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阿遅速雄神社(大阪市鶴見区) 草薙御剣と大楠の神社

2020.05.28(22:01) 620

盗んだ剣を放出した話(2020.5.20)

<コース> JRは日中15分間隔で運転
JR北新地 → (学研都市線) → JR徳庵 → 徒歩10分 → 稲田観音 → JR徳庵 → JR放出 → 阿遅速雄神社

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阿遅速雄神社(式内社 旧郷社)

 徳庵から放出まで戻った後は東へ200m程の古社へ。

大阪人には中古車センターのCMで馴染みのある放出ですが、

難読名では上位に位置する駅。ここは旧大和川が大坂内湖に注ぎ込んだ場所。

それ故「放ち出づ」になったと記憶しています。駅も難読ならば社名も難読。

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道路に面した神門

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大阪市内に唯一残る神門脇の御蔭燈籠
慶応4年(1868年)に伊勢神宮への参詣を記念して建立された。

阿遅速雄神社(あぢはやをじんじゃ)は、由緒記に拠れば

『御祭神の阿遅鉏高日子根神(あぢすきたかひこねかみ)は摂津国に降臨し、

土地を開き民に農耕の技を授けた。

 天智天皇7年(668年)、新羅僧・道行が盗んだ草薙剣を新羅に持ち帰ろうとしたが

途中嵐に遭遇。神罰を恐れた彼は河口で剣を放り出し、

剣は里人の手でこの神社に祀られた。このことからこの地は放出と呼ばれる事になった。

 その後、宝剣は飛鳥浄御原に移された後、熱田神宮に奉還。

享保8年に中御門天皇がここの社に正一位を賜り八釼大明神と尊称されるようになった。

 江戸中期の儒学者・並河誠所が延喜式にある阿遅速雄神社に比定し、

それ以降阿遅速雄神社と呼ばれるようになった。』 とあります。

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神門下から見た大楠と石鳥居

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天然記念物の大楠
落雷で半分枯死しているのが痛々しい。

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大楠の説明

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大楠と石鳥居の向こうにある大楠稲荷大社

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拝殿方面を見る

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拝殿前の狛犬
台座には草薙御劔奉斎1300年記念とある。

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拝殿正面

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拝殿近影

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唐破風の鳳凰彫刻

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拝殿前の龍虎の彫刻

 駅名も難読ですが、神社の名前の難読。地名由来もある由緒ですが、

旧大和川がここに注いでいたのは確実なので、由来はこちらが先駆でしょう。

いくら地元の人とは言え海に投げ込まれた剣が容易く見つかるのも不思議な話。

何の関係もないとは思えませんが、

一時的にここに祀られえた事がこのような伝説になったのでしょう。

神社の由緒に絡ませてあやかりたいという心理は理解できますが…。

 駅近にも拘らず、境内には楠木を筆頭に樹木が鬱蒼と繁茂。

神門脇の楠木は天然記念物の巨木ですが落雷のため半死状態。

それでも若葉が芽吹いているのを見るとその生命力に驚かされます。

思わず「うっそー!」と叫びたくなる気持ちですが、

由緒を「うっそー!」いうのは不謹慎の誹りを免れませんね。

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社号標石

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標石の由緒

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拝殿奥にある本殿

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本殿の奥にはこのような樹林が続く

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阿遅速雄神社 御由緒

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阿遅速雄神社 御朱印

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JR放出駅スタンプ
関西アーバンネットワーク印(上)、2006年西日本大阪支社印

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