と書いて「つがわ」とは不思議でしたが、「せきかわ」では重箱読み。

「つむかわ」が「つがわ」に変化したのでしょう。

 川の合流地点だけに水が豊富なのは当然で、御祭神も水に関わる神様。

境内の杜もその水の賜物で、二の鳥居脇の椋と楠の巨木は、

御神木で神社の象徴的存在となっています。

350-1-11.jpg
石段左手にある天然記念物・椋の巨木

350-1-12.jpg
二の鳥居から見た椋の木

350-1-13.jpg
石段右手の楠の巨木

 これにもう一つ加わった川は扁額を揮毫した白河上皇。

由緒記の記述にも拠りますが、端的に言えば、

「こんな下手糞な字ではアカン!朕が書いて遣わす。」

と言った様なもの。

歴史教科書では、院政を敷き三不如意で知られますが、独裁者の面目躍如と言った所です。

唯、鳥居に掲げられた複製の扁額を見たところでは、それ程達筆には見えませんでした。

そうなると以前の額はどんな字が書かれていたのかが気になる所。

嵯峨天皇や空海の書であったら、お笑いですが…。

350-1-14.jpg
境内から二の鳥居を振り返る
左 ; 楠、右 ; 椋の木

350-1-15.jpg
境内奥の社叢
深山川と境内の間にある。

350-1-16.jpg
二の鳥居とその先に建つ拝殿

350-1-17.jpg
白河上皇揮毫の扁額(複製)

[参考書]

大阪府の歴史散歩 下 河内・堺・和泉 (歴史散歩 27)

新品価格
¥1,320から
(2022/12/15 23:36時点)



歴史家の案内する大阪

新品価格
¥1,980から
(2022/12/15 23:36時点)



河内・泉州歴史探訪 南大阪ふらり旅

新品価格
¥1,320から
(2022/12/15 23:38時点)



大阪の神さん仏さん

新品価格
¥1,650から
(2022/12/15 23:42時点)



大阪 歴史探訪ルートガイド

新品価格
¥1,760から
(2022/12/15 23:43時点)



日本の神々―神社と聖地〈3〉摂津・河内・和泉・淡路

中古価格
¥3,096から
(2022/12/15 23:43時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


大阪府 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

大谷寺 境内の蓮池 (福井県丹生郡越前町大谷寺) <大谷寺 其の参>

2022.12.14(20:49) 1319

蓮から糸を生み織った話(2022.9.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:21) → (快速) → JR京都(6:54→7:00) → (湖西線) → JR近江今津(8:06→8:14) → (湖西・北陸線) → JR大土呂(9:41) → 徒歩5分 → 大土呂〒 → JR大土呂(10:20) → JR鯖江(10:27)

鯖江観光案内所 レンタサイクル → 3分 → 植田家長屋門 → 旭町〒 → 誠照寺 → 3分 → 桜〒 → 西山公園 → 5分 → 中道院 → 鯖江〒 → 神明〒 → 鳥羽町〒 → 吉江〒 → 15分 → 朝日〒 → 20分 → 糸生〒 → 15分 → 大谷寺 → 吉川〒 → 10分 → 豊〒 → 10分 → 西山公園

【復路】JR鯖江(17:01) → (北陸線) → JR敦賀(17:36→17:49) → (新快速;北陸・東海道線) → JR大阪(20:13)

349-9-1.jpg
越知山 大谷寺 (天台宗)

 大谷寺は山門の入口前に池があり蓮が葉を広げています。

仏教と蓮とは所縁があるので驚くには値しませんが、住職夫人の話では、

夫人 ; 「大師が十一面観音菩薩を感得された曼陀羅が蓮糸で織られているので。」

私 ; 「當麻寺の綴れ織り曼陀羅みたいなものですね。」

夫人 ; 「大きさは違いますが、蓮から繊維を採るので同じです。」

349-9-2.jpg
門前の池を覆う蓮

 糸生の蓮の池は、

『当山の曼陀羅、泰澄大師御本尊感得の図が蓮から糸を採られた事から、この地を糸生(いとう)、

織られた場所が織田(おた)と呼ばれるようになったと伝わる。

当寺では現在でもその伝承を後世に伝えるべく、蓮糸紡ぎ織り体験学習を行っている。』

とあります。

349-9-3.jpg
池の端に建つ記念碑

 そういえば途中の地名に下糸生・上糸生がありましたが、これは蓮糸に由来していると聞き納得。

福井は羽二重で有名なので、てっきり絹糸と思い込んでした己の先入観を反省しました。

 またここから日本海方面へ行くと旧織田(おた)町ですが、そこも蓮糸に関係した場所でした。

その織田庄の荘官を務めたのが織田氏で、斯波氏に仕えながら15世紀初めまで当地にいましたが、

織田常昌の代に尾張守護代に任じられ尾張に移住。その後の経過は余りにも有名ですが、

この由緒からすれば「おだのぶなが」ではなく、「おたのぶなが」が正しいとは住職夫人の話。

余所者にはどちらでも良さそうですが、地元には拘りがあるようでした。

勝手な想像を巡らすと、泥の中に咲く蓮に由来する糸ゆえに、濁ったとも思われます。

縺れそうになりながら一本の糸で繋がりました。

349-9-4.jpg
泰澄蓮伝承 記念碑

 継体天皇が越の国(越前三国)から大王家を継いだのは有名な話ですが、

福井から日本の歴史を動かす人物が出たのは、この時一度きりと思っていました。

中世から近世に移る時期に越前国が大きな役割を果たした事を見るにつけ、

越前の持つ底力を見た気がします。 

349-9-5.jpg
糸生の蓮池の由来

[参考書]

福井県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2022/12/11 22:15時点)



泰澄和尚と古代越知山・白山信仰

新品価格
¥7,480から
(2022/12/11 22:17時点)



