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柏原八幡宮(兵庫県丹波市) 丹波の厄除神社

2020.08.26(20:41) 684

梅雨明けに雨冷え?(2020.8.2)

<コース> 夏の青春18きっぷ使用
【往路】JR大阪(6:43) → (丹波路快速) → JR柏原(8:22)

徒歩5分 → 柏原藩陣屋跡 → 徒歩5分 → 木の根橋 → 徒歩5分 → 柏原八幡宮

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柏原八幡神社(県社)

 江戸時代は織田藩城下町として栄えた栢原ですが、それ以前は柏原八幡宮の門前町として発展。

平地にある陣屋からは鬱蒼と木々の生い茂る入船山の頂上に三重塔が見えます。

てっきりお寺かと思いましたが、そこが八幡宮。いまでは八幡山と呼ばれるその場所には、

町のシンボルでもある木の根橋を渡り、曲がりくねった石段を上る事5分。

 石段を上る途中に社務所がありますが、ここが西の坊と呼ばれるかつての神宮寺。

明治の神仏分離令で神宮寺は廃寺となりましたが、三重塔や鐘楼が今に伝来。

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木の根橋から見た八幡宮への入口
一の鳥居を過ぎ、石段を上り境内へ。

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一の鳥居近影

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石段から一の鳥居を振り返る

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参道の石段
この曲がり角にあるのが旧神宮寺にあたる社務所

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境内入口に到着

 柏原八幡宮の由緒に拠れば

『舒明天皇の御世に出雲連がここ入船山の頂に素戔嗚尊を祀ったのが嚆矢とされる。

その後、万寿元年(1024年)に入船山周辺の三ヵ所から霊泉が湧出。

それを奇瑞とした後一条天皇の勅意に拠り国家鎮護として

京都の石清水八幡宮より御分霊を勧進し、丹波国柏原別宮として創建された。

 万寿元年造営の社殿は、織田信長の丹波攻めの際に明智光秀の兵火に拠り焼失。

現在の社殿は天正13年(1585年)羽柴秀吉の命に拠り家臣の堀尾吉晴が再建したもの。

三間社造りの本殿に入母屋造りの拝殿を連接し、軒唐破風の向拝一間を張出す複合社殿で、

檜皮葺の屋根に箱棟、千木、勝男木を載せる。

本殿と拝殿が分離から複合に移行する過渡期の貴重な遺構で重要文化財に指定されている。

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二の鳥居近影

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二の鳥居から見た境内全景

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柏原八幡宮由緒

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重文・拝殿
入母屋造妻入、正面唐破風、檜皮葺で、安土桃山時代の建築。前の一対の狛犬は「丹波佐吉」の作。

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拝殿正面の唐破風

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唐破風下の亀と鳳凰の彫刻

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拝殿に続く重文・本殿

 福知山線からも見える三重塔は応仁年間に僧秀慶が創建したが火災で焼失。

文化12年(1815年)に再建された。鐘楼の梵鐘は明智光秀が

氷上町の高山寺から取り寄せたもので、康応元年(1389年)の銘が残る。

 御神徳の中でも特に厄除けの御利益が名高く、「丹波柏原の厄神さん」として親しまれ、

2月17・18日の例祭は数万人の参拝者で賑わう。』 とあります。

 ここも御多分に漏れず、戦国期に焼失。かつて御先祖が焼き討ちさせた町に

江戸時代に入部した織田家の人達はどんな心境だったのでしょうか?

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本殿の後方に建つ鐘楼と三重塔
江戸後期1813年築の三重塔は総高23m。

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鐘楼
「難逃れの釣鐘」、これも神仏混淆当時の名残である。

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銅鐘
康応元年(1389年)と天文12年(1543年)の二つの年号が刻まれている。秀吉が大砲を鋳造する材料として集めたものの一つ。

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三重塔の鶴の彫刻
他の三面にも鴛鴦・鷺・雁と鳥が彫られている。

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三重塔説明

 神社境内に塔があるのは全国でも18例しかなく、神仏習合の名残を留めています。

坂を上って神社までは程よいランニングコース。参拝途中もそのような年配者とすれ違いました。

 重文の本殿は言うに及ばず、三重塔も含めた境内はいい雰囲気でしたが、

参拝者は至って少ない。御朱印を御願いする際、宮司さんに伺いましたが、

宮司;「厄除け神社の時は多いのですが、普段は至って静かですよ。」

和辻;「丹波の寺院と同様に、お勧めはやはり秋ですか?」

宮司;「ここは冬に来て頂ければ、また印象が変わると思います。」

との事でした。

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三重塔から見た本殿

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社務所横の社の欄間彫刻
これは司馬光の甕割りの図。

 丹波の名所は駅から離れた場所が多いですが、駅から徒歩10分程度で行けるのは便利。

しかも程よい街なので、食べる場所にも不自由しません。

丹波の小京都といえば篠山ですが、ここはもう一回り小さくした小々京都と言った所でしょうか?

厄除け神社ということで、コロナ退散も祈願。

面白いのは無料で「アマビエ」の厄除け絵画を配っていたので、私も御利益を願って1枚持ち帰りました。

次に冬に来るときにはアマビエの神通力でコロナが終息し、

雨冷えのする城下町でアマエビに舌鼓を打ちたいものです。

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柏原八幡宮由緒

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柏原八幡宮オリジナル御朱印帳
大型サイズ この他に緑、青、金と計四色のバージョンがある。

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柏原八幡宮御朱印

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アマビエ護符

[参考書]

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