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観音寺(大阪府東大阪市) 紫陽花に彩られた町中の寺

2020.07.10(18:46) 653

過去の過酷な時代を乗り越えた寺院(2020.6.7)

<コース> 近鉄電車(普通)は日中10分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 谷町四丁目 → (地下鉄中央線) → 近鉄新石切 → 徒歩5分 → 観音寺

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花国山 観音寺(融通念仏宗 河内西国三十三ヵ所第二十七番札所)

先週に引き続き東大阪市内から八尾市内へ河内西国札所巡礼。

石切神社の西、近鉄新石切駅から徒歩5分。民家の間に素朴な佇まいを見せるのが観音寺。

花国山観音寺(かこくさんかんのんじ)は、

『聖徳太子に拠り建立されるが、後年兵火に拠り焼失。鎌倉時代に観音寺として再建された。

中世の土豪・水走(みずはや)氏は代々この寺の別当職を務め、

『水走文書』に観音寺の名が記録されている。

境内には永仁2年(1294年)の石造十三重塔や、開祖・元興上人の墓と伝えられる石塔もあり、

本尊横の三十三体観世音菩薩と共に祀られている15㎝の千手観音像は上人の作と伝わる。

石切神社の傍で薬草類も多く、医療施設の役目も果たした。

その後、無住の時期を経て現在は紫陽花を始め多くの花に彩られている。』 とあります。

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本堂近影

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本堂前面と白紫陽花

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本堂の「花国山」の扁額

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開祖・元興上人の墓と伝えられる石塔

 本堂は閉まっていましたが御朱印を御願いする快く開けて下さいました。

書き上がるまでの間、内陣で御本尊と横の三十三体観音に参拝。

しかも拝観料はなしでした。

 水走氏は河内一之宮・枚岡神社の神官だったので、観音寺は神宮寺だった可能性があります。

石切神社は腫物の神様、病気治癒に霊験ありとなると、観音寺もその一翼を担ったとも思えます。

昔より重要な役割を果たしていたと言えそうですが、両神社に比べ境内は遥かに狭く、

また十三重石塔も屋根が二重欠落して現在は十一重。

石切にある寺院なので石切りに遭った訳ではないでしょうが、

山号の華やかさとは裏腹に現実は【かこく】ではありました。

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本堂前の庭

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入口脇に立つ十三重石塔
鎌倉末期の建造。

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十三重石塔説明板

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石塔基部に彫られた梵字

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本堂脇の白紫陽花

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前庭の紫陽花

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観音寺御朱印

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