白山信仰の源流: 泰澄の生涯と古代仏教

新品価格
¥2,530から
(2022/12/11 22:18時点)



那谷寺の歴史と白山・泰澄 (開山一千三百年記念)

新品価格
¥2,200から
(2022/12/11 22:18時点)



伝説の高僧・泰澄大師―藤原不比等が最も怖れた男 実は天武天皇の嫡孫であっ

新品価格
¥2,090から
(2022/12/11 22:18時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村



和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


福井県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

大谷寺 泰澄大師の事 (福井県丹生郡越前町大谷寺) <大谷寺 其の弐>

2022.12.13(18:21) 1318

越の大徳の真説(2022.9.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:21) → (快速) → JR京都(6:54→7:00) → (湖西線) → JR近江今津(8:06→8:14) → (湖西・北陸線) → JR大土呂(9:41) → 徒歩5分 → 大土呂〒 → JR大土呂(10:20) → JR鯖江(10:27)

鯖江観光案内所 レンタサイクル → 3分 → 植田家長屋門 → 旭町〒 → 誠照寺 → 3分 → 桜〒 → 西山公園 → 5分 → 中道院 → 鯖江〒 → 神明〒 → 鳥羽町〒 → 吉江〒 → 15分 → 朝日〒 → 20分 → 糸生〒 → 15分 → 大谷寺 → 吉川〒 → 10分 → 豊〒 → 10分 → 西山公園

【復路】JR鯖江(17:01) → (北陸線) → JR敦賀(17:36→17:49) → (新快速;北陸・東海道線) → JR大阪(20:13)

349-8-1.jpg
越知山 大谷寺 (天台宗)
本堂内陣に置かれた泰澄大師の木造。

 本堂内陣の中央には開山の泰澄大師の木造が安置。

日本各地を廻って寺社を開き、86歳という当時としては異例の長寿を保った大師だけに、

宗教家というよりも探検家を思わせる風貌に見えます。

349-8-2.jpg
本堂右脇を抜けて廟所へ

349-8-3.jpg
横から見た本堂

349-8-4.jpg
本堂裏手と裏山

 白山開山で知られる当寺の開山泰澄大師は、

『白鳳11年(682年)に越前国麻生津(現在の福井市三十八社町)に

豪族三神安角(みかみのやすずみ)次男として誕生。

14歳の時に出家し法澄と名乗り、越知山に登って修行を重ねた。

 大宝2年(702年)文武天皇から鎮護国家の法師に任じられ豊原寺を建立。

養老元年(717年)には越前の白山に登り妙理大菩薩を感得、同年に平泉寺を建立した。

養老3年からは越前国を離れ、日本各地にて布教活動を行った。

349-8-5.jpg
参道の正面に建つ摂社・越知神社

349-8-6.jpg
越知神社本殿近影

 養老6年には元正天皇の病気平癒を祈願した功に拠り神融禅師号を賜り、

天平9年(737年)には流行した疱瘡を収束に導く。

それらの功績に拠り称徳天皇即位の際に、正一位大僧正を賜りそれを機に泰澄と改名した。

平泉寺や那谷寺など200近い寺社を開く一方、白山の初登頂を果たすなど多くの事績を残した泰澄は

天平宝字2年(758年)、77歳の時に帰山して隠居。神護景雲元年(767年)86歳の生涯を終えた。

349-8-7.jpg
参道左手に立つ大師堂

349-8-8.jpg
右手の参道から見た大師堂正面

349-8-9.jpg
大師堂前面と扁額
参拝は外陣から。

349-8-10.jpg
大師堂側面
永い風雪に耐えた印象が…。

349-8-11.jpg
大師堂の先にある廟所へ

349-8-12.jpg
大師堂を見返る
手前は無縁仏か?

 寺の背後の山中に泰澄の廟所があり、墓碑と伝える九重塔がある。

この石塔は凝灰岩製で総高4.4m、幅82㎝、角形の蓮華座に

「元享第三(1323年)癸亥三月四日願主金資行現大工平末光」

の刻銘がある重要文化財である。』 とあります。

349-8-13.jpg
泰澄大師御廟

349-8-14.jpg
大師の墓碑と伝える九重塔

349-8-15.jpg
九重塔の解説

 というのが一般的な伝記ですが、最近新たな説を提唱する方が登場。

住職夫人が内陣に展示されている書籍を説明下さいました。その内容をかい摘むと

・泰澄は大津皇子の子供である粟津皇子である。

・皇子は大和から近江、越前と移動するが、その場所には粟津の地名が残る。

・泰澄の足跡は北は出羽三山から南は肥前長崎までに及ぶ。

と言うものだそうです。

349-8-16.jpg
境内に続く裏山

349-8-17.jpg
泰澄が隠棲した時代と変わら?ぬ裏山の竹林

 非常に興味ある説ですが、出羽三山の開祖・蜂子皇子は蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇の皇子。

大津皇子も後の持統天皇に謀反の罪で処刑されています。

開祖に中央の貴種、しかも悲劇的な英雄を持ってくるのは常套手段なので、更なる研究を待ちたい所です。

349-8-18.jpg
泰澄大師の関する新説

[参考書]

福井県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2022/12/11 22:15時点)



泰澄和尚と古代越知山・白山信仰

新品価格
¥7,480から
(2022/12/11 22:17時点)



白山信仰の源流: 泰澄の生涯と古代仏教

新品価格
¥2,530から
(2022/12/11 22:18時点)



那谷寺の歴史と白山・泰澄 (開山一千三百年記念)

新品価格
¥2,200から
(2022/12/11 22:18時点)



伝説の高僧・泰澄大師―藤原不比等が最も怖れた男 実は天武天皇の嫡孫であっ

新品価格
¥2,090から
(2022/12/11 22:18時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


