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小國神社(静岡県周智郡森町) 遠州の小京都に鎮座する一之宮

2020.08.28(21:52) 686

一之宮をとうとう見!(2020.8.8)

<コース> 夏の青春18きっぷ
JR大阪(5:55) → JR米原(7:42→8:04) → JR大垣(8:36→8:40) → JR豊橋(10:11→10:22) → JR浜松(10:57→11:09) → JR掛川(11:35→11:57) → (天竜浜名湖鉄道) → 遠州森(12:24) → (駅レンタサイクル30分) → 小國神社 → 遠州森(14:16)

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小國神社(遠江国一之宮 式内社 旧国幣小社)

 現在の日本の主要都市は近世城下町が起源。一方、国分寺・一之宮は

律令時代の国府が元になっているので、今の都市とは離れている事もしばしば。

 遠江の主要な城下町は浜松ですが、国府は東海道を一宿東へ行った磐田。旧国分寺跡も残ります。

それでは一之宮はどこだろうと探すと、これが国府からとんでもなく離れた場所。

新幹線の駅のある掛川から第三セクターの天竜浜名湖鉄道に乗って25分。

遠州森駅で下車して更に山に向かって4㎞行った場所。

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天竜浜名湖鉄道掛川駅にて
お茶とお城をデザインした車両。

 何故、このような場所にと思いましたが、森町は秋葉街道が通り、

南アルプス(赤石山脈)山系からの清流が南に向かって流れるという恵まれた場所。

千年を超える寺社も多く、舞楽・祭も伝承され「遠州の小京都」と呼ばれるとか。

 最寄りは無人の遠州一之宮駅ですが、有人の遠州森駅で下車してレンタサイクルを利用。

天竜浜名湖鉄道は気賀駅始め鉄道遺産とも言うべき駅舎が多いですが、ここもその一つ。

子供の頃は、このような駅舎を多く目にしましたが、今は絶滅危惧種で保護されています。

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天浜線遠州森駅舎
小京都を意識した造りになっている。

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文化財のプレート

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駅舎内の待合室と改札

 線路沿いから高速沿いに走り、最後は宮川に沿って北上。

遠州らしく御茶畑が目に入りますが、宮川沿いには洒落た食事処や土産店が…。

何でも一之宮の門前として明神通りと名付けられたとか。

山沿いとはいえ、一之宮の威力は大したものです。

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道沿いから見える御茶畑

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明神通りを行く
宮川に架かる「みそぎ橋」。向こうに見えるのは「お直り処 久米吉 宮前田楽

 小國神社(おくにじんじゃ)は、

『欽明天皇の十六年(555年)、二月十八日に本宮山に御神霊が出現し鎮斎されたのが嚆矢。

その後、都から勅使が差遣わされ、山麓6㎞の現在地に社殿を造営し正一位を授けられた。

 文武天皇の大宝元年(701年)には勅使が奉幣され十二段の舞楽を奉奏。

その後、仁明・清和天皇と位階が加わり、醍醐天皇の時代に式内社となった。

後醍醐天皇の元弘・建武の変以来、勅使は絶えるが、神主が祭礼を執り行う。

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神社入口へ到着

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入口に建つ大鳥居

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大鳥居の扁額

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太鼓橋を渡り参道へ

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勅使道杉並木
参道の遥か向こうに鳥居と拝殿が見える

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参道左手に佇む「鉾執社」

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「鉾執社」説明

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参道左手にある事待池

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池の説明

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池に架かる森山焼の橋

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橋の説明

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神幸所

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全國一宮等合殿社

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殿社の説明

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かつての御神木
社殿前の鳥居前にある。

 元亀3年(1572年)、武田信玄の遠江攻めに際し、神主小國豊前重勝は

子息を人質として徳川家康に援軍を要請。

家康は御神霊を別所に移し、戦勝祈願を行った後、社殿に火を放つ戦法を取った。

徳川勢勝利の後、家康は天正3年(1575年)に本社、同11年(1583年)に拝殿・廻廊、

同13年(1585年)に楼門を再建。慶長8年(1603年)には社領590石の朱印を賜った。

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拝殿前鳥居

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正面から見た拝殿

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拝殿前面の彫刻と組物

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拝殿脇にある開運「打ち出の小槌」

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境内にある家康公立あがり石

将軍綱吉の代には社殿改造、吉宗の代には400両の寄進と江戸時代を通じて将軍家の庇護を受けた。

 明治6年には国幣小社に列せられるが、同15年の火災で本殿以下を悉く焼失する。

復興は官命で行われ、明治19年に完成。

遠江國一之宮として崇敬を受け今に至っている。』 とあります。

 一之宮として現在まで威容を誇りますが、大きな転機は徳川家康に味方した事。

戦とはいえ伝統ある建造物を焼くとは酷い話ではありますが、

戦後はきちんと復興に尽力しています。建物よりも人であったのでしょう。

それが勝利に繋がった訳ですから、家康の戦略は正しかったと言えます。

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回廊の向こうに見える本殿

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本殿

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拝殿前から見た社殿

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社殿

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大鳥居横の「ことまち横丁」
うどん・甘味処など4店舗が入っている。

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小國神社略記

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明神通りパンフ

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小國神社御朱印

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