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咸古神社(大阪府富田林市) 龍泉寺の鎮守様

2020.07.26(20:16) 666

雨期、我を寂しがらせよ(2020.6.27)

<コース> 近鉄南大阪線は日中15分間隔で運転
東梅田 → (地下鉄谷町線) → 天王寺 → 阿部野橋 → (近鉄南大阪線) → 富田林 → 富田林駅前(8:20) → (金剛バス東條線) → 龍泉(8:35) → 徒歩15分 → 龍泉寺 → 咸古神社 → 龍泉(10:14) → (金剛バス東條線) → 富田林駅前(10:29)

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咸古神社(式内社 旧村社)

 龍泉寺の北側を進み、鳥居の先にあるのが咸古神社。

咸古神社(かんくじんじゃorこんくじんじゃ)は、

『弘仁14年(823年)の創建。空海が龍泉寺を再興する際に、

現れた老人の言に従い牛頭天王を祀ったのが嚆矢。

空海は7日間の祈祷を行ったところ、7日目の夜半に龍が現れて大雨が降り、

明け方には大池と三つの小島が出来ていた。

空海はその島に聖天・弁財天・叱天を祀った。すると再度、地主が樵夫の姿で現れ、

「この後方の、小高い場所が薬師如来の地である。」

と述べたので、その場所に牛頭天王を鎮守とし祀った。

江戸時代までは龍泉寺の鎮守であったが、明治の神仏分離に拠り独立し、

式内・咸古神社となった。』 とあります。

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龍泉寺山門東に建つ鳥居

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寺の北側にある朱の鳥居

 咸古とは「咸(すべて)古い」の意味でしょうが、龍泉寺創建と同じ時期のようでした。

再興に際し牛頭天王を祀ったメインの社ですが、寺院に比べて敷地も狭く無人。

明治の神仏分離は神社には追い風だった筈ですが、あまり影響のなかったところもあったようです。

【困苦】という名前が良くなかったとは思いませんが鴬の鳴き声の響く境内では閑古鳥が鳴いていました。

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正面から見た拝殿

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本殿の屋根部分

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