福井県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

大谷寺 山門から本堂・庫裏へ (福井県丹生郡越前町大谷寺) <大谷寺 其の壱>

2022.12.11(22:19) 1317

庫裏破れてサンガ在り(2022.9.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:21) → (快速) → JR京都(6:54→7:00) → (湖西線) → JR近江今津(8:06→8:14) → (湖西・北陸線) → JR大土呂(9:41) → 徒歩5分 → 大土呂〒 → JR大土呂(10:20) → JR鯖江(10:27)

鯖江観光案内所 レンタサイクル → 3分 → 植田家長屋門 → 旭町〒 → 誠照寺 → 3分 → 桜〒 → 西山公園 → 5分 → 中道院 → 鯖江〒 → 神明〒 → 鳥羽町〒 → 吉江〒 → 15分 → 朝日〒 → 20分 → 糸生〒 → 15分 → 大谷寺 → 吉川〒 → 10分 → 豊〒 → 10分 → 西山公園

【復路】JR鯖江(17:01) → (北陸線) → JR敦賀(17:36→17:49) → (新快速;北陸・東海道線) → JR大阪(20:13)

349-7-1.jpg
越知山 大谷寺 (天台宗)

 吉江藩城下町の後は南下して鯖江の市内を一巡が当所の予定でしたが、西へ方向転換。

日野川を越え、その先の和田川を越えると行政区も鯖江市から越前町へ変わります。

かつては丹生郡朝日町という山間の町でしたが、平成の大合併で越前海岸までを含む広大な範囲になりました。

 ここへ向かったお目当ては、朝日・糸生(いとお)郵便局訪問ですが、

いずれの風景印にも描かれていたのが大谷寺(おおたんじ)。

「おおや」「おおたに」とは読まず「おおたん」と読むのがミソ。

手持ちのガイドで見ると古代まで遡る古刹のようで、これは参拝しない訳にはいきません。

349-7-2.jpg
糸生郵便局 ; 重文・泰澄大師廟所の石造九重塔、朝日町自然とふれあいの里・泰澄の杜、越知山
朝日郵便局 ; 重文・泰澄大師廟所の石造九重塔、大谷寺大長院、町木・杉

