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鉄舟寺(静岡市清水区) 幕末の英傑・山岡鉄舟所縁の寺

2019.09.02(23:33) 395

寺を苦悩から救った山岡鉄舟(2017.8.30)

<コース>
【往路】JR横浜(6:13) → JR沼津(8:05→8:08) → JR清水(8:50)

清水駅 → レンタサイクル → 龍華寺鉄舟寺

【復路】JR静岡駅(17:34) → JR熱海(19:04→19:09) → JR横浜(20:31)

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補陀落山 鉄舟寺(臨済宗)

 龍華寺参拝後は少し北に向かい鉄舟寺へ。

補陀落山鉄舟寺(ふだらくさんてっしゅうじ)は、寺伝では

『元来、久能寺と言い久能山山頂にあった。

推古天皇の頃、国主・久能忠仁公により創建され、奈良朝の初期に行基菩薩が中興した。

武田信玄の駿河侵攻に際し、久能山頂に城が築かれたので現在地に移転した。

 明治になり無住の廃寺となり衰退したが、山岡鉄舟はこれを惜しみ、今川貞山師を開山に迎え明治16年(1883年)に

再興を図った。

 鉄舟は志半ばで没したが、彼の遺志は引き継がれ堂宇も完成。かつての名刹・久能寺は鉄舟寺として蘇った。』

とあります。

 山岡鉄舟は幕府旗本。維新の際、勝海舟の命で共を一人連れて駿府の薩摩軍に乗り込み総大将の西郷隆盛と直談判。

江戸無血開城は事実上ここで決まりました。加えて将軍慶喜の助命も確約を得ます。

「金も命も名声も要らん、こげな男は扱いづらか!」とは西郷の鉄舟評。

「国滅びて忠臣出づ」とは『老子』の言でしたっけ? 尚、鉄舟を駿河まで送り届けたのが清水の次郎長でありました。

鉄舟の損得を除外視した考えが廃寺を【くのう】から救った訳で、筋の通った考えは直談判時と変わりがありません。

境内は質素ながら落ち着いた雰囲気。御朱印を貰おうとしましたが、関係者不在の為拝受できず。

こちらは次回を期して早々と【撤収】となりました。

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本堂

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鉄舟寺しおり

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