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善法律寺 (京都府八幡市八幡馬場) <善法律寺 其の壱>

2023.12.03(19:28) 1661

足利将軍所縁のもみじ寺(2023.11.23)

<コース> 京阪電鉄は日中、10~15分間隔で運行
淀屋橋駅 → (京阪特急) → 樟葉 → (準急) → 石清水八幡宮駅 → (徒歩15分) → 善法律寺 → (徒歩10分) → 正法寺

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男山 善法律寺(律宗)

 例年になく10月中旬並みの暖かい勤労感謝の日、紅葉の色付きも予想がつかないまま八幡市男山へ。

7月末にMHC入手で訪れた際、数ヵ寺訪問済ですが、紅葉の名所とされる場所があったので、

晩秋の再訪となりました。

石清水八幡宮駅を出て東高野街道に沿って南下。暫くすると右手【ぜんぽう】に大きな寺号石碑が。

門前からは紅葉の茂る境内が見えますが、広大な寺域というよりも個人の別荘或いは

料亭と言った方がしっくりくる場所でした。

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木津川に架かる御幸(ごこう)橋の袂から男山を遠望

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東高野街道(正確には1本西側)に面して建つ善法律寺

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東面して扉を開く表門は京都府指定文化財

 男山善法律寺(おとこやまぜんぽうりつじ)は、

『奈良唐招提寺の末寺で律宗に属する。鎌倉時代の正嘉年間(1257~59年)に、

豊前国宇佐八幡宮の喜多院に準じて、石清水八幡宮の法務寺院として

八幡宮第27代検校の善法寺家4代の宮清(みやきよ)が己の邸宅を僧房として寄進。

自らが帰依した奈良東大寺戒壇院中興の祖円照(実相上人)を開山として招き、

善法寺家の菩提寺として建立した。以後、御本尊・八幡大菩薩の霊場として今日に至る。

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表門から続く紅葉に囲まれた参道

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参道の正面に建つ庫裏

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御朱印拝受中、庫裏玄関からの眺め

 室町時代になると善法律寺は足利将軍家と深い所縁を持ち、特に善法寺道信の息女である

紀良子(きのよしこ)は、幕府二代将軍義詮に嫁ぎ、三代将軍となる義満を生んだ。

そのため、義満・義教・義政など歴代の将軍が何度も参詣している。

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善法律寺解説

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善法律寺御朱印

 表門は境内の東北に東面して扉を開く、高麗門である。宝暦9年(1759年)の棟札があり、

建立後は大きな改変を受けることなく現在に至っている。

表門を入って正面に庫裏が建ち、その手前を左に進んだ先に建つのが本堂。

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庫裏に続く書院縁側
拝観はできず外観のみ。

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庫裏の手前を左折して本堂へ向かう

 本堂は五間四方の建物で、本瓦葺・入母屋造り、周囲には高欄付の縁を巡らしている。

寛永16年(1639年)頃の建立と見られ、石清水八幡宮の旧社殿の材料を用いたと伝えられる。

神仏習合の数少ない貴重な建造物である。内陣に高御座を備え本尊・八幡大菩薩を祀る。

本尊は元、石清水八幡宮で祀られていた僧形八幡坐像とされ、奈良大安寺の僧・行教が

宇佐から八幡の地に八幡神を勧請して祀った本尊と伝える。明治の神仏分離の際、

八幡宮を離れ当寺に安置された。

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本堂への参道から見た庫裏と書院

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紅葉を潜り抜け参道を往く

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参道の左手に放生池が広がる

 像高92㎝、木造彫眼、平安時代末頃の作と言われる。左手には宝珠を捧げ、右手に錫杖を持つ。

本来は地蔵菩薩であったとみられ、所願成就の御利益がある。

両脇には愛染明王・不動明王があり、寄木造・玉眼彩色の等身大で創建時の作である。

 奥殿は阿弥陀堂と称し、宿院頓宮にあったと言う南北朝時代の宝冠阿弥陀如来や

善法寺祐清が造立した観音堂の本尊千手観音菩薩立像(鎌倉時代)など寺宝も多い。』

とあります。

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池の畔に建つ金剛庵は茶室?

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放生池の中央には弁天祠が建つ

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参道の右手、階段奥には本堂が

 山号の男山は石清水八幡宮の鎮座する標高142mの山で正式名は鳩ヵ峰。

源氏の棟梁源義家がここで元服したので八幡太郎と呼ばれたのは良く知られた話。

男山と呼ぶのは武門の所縁でしょう。

寺号の善法律寺は、漢字の意味では「善+法律+寺」と思いがちですが、

善法寺家に起源をもつ律宗の寺なので「善法+律寺」と考えるのが妥当でしょう。

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本堂全景

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本堂向拝と入口

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向拝下にて

 当寺の開基である善法寺家は紀氏の流れ、善法寺と称して以降も女性は姓を名乗るのは、

古代中国や古代ローマと共通しているように思えます。

足利将軍家は代々日野氏から御台所を迎えていたと記憶していましたが、それは三代以降の話。

一代前は‘ひのし’ではなく‘きのし’と一字違いで大違いでした。

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本堂前面の蔀戸

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向拝欄間の蟇股の彫刻

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本尊・八幡大菩薩像   (説明板より)

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