 平日なので郵便局と古刹の二刀流を目指して鯖江駅からレンタサイクル。とは言うものの

左甚五郎の駆け出しの龍の彫刻がある誠照(じょうしょう)寺、すりばちやいとの中道院は駅から徒歩圏でしたが、

越の大徳と呼ばれた泰澄(たいちょう)大師所縁の大谷寺は駅から12㎞程はなれた隣の越前町の山中。

【体調】管理が大変でした。

349-7-3.jpg
漸く大谷寺門前に到着
朝日郵便局の風景印の図柄のアングル。

 バス通りを西行すると道沿いにはかつての朝日町役場と朝日郵便局が。

ここで押印してから目指す寺院へ向かいますが、ここからが難所。

日野川の支流天王川を遡る事2㎞、その支流の越知川を遡る事3㎞ で下糸生の里。

「これは愛しい郷やなくて、厭う郷やで!」などとボヤキながら看板を目印に糸生郵便局を訪問し、

更に支流の大谷川を2㎞遡って漸く門前へ到着。

途中、山中や突然姿を見せる集落を目にしましたが、【おおたん】人はいませんでした。

349-7-4.jpg
朱色が鮮やかな山門

 道に沿った蓮池の奥が山門。郵便局の図柄に使われ、ガイドにも載った写真ですが、どこか雰囲気が違う感じ。

建物の位置が一部変わっていたのと、山門が鮮やかな赤色に塗り替えられていたためでした。

そういえば、ここは丹生郡。朱の原料である水銀が採れた可能性も大です。

349-7-5.jpg
蓮池と階段を上った先の山門

349-7-6.jpg
階段の先に建つ山門

349-7-7.jpg
山門を潜り境内へ

 山門を過ぎると本堂ですが、寺院と言うよりも神社の社務所に似ています。

それも道理で、ここは我が国古来の神と異国の仏の信仰を合わせた本寺垂迹神仏習合の聖地。

唐破風の入口には注連縄が張られ、神の域を示しています。

「扉が開いていたら御自由に参拝下さい。拝観は無料です。」 の案内を見て内陣へ。

見ると堂内には仏像群が安置、と言うよりも所狭しと並べられたと言った方が適切。

349-7-8.jpg
塀越しに見た本堂

349-7-9.jpg
境内側から見た山門と鐘楼

349-7-10.jpg
鐘楼近影

 越知山大谷寺(おちさんおうたんじ)は、

『越の大徳と呼ばれた泰澄大師が開創した、1330年の歴史を誇る北陸屈指の古刹である。

当時11歳の泰澄の熱意を汲んだ大師の父・三神安角(みかみのやすずみ)がその財力で創建。

泰澄は我が国古来の神を尊崇し仏の信仰を併せて行う本地垂迹神仏習合の説を流布して山野を跋渉、

大いに道を開き民衆の教化に専念した。

彼はここを本拠として、越知山三所大権現の本地仏・地主大聖不動明王を自ら刻み安置し、

威験無双の廟社を創建した。時に持統天皇6年(692年)と伝えられ、故に北陸仏法最初の霊場とされる。

 後に泰澄は西の越知山・日野山・文殊山・吉野岳・白山等に登峰し修行を重ね、諸国を巡錫した。

天平宝字2年(758年)、77歳の泰澄は帰山して隠居。神護景雲元年(767年)86歳で入寂したと伝わる。

以来、越知山三所大権現の別当寺として盛時には一山一千坊、大谷寺の本坊は大長院と呼ばれ

理想の日想観道場として栄えてきた。

349-7-11.jpg
朱塗りの山門とは対照的な本堂

349-7-12.jpg
本堂全景

349-7-13.jpg
本堂玄関の唐破風

 中世には一乗谷城主朝倉氏の祈願所とされ、その保護もあって栄えたが、

天正2年(1574年)の一向一揆で一山焼失してから衰退の一路を辿り、

別当寺の院主大長院だけが明治まで残った。

神仏分離令の時、別当職大谷(おおたに)家は越知神社を守って神官となり大長院から分離。

大長院は大谷寺を名乗って延暦寺から住職を迎えた。

明治末期には越知山・大長院の寺宝財産の所属を巡る争いが10年に亘って続き、双方とも衰微した。

 境内の山あいを50m程上ると泰澄の廟という九重塔があり、

台石に刻まれた銘文から元享3年(1323年)と知られる。

鎌倉時代の石塔構造の手法を知る上で貴重とされ、国の重要文化財となっている。

349-7-14.jpg
玄関の注連縄は神仏習合の名残り

349-7-15.jpg
本堂内陣へ向かう

 寺宝には平安後期の不動明王立像、明応2年(1493年)銘の泰澄大師・清定行者・臥行者の3坐像があり、

泰澄大師像としては最古とされる。

本尊には平安末期の作とされる十千面観音・聖観音・阿弥陀如来の3像を祀っているが、

これが越知山三所大権現の本地仏で、白山本地仏の内現存最古の遺例である。

いずれも桧材、硬地漆箔仕上げの本格的なもので、その形態は中央における所謂定朝様式を踏襲する優品である。

 境内地は約8万2千㎡、堂宇は本堂・庫裏・宝物殿・山門・開山堂・権現堂などを備える。

かつては境内裏山奥之院に白山遥拝所があり、本尊はそこに安置していたが現在は本堂前の宝物殿に収納。

かつては17年に一度の開帳とされた秘仏であったが、毎年万灯会の日に限り開扉されるようになっている。

 近年、本坊の東方に宗旨・宗派を問わない人々の霊地として「大谷寺サンガパーク」が開設され、

近くにはふれあいの里、泰澄の杜もあり現代を生きる人々にとっての憩いの場所を目指している。』

とあります。

349-7-16.jpg
越知山大谷寺縁起の説明板

349-7-17.jpg
本堂内陣の様子

349-7-18.jpg
内陣左側の仏像群

349-7-19.jpg
左側奥の三仏近影

349-7-20.jpg
泰澄大師・清定行者・臥行者の3坐像

 堂内には人の気配がありませんでしたが、呼びかけると年配の御婦人が出て来られました。

私 ; 「御朱印を御願いしたいのですが。」

夫人; 「分かりました。住職に頼んで参ります。」

と快く対応下さいました。

夫人 ; 「どちらから見えました?」

私 ; 「大阪からです。」

夫人 ; 「住職も数年前までは四天王寺に居りました。」

私 ; 「こちらには、どういった経緯で?」

夫人 ; 「住職はこちらの出身なもので。」

私 ; 「Uターンですね。奥様もですか?」

夫人 ; 「いえ、私は関西の人間です。」

と、思わぬところで同郷の話で盛り上がり。同郷の好か、堂内の仏像の詳細な説明をして頂きました。

 仏像が多い事を尋ねると、

夫人 ; 「明治の神仏分離で広大な寺領が縮小してしまって、彼方此方から持って来たようです。」

との事。やはりそれなりの理由がありました。

349-7-21.jpg
頂いた大谷寺縁起
先程見た説明板と全く同じ記述であった。

349-7-22.jpg
大谷寺御朱印

349-7-23.jpg
御本尊三所大権現の写真パネル

 本寺垂迹とは八百万の神々を信仰した日本らしい考え方と思いますが、明治維新が思わぬ逆風に。

別当家だった大谷家も越知神社に移りますが、国の庇護を考えると当然の対応。

寺としては比叡山から【別途】住職を迎えた【英断】で廃寺を免れたものの、

本地【衰弱】する憂き目になったようです。

349-7-24.jpg
鐘楼脇に建つ経蔵

[参考書]

福井県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2022/12/11 22:15時点)



泰澄和尚と古代越知山・白山信仰

新品価格
¥7,480から
(2022/12/11 22:17時点)



白山信仰の源流: 泰澄の生涯と古代仏教

新品価格
¥2,530から
(2022/12/11 22:18時点)



那谷寺の歴史と白山・泰澄 (開山一千三百年記念)

新品価格
¥2,200から
(2022/12/11 22:18時点)



伝説の高僧・泰澄大師―藤原不比等が最も怖れた男 実は天武天皇の嫡孫であっ

新品価格
¥2,090から
(2022/12/11 22:18時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


福井県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

吉江藩 (福井県鯖江市吉江町)

2022.12.10(20:20) 1316

一代、30年の藩(2022.9.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:21) → (快速) → JR京都(6:54→7:00) → (湖西線) → JR近江今津(8:06→8:14) → (湖西・北陸線) → JR大土呂(9:41) → 徒歩5分 → 大土呂〒 → JR大土呂(10:20) → JR鯖江(10:27)

鯖江観光案内所 レンタサイクル → 3分 → 植田家長屋門 → 旭町〒 → 誠照寺 → 3分 → 桜〒 → 西山公園 → 5分 → 中道院 → 鯖江〒 → 神明〒 → 鳥羽町〒 → 吉江〒・城下町吉江 → 15分 → 朝日〒 → 20分 → 糸生〒 → 15分 → 大谷寺 → 吉川〒 → 10分 → 豊〒 → 10分 → 西山公園

【復路】JR鯖江(17:01) → (北陸線) → JR敦賀(17:36→17:49) → (新快速;北陸・東海道線) → JR大阪(20:13)

