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金龍寺(兵庫県宝塚市鹿塩)

2021.08.15(15:40) 937

引っ越しの本堂やさかい(2021.7.10)

<コース> 神戸線・今津線共に日中は10分間隔で運転
【往路】阪急梅田 → (神戸線) → 西宮北口 → (今津線) → 逆瀬川

逆瀬川 → 徒歩5分 → 平林寺 → 徒歩5分 → 宝塚神社 → 徒歩20分 → 金龍寺

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大雲山 寶蔵院 金龍寺(真言宗 摂津八十八ヵ所第七十四番札所)

 宝塚神社から次の金龍寺までは阪急で二駅ですが、直線でも2㎞程なので線路東側を歩くことに。

途中、道沿いに寺標があるとガイドにあったので歩きながら探すと、人家の生け垣に隠れるようにありました。

ここから寺へは直ぐですが、道も狭く車も漸く1台が通れる程。こういうときは徒歩巡礼の有難味を実感します。

道の先にある桜のトンネルを抜けるとそこが寺院。

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ようやく見つけた寺標

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桜の参道

大雲山寶蔵院金龍寺(だいうんざんほうぞういんきんりゅうじ)は、

『聖徳太子に拠って建立された摂津国七大寺の一つとされる。

 天正年間(1573~1592年)の荒木村重と織田信長の戦で堂宇を悉く焼失。その後、文禄年間(1592~1596年)に再興。

豊臣秀吉の堺強制分散に拠って堺から移築したらしいと、現在に残る泉州型屋敷、広大な寺領、両墓性から推察される。

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参道を通り入口へ

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山門近影

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山門前の石のお地蔵様

 当寺本堂が泉州型屋敷を移築したものと考えられる理由は、キリシタン改宗諸控、尼崎藩に関する手控え、元禄8年

(1695年)頃の仏具の一部や現在の庫裏の様式に拠るものである。その名残は本堂欄間の剣菱模様、襖の引手、

柱の釘隠しにも見られ、キリスト教の十字架を思わせる装飾は仏教寺院に隠れたキリシタンを髣髴とさせる。

宝永年間(1704~1711年)に泉州堺の碩学・宝州尊者が当寺を再建復興したのが今日に伝わっている。』 とあります。

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山門正面の庫裏と本堂

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境内の鐘楼

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枝垂桜や躑躅に囲まれた境内

 ここも戦国の兵火の難に逢いましたが復興。江戸時代の移築とありましたが、正面の建物は本堂と庫裏が一体化した形式で、

古刹の雰囲気はありません。扁額の「大雲山」は雲を表すような独特の書体ですが、これは住職の遊び心でしょうか?

残念ながら内陣の拝観はしていないようで泉州型屋敷を確認する事は叶いませんでした。札所の雰囲気は本堂の扁額と

前庭の様子から感じましたが、【一日泉州】の思いで次の札所へ向かった次第です。

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本堂前にて外陣から参拝

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入口に架かる「大雲寺」の扁額

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本堂右手にある延命地蔵菩薩を祀る小堂

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金龍寺御朱印

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弁天池を眺めながら仁川駅へ

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