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浄妙寺(和歌山県有田市) 有田川沿いに佇む古刹の御朱印

2019.09.14(20:42) 408

戦災を逃れた薬師堂と多宝塔(2019.9.10)

<コース>
【往路】JR天王寺(6:45) → JR箕島(8:38)

JR箕島駅 → 徒歩5分 → 文化福祉センター → レンタサイクル10分 → 浄妙寺

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醫王山 浄妙寺(臨済宗妙心寺派)

 先日、紀州を訪れた際に貰ったパンフに多宝塔の写真があり、調べると有田市内にある模様。

18きっぷは使い切りましたが、有田ならば正規の乗車賃でもさして変わらないので、冬を待たずに早速訪問。

駅から歩いても行ける距離ですが、文化福祉センターにレンタサイクルがあったので借りる事に。

有田大橋を渡り、有田川の南側の山裾にある寺院に到着。35℃の炎天下を歩かずに済みました。

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有田川に架かる有田大橋を渡る
向こうに見えるのが辰ヵ浜地区と箕島漁港。

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浄妙寺入口
ここから舗装された坂を上る。

醫王山浄妙寺(いおうさんじょうみょうじ)の由来は、

『大同元年(806年)平城天皇の国母乙牟漏皇太后の勅願に拠り、唐招提寺の四世如宝律師を開山として創建されたと伝わる。

七堂伽藍の大寺であったが、天正年間(1573~1591年)の兵火で殆どが消滅。

奥の院にあった薬師堂と多宝塔のみがその難を免れた。

紀州徳川家初代の頼宣公により大修理が加えられ、和歌山吹上寺開山圭禅師を中興開山として招き、

以来臨済宗妙心寺派として今日に至る。』

とあります。

 紀州は信長の根来攻め等で寺院は甚大な痛手を受けましたが、逆を言えばそれだけ強大な勢力を保っていたという事。

根来寺の荘園は80万石と言われますから、話半分としても大大名並み。

 浄妙寺の場所は河口近くで港もあり、河川と海上交通の要衝を押さえて経済的に潤っていた可能性が高く、

天下統一を目指す信長としては制圧しなければならない相手だったのでしょう。

今に残る浄妙寺の建造物は平地から高台に上った場所にあったため兵火を免れたようです。

境内を訪れると、美しい芝生とイヌマキの生け垣の中に重文の多宝塔と薬師堂が鎮座されます。

境内の手入れをされていた方に伺うと御住職は外出中との事。

御朱印はなしかと思いましたが、寺務所を開けて書置きを出して頂き、加えて由来記も頂けました。

近所に住んでいるので庭の手入れをされているとの事でしたが、地元の方々の地道な活動で支えられているのを

改めて実感しました。

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坂道を上った所にある鐘楼と庫裏

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イヌマキの生垣の奥に書院が見える

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戦火を免れた多宝塔と薬師堂

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重文・多宝塔
三間二層、本瓦葺。鎌倉時代の創建で江戸時代に改装。

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正面から見た多宝塔

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多宝塔を見上げる

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垂木部分

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重文・薬師堂(本堂)
方三間、寄棟造、本瓦葺。鎌倉時代の創建で江戸時代に改装。

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薬師堂正面
本尊は重文・薬師三尊像で鎌倉時代の作。

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側面から見た薬師堂

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多宝塔前から薬師堂、書院を望む
境内は芝生で整備されている。

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浄妙寺由来記

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浄妙寺御朱印
書かれたものを拝受

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箕島郵便局 ; 重文・浄妙寺多宝塔、特産・有田ミカン
有田辰ヵ浜郵便局 ; 辰ヵ浜地区の打瀬船

[参考書]

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