349-6-1.jpg
吉江藩邸門
今は移築され、浄土真宗本願寺派・西光寺の表門に。

 中道院参拝後は、福井鉄道に沿った旧北陸街道を北上。

鯖江本局、神明局、鳥羽町局と押印後は、浅水川を西へ遡って吉江局へ。

日野川との間に挟まれた地域ですが、町中を走ると趣のある家が三軒ならぬ散見。

349-6-2.jpg
吉江郵便局 ; 江戸時代の眼鏡枠に、左に西山公園のツツジ・階雲峡西山橋、右に吉江藩邸門・近松門左衛門

 不思議に思いつつ局で押印し、局長さんに尋ねると、

局長 ; 「ああ、それは‘よしえはん’ですね。」

私 ; 「柏原芳恵はんですか?」

局長 ; 「いえ人名ではなくて、吉江藩というのがありまして。」

私 ; 「聞いた事ないですね。」

局長 ; 「小さな藩の上に、30年でなくなったので…。」

私 ; 「断絶したか、改易されたとか?」

局長 ; 「いいえ、吉江藩の殿様が福井の殿様になられたので。」

私 ; 「今でも城下町が残っているようですね。」

局長 ; 「城下町は知りませんが、藩邸門は小学校横の西光寺の門になっていますよ」

との事。という事は越前松平藩の分家。

349-6-3.jpg
東側から入ると最初に目に付く粋な黒塀の御屋敷

 吉江藩は、

『正保2年(1645年)、松平昌親(まさちか)が異母兄の五代福井藩主・松平光通(みつみち)より

2万5千石を分知され立藩。但し、その所領は越前各地に分散しており、最終的に吉江に陣屋が置かれた。

その規模は100m四方とされるが、遺構も殆ど残っておらず謎も多い。

しかし延宝2年(1674年)光通の逝去に拠り福井藩主を継いだため、吉江藩は30年で廃藩になった。

 同4年(1676年)には家督を甥の松平綱昌(つなまさ)に譲るが、後に改易に処せられたため

貞享3年(1686年)吉品(よしのり)と改名して再び福井藩主に就いた。

349-6-4.jpg
この左に続く道路沿いにかつての町並みが残る
正面の黒塀は日本酒醸造蔵元。

349-6-5.jpg
「七曲り通り」へ

349-6-6.jpg
通りの南側にある一際大きな武家屋敷

 廃藩に伴い藩邸門は移築され、浄土真宗本願寺派・西光寺の表門となっている。

これは一間一戸の薬医門で、細部の彫刻は古式を留め近世中期の特徴を残している。

大きさは正面柱間3.0m、側面柱間1.9mで、二段に組まれた桁と梁に拠り規模に対して背が高く、

寺の薬医門としては得意な形式となっている。これは吉江藩に関わる唯一現存する建物であり、

当時の面影を伝える希少な資料である。』 とあります。

349-6-7.jpg
通りに建てられた看板

349-6-8.jpg
看板の建っている場所に建つ長屋門
通りを挟んで武家屋敷の向かいにある。

349-6-9.jpg
今も表札が掛かる長屋門入口

349-6-10.jpg
入口の柱には「伝統的民家群保存活用推進地区」 の札が

 30年しか続かなかった藩も珍しいですが、その期間を一人の藩主が治めたというのも稀有の例。

鯖江藩同様、城郭のない城下町ですが、それで【良しえ】としたのでしょう。

 城下町は陣屋を中心とした狭い領域であったと想像され、現在の「七曲り通り沿道地区」が

それに当たるようです。伝統的民家群保存活用推進地区と掲げられた場所には、

長屋門・長い黒塀に囲まれた武家屋敷門・日本酒醸造蔵などが集まって居り、しかも全て現役。

空き家や観光施設になっているものは皆無でした。

住民の方は観光地という意識は全くなさそうですが、それが却って町並みに輝きを添えているように感じました。

349-6-11.jpg
東側からの 「七曲り通り沿道地区」 眺望
右が長屋門、左が武家屋敷。

349-6-12.jpg
武家屋敷門

349-6-13.jpg
正面から見た屋敷門と中庭

349-6-14.jpg
西側から見た醸造蔵

 藩の唯一の遺構である藩邸門は少し離れて寺院の山門に。

すぐ傍が小学校なので、地元の小学生は毎朝歴史を目の当たりにすることになります。

早起きは【山門】の徳と言いましょうか?

そういえば吉江局の風景印の図柄は藩邸門と近松門左衛門。「大坂に所縁の近松が何故」と思いましたが、

彼の父・杉森信義は吉江藩に仕えており、近松も鯖江市内の生まれとの説が有力で、

少年期は吉江藩内で過ごしています。それ故の図案起用ですが、偶々「門」繋がりにもなっていました。

349-6-15.jpg
藩邸門を移築した西光寺門前にて

349-6-16.jpg
藩邸門近影

349-6-17.jpg
西光寺表門と吉江藩主松平昌親の説明

349-6-18.jpg
福井藩主略系図

[参考書]

福井県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2022/12/10 20:13時点)



福井藩 (シリーズ藩物語)

新品価格
¥1,760から
(2022/12/10 20:18時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


福井県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

中道院 すりばちやいとの寺 (福井県鯖江市長泉寺町 )<中道院 其の弐>

2022.12.09(21:50) 1315

効果無双の御夢想灸(2022.9.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:21) → (快速) → JR京都(6:54→7:00) → (湖西線) → JR近江今津(8:06→8:14) → (湖西・北陸線) → JR大土呂(9:41) → 徒歩5分 → 大土呂〒 → JR大土呂(10:20) → JR鯖江(10:27)

鯖江観光案内所 レンタサイクル → 3分 → 植田家長屋門 → 旭町〒 → 誠照寺 → 3分 → 桜〒 → 西山公園 → 5分 → 中道院 → 鯖江〒 → 神明〒 → 鳥羽町〒 → 吉江〒 → 15分 → 朝日〒 → 20分 → 糸生〒 → 15分 → 大谷寺 → 吉川〒 → 10分 → 豊〒 → 10分 → 西山公園

