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城下町杵築 南台武家屋敷 (大分県杵築市) <杵築 其の弐>

2024.02.06(21:26) 1723

着付けの町、杵築(2023.12.1)

<コース>
【往路】大阪駅前(21:30) → (近鉄高速バス) → 中津サンライズホテル前(6:31)

JR中津(11:18) → (日豊本線) → JR杵築(12:05→12:36) → (大分交通バス) → 杵築市商工会前(12:43) → 杵築〒 → 南台武家屋敷 → 塩屋の坂 → 杵築本町〒 → 酢屋の坂 → 北台武家屋敷 → 杵築ふるさと産業館(MHC) → 杵築バスターミナル(13:39) → 杵築駅前(13:50→14:07)

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きものが似合う歴史的町並み (観光パンフレットより)

 バスは商工会前で下車。バス通りは城下町の底部を走るので、ここから南へ少し坂を上ります。

九州の小京都の中でも江戸の街並みがそのまま残ることで知られます。

杵築城を中心に、南北の高台には勇壮な武家屋敷が、

その谷間には商人の町を挟んだ「サンドイッチ型城下町」は日本唯一と言われ、

全国初の 「きものが似合う歴史的町並み」 にも認定された絶景の城下町です。

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杵築市商工会前でバスを下車

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塩屋の坂から向こうの酢屋の坂を望む
観光パンフレットにも使用された杵築を代表する映えスポット。

 城下町杵築は

『八坂川と高山川に挟まれた台地に開かれた城下町。守江湾頭に臨む台山には三層の天守閣が聳える。

鎌倉時代にこの地方を治めた木付(きつき)頼直が応永元年(1394年)、竹の尾からこの場所に城を移し、

以来180年間と共に栄えた。

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杵築郵便局 ; 杵築城、名産・ミカン、お茶

 しかし東九州一帯に勢力を誇った大友氏の改易に拠り木付氏も滅亡、その後、

城主が何人も変わった末、正保2年(1645年)に松平英親が3万2千石の城主として入城した。

木付が杵築と変わったのは6代将軍家宣の朱印状に杵築と書かれて以降。

松平家は幕末まで227年間この城を守ったが明治以降は荒廃、

現在の天守閣は昭和45年に再建されたものである。

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南台よりミカン越しに杵築城が遠望できる

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杵築城跡に建つ模擬天守

 杵築の城下町は北台と南台に武士が住み、二つの台地に挟まれた谷町に細長く商家が続いている。

武家屋敷と商人の町は坂で繋がれ、飴屋(雨夜)の坂・塩屋(志保屋)の坂・酢屋の坂と言った

優雅な名が付けられている。

殊に商人町を真ん中に南北に延びる塩屋(志保屋)の坂・酢屋の坂は時代劇・ドラマ・CM撮影で使われる

絶好の撮影スポットである。平成29年には重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

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天神坂を上った場所にある案内板

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案内板の立つ場所

 南台から南に伸びる寺町は有事の際には武士が集結する西の砦の役目を持ち、

通りの西側には藩主の菩提寺である養徳寺、日本一の鉄製の仏像が鎮座する正覚寺、

九州の枯山水の白眉とまで言われる長昌寺庭園と五ヵ寺が並ぶ。

その入口には武家屋敷風門のある杵築カトリック教会があるのも城下町ならではである。

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武家屋敷風の門が特徴的な杵築カトリック教会

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案内板の北側には城下町風の杵築市役所が建つ

 市役所の南側に当たる裏丁は南台で最も昔の面影を残す場所。

高い石垣の上に土塀や長屋門が並び、今も江戸時代の風情が漂う。(工藤邸)

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裏丁を東へ向かう

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今に残る武家屋敷門

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赤茶色の土塀に門が映える

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石垣の上に黒塀と白壁が鮮やかな工藤邸
但し、今でも居住されているので外観のみ。

 裏丁から東へ進み塩屋の坂を南に上がる通りは家老丁と呼ばれ藩の重臣達の武家屋敷が並ぶが、

その中で公開されているのが中根邸。ここは9代目家老中根源右衛門の屋敷で、

中根家は杵築藩初代藩主松平英親の祖父・能見松平五代目重忠に召し抱えられ、

以後藩主と共に移り正保2年に杵築に永住して以来続いた家である。

現在の建物は平成の解体修理の際に発見された棟札等から主屋が文久2年(1862年)、

長屋門が慶應3年(1867年)の建築と判明した。』 とあります。

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家老丁に並ぶ武家屋敷

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無料公開されている中根邸の長屋門

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中根邸前庭

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中根邸玄関

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玄関前の眺め

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中根邸書院

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後方より見た中根邸

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落ち着いた雰囲気の裏庭

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中根邸縁側と庭

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裏口より見た中根邸

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裏口の先には竹林と紅葉も

 全国に小京都を名乗る町は50余りありますが、その中には尾道や函館の様な坂の町もあります。

しかし杵築が異なるのは、一方通行の坂ではなく下ってから再び上るというその独特の地形。

これは他では見る事ができない光景です。

杵築の名に掛けて着付けが似合う着物の町をアピールしたとは思いませんが、

ロケや写真の映えスポットであるのは確かです。

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飴屋(雨夜)の坂

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塩屋(志保屋)の坂

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バス通りから塩屋の坂を見上げる

 商家から南台武家屋敷へと上る坂は、天神・飴屋・塩屋の坂、

北台武家屋敷へと至る坂はひとつ屋・紺屋町・岩鼻・酢屋の坂と呼ばれています。

これは坂の登り口にかつて飴屋、塩の商店、酢の醸造店があったことからの命名とか。

今は残っていませんが、かつての酢屋は今では 「綾部みそ店」 として営業していました。

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塩屋の坂から酢屋の坂を見る

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酢屋の坂の上り口に建つ商家群

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かつての酢屋が転業した綾部みそ店

 飴屋は雨夜、塩屋は志保屋と別の漢字でも呼ばれますが、これは商人と一線を画したい

武士或いは俳諧や和歌に通じた文人に拠る命名に思えます。

しかし城下の人達には元の呼び名の方がしっくりくるようで、それが今まで残った所以でしょう。

武家が高台に、低地に町人が住まいするのは武士の優越感を満たしたでしょうが、

商人にとっては低地の方が商売には向いている筈。意外と苦にした様子はなかったと思います。

我々が思う程、庶民は抑圧されていた訳ではなさそうです。

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バス通りは商人の町

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食事処・備後屋

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