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タイトル画像

関の地蔵さん (三重県亀山市関町新所)

2023.03.25(22:50) 1420

地蔵さんと一休さんにはこまんたもの(2023.3.4)

<コース> 春の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(5:55) → JR米原(7:42→8:03) → JR大垣(8:37→8:40) → JR名古屋(9:14) → 近鉄名古屋(9:21) → (近鉄名古屋線) → 近鉄弥富(9:34) → 徒歩5分 → 歴史民俗資料館 → 徒歩8分 → JR弥富(10:08) → JR四日市(10:33→10:40) → JR亀山(11:07→11:14) → JR関(11:21)

関駅前 → 徒歩5分 → 関宿 → 関地蔵院 → 誓正寺 → 旧田中家住宅 → 會津屋・小万茶屋 → 旧落合家住宅 → 高札場跡・郵便局 → 深川屋 → 旅籠玉屋歴史資料館 → 旅人宿 石垣屋 → 橋爪家 → 伊藤本陣跡 → 三番町山車倉 → 鶴屋脇本陣波多野家 → 百六里庭(眺関亭) → 志ら玉前田屋製菓

【復路】JR関(13:21) → JR月ケ瀬口(14:12) → 徒歩5分 → 道の駅 → JR月ケ瀬口(15:13) → JR加茂(15:35→15:39) → (大和路快速) → JR大阪(16:54)

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九関山 宝蔵寺 地蔵院(真言宗御室派)

 鈴鹿山脈を控えた東海道の宿場として発展した関ですが、

元々は「関の地蔵さん」の門前町として発展したのが始まり。

・関の地蔵に振袖着せて、奈良の大仏婿に取ろ

と言う俗謡もある程で、御本尊では日本最古の地蔵菩薩とか。

宿場のお雛様を見た後は順番待ちの昼食ですが、関の地蔵さんを素通りする訳にはいかず大急ぎで参拝。

実は平成5年5月1日に初めて関に来た際に「関の地蔵さん」は訪問済。

その時は拝観料を払って内陣も見ましたが、今回は外陣だけ。

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国道1号線から東海道へと向かう道筋にて
白壁の向日が地蔵院。

