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タイトル画像

戀志谷神社 (京都府相楽郡南山城村大字南大河原小字湯矢畷)

2023.03.20(21:57) 1415

美女と柳生(2023.3.11)

<コース>
【往路】JR天王寺(6:18) → JR加茂(7:26→7:33) → JR月ケ瀬口(7:57) → 月ヶ瀬駅前(8:45) → (臨時バス) → 尾山口(9:00)

徒歩5分 → 梅林入口 → 真福寺 → 一目八景 → 帆浦梅林 → 梅林公園 → 天神神社・天神梅林 → 代官坂 → 月ヶ瀬橋 → 一目万本 → 奥の谷梅林 → 龍王梅林 → 八幡橋 → 紅葉の小道 → 梅の資料館(月ヶ瀬橋畔) → 尾山口

【復路】尾山口(13:40) → (臨時バス) → JR月ヶ瀬駅(13:55→14:12) → (関西本線) → JR大河原(14:18) → 徒歩8分 → 恋志谷神社 → JR大河原(15:19) → JR加茂(15:35→15:39) → (大和路快速) → JR大阪(16:54)

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戀志谷神社(南山城村天満宮末社)

 観梅帰りの列車では一駅先の大河原で下車。京都府下で唯一の村で、

駅周辺にはコンビニも見当たりません。

そんな場所で降りたのは以前に駅で押印したスタンプの図柄が気になったから。

その名も「恋志谷(こいしだに)神社」と言い無人の小さな社ですが、恋愛成就に御利益があり、

毎年4月2日と9月2日の大祭には御守りを求める長蛇の列ができるそう。

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簡素なJR大河原駅舎
一応有人駅という事だが、この時間帯は閉鎖中。

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以前に押印した大河原駅スタンプ
2006年JR西日本支社印の類似印。

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駅前にある案内標識
向こうに橋が見える。

 駅を降りると直ぐ目の前に木津川が流れ、目的の神社は向こう岸の集落に。

そこで100m程下流に架かる橋を渡ることになりますが、橋の名前は通称恋路橋。

正式には大河原沈下橋と言って洪水でも流出を防ぐ先人の知恵ですが、

沈下橋は四万十川ばかりと思っていました。

川面からの距離が短いから良かったものの、欄干がない橋はかなり慎重に渡る破目に。

私の後に自動車が平然と渡って行きましたが、習慣とは恐ろしいものです。

この木津川を下って行くと八幡市には流橋があり、木津川は差し詰め橋の博物館。

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下流より見た恋路橋

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欄干のない橋を往く
直ぐ後に、自動車も通って行った。

 橋を渡って坂を上ると集落があり、その突き当りが目指す神社。

入口には石鳥居が建ち、右に天満宮社、左に少し小さい戀志谷神社の社号標が建ちます。

この社号標の大小はそのまま境内奥の社殿の大きさにも反映する事に。

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入口に建つ石鳥居と両社号標

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柳生宗冬が寄進した石鳥居

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石鳥居の由緒記

 戀志谷神社(こいしだにじんじゃ)は、

『鎌倉時代末期の元弘元年(1331年)、倒幕の計画を知られた後醍醐天皇は

京都を脱出し笠置山に籠って挙兵。

 それを天皇に想いを寄せていた妃が聞きつけ、伊勢で病気療養中にも拘らず駆け付けたが、

既に遅く、天皇は幕府から逃れるため、笠置を去った後であった。

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椿の花の活けられた手水舎

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手水舎脇の狭い石段を上り社殿へ

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石段を上った先から境内を眺める
勿論、右の大きい方が天満宮社。

 妃は悲しみと長旅の疲れから病が再発。

「恋に焦がれ病に苦しむような事は、自分一人で十分。私は人々の守り神になりたい。」

と言い残して自ら命を絶った。

これを哀れに思った人々が祠を建て祀ったのが当社の始まりである。

 妃は最期まで「天皇が恋しい、恋しい」と言い続けていた事から、

いつしか「恋志谷さん」と呼ばれるようになった。

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左側に建つ戀志谷神社
駅スタンプはこの構図。

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戀志谷神社口碑
但し、摩滅して判読し難い。

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戀志谷神社口碑伝説
これがあると分かり易い。

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石段の先に建つ戀志谷神社本殿

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戀志谷神社本殿近影

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右に建つ天満宮社にも参拝

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天満宮社の下に並ぶ石灯篭群

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石灯篭解説

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解説にある天文14年造立の灯篭はこれ?

 元は古森と呼ばれた地に祀られていたが、江戸末期の元治元年(1864年)、

この地にあった天満宮社に合祀された。

 天満宮は、江戸時代初期に柳生藩第三代藩主柳生宗冬が勧請したと伝えられ、

入口の石鳥居は正保4年(1647年)に建立寄進されたもの。

ここは父宗矩や二人の兄(十兵衛・友矩)も好んだ一族所縁の地で、

藩主としてここを重要視したのが覗える。』 とあります。

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天満宮本殿

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両本殿の間に建つ伊勢神宮遥拝所

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天満宮の右手には、橿原神宮遥拝所と大川神社

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更に右手には山の神
奥さんが参拝するのかも。

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並び立つ二つの本殿

 なにやら月ヶ瀬で聞いたのと似た話ですが、妃は全くの別人。

いずれも後醍醐天皇がらみですが、立川流の熱心な信者で

側室だけで20人を超えた帝としては、そのような事もあったのでしょう。

歴史の教科書とはまた違った評価になります。

 神社へは木津川に架かる大水時には沈む沈下橋を渡りますが、橋の別名は恋路橋。

ここを歩いて渡ると恋愛成就する言い伝えですが、沈下橋ならば恋に溺れる危険がありそう。

唯、失恋しても【木津】が癒してくれるでしょうが…。

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本殿から見た御神木

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本殿の裏山では木々が養生中
印象では榊に見えるが…。

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境内にある舞殿
その奥にあるのは参集所か?

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レトロな舞殿の屋根裏

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境内左手の社務所
春と秋の大祭でも使用するのかしらん。

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神社説明書
御朱印はないが、これは持ち帰り用に設置してある。

[参考書]

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