【復路】JR鯖江(17:01) → (北陸線) → JR敦賀(17:36→17:49) → (新快速;北陸・東海道線) → JR大阪(20:13)

349-5-19.jpg
霊地山 中道院(天台宗)

 越の大徳・泰澄大師が開山し、元三大師良源が中興した名刹も、

時代が下るにつれて歴史の波に飲み込まれます。

 『盛時には一山三十六坊を数えた長泉寺も、相次ぐ戦乱で次第に衰退。

加持の秘法も何時しか廃れて知る者もない有様となった。

元亀3年(1573年)の織田・朝倉の戦、天正2年(1574年)の一向一揆の争いに拠って一山は焦土と化した。

349-5-20.jpg
本堂の向かいに建つ元三大師堂

349-5-21.jpg
大師堂正面

 当時の住職秀運法印は辛うじて白山権現(十一面観世音菩薩)像と元三大師像を背負い、

河和田の山中に難を逃れた。

折から戦乱に疲れた人々の間に疫病が流行、秀運法印は人々の難儀を救うべく、

大師像を安置して日夜祈願に務めた。するとある夜、夢枕に大師が現れて、

昔伝わっていた加持の秘法を秀運に授けた。この教えに従って一千日一千座の護摩供養を行い、

その灰を練って作った護摩炉で火焔を頂き加持した所、昔に変わらぬ霊験が出現。

人々は大師の奇瑞を尊んで、現在地に一宇を建立して元三大師像を安置した。

349-5-22.jpg
大師堂の扁額
摩滅しているが「元三…」と判読できる。

349-5-23.jpg
こちらは内側の「元三大師」の扁額

349-5-24.jpg
大師堂の内陣

 以来、三十三年毎に本開帳、十七年毎に中開帳をすることに決定。

また頭痛を初め諸病を患う多くの人々が法の加持を受けたいと願ったため、

毎年2月20日と3月2日の両日に限って人々にこの法を授け、

元三大師の功徳を広く分け与える事とした。

349-5-25.jpg
元三大師御夢想灸の由来

349-5-26.jpg
中道院御朱印

 この元三大師以来の千年の伝統に輝く加持の秘法は、正しくは御夢想灸と尊称されているが、

火焔を頂く護摩炉の形が擂鉢に似ているところから“すりばちやいと”と呼び習わされ、

今も盛んに行われている。』 とあります。

349-5-27.jpg
寺務所から元三大師堂方面を見る

349-5-28.jpg
鐘楼

349-5-29.jpg
梵鐘に刻まれた「元三慈恵大師」の銘

 今も続く“すりばちやいと”の由来が、元三大師が時の住職秀運の夢枕に立ったという伝説。

 戦国期の戦乱でお灸を据えられた寺院が“やいと”で復興するのも不思議な縁を感じますが、

衰運にあった当寺を中興の祖が嘆いたという事でしょうか?

349-5-30.jpg
福井鉄道沿いに建つ、宝篋印塔と地蔵様

[参考書]

福井県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2022/12/8 21:02時点)



疫神病除の護符に描かれた元三大師良源

新品価格
¥941から
(2022/12/8 21:05時点)



時空旅人 2021年11月号 [雑誌]

新品価格
¥900から
(2022/12/8 21:06時点)



鍼灸師のための読んで考える大師流小児鍼

新品価格
¥3,080から
(2022/12/8 21:08時点)



伝教大師最澄の寺を歩く―比叡山延暦寺を中心に、最澄ゆかりの地へ (楽学ブックス―古寺巡礼―古寺巡礼)

新品価格
¥1,760から
(2022/12/8 21:10時点)



最澄と天台教団 (講談社学術文庫)

新品価格
¥946から
(2022/12/8 21:10時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


福井県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

中道院 泰澄の開山 (福井県鯖江市長泉寺町) <中道院 其の壱>

2022.12.08(21:11) 1314

大師と大師の大したお寺(2022.9.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:21) → (快速) → JR京都(6:54→7:00) → (湖西線) → JR近江今津(8:06→8:14) → (湖西・北陸線) → JR大土呂(9:41) → 徒歩5分 → 大土呂〒 → JR大土呂(10:20) → JR鯖江(10:27)

鯖江観光案内所 レンタサイクル → 3分 → 植田家長屋門 → 旭町〒 → 誠照寺 → 3分 → 桜〒 → 西山公園 → 5分 → 中道院 → 鯖江〒 → 神明〒 → 鳥羽町〒 → 吉江〒 → 15分 → 朝日〒 → 20分 → 糸生〒 → 15分 → 大谷寺 → 吉川〒 → 10分 → 豊〒 → 10分 → 西山公園

【復路】JR鯖江(17:01) → (北陸線) → JR敦賀(17:36→17:49) → (新快速;北陸・東海道線) → JR大阪(20:13)

349-5-1.jpg
霊地山 中道院(天台宗)