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塀の切れ目の向こうに本堂が

 関の地蔵さんは、

『九関山宝蔵寺地蔵院(きゅうかんざんほうぞうじじぞういん)が正式名だが、

通常は地蔵院、関の地蔵さまと呼ばれる。

 寺伝では天平13年(741年)、諸国に流行した天然痘から人々を救うため、

僧行基がこの関の地にお地蔵様を刻んで安置したのが始まりである。

 享徳元年(1452年)、愛染本堂の大修理に際し改めて開眼供養をしたのが一休禅師で、

禅師は自ら身に着けていた衣襟をお地蔵様の首に巻いて供養を行った。

これが後に、禅師の人柄と重なって次のような伝説を生む事に。

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東海道西側から見た地蔵院築地塀と板塀

 時は室町時代、この関に貧しい身なりの坊さんが通りかかる。

開眼供養をしようと思っていた村人は彼に依頼。すると坊さんは、

・釈迦はすぎ 弥勒は未だ 出でぬ間の かかるうき世に 目あかしの地蔵

と歌を詠んだかと思うと、いきなり地蔵菩薩の顔面に放尿して立ち去った。

 怒った村人は、地蔵の身を拭い、改めて身なりの良い僧侶に読経を依頼、

僧侶は有難い説教も行い村人は涙を流して感激したと言う。

万事うまくいった、と喜んだのも束の間。村人の夢枕に地蔵が現れ

「折角、良い供養をして貰ったのに、何という事をしてくれた。」 と村人の口を借りて告げたという。

驚いた村人は、初めの坊さんを追い掛けてこの事情を話した。

すると坊さんは 「これを地蔵様の首に巻いて、儂の歌を三度唱えよ。」 と言って渡したのが自らの褌。

その坊さんこそ一休禅師で世間では褌を首に巻いて供養したと伝わる由縁である。

真偽の程は不明であるが、現在、地蔵様の首に涎掛けを掛けているのはこの開眼供養が始まりと言われる。

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重文・地蔵院本堂

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正面より見た本堂

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手前に大きく張り出した向拝

 ここを東海道の宿場に定めた家康も所縁があり、本能寺の変の直後、

伊賀越えで岡崎に戻る途中、関の瑞光寺に立ち寄っている。

今川時代の学友が住職を務めていたからだが、その時、

家康が食べた柿の種が生長した老木が今も境内に残ると言う。

 江戸時代になるともう一つ有名な逸話が加わる。

或る日、ここに臨月の武家の奥方がやって来た。彼女は夫の仇討の旅の途中であったが、

俄かに産気づき旅籠会津屋で女の子を生むと間もなく他界。会津屋で育てられた女の子は

小万(こまん)と呼ばれ、後に見事父親の仇討を成就。その後は会津屋に戻って暮らしたと言う。

後世「関の小万の仇討」として知られるエピソードである。

会津屋は山田屋と変わったが、関の町並み保存地区の修景は旧山田屋(現・小万茶屋)から始まった。

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地蔵院北側にある「会津屋」

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会津屋東に隣接する小万茶屋

 現在の本堂は四度目の御堂。徳川綱吉に拠って元禄13年(1700年)に落成した。

母親の桂昌院がこの地蔵菩薩を信仰された結果、綱吉の誕生を見たからと言われる。

本堂の天井画は元禄時代の絵師狩野永敬が十年の歳月をかけて描いたもので、

仏典に則って描いた174枚から成る。

 本堂左手の愛染堂は文永4年(1267年)の建立で三重県内では最も古い建造物。

厨子は豊臣秀吉の寄進で、銀箔を押しその上から透かし彫りの模様を嵌め込んだ珍しい物である。

本尊の愛染明王は良縁と商売の神様で、古来より女性と商人の信仰を集めた。

毎年、8月26日の愛染祭りで御開帳される。

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本堂に隣接(南側)にある重文・愛染堂

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愛染堂近影

 境内左手には鐘楼堂があり、建立は寛永11年(1671年)。

本堂・愛染堂とこの鐘楼堂が国の重要文化財に指定されている。

 境内の奥に在るのが書院で、その中に一段高くなった部屋が行在所。

江戸時代には大名や公卿が参詣の折に休憩した場所である。

明治以降も明治11年、13年の二度に亘り天皇の行幸があり、

それ以後も皇族方が、休憩・宿泊されている。』とあります。

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重文・鐘楼堂

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鐘楼堂と内部の梵鐘

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境内奥にある書院
前に「明治天皇行在所」の石碑が建つ。

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書院の更に奥にあるここが行在所か?

 開眼供養の逸話は、破天荒な僧侶であった一休和尚らしいエピソードですが、真偽の程は不明。

汚い袈裟を着て臨んだ法要で追い返されたので、煌びやかな袈裟で再訪。

出迎えた人々の前で、袈裟だけ置いて帰ったという逸話があるので、それが形を変えたとも言えます。

 一方、家康が【随行】者と瑞光寺に立ち寄った話、小万の仇討は恐らく真実を伝えていると思えます。

このように三つもエピソードが残るのは珍しく、また古代の鈴鹿の関に由来する名前ではあるものの、

関と書けば岐阜県の関市と間違われ、関宿(せきじゅく)と書けば

千葉県の城下町の関宿(せきやど)と間違われる等、知名度は以前に比べるとやや低下。

関市は関孫六で知られる刃物の町、関宿は『潮来笠』の一節に登場するので無理もない気もしますが…。

30年前に伺った際には、拝観料¥800を払って内陣・庭園まで見学。

京都・奈良とは異なり¥800は高額と思いましたが、抹茶&御菓子付きを思うとりーずなぶる。

御朱印に対応下さったのは庵主様でした。

庵主 ; 「以前は京都に居て、こんな僻地は嫌なので御本尊を日夜拝みました。」

私 ; 「戻るように祈られてのですね。」

庵主 ; 「でも気が付いたら、ここにずっと居させて欲しいと祈っていました。」

私 ; 「それにしても、東海道でよくこれだけの町並みが残りましたね。」

庵主 ; 「お茶が枯れると猛反対があったみたいで。今思えば先見の明がなかったのかなぁ」

などと説法ならぬ世間話で盛り上がりました。

今ほど観光客もなく、丁度地元の檀家の方も同席されていたのも幸運でした。

抹茶&菓子付き拝観も、堂宇の内装を今風に改装したのも全て彼女の発案。

気さくで話し易い庵主様で、寺の営業に女性の目線を取入れるとお見受けしました。

 また話を伺えるかと思っていましたが、以前に石薬師寺で聞いた話では、他所に移られたそう。

残念な話ですが、また何処かで思いがけなくお目にかかる気もします。

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前回訪問で頂いた冊子型地蔵院パンフと拝観券

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地蔵院御朱印 (平成5年拝受分)

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関郵便局 ; 羽黒山、重文・地蔵院本堂

 駆け足で地蔵院を見た後は昼食へ向かいますが、途中の長徳寺門前で何やら発見。

近付いて見ると御朱印自動販売機。墨書だけでなく書置きや判子タイプもあるので、

別段驚くに当たりませんが、遂にここまで来たかと言うのが正直な感想でした。

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長徳寺山門前の御朱印販売機

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販売中の御朱印一覧

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御朱印の案内

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