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龍泉寺(大阪府富田林市) 山腹に泉が湧き出る古刹

2020.07.25(22:56) 665

古池や龍が棲み込む水の音(2020.6.27)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 富田林 → 富田林駅前(8:20) → (金剛バス東條線) → 龍泉(8:35) → 徒歩15分 → 龍泉寺

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牛頭山 醫王院 龍泉寺(高野山真言宗 河内飛鳥古寺霊場第十一番)

 以前、参拝した瀧谷不動尊は弘法大師が龍泉寺に参籠した際に開いた寺院。

調べてみると龍泉寺は今も富田林市内に残っており、重文の仁王門と庭園がある模様。

そうなると行かねばならぬと言う訳で再度南河内まで巡礼。

 富田林駅から1時間に2本のバスに乗車。行先は甘南備ですが一本道なのでカーナビは不要。

その名も龍泉バス停で下車。周囲の字も龍泉で、この地域きっての古刹だという事が分かります。

道路の西は標高281mの岳山(だけやま)が迫っており、

バス停から西へ800m程坂を上った山腹にあるのが龍泉寺。

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バス停にある道標

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バス停から坂道を上って寺院へ

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山門付近から下界を望む

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入口へ到着
門柱の奥は駐車場で更に奥に参道がある。

 牛頭山醫王院龍泉寺(ごずさんいおういんりゅうせんじ)は、縁起に拠れば

『推古天皇2年(595年)、勅命に拠って蘇我馬子が創建。

昔この地に古池があり、そこにすむ龍が人々に被害を与えていた。

馬子は救済にための修法を行ったので龍は退散。そこで

馬子は聖徳太子と共に寺院を建て仏法の興隆に務めた。

それ以降、奈良時代の後期まで金堂・東西両塔などが整備されたと言われる。

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駐車場にある年期の入った案内図

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龍泉寺参道
手前は躑躅と桜、奥に進むとカエデが広がる。

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参道右手の本坊寺務所

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山門を進み仁王門へ

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仁王門下から参道を振り返る
秋には真紅に染まる。

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重文・仁王門(八脚門)

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仁王門の「牛頭山」の扁額

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鎌倉時代作の金剛力士阿像

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仁王門の妻部分
鎌倉時代の建築だが肘木を突出する奈良時代の様式を踏襲している。

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境内から見た仁王門

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仁王門から見た本堂

 ところがその後、池の水が枯渇し付近にも水が湧かず寺は衰頽。龍の祟りと噂された。

弘仁14年(823年)、この地を訪れた空海の前に老人が現れ

「我はこの地主牛頭天王である。汝はここにとどまり霊地を再興せよ。」

と告げて忽然と消えた。

 空海は7日間の祈祷を行ったところ、7日目の夜半に龍が現れて大雨が降り、

明け方には大池と三つの小島が出来ていた。

空海はその島に、聖天・弁財天・叱天を祀り牛頭天王を鎮守とし、

寺を再興した。この池が今も境内に残る名勝庭園である。

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仁王門から続く参道と本堂
両脇には満天星、百日紅が植えられている。

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龍泉寺由緒記

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本堂近影

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本堂前面
現在修理中とか。

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本堂の扁額

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本堂から仁王門を見る

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横から見た本堂

 天長5年(828年)には淳和天皇の勅願で堂宇が完成、本尊を薬師如来とし龍泉寺醫王院と称したとされる。

建治元年(1275年)には金剛力士像が作られ、それ以前に造られた仁王門(八脚門)に収められた。

 25の堂舎が存在したとされるが、南北朝時代には岳山山頂に龍泉寺城が築かれたため、戦禍に遭遇。

仁王門を残して焼失した。応仁の乱では畠山氏の家督争いのため立ち直りの機会を逸している。

江戸時代になって地元白木藩主石川氏代々の崇敬を受け、ようやく堂宇が整ったが

盛時の勢いには及ばず今に至る。』 とあります。

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本堂から見た聖天堂
現在、仮本堂とある。

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聖天堂近影

 木漏れ日の射す参道を進み階段を上ると本堂。

境内には伝説に由来する池があり、今でも満々と水をたたえています。

参道の左側には躑躅・紫陽花などの庭園が広がっていますが、これも豊富な水の所以でしょう。

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龍泉寺庭園
浄土式庭園として名勝に指定されている。

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庭園説明

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南側から池と島を見る
手前が叱天、中央が弁天を祀る祠がある。

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中央の島には弁天を祀る

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弁天祠
桃山時代の春日造である。

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左側の島は叱天を祀る

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右側の島は聖天を祀る

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北側からの眺め

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池越しに見る聖天堂

 寺院はかなり坂を上った先にありますが、このような高所で水が得られるのは珍しい状況。

元弘2年(1332年)、ここに城を築いた楠木正成は弟の正季(まさすえ)を城主に据えます。

ここの地政学的重要性に注目したのは慧眼。正季は龍泉殿と呼ばれますが、これも水源の重要性故でしょう。

唯、重要性だったために戦火は免れなかったわけで、仁王門だけでも残ったのは奇跡的と言えましょう。

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池の北にある杉の巨木と八大龍王

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八大龍王近影
空海が龍王を祀った「雨乞井戸」である。

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本堂右手の行者堂

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塔の礎石

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紫陽花と観音像

 境内は四季を通じて花に彩られるように作庭されていますが、今の時期は紫陽花。

御住職が掃除をされていましたが、

「国の名勝庭園は専門業者に入って貰わないといかんので、大変ですわ!」

と言われたのが心に残りました。

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伝・尊性法親王御墓
後醍醐天皇皇子で貞治元年この地で逝去。ここにも南北朝の悲劇が…。

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鐘楼

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龍泉寺説明書

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龍泉寺御朱印

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富田林郵便局 ; 重文・龍泉寺仁王門、楠、獄山

[参考書]

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