 誠照寺参拝後は西側の北陸街道を北上。

長泉寺山に広がる西山公園を左に見て、上り坂に差し掛かる頃に道を右にとって坂を下ります。

その先を走る福井鉄道の線路との谷間に佇むのが元三大師で親しまれている中道院。

349-5-2.jpg
道路沿いに建つ寺標とその奥を走る福井鉄道

 霊地山中道院(れいちざんちゅうどういん)は、

『養老2年(718年)、越の大徳と呼ばれた泰澄大師が当地に一寺を建立して、

三嶺山玉林寺と名付けたのが嚆矢。

泰澄は白山姫神社の御本地十一面観音菩薩を招来し、一山の守護神とした。

延暦20年(801年)には桓武天皇から寺領2500石を賜り勅願所となった。

以後、三十六坊が甍を連ねて興隆したが、時代が下ると共に衰微した。

349-5-3.jpg
寺標脇の池とその上を走る福井鉄道

349-5-4.jpg
良源大師は門前の池を琵琶湖に見立てたというが…

349-5-5.jpg
池の東端からの眺望

 貞元元年(976年)、正月の三日に亡くなったことから元三大師と呼ばれる

第16代天台座主良源(慈恵大師)が北陸道を巡教された時に当山に立寄り、

甚だしく荒廃しているのを見て驚き、再建修復のために9ヵ月滞在、天台の教えを広めた。

349-5-6.jpg
池中に建つ不動明王と元三大師と彫られた石標

349-5-7.jpg
寺へと向かう坂は「やいと坂」

 良源は後方の山が比叡山に、前の池が琵琶湖に似ているのを喜び、霊地山長泉寺と改称した。

この滞在中、円融天皇の御病気平癒祈願の勅旨が派遣されたので、良源は護摩焚きをして

天皇の御病気平癒を祈願した。その頃、この地にも悪疫が流行したので、

参詣の人々の頭に護摩炉を被らせて灸をすえたところ御利益があり、この後、住職がこの秘法を伝えた。

349-5-8.jpg
池越しに見る中道院

349-5-9.jpg
境内東に建つ元三大師堂と宝篋印塔

 盛時には一山三十六坊を数えた長泉寺も、天正の兵乱に朝倉方に味方した事や、

相次ぐ一向一揆、信長の越前計略などに拠って大半が失われ、

現在では宝永3年(1706年)建立の元三大師堂の上にある中道院のみが残っている。

かつては奥之院や参道・寺坊などの跡も残っていたが、国道8号線や市役所敷地造成工事などで

埋め立てられ現在に至る。』 とあります。

349-5-10.jpg
石段の先に建つ山門

349-5-11.jpg
階段下に置かれた石の不動明王

349-5-12.jpg
長泉寺山出土の五重塔部分品

349-5-13.jpg
山門近影
架かっているのは「霊地山」の山号が書かれた扁額。

 幽谷な深山ではなく、かといって繁華な町中でもない中途半端な場所に建っているというのが第一印象。

しかし泰澄がここに堂宇を建立したり、再興した元三大師良源が長泉寺と名付けた事から、

清水の湧出する場所を選んで建てたと言うのが本当のところでしょう。

今、境内には泉は見当たりませんが、門前の池がその名残に思えます。

349-5-14.jpg
境内の様子
鐘楼と本堂。

349-5-15.jpg
本堂近影

349-5-16.jpg
正面から見た本堂

 標高100mの長泉寺山を比叡山、門前の池を琵琶湖に譬えるというのは大袈裟かもしれませんが、

景色の良いのは事実。

今は東側を福井鉄道が走っているので「映えスポット」にもなっているようですが…。

349-5-17.jpg
本堂向拝下にて
「霊地山」の扁額と巨樹の断面

349-5-18.jpg
本堂に祀られた阿弥陀如来立像
但し、本堂参拝は外陣からなので、御本尊は拝めず。

[参考書]

福井県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2022/12/8 21:02時点)



疫神病除の護符に描かれた元三大師良源

新品価格
¥941から
(2022/12/8 21:05時点)



時空旅人 2021年11月号 [雑誌]

新品価格
¥900から
(2022/12/8 21:06時点)



鍼灸師のための読んで考える大師流小児鍼

新品価格
¥3,080から
(2022/12/8 21:08時点)



伝教大師最澄の寺を歩く―比叡山延暦寺を中心に、最澄ゆかりの地へ (楽学ブックス―古寺巡礼―古寺巡礼)

新品価格
¥1,760から
(2022/12/8 21:10時点)



最澄と天台教団 (講談社学術文庫)

新品価格
¥946から
(2022/12/8 21:10時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


福井県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
タイトル画像

鯖江本山 誠照寺 諸堂 (福井県鯖江市本町) <誠照寺 其の参>

2022.12.07(20:15) 1313

境内を堂々巡り(2022.9.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:21) → (快速) → JR京都(6:54→7:00) → (湖西線) → JR近江今津(8:06→8:14) → (湖西・北陸線) → JR大土呂(9:41) → 徒歩5分 → 大土呂〒 → JR大土呂(10:20) → JR鯖江(10:27)

鯖江観光案内所 レンタサイクル → 3分 → 植田家長屋門 → 旭町〒 → 誠照寺 → 3分 → 桜〒 → 西山公園 → 5分 → 中道院 → 鯖江〒 → 神明〒 → 鳥羽町〒 → 吉江〒 → 15分 → 朝日〒 → 20分 → 糸生〒 → 15分 → 大谷寺 → 吉川〒 → 10分 → 豊〒 → 10分 → 西山公園

【復路】JR鯖江(17:01) → (北陸線) → JR敦賀(17:36→17:49) → (新快速;北陸・東海道線) → JR大阪(20:13)

349-4-1.jpg
上野山 九品院 誠照寺(浄土真宗誠照寺派本山)

