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國清寺(岡山市中区) 池田家の繁栄を偲ぶ禅寺

2020.09.02(20:36) 690

旭川のたもとに建つ寺院(2020.8.9)

<コース> 夏の青春18きっぷ
【往路】JR大阪(6:00) → JR姫路(7:30→7:31) → JR岡山(9:08)

駅レンタサイクル20分 → 法界院 → レンタサイクル40分 → 曹源寺 → レンタサイクル20分 → 國清寺 → レンタサイクル10分 → JR岡山駅

【復路】JR岡山(14:12) → JR相生(15:16→15:19) → JR姫路(15:38→15:41) → JR大阪(16:43)

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萬歳山 國清寺(臨済宗妙心寺派)

 曹源寺参拝の後は岡山駅に戻って帰路へ着きますが、その途中、旭川のたもとの寺院に立ち寄り。

 萬歳山國清寺(ばんざいさんこくせいじ)は、

『慶長14年(1609年)、姫路城主・池田輝政の嫡子であった利隆が建立。

異母弟であった岡山藩主・池田忠継が幼少であったため、

利隆が岡山城に入り藩政を代行したのが理由である。

花園の妙心寺から太華本然禅寺を招き寺名を法源寺として開山した。

当時、密教系寺院や日蓮宗寺院が主流であった岡山城下で臨済宗を招いた事は注目を集めた。

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寺の沿革

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山門の「萬歳山」の扁額

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山門を過ぎ紅葉の続く参道を進む

 その後、夭折した忠継に代わり弟の忠雄が岡山藩主となった際に竜峰寺と改称。

更に寛永9年(1632年)、利隆の嫡子で鳥取城主の池田光政が岡山に国替えになり、

輝政公の法名・國清寺殿を寺名とし、祖父・輝政と父・利隆の菩提寺とした。

尚、池田家に所縁のある姫路、鳥取、岡山には國清寺と言う名の寺が残っている。

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参道右手に建つ鐘楼
この梵鐘は戦時中供出されそうになったが直前で免れた逸物である。

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重文・梵鐘の説明

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戦後再建された本堂
御本尊の南無釈迦牟尼仏等は奇跡的に戦火を免れ今に伝わる。

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境内の植生
岡山市内の繁華街にありながらここだけ自然に囲まれた別世界である。

 かつては4500坪を有する大伽藍であったが、戦災で殆どを焼失。

今に残ったのは山門・鐘撞堂・坐禅堂(大愚堂)など極僅かである。

 戦後の都市計画で寺域は大幅に縮小されたものの、門を一歩潜ると

そこは凛とした静けさと庭園の広がる場所となっている。』 とあります。

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禅の心を表現した庭

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境内奥の諸堂に向かう

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開山堂

 先に訪れた曹源寺もそうですが、ここも藩主池田家のお声掛かり。

切支丹禁制であった近世では驚くには当たりませんが、

主流派を差し置いて新たな禅宗を呼び寄せたのは統治に期待することがあったのでしょう。

戦国時代の武将は、禅僧から学問を習うのが一般的。善は急げ!

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戦火を免れた大愚堂(坐禅堂)

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檀信徒の位牌を祀る観音堂
大石内蔵助切腹後、実母の実家・天城池田家で密かに作られた文殻観音像も安置されている。

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國清寺御朱印

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