 誠照寺(じょうしょうじ)御影堂内陣参拝の後は、境内の多くの伽藍を巡りますが、

その前に宗務所と呼ばれる寺務所へ向かい説明書を入手。

門徒以外にも門戸を開いているのは流石真宗寺院ですが、見ると書置き御朱印がある様子。

 受付の方の話では、

「真宗は原則御朱印はなしですが、ここは希望者にお渡ししています。」 との事。

早速頂いた御朱印は、通常よりも二回り程の大きさ。真宗寺院は御朱印もビッグサイズなのでしょう。

349-4-11.jpg
境内北側に建つ宗務所(寺務所)
門徒以外にも門戸が開かれている。

349-4-12.jpg
誠照寺説明書

349-4-13.jpg
誠照寺御朱印

その後は説明書に従い、堂宇を堂々巡り。御影堂以外は全て外陣からの参拝。

南接する阿弥陀堂は御本尊の阿弥陀如来木像を安置しているものの、ここも入れず。

せめて阿弥陀堂位は入れないかと期待しましたが駄目でした。

349-4-2.jpg
御影堂に南接する阿弥陀堂

349-4-3.jpg
阿弥陀堂説明板

『御影堂の南に隣接する阿弥陀堂は御影堂と同じく、

江戸末期の文久2年(1862年)に焼失後、明治20年に再建された。

入母屋造、桟瓦葺で開山を安置する御影堂に対し、

本尊の阿弥陀如来の木造を安置する阿弥陀堂は小さい傾向にあるが、

それでも桁行12間、梁間10間の堂々たる大規模建築である。

組物は禅宗様で尾垂木付の二手先。向拝の組物は出三斗組で、

特に胴体をU字にくねらせた木鼻の龍は特徴的である。

349-4-4.jpg
阿弥陀堂正面

349-4-5.jpg
阿弥陀堂の向拝柱

349-4-6.jpg
胴体をU字にくねらせた木鼻の龍(左)

349-4-7.jpg
胴体をU字にくねらせた木鼻の龍(右)

 鐘楼は弘化3年(1846年)の築、当寺では数少ない江戸時代の建物。

四本柱形式の鐘楼で、袴腰形の切石積基壇の上に建つ特異な形式である。

柱間4.19mと四本柱形式では県下最大を誇る。

上部は四周に二手先の腰組で支えられた高欄付の切目縁を廻らし、

円柱上部には棕を設け台輪を回す。

この上に二手先組物を載せ、二軒扇垂木で入母屋造桟瓦葺の屋根を支えている。

全体的に禅宗様を基調とした折衷様で、細部には彫刻装飾もバランス良く配置され、

江戸時代後期の優れえた特徴を伝えている。

349-4-8.jpg
宗務所前から御影堂を見る

349-4-9.jpg
御影堂に北接する対面所

349-4-10.jpg
唐破風と千鳥破風を組合わせた対面所玄関

349-4-14.jpg
鐘楼全景

349-4-15.jpg
鐘楼説明板

 鐘楼に吊るされた梵鐘は洪鐘とも呼ばれ宝暦6年(1756年)作の銘がある。

市内にある鐘の中で戦前からのものはこれのみで、戦時中に一時供出されたが、

門徒らの強い希望で返されたという経緯を持っている。』 とあります。

349-4-16.jpg
梵鐘(洪鐘)説明

 境内には、御影堂・阿弥陀堂・対面所・大庫裏・無碍光堂・御経堂・鐘楼堂・

忠霊堂と諸堂が並びますが、説明があったのは阿弥陀堂と鐘楼堂のみ。

理由は様々でしょうが、この二堂以外は全て最近の建造物であると言うのが大きいと感じました。

349-4-17.jpg
近代的な無碍光堂

349-4-18.jpg
御経堂

349-4-19.jpg
忠霊堂

 唯一の例外は、境内の塔頭の慈雲山法林院。これは建物と言うよりも、

明治期に住職を務めた小泉了諦師が鯖江を代表する宗教家だったためですが、不勉強で知りませんでした。

それよりも本堂に掲げられた扁額の末尾に袁世凱と書かれている方が気になりました。

了諦師にとっては【辛亥】でしょうが…。

349-4-20.jpg
塔頭の一つ、法林院

349-4-21.jpg
法林院本堂に掲げられた扁額

349-4-22.jpg
明治期に住職を務めた小泉了諦師

[参考書]

福井県の歴史散歩

新品価格
¥1,320から
(2022/12/5 21:32時点)



るるぶ 親鸞ゆかりの地 (JTBのムック)

新品価格
¥1,100から
(2022/12/6 20:20時点)



はじめてふれる親鸞聖人伝絵(御伝鈔・御絵伝)

新品価格
¥1,650から
(2022/12/6 20:25時点)



親鸞聖人 その教えと生涯に学ぶ

新品価格
¥1,045から
(2022/12/6 20:25時点)



御絵解親鸞聖人御絵伝

新品価格
¥3,850から
(2022/12/6 20:26時点)




ランキングにポチっと応援頂ければ嬉しいです!

神社・お寺巡りランキング


御朱印ランキング


にほんブログ村


にほんブログ村

和辻鉄丈の個人巡礼 古刹と絶景の健康ウォーキング(御朱印&風景印)


福井県 トラックバック(-) | コメント(0) | [EDIT]
2022年12月
  1. 久米田寺 開山堂 (大阪府岸和田市池尻町) <久米田寺 其の参>(12/19)
  2. 久米田寺 金堂 (大阪府岸和田市池尻町) <久米田寺 其の弐>(12/18)
  3. 久米田寺 久米田池 (大阪府岸和田市池尻町) <久米田寺 其の壱>(12/17)
  4. 積川神社 本殿 (大阪府岸和田市積川町) <積川神社 其の弐>(12/16)
  5. 積川神社 由緒 (大阪府岸和田市積川町) <積川神社 其の壱>(12/15)
  6. 大谷寺 境内の蓮池 (福井県丹生郡越前町大谷寺) <大谷寺 其の参>(12/14)
  7. 大谷寺 泰澄大師の事 (福井県丹生郡越前町大谷寺) <大谷寺 其の弐>(12/13)
  8. 大谷寺 山門から本堂・庫裏へ (福井県丹生郡越前町大谷寺) <大谷寺 其の壱>(12/11)
  9. 吉江藩 (福井県鯖江市吉江町)(12/10)
  10. 中道院 すりばちやいとの寺 (福井県鯖江市長泉寺町 )<中道院 其の弐>(12/09)
  11. 中道院 泰澄の開山 (福井県鯖江市長泉寺町) <中道院 其の壱>(12/08)
  12. 鯖江本山 誠照寺 諸堂 (福井県鯖江市本町) <誠照寺 其の参>(12/07)
前のページ 次のページ
前のページ 次のページ